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信州Live on 信濃毎日新聞社 2009/2/24 リサイクル吹きガラス作家 松本の笠井秀郎さん |
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朝日新聞 2008/7/3 廃材に「プッ」吹き込む命 吹きガラス作家 笠井 秀郎さん
溶けたガラスに竿(さお)で息を吹き込み、器やランプシェードを作る。一つ一つ形が違う個性的な作品は、おしゃれな女性誌でも紹介された。 「実は全部ごみでできているんです」。医療器具メーカーやガラス工房から、端材や廃ガラスをもらう。ランプの足も水道の廃管や古いアイロン、不要になった車のハンドルを使う。 「資源の節約になるし、何と言っても安上がりですし」 笠井さんが独学で吹きガラスを始めたのは25年ほど前。長野県の広告会社で役員にまでなったが、「疲れちゃって」30歳で退職した。もの作りにあこがれ、芸術家を応援しようと同県松本市で画廊を開いた。ところが「プッと吹いたらすぐできる」吹きガラスに出会ったら、性に合ったのか作る側になってしまった。環境問題にも興味があったので、ガラスを溶かす窯も廃材で自作した。 廃ガラスは不純物が混じるので気泡ができる。自作の窯も温度が低いので溶けたガラスが硬く、形がゆがむ。「でも見方を変えれば、これも面白いと居直りました」 21日まで個展を開く美山かやぶき美術館(南丹市)は、築150年の古民家を再利用した展示空間。古いものに価値を吹き込む自分の作品に合っていると笠井さんは言う。 「古かったり、型通りでなかったりするものに、かえって良さがある。僕ら人間自身もそうかも知れませんね」 入場料500円。問い合わせは同館(0771・75・1777)へ。(高木友絵) 京都新聞 2008/5 リサイクル素材で優しい明かり 美山かやぶき美術館でガラス展リサイクルした素材を使った照明器具や食器などを並べた「笠井秀郎・吹きガラス展」が二十日、南丹市美山町島の美山かやぶき美術館で始まった。古民家の座敷や屋根裏部屋の展示室に置かれた作品が、優しい雰囲気をつくり出している。五十八歳の笠井さんは長野県松本市に住んでいる。会社勤めを経て、独学で吹きガラスを始めた。同かやぶき美術館での個展は初めて。照明器具の台座は、古いアイロン、船のスクリュー、車の木製ハンドルなどを活用、ガラスのかさをつけている。涼感いっぱいの食器類も並び笠井さんは「民家を利用した美術館なので、かしこまらずに見てもらえる」と話している。七月二十一日(午前十時ー午後四時半)まで。入館料は五百円(隣接の資料館含む)。月曜休館。(井上年央) 市民タイムス 2007/3/19 「創」の現場を訪ねて 多様な価値観 投影 吹きガラス作家 笠井秀郎さん ガラスくずを再利用するなどして、型にはまらない方法でランプや器を作る。日本大学文理学部応用物理学科卒。ものを作る人を応援しようと会社を辞めて31歳でギャラリーを始め、やがて自らも創作するようになる。国内外で作品展多数。松本市井川城三、五十七歳。特殊な蛍光灯を砕いたガラスくずを熱して溶かし、吹きざおに付け、膨らます。それを傘にしてランプを作るなら、さびた炭アイロンや船のスクリューなどの趣のあるリサイクル材料から土台を選び、使い古しのパイプを支柱にさまざまな中古部品をはんだごてでつなぎ合わせていく。初期の目的を果たしたもの同士を組み合わせ、新しいものに再生させる。「泡のない透明なガラスが良いとされるけど、それを人間でいうなら若くて健康でお金持ちが一番ってこと?」。大量消費社会の表面的な循環システムや、世間の画一的な価値観に対する疑問が、創作への思いの根っこにある。「病気でも貧乏でも障害があったっていいでしょ。古いもののほうが『面白い』っていわれたい」。工房の一角に並べられたぽってりとした柔らかいラインの器や、金属と組み合わされて西洋骨董(こっとう)のような雰囲気を醸すランプたちが、吹き込まれた作者の思いを静かに代弁する。 応用物理学は好きでも職場環境が肌に合わない気がして、大学を卒業すると仲間のように研究職には就かず、故郷の広告代理店に就職した。「徹底的にやる」性分で、一気に役員にまで上り詰めるが「頑張れば頑張るほど”ごみ”が出る」と、仕事に矛盾を感じ始める。「そういうことと無縁の世界にいきたい」。いつのころからか「三十歳定年」を心に決め、予定どうり実行した。勤めていたころ、もの作りをしている人との出会いがあり、自由な生き方にあこがれてきた。「彼らを応援できればいいなあ」。昭和五十六年、三十一歳のとき、松本の中心市街地で現代美術を扱うギャラリーの経営を始めた。当時としては珍しい土蔵を改装した空間でも話題になったが、じきに手狭になる。環境問題やリサイクルに関心があったから、思い切って廃材でギャラリー兼自宅を建て、三年後に移った。吹きガラスはそのころ、あるガラス作家と知り合った縁で庭に窯を築き、リサイクルの一環で始めた。「求める人がいてくれたからそれが仕事になっていった」。もう二十年以上たつ。ギャラリーを兼ねた自宅と、庭先に建てた小屋が工房だ。建築から約四半世紀たった今は、周囲の田んぼもわずかになり、すぐそこまで住宅団地が迫っている。ガラス吹きは春と秋、手作りの窯を据えた小屋の中で行う。素材の変容を見守る姿勢で「火に委ねて素材とのコラボレーションを楽しむ」。目指す「結果」はないから、あぶり直しもしない。一点は五分ほどで完成だ。「どうせ思うようにならない、割れたらまた材料になるしね」。そんな柔らかな思いがはぐくむ作品は、長いガラス文化を持つ西洋人の目には特に新鮮に映るようで「日本より西洋の方が支持層が厚い」という。 人は一つの物差しでは測れないし、そうする必要もないと思っている。「工芸とかアートとか立体とかクラフトとか、どこにも属さないものを作りたい」。作っているときの気持ちの高揚を楽しみながら「世間の流れにとらわれずにもうしばらく、今のあいまいなところを歩いていきたい」と思う。 (白沢幸恵) |
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津軽三味線(音色) ランプの光(演出) 松本の演奏会に120人 2006/10/9 信濃毎日新聞 松本市刈谷原町の「ヴィオ・パーク劇場」で七日夜、津軽三味線奏者、二代目高橋竹山さんの演奏会が開かれた。「三味線と灯(あか)りのコラボレーション」がテーマ。市内の吹きガラス作家、笠井秀郎さんが制作したランプに照らしだされ、激しくかき鳴らされる三味線に約百二十人が聴き入った。高橋さんは「三味線よされ」「津軽あいや節」など十二曲を披露。前衛絵画を飾った会場で弾いたことはあるが、明かりとの「共演」は初めてといい、弾き終えて「演奏中にランプが視界に入ると、ほっとした気分になった」と振り返った。笠井さんは、ガラスを再利用し、優美な曲線が特徴の照明器具や花器などを作っている。裏方として照明の強さを調節しながら演奏を見守り、「三味線とガラス細工が影響し合い、両方の世界が広がればいい」と話していた。同劇場は二十二日まで笠井さんの作品展を開いている。入場無料 |
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よみうりロマンの旅 vol. 45 2006/5/20 読売新聞社 廃ガラスの優美な作品「ギャラリーKURA」 |
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アントレ(特別編集) 独立事典 2004/1/15 リクルート 超スペシャルな仕事を超ハートフルに
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一枚の絵 2003/9 一枚の絵株式会社 松本のアートスポット ギャラリーKURAと笠井秀郎![]() 松本市郊外に住む笠井秀郎さんは、松本の現代美術の情報発信基地として二十三年間で計二百回以上の展示会を開き、一九八三年からは草間彌生に力を入れた。しかしいまは吹きガラス作りに追われている。始めて二十年、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ベルギー、チェコでガラス展を開いてきた。屑ガラスを再利用して作った作品は、ポテッとゆがんだ曲線、落としても壊れそうもない厚手の作り、優しさと温もりが特徴だ。自宅まで造ったリサイクルアーティストの目下の夢は古代のガラスを再現することである。 |
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クリエーターズコラムマガジン「Zekt」 まぐまぐ 2003/4/14 G ┃L ┃A ┃S ┃S ┃ 吹きガラス作家 笠井秀郎さん(53才)が本音を語る… ガラス作品なのに、見ているだけでほんわかあたたかな吹きガラスを作られる作家の笠井秀郎さんをご紹介します。広告のお仕事から、リサイクルガラスを利用したガラス作家への転身の真意とは?自宅兼現代美術のギャラリー(KURA)のオーナーでもある笠井さんの思いをご覧ください。 ★笠井秀郎さんのプロフィール★ 長野県松本市生まれ。大学卒業後、広告代理店に勤務。その後独立しギャラリーを始める。友人のガラス窯でガラスを吹き始め、現在に至る. 【編集部の目】 ガラスというとどうしても、精巧で研ぎすまされたというイメージが強いような気がしますが、彼の作品は見ていても、ほんわか柔らかさと暖かみにあふれた作品です。リサイクルガラスを用い、その時々の偶然が生み出すものを大切にしているとおっしゃるだけに、自然でいてたくましいガラス。ガラスをたくましいというのも変な言い方ですが、まずは笠井さんのホームページをご覧ください。作品は3,500円くらいからあるとのこと。展示会が主ですが、サイトに取扱い店の案内がありますので、お近くの方はぜひ足をお運びください。プライベートではガラス展を口実に一家で犬連れて旅にいくとおっしゃる笠井さん。楽しそうな様子が目に浮かびます。今度はぜひ展示会に寄らせていただきますね。そして、読者の皆様、まずは彼のホームページをご覧ください。このたびはお忙しいところ、インタビューにお答いただきありがとうございました。今後の笠井さんのご活躍を陰ながら祈っております。 |
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鉄くずや廃ガラスから幻想的な光がもれてくる――。廃材や廃品の造形を光のコントラストによって浮かび上がらせる新しいタイプのリサイクルアート作品が目立ってきた。食器や照明など実用に使える作品が増えているのも最近の特徴だ。 群馬・渋川の伊香保グリーン牧場に隣接するハラミュージアムアーク。巨大な厩舎のような美術館に入ると、ボウリングのピンの形をした無数の照明が怪しい光を放つ壁画が目の前に迫ってきた。 ピンは、実は清涼飲料の瓶を縦に切断したものだった。テラゾと呼ばれる人造大理石のブロックに手前・奥6本ずつ埋め込まれ、そのブロックが縦横13個ずつ積み上がっていた。裏側の蛍光灯の光が瓶を通り、幻想的な世界に誘(いざな)う。 腕組みして見上げていた男性(70)は「とても瓶には見えない。じっと見ていると壁の中に引き込まれそうになる」と話す。 同美術館で開催中の「三宅道子展」では、通常捨てられる写真フィルムの先端部分に光を当てて映像を作り出す作品なども展示。三宅さんは「見過ごしがちな不要品に光を与えると、違った形で生まれ変わる不思議さを表現したい」と話す。 千葉・印旛日本医大前のメタル・アート・ミュージアム・光の谷で開催中の「たべ・けんぞうの世界展」では、現代彫刻作家のたべけんぞう氏の新作「STARDUST」が目を引く。機械部品、鉄線、玩具などの廃品を生け花のように配置して金色に装飾、さらに約20個の豆電球をちりばめた作品だ。「廃材を使うことで鑑賞者も元は何だったんだろうと興味を抱いてくれる。日常生活にリサイクル製品が多く入り込み、リサイクルアートも違和感なく受け入れられるようになってきた」とたべ氏。 廃材や廃品を使う動きは、新聞などを貼り付ける20世紀初頭のコラージュに始まった。その後既成概念を否定するダダイスムが生まれ、戦後は作家のイメージをあらゆる材料でオブジェ化するジャンクアートなどに昇華していった。しかし、「不要品そのものを再生するリサイクルの概念がアートに取り入れられたのは最近のこと」と安田篤生ハラミュージアム副館長は指摘する。 単なるオブジェとしてではなく、食器、照明など実用品として使える作品が増えたのが最近の特徴で、循環型社会の波がアートの世界にも押し寄せてきた格好だ。 吹きガラス作家の笠井秀郎氏は、廃ガラスを使って花器、食器、照明などを作る。「色や材質の違う廃ガラスを混ぜ合わせるため、意図しない色や気泡が出たり、形が不ぞろいになったりして、それが逆に従来のガラス製品にない暖かみを醸し出す」(笠井氏)。笠井氏の作品は、東京・新宿の「ゆうど」、大阪・吹田「クラフトギャラリー ぐらーじゅ」などで常設展示されている。 笠井氏は「ゆがみ、凹凸などのハンディが逆に個性として輝くのがリサイクルアートの長所でもある」という。 |
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ギャラリーKURAのこと 古いものからこそ生まれる美しさ やわらかく暖かみのある形と色 |
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環境問題だけでなく、純粋に古いもののほうが味があるという理由で、作品の素材としてリサイクルガラスや、古材の鉄や木を扱うことが多いという笠井秀郎氏。現代のモノは効率的で使い勝手もよいが、合理性ばかり求めず、ほのぼのとしたものをつくっていきたいという彼の照明は、ガラスもスタンドの木も古材でつくられており、古いもののもつ味わいが生かされている。洋風に使うならアンティーク家具と合わせたい。
¥32000/W17XD18XH25cm(ゆうど) |
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ECO・らいふ 暮らしは、生き方 秀郎さんの吹きガラス 1997 石川環境ネットワーク その一輪ざしや花の器やグラスを見た時、ガラスなのに冷たさよりもぬ<もりを感じさせるふしぎなガラスだな、と思いました細かい泡つぶがあちこち流れるように入っていたり、筆のひとはけのような縞もようがあったり.作ったのは、松本に住み、市内のギャラリーKURAのオーナーでもある笠井秀郎さん。笠井さんの作品の材料はガラスの破片やワンウェイぴん、いわゆるくずガラスです。「でもそれにしちゃ高いと思うでしょ。たしかに原料代だけは安いんだけど、とかすのに燃料も要るし、新しいガラスで作るより手間かかるし、僕の生活のこともあるL、それにさ、あんまり安いと大切にされないですぐまたごみになっちやうからね、アハハハ」。建築廃材を利用してほとんど自分で建てた自宅兼ギャラリー、ガラスをとかす窯をたく燃料も、ガソリンスタンドで分けてもらうエンジンオイルの廃油。そんな笠井さんにガラスづくりの話を聞きました。 リサイクルってことで言えば、僕はもっと積極的なとりくみをしたいなと思ってるの。古いものでも、くずでも、こんなきれいなびんに生まれ変わる、っていうんじやなくて、古いからいいんだよ、っていうのが僕の考え。実際には、古いガラスで作った方がよりいい色の効果が出るし、新品のガラスからは出せない味わいみたいなもんが生まれるんだよ、泡なんかもね。ほら、よく、障害者でもがんばって生きている、という言い方、あるじやない。子どもなのに、とか、年寄りでも、とか.本当言ったら、障害の人がよりいいもの持って輝いてたり、子どもの方がよりピュアだったり、ってこともあるのにさ。無農薬だからってまずいもん食わせて平気なレストランあるけど、それは質というかな、作っている人のスピリッツの問題で、やっぱり、いのちを入れてやらなくちゃあ、ねえ。 古紙のリサイクルがたくさんの矛盾を抱えた不完全な輪でしかないように、ガラスびんのリサイクルもまた、本当の輪としてまわっているわけではありません.かつてのように酒屋さんが、地域での生きぴん(リターナブルびん)の回収ポストの役割をいくらかは果たしていて、回収業者との行き来もスムーズだったころと違い、今では再生工場に行くはずのカレツト(ガラスくず)どころか、生きびんでさえも、びんを洗う工場からひどく遠いような場合には、こっそりながら埋め立て場に行ってしまうこともあるのが現実、だと言います。そんなことも見えてくると、スチール缶ならまだ土の中でさびて無くなりもするけれど、ローマ時代のものが今も形として残るガラスがどんどん土に埋められては大変だ…‥、そんな危機感もまた、笠井さんがガラス吹きを始めたきっかけの一つでした。もちろんそのガラスづくりにもエネルギーはかかるわけだし、ベストなのはそのままで再使用すること。笠井さんはアメリカに旅した時、ガラスを砕いて砂のかわりにして舗装に使っているのを見たそうです。また、友人が風呂場の床にびんを逆さに立てて、すきまに粘土をつめて風呂場にしきつめた例も知っているとのこと。そういうことが人間の知恵なのでしょう。回収しているから、どんどん使っていいのではなく、大切なのは使う量を減らすことです。 環境で大切な3つのR、Recycle,Reuse,Reduce(減らす)のうち、最後のRが肝心だね。リサイクル、リサイクル、ってかけ声だけでつき進んじゃうと、それは企業の肩棒かつぐことなんだから。人間はきっと地球から見ればガン細胞みたいなもんじゃない?仲間に入れていただきます、って謙虚にしていないと、このままじゃ本体の、地球のいのちの方を縮めてしまうよね。 笠井さんとお話して数日後、いくつかの資料が笠井さんの吹きガラスの絵はがきとともに送られてきました.93年秋にはニューヨークで友人と手吹きガラスの二人展 「Soft and Warm 」 を開いたこと、会場に笠井さんは青の一輪ざし350個を床に並ペて「風」と名づけ、それを見た人たちが 「色も形も違う人が集まるマンハッタンの群衆みたい」と感じてくれたこと、などを新聞記事の切りぬきから知りました。「その(群集の)中には、障害者やエイズキャリアの人もいるよねj という笠井さんの短いコメントが、まさに笠井さんの、いろんな個性を持つ人たちとともに生きる、という姿勢そのものだなあ、と思いました。 笠井さんの吹きガラスの花びんには、庭の隅の何気ない草の葉とか、そばの花とかが実によく似合います.雑草とよばれる草ひとつも酸素を出してくれているんだね、そう気づくことも人間の思いあがりをなおす初めの一歩なのかもしれません。 |
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コンフォルト 199 私は10年程前から「空ビン」や、近くの安曇野ガラス工房から出る「くずガラス」を使ってガラス吹きをしています。 そもそものきっかけは、不燃物埋め立て地に大量のガラスが捨てられているのを見たからです。中にはリサイクル可能なビンもありました。ガラスを回収して遠方の工場まで運び、再び利用するという事は、ガソリンを消費したり排気ガスをまいたり、ビンを洗うのに大量の水を使ったり、実は環境にはよくなかったり、コストの点にも問題があるようです。 ガラスは安定した素材のため何千年でも地中に残るのではないかと、一人胸を痛め、リサイクルガラスでの吹きガラスを思いついたのです。 窯もリサイクルの耐火レンガ、燃料はガソリンスタンドからもらった使用済みのエンジンオイル。試行錯誤の結果5年ほどしてようやく花器などができるようになりました。しかし売れなければ、ただの自己満足です。幸い知り合いのギャラリーや画商さんが扱ってくれたので、今では年間10回程の個展の準備に追われる程になりました。一般的にガラス作品は、技術のかたまり、ピッとしているのが常ですが、私のはまるで反対、分厚くて歪んでいます。おそるおそる扱うものとは異なり、手で触れて温かい感じがするガラスになりました。原始的な窯で毎日条件が違う中から生まれた結果なのでしょうが、新しい材料を使って最新式の設備で作るより味わい深いものになっているようです。規則だらけの現代社会に生きる人々にとっては、私のガラスはなにかホッとするもののようです。 93年にはニーューヨークで友人と二人展を開きました。ガラス先進国での展示会は緊張しましたが、意外と好評でした。来年にはオーストラリアで個展の予定もあります。燃料も廃油では間に合わなくなって灯油を使っています。リサイクルのつもりが、いつの問にか作家活動になってしまいました。 ガラス吹きを始める前から現代美術のギャラリーをやっていますが、これも古材を集めて自分で建てたものです。エコロジーと言うと聞こえがいいのですが、本当はお金が無かったからという事もあります。環境にも懐にも優しいリサイクル、他のジャンルの物づくりの人にもあてはまるのかもしれません。 |
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