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細野 晴臣 (ほその はるおみ) |
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| 生年月日 | 1947年7月9日 | |
| 出身地 | 東京都港区白金 | |
| 母方の祖父はピアノ調律師でピアノ工学や音響学の理論でピアノの権威といわれた中野孝男氏。 幼いころから家にはクラシック、ジャズ、映画音楽等のSPレコードがあり、それらが遊び道具となる。 小学2年の冬休みから小学5年までピアノを練習する。 小学6年当時、テレビ番組『ローハイド』が流行り、その主題歌を通してカントリー&ウェスタンに夢中になる。 中学1年の冬、生ギターを買ってもらい、独学でマスターする。 中学2年当時ベンチャーズが登場。友人の鉄工所でバイトをし、自分でエレキギターを買う。その友人も一緒にエレキギターを買い、バンドを創ろうという話しになり、ドラムスのメンバーを見つけ、初めてのバンド『ブレッツメン』を結成。 1963年春、ビーチボーイズが『サーフィンUSA』をリリース。細野はその新しいサウンドに夢中になり、刺激を受けて作曲を始める。 立教高校に進学すると、ブレッツメンのメンバーは高校が別々なこともあり、活動がだんだんと下火になる。そのころ、小学校の同級だで芝高校に入っていた友人の誘いで芝高校のフォークグループに参加する。このグループは細野がリーダーとなり『オックス・ドライヴァーズ』として文化祭に出たりしていた。 その後オックス・ドライヴァーズは、芝高校の先輩を加え、第二期オックス・ドライヴァーズとなる。 一方で、高校2年のときには音楽部に入り、『パンプキンズ・フォー』というフォーク・グループを結成する。 高校3年の時、友人がアメリカ旅行の土産として持ってきた、ボブ・ディランの『アナザーサイド・オブ・ボブディラン』、『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』の2枚のアルバムを聞き、大いにひかれる。 大学1年の時、オックス・ドライヴァーズのメンバーを中心に『サブタレニアン・ホームシッカーズ』を結成。また、並行して女性ヴォーカルを入れた『トリップ』というグループも組む。 その後、同じ大学の柳田優に誘われて、ビートルズのコピーバンド『ドクターズ』に初めてベーシストとして参加。 〜 以降は『Story』を御参照ください 〜 |
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