食の専門家から
健康に関する食べもの情報がテレビや雑誌などのマスメディアを通じて、山のように提供されています。
正しい情報もあるのですが、誤った情報も大変多く、雑多な情報に多くの人々が翻弄されている時代――。だからこそ
食生活教育に関わる人々が確かな目で食情報を見極める責任は非常に大きいと言えましょう。今月から2回、
フードファディズム時代の食生活教育のあり方について、群馬大学の高橋久仁子先生のお考えを紹介します。
フードファディズム時代の食生活教育とは
その1−食生活教育の指導者はフードファディズムに要注意
2001.11.1
群馬大学教育学部教授 高橋久仁子
●体に「よい」「悪い」という情報がよく売れる時代
 健康に関連する食べものについての情報がテレビや雑誌など、マスメディアを介して大量に提供されている。「食と健康」をテーマにすると視聴率が上がる、あるいは雑誌販売部数が増加するということらしいが、「これを食べると○○がよくなる」式の話題が次から次へと出てくる。反対に「これを食べるとガンになる」的な「体に悪い」情報の提供に終始する本もよく売れている。

 このような、体に「よい」「悪い」という情報は溢れるほどある一方で、では健康を考えながら適度に食べるとはだいたいどのようなものなのか、という情報は目立たない。体に「よい」も「悪い」も娯楽番組の材料、あるいは「売らんかな主義」の格好の餌食と化している。提供する側は言ってしまえばそれで終わり、で済むであろうが、真に受ける消費者の中には何が何だかよくわからなくなってしまう人もいる。
●錯綜する情報が食生活の教育現場をも混乱させている
 雑多な情報が錯綜する現状は、場合によっては栄養指導や食生活教育を混乱させている。適切な食生活を営むために必要な知識や技能を学ぶ食生活教育は非常に地味な領域である。食と健康が密接に関わることは事実であるが、特定の食べものが体をすぐにどうこうするという話ではない。

 長い間の食生活の善し悪しが、これまたゆっくりと時間をかけて健康に反映されていくのであって、今日食べた「体によい(悪い)食品」が、明日の健康状態を直ちにどうこうするわけではない。食べたものによってすぐに悪影響が生じるのは有毒物質が混入されているとか、食中毒のような場合に限られる。
●フードファディズム的情報とは
 しかしながら巷には「それを食べさえすれば健康が保証される」とか「それを食べると病気になる」という文言が大手を振ってまかりとおっている。食品中に含まれるある成分の有効性や有害性を、その含有量や摂取頻度、摂取量を無視して論じる傾向が最近特に目に余る。

 食べものや栄養が、健康や病気へ与える影響を過大に信じたり評価することを「フードファディズム」という。どの程度までは適正で、どれ以上なら過大なのかという判断は難しいが、体への好影響や悪影響をことさらに言い立てる論である。マスメディアが取り上げる話題にはフードファディズム的情報が多い。
●フードファディズムは食生活の優先順位を惑わせる
 食と健康が密接に関わり、食に関する教育が健康教育の一翼を担うものである以上、フードファディズムは食生活教育、さらには健康教育に影を落とす。フードファディズム的な情報にアンテナを張りすぎると、食生活上の優先順位がわからなくなってしまう。「あれがいけない、これはよい」と右往左往しているうちに、押さえるべき「根っこの部分」、すなわち「適切に食べるとはどういうことか」がわからなくなってしまうのである。
 健康維持と食生活の関係は「過不足なく食べる」ということに尽きるが、では「毎日の食事をどんなふうにすればよいのか」が実際にはわかりにくい。細かなことを言えば難しくなるが、おおざっぱなところで押さえると、ご飯に汁、肉か魚の一皿、それに煮るか、ゆでるか、炒めるかした野菜があれば一食として十分なのである。簡単な調理法(煮る、焼くなど)で用意した食材そのものが判別できるような食卓を基本とし、適度な量を食べればよい。

 この基本を踏まえた上で季節や状況に応じて多様な食品を味わい、あまり堅苦しく考えず、さりとて野放図になることなく食生活を営めばそれでよいはずであるが、このあたりの基本がぐらついていると、フードファディズムが入り込んでくる。
●フードファディズムが食生活教育に落とす影
 限られた時間の中で行われる食生活教育では「適切に食べるとはどういうことか」を考え、その実践について学ぶことが重要である。にもかかわらず、地味で面白みのない内容になりがちであるためか敬遠されがちで、勉強した気分になりやすい「食べてはいけない」論が展開されることが少なくない。

 「自分の食生活を見直す」という課題にいきなり「体に悪い食品添加物を調べた」「ファーストフードが体にどう悪いかを調べた」「砂糖の悪影響について調べた」と報告する中学生の例に遭遇したことがある。この課題に対しては、まず「私は適切に食べているのだろうか」を点検することから始めなければいけないのに、それをしないまま世の風潮で「悪い」とされているものを調べ、それでよしとしてしまっている。中学生の課題解決をきちんとした方向に導けない教員の問題ではあるが、フードファディズム的情報は生徒たちにもわかりやすく、意見らしきものも書きやすいのであろう。

 「有害食品添加物一覧表」を生徒に与え、その丸暗記を要求する家庭科教員もいる。一方で食品摂取の意義をその食品が有する本来の「栄養効果」ではなく、その他の好影響、すなわち「保健効果」を優先して語ることもしばしば見かける。「あれはいけない、これもダメ」の教育より、「どんなものをどんなふうに食べればよいのか」の教育の方が建設的である。それがわかれば自ずから不要なものが見えてくる。
●食生活教育の指導的立場にある人の責任
 面白おかしく取り上げられる表面的な「体によい」「悪い」論に、食生活教育の指導的立場に立たなければならない教員や栄養士などが影響されていることがある。各種のマスメディアが競うように発する健康関連食情報は、ともすれば真実性よりも話題性や意外性に重きをおいた無責任な情報になりがちなことを多くの人に知ってほしい。

 それが一消費者であれば影響は個人にとどまるが、医療や教育に携わる人々の場合はそれでは済まない。無責任な情報を鵜呑みにして、児童・生徒、あるいは保護者、そして栄養指導の必要な患者などに伝えるということは、情報源は「無責任」であっても、彼らの職業的立場を介することによって、それらの情報が、信頼できる責任ある情報に格上げされてしまうのである。「給食だより」や「保健室通信」にフードファディズム的情報が載るということは、無責任情報の責任情報化の一例である。
高橋久仁子教授のプロフィール
たかはし くにこ
1949年生まれ。日本女子大学家政学部食物学科卒業。東北大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。88年群馬大学助教授、96年より群馬大学教育学部教授。
妊娠と泌乳、味覚感受性、微量元素などをテーマにしてきたが、最近は食生活教育のあり方を模索している。食や健康の情報を正しく利用するために"フードファディズム"の考え方を啓発。食生活分野に根強く残るジェンダー(社会・文化的性)問題を整理し、女性も男性も自分で食生活を管理・運営できるようになるための意識の啓発にも努める。
著書に『「食べもの情報」ウソ・ホント』(講談社)など。

群馬大学のホームページはこちらへ。

8月末にウイーンで開催された「国際栄養学会議」に出席された高橋先生のひとこと
「フードファディズム」も「食とジェンダー」もともに"Nutrition Education "の"Nutrition Communication" の問題なのだということを再確認してきました。フードファディズムは、今までどちらかといえば、先進工業諸国の問題と考えていましたが、発展途上国には途上国なりにこの問題があることもわかりました。ジェンダーとフードファディズムを超えた食の教育が広まることを願っています。
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