SPECIAL
昨年11月フェリス女学院大学のフェリスフェスティバルで開催された「消費者であるために」という講演会(*)
〜企業と対立する消費者から対等な消費者へ〜という春木良且先生のお話をうかがい大変感銘を受けました。
数回シリーズで春木先生のこれからの時代の消費者についてのお考えを紹介します。

*主催は“消費者について考える会”
『社会運動としての消費者運動を考える』
〜技術と消費者との関わりについて〜
        その5-新しい社会運動としての消費者運動   2004.6.1
フェリス女学院大学国際交流学部国際交流学科助教授 春木 良且
さてここでは次に、非対称関係の例として企業と消費者間での消費者運動について考えてみたい。

企業と消費者の間には、明らかに非対称性がある。資本力や規模など、改めて指摘するまでも無いが、それらは企業自体が現代の社会においては重要な役割を持っているということと密接に関係する。

すなわち企業は、社会において経済活動を推進している主体であるが、それは多くの労働者を雇用することによって彼らの生活の糧を提供するという役割を果たしている。すなわち企業の労働者は、そこでは企業によって搾取されているのではなく、明らかに企業によって恩恵を得ている。

そのため、特定企業に所属する労働者は、特定企業の利益のために動くはずである。つまり、特定の企業は多くの利益の関係者を持つわけで、資本力のみならず、数的な側面でもまたその主体が持つ力でも、企業は圧倒的に個人を圧倒している。

その意味では、社会運動としての消費者運動とは、確かに非対称者同士の衝突であり、強者と弱者という対立関係を見ることができる。そこにイデオロギー的な観点で搾取や支配などを見ることが出来れば、問題の構造は単純化し、企業に対する消費者側からの反対運動として成立する。

しかし前述の様に、「新しい社会運動」の延長にある現代の消費者運動は、イデオロギー的な問題よりも別な原理によって動いており、それは最終的には文化的な問題に帰着してしまうことが多々ある。

例えば消費者運動には、欠陥商品、誇大広告、有害食品、価格の不当な引き上げ、動物実験に関する問題等々が考えられるが、それらが順法行為として行われている限り、どのような行為を行っても法律上は咎められることは無い。

元来法人制度とは、法によってのみ認められた仮想の人格に基づいたものであるがゆえ、法人たる企業は純理論的に言えば、法規によって決められたことしかできない、言い換えれば法人は違法行為を行うことはできない存在であるからである(注:あくまでも法規上、理論上の問題であって、現実にはそうではないのは言うまでもない)。

そのため、消費者運動は単純な反対運動としては成立せず、運動の力の根拠となるものが、最終的には非対称者間の価値観の違い、文化の違いに帰結してしまうのは前述の通りである。消費者運動は、感情的な問題、すなわち違和感や嫌悪感がその運動の根底にあるという、極めて非合理的な運動になってしまいがちである。

近年、企業のモラルハザードにまつわる事件、事故が多く報道されるようになってきている。「moral hazard」すなわち「道徳的危機」であるが、本来は保険会社の用語で、保険加入による損害に無関心になりかえって事故が多発することを意味していた。また金融の分野において、いわゆるセーフティネットの存在により、金融機関の経営者、株主や預金者等が、経営や資産運用等における自己規律を失うことを言う[10]。

しかし最近では、金融のみならず、製造業、食品、流通など企業に共通する概念となってきている。このモラルハザードは客観的に見ても現在の日本企業の抱える大きな問題であり、明らかにそうした企業側の意識の欠如が、一般消費者の購買意欲などを削ぐことで、現在の景気の低迷を引き起こしているといった側面があるのは否定できないだろう。企業のモラルハザードによって、企業と消費者の間の非対称性がより鮮明になってきていると言いえるであろう。

こうした企業のモラルハザードに関しては、企業側の情報開示の不足や欠陥が指摘されることが多い。非対称性を特に情報の観点から捉えて、市場経済を分析したものに、2001年のノーベル経済学賞を与えられたJ.スティグリッツ・コロンビア大学教授らの研究がある。

それは「経済主体によって情報に偏りがある場合の経済行動」に関するものであり、情報の非対称性が引き起こす2つの病理現象として、「逆選択」と「モラルハザード」が指摘されている[11]。ここでの文脈は市場経済であって、契約に対するモラルハザードを意味しており、一般的な企業のモラルハザードとは若干意味合いが違うと思われるが、本質的な問題は同じであろう。

確かに、情報量の問題によって企業と消費者の間の非対称性は大きく緩和される。実際証券市場に株式公開している企業すら財務情報は、客観的に見てかなり少ないものと感じることが多いし、会計監査システムの機能を疑わざるを得ない事例も多い。

しかしそれが本質的な問題なのかという疑問は付きまとう。企業は営利団体である限り、自らの営利活動に不利となる情報を進んで提示することはまずありえないし、それを期待するのも、本来の企業というものの存在趣旨からすればおかしな話ではある。

ここで再度考えたいのは、前述したように成熟した産業資本主義社会においては、純粋な消費者というのは存在せず、すべてが消費者であり生産者・供給側でもあるということである。企業を支えている様々な利害関係者が同時に消費者という側面をも持つとするならば、実は「企業のモラルハザード」は「消費者のモラルハザード」でもあると考えざるを得ないのではなかろうか。

実際、たとえば記憶に新しいが、あるスーパーが輸入豚肉などを国産品に偽装していた問題で、対象品購入者に対する返金額が販売の3.5倍にも及びさらに逮捕者まで出た事例などは、完全に消費者自体がモラルハザードに陥っているということ以外の何者でもない。こうした前提では、社会運動としての消費者運動が持つ反対のベクトルは、なんら説得力を持たないことになってしまう。

企業の抱える問題は、実は消費者側の問題でもあるのではないだろうか。本稿では、そこに新たな視点を発見したい。すなわち現代の消費者運動は、消費者自身へのベクトルを持たねばならないということである。

それは単に消費者のモラルの問題だけではなく、さまざまな要素を包含する。例えば企業情報の開示において制度的にいくら企業側から情報を開示されたとしても、消費者側がその情報を受け取る力を持たねば意味が無くなってしまう。すなわち消費者の意識と知識の問題として消費者運動を考えねばならない。

参考文献
[10] 教えてにちぎん,http://www.boj.or.jp/wakaru/yougo/yougo_m.htm
[11] J.スティグリッツ,薮下史郎他訳「スティグリッツ 入門経済学」,東洋経済新報社,1994年
2004年7月に続きます。
春木 良且助教授のプロフィール
はるき よしかつ

1956年11月生まれ。フェリス女学院大学国際交流学部助教授。
東京大学工学系研究科博士課程先端学際工学専攻 単位取得期間満了退学。
民間企業でソフトウェア開発、コンサルティング、教育などに携わった後、現職。
主な著書に『情報って何だろう』岩波ジュニア新書,『見えないメッセージ〜情報と人間の関係をさぐる〜』フェリス女学院大学など。
最近卒業生達とバンドを結成し、学園祭でデビューしました。(haruki@ferris.ac.jp)
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