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| Story 8 : ファーストシングル『12月の雨の日/はいからはくち』リリース |
| 1971年1月23日、キングレコードのディレクター三浦光紀との打ち合わせが行われる。 その打ち合わせは、前年12月にレコーディングしたものの、満足できるものができずに中断している『12月の雨の日/はいからはくち』のシングルのレコーディングと販売をキングレコードに任せるというものだった。 三浦は、URCレコードを中心にフォークに非常に興味をもっていて、それまでにも『フォークジャンボリー』のライブを手がけたりしていた。秦政明ともつながりを持っており、URC のミュージシャンとも早川義夫を通じて接触を持っていた。 また、三浦は、はっぴいえんどのファーストアルバムを聴いて以来、はっぴいえんどの大ファンであり、はっぴいえんどのレコードを創りたがっていた。 はっぴいえんどにとっても、メジャーであるキングレコードからレコードをリリースすることは魅力的であった。 一方、URC レコードは、シングル盤に関しては原盤権を持っていれば、販売はどこでやってもいい、メジャーで展開できるものはメジャーのレコード会社を通して大いに売り出したいという方針であった。 これにより、はっぴいえんどのアルバムは URC レコードから、シングルはキイングレコードからリリースされるということになる。 2月3日に『12月の雨の日』、28日に『はいからはくち』のレコーディングがキングスタジオで行われる。ミキサーは山崎聖次。 4月1日、ファーストシングル『12月の雨の日/はいからはくち』リリース。 この間、はっぴいえんどは、1月から2月にかけて高田渡のアルバム『ごあいさつ』、3月に岡林信康の『自由への長い旅』のレコーディングに参加している。 余談:この『自由への長い旅』のレコーディングで、ミキサーの梅津達夫がアコースティックギターの音をとても綺麗に録っていたため、後に『風街ろまん』のレコーディングに参加してもらうことになる。『風街ろまん』で『近藤武蔵』とクレジットされているのはこの人。 |