SPECIAL
食料自給率とともに食品ロスは大きな問題…ですが、人々のそれに対する認識はどの程度でしょうか。
今月は福岡大学教授の田村先生に、食品ロスから見えてくる
ローカル起点の「新しい食の物語」の必要性についてお話をうかがいました。
 食品ロスの現状から――
 ローカル起点の「新しい食の構想力」に期待する
 2001.11.1
福岡大学商学部教授  田村 馨

○食品ロスは、生き方、国のあり方と一体である
食品に限らず、モノを大切にする習慣や意識は年々薄れている。多くのモノが「使い捨て」の対象になっている感がある。社会全体がモノの大切さに鈍感になるとき、社会は病んでいく。私たちは、毎日のように起こる常識外の事件に嘆き、憤り、愕然とする。それら現代の社会病理現象は様々だが、根っこは同じではないかとの想いがある。その根っこに「モノを大切にしない」価値観が一枚も二枚も噛んでいると考えることは、的はずれではないだろう。

しかし、そのような今日的な状況との対比で、食品ロスの実態を糾弾しても、共感は得にくいのではないか。なぜなら、生活スタイルとして、食品ロスを必然的、自動的に生み出す食べ方が組み込まれているからだ。

たとえば、食品ロスを出さない生活スタイルを貫徹するには、結婚披露宴に出席しない、開催しない主義に徹するのが手っ取り早い。通常の宴会も然り。ところが、その種の主義に徹する人を世の中では「変人」という。自ら進んで「変人」になる人は少ない。社会的に正しいなら世間的な支持が得られる、とは限らない。限らないどころか、世間的に浮いてしまうことの方が多い。

現代の食のあり方は、時代やその変化に規定されている。「昔に帰れ」的なスタンスから食品ロスを批判すれば、多くの消費者は反発したり無視を決め込むだろう。「豊かになった分、豊かさの証として、冷蔵庫を食品で一杯にしたり、ホテルで宴会をして、何が悪い」、「昔は、貧しさが食品を残したり捨てることを許さなかっただけ。豊かさを捨てろというのか」、「以前は食べ残しを犬や猫の食事にしたり庭に埋めたが、今はそのような住環境にない」と。

食品ロスを生み出す食料消費行動や食生活を変えることは難しい。極端に言えば、生き方や国のあり方まで変えないと、食品ロスの低減は実現できない。

○食品ロスに対する人々の危機感は少ない
日本人の食を振り返るとき、そこに確認できるのは、食と時代の一体的、共振的な関係だ。だから、食を題材や媒介にした論評が、時代を的確に捉えた鋭い文明批評、メッセージとなる。

これまで、私たちは、食料品の購買と食生活において「経済的な余裕に裏打ちされた食の多様化と簡便性」を追い求めてきた。その結果、世界でも類をみない豊かで便利な食を手にした。

一方で、現行の食のあり方に対する懸念や不安がジワジワと増しつつある。たとえば過食・拒食などの摂食障害や個食化などに、豊かさや簡便性と引き替えに失った何かを感じ取る消費者は少なくない。食品ロスに対しても直感的、感覚的に問題視する消費者が増えている。

しかし、環境問題が一般的にそうであるように、食品ロスに対する消費者の危機感は総じて薄い。食の安全性問題などに比べ、個人の利害に直接絡まないからだ。食品ロスを出さない方向で購買行動や食生活を変革するインセンティブを、消費者が進んで持つとは考えにくい。

○食品ロスを自らの問題として認識できる「新たな物語」が求められる
やや誇張していえば、消費者にとって食品ロス問題は存在にしないに等しい。しかし、社会的なレベルでは、食品ロス問題の解決が議論されている。

消費者が行動パターンや認識を変えるには、危機感、罪の意識、共感、感動、不快や快などの要素が大きく影響する。必要なのは、食品ロスを自らの問題として消費者が認識できる、これらの要素で構成される「物語」であろう。

食品ロス問題は客観的に存在するのではなく、食品ロスをめぐる言説が相互に交わされる何らかの物語の共有が進む中で、食品ロス問題の存在は消費者に認識される。そして、物語や共有プロセスの如何で、食料品購買行動や食生活を変革するインセンティブが芽生え、高まっていく。

食品ロス問題が物語的な事実として消費者に認識されるとき、食品ロスについて語り合う場と機会を、消費者、研究者、食品業界、行政など様々のレベルで仕掛けていくことがPro-socialな食料品購買行動や食生活の変革につながる、と私はみている。そして、そのような新しい認識パラダイムが求められている点に、現代の食料品購買行動、食生活の特徴と限界が垣間見られるのではないか、とも。

○専門家が紡ぐ「大きな物語」の限界
どういう問題であれ専門家が果たす役割は欠かせない。食品ロス問題も同様だが、消費者と同じ目線で、専門家も意見や情報を交換し認識や問題意識を共有していくことが、他の問題よりも肝要だと思われる。

消費者にとって日々の生活の中に食品ロス問題を見出す契機は少ない。その契機を専門家の言質(客観性を強調する、あるいは客観的事実を裏付けとする)やそれによる啓蒙に求めても、突破口は遠のくばかりであろう。

2000年度家計調査によると、エンゲル係数は、1963年度来、最低になった。家計における食の重みが年々軽くなれば、食をめぐる問題への消費者の関心も低下していこう。食品ロスに関わって一つの大きな物語を紡ぎ共有することは、ますます難しくなりそうだ。

○ローカルを起点に「新しい食の物語」が必要だ
それだけに、食品ロス問題に関わる利害関係者が何らかの物語を共有できる範囲はローカルなものにならざるを得ないだろう。専門家が紡ぎだした物語を多くの関係者が共有する時代からの転換である。仲間内的な範囲で共有される食品ロス問題が次々と他者に繋がり、ハイパーテキストともいえる物語が広く共有されていく展開―― IT分野で注目のP2P(Peer to Peer:対等な関係の人々を結びつける)型の展開が、食品ロス問題に消費者をはじめとする関係者を巻き込む指針となりそうだ。

過去を振り返ると同時に、望ましい食とそれへの関与を未来から振り返るための「新しい食の構想」を、ローカルを起点に描くことが必要である。
田村 馨 教授のプロフィール
たむら かおる
1954年生まれ。78年北海道大学卒業後、農林水産省入省。同省農業総合研究所(現、農林水産政策研究所)、鞄本総合研究所を経て、93年より福岡大学商学部。博士(学術)。99年8月から1年間、英国サリー大学サービス経営スクールの研究員として、ロンドンの南西50kmに位置するギルフォードに家族とともに生活する。
専門は自称「あって無いようなもの」。都市のマーケティング論、集客産業論、オルタナティブビジネス論、デジタルコンテンツ流通論など横断的な領域が主な活動分野。日本商業学会、日本フードシステム学会、日本NPO学会、日本ベンチャー学会、文化経済学会九州部会に所属。
著書は『都市のマーケティング:戦略的街づくりのすすめ』、『「集客モードの時代」のビジネス』、『日本型流通革新の経済分析:日本型流通システムの持続的・選択的変革に向けて』、『天神パワー:都市が変わる、流通が変わる、消費者が変わる』(編著)、『最新 よくわかる食品業界』(共著)、『現代日本の流通と都市』(共著)、『21世紀の観光とアジア・九州』(共著)、『食料経済』(共著)など多数。近年は、地域通貨の普及および地域通貨のビジネスツールとしての進化に実践的に取り組む。
趣味は、飲むことと走ること。


田村教授のホームページhttp://www.comm.fukuoka-u.ac.jp/~tamura/index.html
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