logo1

第 2 頁

Kaoru彼女の父親は高等裁判所の裁判長判事を長く勤めていた。戦後、東京裁判が終わってから大阪にやってきたキーナン検事と民生局で活躍したという。判決でも、例えば無実を訴えつづけた金森老人事件で一審を破棄、無罪としたり、西宮の若妻殺害事件で逆転させたり色々な記録を持っている人だった。

三人の娘をとても厳しく育てた。体罰こそなかったが徹底したスパルタ教育で、自らも毎冬寒中水泳を欠かさなかった。長女を大学教授に、次女を医師に嫁がせ、三女のやすえさんは法曹人と結婚させる積もりで、若い判事や検事と何度かお見合いさせた。

久しぶりでお宅にお邪魔した。宅調の机の前で、私はまるで取調べでも受けているような具合になった。何故気に入らないのかを縷縷説明する。

その第一が、氏素性だったのは意外だった。確かに私は何処の馬の骨なのか、自分でもわからない。その次が母子家庭であるということだった。これは事実だ。だが、母親を侮辱されたような気分になった。そして、東大生で無いこと。これも事実だ。この父親は、東大以外を大学と見とめていない。次女の結婚でも、卒業した医大が北海道だったから『北海道に大学があるのか』といってもめたらしい。

それからやっと病気が出てくる。これが反対の理由の前面に出てきていたら、私も納得せざるを得なかったかも知れないと思う。とにかくダメなものはダメ。一切近づかぬ様に。

呼ばれて行って、辱めを受けた感じを持って帰った。以来、彼女は外出が困難になり、電話も取り次いでもらえなくなった。携帯などはその頃無かった。友人達が動き始めた。

彼女は中学時代、京都の私立女子中の寮から学校に通っていたが、その頃からの友人が数名集まった。ものすごい美人ぞろいだった。結束が出来て私は、私の友人達を紹介した。私の方は全員、京都の高校時代の友人だった。お金が無い。会費制にしよう。式場は?知人がいるから市営式場でどうだ。偶然だったが、彼女の友人の中に一人、顔見知りを見つけた。京都の衣笠と言う所にいたとき、裏の家に住んでいて良く遊んだ、みさこちゃんだった。彼女、私の顔を見るなり『あー、シュウちゃん』と叫んで皆を驚かした。彼女もまた衣笠一の美人の一人だった。

再び、父親から呼び出された。まだつきあっておる。けしからぬ。戸籍は汚れてはおらんようじゃが・・・ふと見ると、私の戸籍謄本が机の上にある。東大で無いから話にはならんが、結構点を揃えるとるようじゃな。え?成績まで調べにいったのか!学校に残れといわれたそうじゃが、何で残らなかったのか。えぇっ?ゼミの教授に会いにいったのか?司法試験を何故受けんのじゃ。

そんなもの受けたら法曹人になってしまう。それに、こっちは半病人みたいなものだ。再び厳しく出入り禁止を申し渡され、彼女はそれ以来、実質軟禁常態になった。何処へ行くにも母親がついてくる。その間、いくつもの見合い話が持ちこまれる。彼女の我慢の限界がきた。

11月9日の日曜確保した、と友人の一人が連絡してくる。彼女の家に友人が遊びに行き、それを連絡する。立会人はその時既に結婚していた私の方の友人夫妻が役割をになってくれる。それにしてもどうやって彼女を連れ出すか。その役割を彼女の友人の一人が請け負った。
marr1
11月7日、山本さんという友人が、彼女の家を訪れる。なかなか警戒が厳しいが、古くからの女友達だけに母親も幾分気が緩んでいたと思う。お茶の用意に席を立った隙を見て、最低限の化粧道具と当座の着替えを小さく丸めた包みとを山本さんは空っぽの自分のバッグにしまいこむ。部屋に戻った母親の目の前で本を借りる。すぐ読めるから明後日返しに来るわ、と母親に聞こえるように言って帰る。本のケースには預金通帳が入っていた。

marr211月9日、日曜日は快晴だった。早朝から山本さんが彼女の家にやってきた。母親の前で本をかえすと、あらら、酷い頭してるじゃない。もう美容院に永いこといってないの。おばさま、やすえちゃんを美容院に連れて行ってはいけません?あぁ、私も気にはなっていたのだけど。行くのだったら、いつもの所ではなく、直ぐそこのにしなさい。えぇ。

すぐそこの美容院に行くのに、靴ははかない。母親が見送りに来た玄関先でサンダルをはく。しまった、おととい来た時、靴も持って帰るべきだったわ。上着は暑いのじゃない?と言う母親にもう11月よ、と言って上着を持って出る。普段着の緑色のスーツだ。まさか日曜の朝から正装は出来ない。定期券の入ったバッグは母親が預かっている。

美容院で大急ぎで梳き付けだけで頭を整えて、そのまま電車にのる。京都に着いてから、靴屋に寄って黒のハイヒールを買う。式場の控え室で待ち構えていた友人達が、化粧を手伝う。普段着のスーツだけではさすがに淋しい。別の友人がせめてチュールだけでもと思ってもってきたわと頭にかぶせる。

式が始まる。立会人の夫妻は一応式服。私も略礼。その式場の決まりで、助役さんが市長に代わって祝辞を読み上げ、婚姻届に署名捺印する、それに立会人が署名捺印すると言う手順だった。無事に終わると、披露宴などは出来ないから、これも友人達が手配してくれた喫茶店の二階に集まった。一人500円の会費制で、お茶とケーキだ。50人ぐらいだったか。みさこちゃんも友人代表で挨拶してくれた。和気藹々の親睦会のようになった。彼女は当然ながら一人の親族も呼ぶわけには行かなかった。私の方もそうした。弟妹や、いとこはどうしても出たいというのを招いたが。

日暮れにはお開き、私と彼女は「ケッコンシタ。フタリトモシアワセデス」と言う電報を彼女の両親宛に打った。それから淡路島に出かけることにした。休暇は5日ある。住まいは、私の就職と同時に申し込んだ公団住宅があたり、この日までもう何ヶ月もカラ家賃と、光熱費の基本料金を払っていたのがある。但し家具はない。

休暇を終わって会社に出てみるとえらいことになっていた。


【クリックで第三頁へ】    【Homepageへ   【Saloonへ】  【前頁へ】