朱衣談義・回顧

2005年9月

【TOPへ】  【朱衣談義へ】  【書庫へ】


2005-09-30 (Fri)

総理大臣の靖国神社参拝について東京高裁と大阪高裁と二つの判決が出た。

東京高裁は総理大臣としての参拝ではなく私的参拝であるから違憲ではないとした。

大阪高裁は総理大臣の職務としての参拝であり憲法違反であるとした。

これに対して細田官房長官は、暴論だと言ったそうだ。

今までにも小泉首相の靖国参拝に対していくつかの訴訟が起こされているが、どの判決でも原告の請求(首相の参拝によって憲法上の権利を侵害され、何らかの物的、精神的被害を蒙ったから損害賠償や慰謝料を請求するなど)に対して、『原告には首相参拝によって被害は無かった、あるいは原告には請求する権利が無かった』などと言うのが共通した判断で、被害も権利も無かったのだから、原告の請求は棄却する、と言うものばかりだった。

請求を認めないのだから、首相の参拝が憲法違反かどうかを判決で述べる必要は無い、との理由で、判決は憲法違反問題には触れることは無かった。昨日の東京高裁判決も私的参拝だと判断した点以外では同じだ。

唯一の例外が昨年四月の福岡地裁判決だ。福岡地裁も原告の主張する権利の侵害はなかったと言う結論なのだが、9月30日付日経夕刊(23ページ)の記事を引用すると『(司法の)判断を回避すれば今後も同様な行為が繰り返される可能性が高く、違憲性を判断することを自らの責務と考えた』と述べて、首相の参拝は違憲であるとしている。(この判決は原告控訴せず確定)

ところが今日の大阪高裁判決は真正面から首相の参拝を『憲法違反』であると述べた。

憲法の政教分離の内容、総理大臣が政府機関のひとつであること、などについては大きな異論はない。だから政府・小泉首相は、参拝を私的行為だと主張してきたが、これほど厚顔な主張は無いと思う。

一方、遺族会や靖国側では、日本の総理大臣が参詣してこそ、英霊や神社の体面が護られるのだから、公人ではない、普通の一神奈川県民の参拝ではありがたくも何とも無い。これでは神社本庁としても選挙協力は出来ない、と主張する。

だから、靖国参拝を選挙の公約にした。参拝の時に、総理大臣・小泉純一郎と記名する。献花代は一国民・小泉のポケットマネーからだというが『神様』は肩書きにはこだわっても別に領収証を見せろとは言わないからこれは自慢しても始まらない。

死んで護国の鬼となるといい、靖国の花となろうとちかいあって、若い命を特攻攻撃に捧げたのも、戦争初期からの話ではなく、学徒出陣など、敗戦色濃厚となってからの大日本帝国の国策によるものだった。

戦前、靖国神社は政府機関だった。政教一致の時代だった。だから総理大臣が参詣するのは保守政治家の感覚から言えば当たり前のことだ。公明党はこの点で自民党とは違うはずだが、なぜ大きな声での発言が無いのだろう。

本当に憲法を守らなければいけないと思う。憲法を守ることが一般の戦没者の慰霊になることを今一度良く考えたい。

2005-09-29 (Thu)

韓流ドラマにはまり込んだ妻に連れられて『四月の雪』と言う映画を見に行った。

いままで妻がテレビで見ている韓流ドラマを時々は覗いていたのだが、それらと『四月の雪』とは少し様子が違っていた。映画とテレビドラマとの違いかもしれない。

物語のプロットはきわめて単純だ。

不倫の男女が男は出張、女は休暇と偽って自動車で旅行中、交通事故で瀕死の重傷を負い意識不明のまま同じ病院の集中治療室に運び込まれる。

そこで男の妻(ソン・イエジン=なんて美しく品位のある女優だろう)と女の夫(おなじみヨン様)がその病院で知り合い、二人の仲は第二不倫ともいえる情事に発展する。

結果として交通事故の不倫男女のうち男は死亡、女は生き返る。

女の夫であるヨン様は妻の病室を出て、夫を亡くしたソン・イエジンをともない、自動車で雪の降る中を旅に出る。 『私たちどこへゆくの?』 が最後の台詞。ラストシーンは自動車のワイパー。

『私たちどこへ行くの』の答えは物語の進行中に随所で複線として用意されている。

不倫の夫を持ったソン・イエジンと、不倫の妻をもったヨン様とが次第に親しくなったある日ソン・イエジンから『貴方はどうするつもり?』と聞かれて『復讐します』と答える。相互不信。反発。

病院通いの途中でお互い何が好きかと尋ねあい、ソン・イエジンは『春』と答え、ヨン様は『雪』と答える。ヨン様の台詞『春には雪は降りませんよね』 きっかけの探索。

もっと親しくなって二人で食事をするようになった時、これからどうするかの話題の中で、冗談紛れにソン・イエジンが『不倫しましょうか』と言って笑いに紛らせる。積極的アプローチ。

本当に二人が不倫関係になり、情事の後、病院からの知らせでソン・イエジンの夫が死亡したことを知る。夫の死に間に合わなかったソン:イエジンは罪悪感で夫の不倫を責められない。閉塞。

一方、ヨン様の妻は蘇生して予後も快調だが、ヨン様は妻を許す気になっている。しかし、妻の不倫相手が死んだことを告げたときの妻の反応はショックだった。起承転結で言えば『転』

恋人の死に嘆き悲しむ妻の心の底を絞るような泣声から逃げ出すように病室のドアを後手でにしめ、振り向きもせず出てゆくヨン様は、ソン・イエジンを誘って車に乗る。 決であり結となる。

春なのに雪が降っている。深々と積もっている。フロントグラスに降りしきる雪をワイパーが掻き退ける。前方がかすんで見えない雪景色の中を走りながらの会話。 余韻。

『私たちどこへゆくの?』聞かなくても判るだろう。

この映画は韓国では人気がないそうだが、それはここにはカンフーは出てこないし、大金持ちの家族の話も、室長、理事、総支配人、などと職名で呼びあうビジネスの話も、血縁・非血縁の兄弟姉妹も、孤児院育ちも、記憶喪失も、外国遊学も、出てこない。

木下恵介や小津安二郎などの一部の作品の日本情緒調の系譜をひているように思った。

2005-09-28 (Wed)

欧州滞在中は夏休みだったから、孫たちと学校の話はしなかった。

ブリュッセルの子供たちは、今まで通っていた小学校から、新しく小中学校併設の学校に転向することになっていた。

学童の登下校は保護者の責任で、日本のようにこどもたちだけで学校に行き帰りすることは無い。車社会だから親が車で校門まで送り迎えする。一部では待ち合わせての集団登校はある。その場合も待ち合わせ場所までは親が送り届けなければならない。

娘の所のように親が働いる家庭は日本と比べ物にならないぐらいに多い。いろんな職業の人がいろんな地区に住んでいて、お互いに協力し合って送迎のために車をプールするなどの工夫をする。

一つ驚いたことがある。孫娘がいうのに、学校には7時半になるともうきているおともだちもいるのよ。7時半に学校に行かないとお母さんの仕事の時間に間に合わないからよ。授業は9時から始まるのだけど。

その間、その早起き鳥の子は一体何をしているのだろう。それより何より、学校はあいているのか。冬の暖房は準備できているのだろうか。学校には早起き鳥の子供たちのケアをする先生か職員はいるのだろうか。

娘が説明する。学校はこうした早朝出勤のお母さんをもったこどもたちをうけいれて、面倒をみてくれる。子供たちはサッカーをしたり、本を読んだり、宿題をしたりしている。朝食を持ってきて食べる子もいる。

一方朝は、始業時刻にこどもをつれてくることができる両親でも、下校時には間に合わないことが多い。そういう場合は、下校専門の『ベビーシッター(ベビーではないがみんなそう呼んでいるそうだ)』を雇って、学校から自宅までつれて帰ってもらう。放課後は学校に残さず直ちに家庭にまっすぐ帰すのが原則だという。

子供を持っても働き続ける親たちのためのインフラがかなり整っている。

日本ではどうだろう。まず学校が午前7時半に校門を開けてくれるだろうか。構内に入れた子供たちには管理・監督責任があるが、そんな面倒を見てくれる教職員などはいるだろうか。

日本では最近『学童保育』が浸透しつつあると聞く。ただし、まだまだ全国規模で全学校・全学童を対称にしたものではないそうだ。日本の学童保育は既存の学校を施設として利用するものが多いそうだが、これが、全国どこの小学校でも制度として設けられるようになれば欧州に負けないシステムが出来上がるのだが。

日本の優れている点は放課後のケアをするところもあることだ。(全国・全校・全学童対象ではない)日本の小学校の授業時間は短い上に、働いている保護者の勤務時間が長く帰宅が遅いから、どうしても放課後保育の必要が生じる。

こうした施設からの帰宅はどうなるのだろう。日本でも下校については親の責任とされているが親の代わりに下校する学童を預かって自宅まで送り届ける『ベビーシッター』のような職業はない。あるかもしれないが一般的ではない。

少子化対策などの一環として子供を持つ親が働きやすい環境を、もっともっと力を入れて整備してほしいと思う。

2005-09-27 (Tue)

EU欧州連合が加盟国の住民の国語力についてこの6月に調査した結果が発表されたと言う。

それによると住民の半数がバイリンガルで、第二国語は英語だったそうだ。

バイリンガルの定義が出ていないから、はっきりとしたことはいえないが、ルクセンブルグでは住民の99%が二ヶ国語を習得しているという。

ルクセンブルグでは、ルクサンブルジョワ(ルクセンブルグ語)と言う言葉はあるが実際に使われているのはフランス語の方言のようなもので、もう一つ通用度の高い言葉をきちんと覚えないとやってゆけない。正規のフランス語と、そしてドイツ語とを習得するのが普通だ。最近ではドイツ語に代えて英語を取得する人が増えていると聞いた。

ベルギーでも似たようなもので、公用語はフランス語、オランダ語と一部地域限定のドイツ語とだが、実際に話されているのは、正規のフランス語の代わりに、フランス語のベルギー方言、正規のオランダ語の代わりにオランダ語のベルギー方言(フレミッシュ語)などだ。他に地方ではワロン語も使われる。

フランス語のベルギー方言よりもオランダ語のベルギー方言のほうが言葉としては独立性が高いと思う。オランダでは廃止してしまった格変化などをベルギー弁では残している。

それに比べるとベルギーのフランス語は、やっぱりベルギー弁としか言いようが無い様に思う。文法ではフランス語だが、ベルギー独特の表現などが多い。

少し前に石原都知事がフランス人は数も勘定できないと言った趣旨の発言をして物議をかもしたが、それはフランス語では例えば70と言う表現が無く、60+10と言う表現をする、80については20x4と言う表現をする、90などとなると20x4+10となると言ったことを捉えてのことだったと思う。

これがベルギーのフランス語では80を除いてちゃんとあるのだ。70はセプタントといい、90はノナントという。買い物に行って数を言わせればたちまちベルギー人だとわかる。

さらに、スイスのフランス語では80までちゃんとある。オクタントという。

EUの調査では、こうしたベルギー・フランス語やスイス・フランス語などを別の言葉として数えているのだろうか。

バイリンガルで今一つの問題はどのレベルでのバイリンガルなのかということだ。小学生のバイリンガルに、ビジネスマンのバイリンガル、商店街の売り子、ホテルのフロントに旅行業者、学者、芸術家などなど職業や生活環境によってはバイリンガルが当たり前と言った住民も多い。

私たちがベルギーにいたときこどもたちには正規のフランス語での教育を受けさせたいと考えてブリュッセルにある、フランス教育省のリル学区の管轄に属するブリュッセル・リセ・フランセという公立の小中高12年一貫教育の学校にいれた。

大学に進む頃には美しいフランス語を使うようになったが、ベルギー人の友達が出来にくくなった。やっぱりベルギーではベルギー弁を話さないと、大阪の下町で東京弁を話しているような格好になってしまうから、ちょっと距離を置かれるようだ。

今は日本にいる次女はそのまま正規のフランス語をキープしているが、ブリュッセルに住む長女はベルギー弁になっている。子供たちが学校でベルギー弁での教育を受けているからだ。

EUの調査結果ではこうした細かなことはわからないが、バイリンガルといってもどうやら日常生活語についてのような気がする。例えば専業主婦でバイリンガルの人がどれぐらいいるか、といったものかもしれない。

日本で国民の半数がバイリンガルになる日は来るだろうか。第二国語は英語だろうか、それとも韓国語、中国語だろうか。

第二国語を日本語と同じように使いこなせて始めてバイリンガルと呼べる。挨拶や観光案内などの英会話がどんなに上手でも、拉致被害や、年金問題、台風の被害や、よみうりジャイアンツの次期監督、タレントの結婚・離婚、ガソリンの値上げ、『せみ時雨』の水野真紀と木村佳乃との比較、村上春樹の新作などなどを普通に日本語で話すのと同じように話せないようではバイリンガルではない。

生活の深いところでの話題をどちらの言葉を使っても同じように意思疎通が図れないと駄目だと思う。ずいぶん先のことになるのかもしれない。

2005-09-26 (Mon)

大相撲は、横綱・朝青龍が6連覇で優勝した。大鵬に続いて史上二人目だそうだ。

私は相撲はスポーツでなく、神事の興行だと理解しているから、世界中に愛好家が増えたとしても、それはスポーツ愛好と言うよりむしろ日本固有の文化に対する愛好だろうと思う。

しかし格闘技には違いないから、スポーツ界には入っていなくても相撲を取る外国人が増えてもおかしくは無い。そうした外国人の入門、弟子入りを相撲界は受け入れてきた。

確かに相撲好きの外国人が増えたのは事実のようだ。昔は人前でおしりむき出しにして戦う姿を好まない外国人が多かった。しかし、外国への巡業・興行などのほか、最近では欧州でも場所になると相撲の取り組みをテレビで放映していることなどから相撲好きの人が増えたのだろう。

この夏、ベルギーの娘のところに滞在したが、その時も場所ではなかったけれど日本の大相撲の取り組みをテレビでやっていた。多分先場所の録画なのだろう。私の孫たちも相撲が好きで、日本の子供たちと変わらず、高見盛のファンだ。高見盛のロボットのようなパーフォーマンスが面白いと言う。

すもうが欧州でも愛好家が増えた理由の一つに欧州出身の力士が増えたこともあるだろう。今場所、モンゴル出身の朝青龍と優勝決定戦をやったのはブルガリア出身の琴欧州だった。

これで大相撲の人気も回復するとなれば相撲協会も万々歳だろうとおもったが、今日は外国人力士の入門に制限を加える動きがあるという話を聞いた。

力士だけは外国人に体力おとりはしないだろうと思っていたら、どうもそうでもないらしい。競争力が無いから輸入制限をするのと同じ考え方のようだ。

プロ野球が外国人選手の数に制限を設けているのと同じ趣旨で、身体能力では国際的競合力を身につけている日本人競技者の数はまだまだ少ないと言うことか。

モンゴル出身の横綱が何場所も全勝優勝を続けたのは、日本人力士が何場所も連続して勝てなかったと言うことだ。その横綱に、横綱審議会から注文がつけられている。

朝青龍が長すぎる休暇を取ったのがいけないのだそうだ。それで稽古不足になるのが問題だと言う。入門する力士は師匠や相撲協会との間に雇用関係のような契約を結んではいないのだろうか。

そのほか朝青龍に対しては、土俵上の態度とか、作法とかでとやかく言われていたが、それなら近代相撲が始まった昔に戻して余計な義務を負う『横綱』を廃止するか、『横綱審議会』の審査に会わない力士はどんなに強くても大関どまりにするとか、ルールを変えればよいのではないだろうか。

はるばる異国からやってきて、相撲興行に貢献しているプレイヤーの休暇が長かろうが短かろうが興行に差しさわりが無いのであれば、口出しをするのはおかしいと思う。

戦前はどの小学校にも『奉安殿』と『土俵』とがあって相撲は体育の時間の必須競技だったと思う。そんな時代には大日本相撲協会を全国でしたささえすることが出来たが、時代は変わっているのだ。外国人力士に感謝しましょう。

それとも、根本の『神事・興行』にこだわるのだったら、外国人力士に神道教育の研修を受講させて神道に入信するものだけを力士にすればよい。外国人力士が優勝して、その外国の国歌でなく君が代を斉唱させると言うのも、これは『神道の歌だ』と説明すればよい。

外国人力士は、そうでなくてもファイトマネーが目的なのだから、給金制度を納得すれば髷げを結ったりまわしをしめたりなど少々のことは我慢するだろうとは思うが。

2005-09-25 (Sun)

Beersベルギーのビールが紹介されてもうかなりの年数がたつが、今ではベルギー・ビールの愛好家もずいぶん増えたときく。

写真は数多くあるベルギー・ビールがそれぞれ独自に自己主張するビール本体と、そのビール固有のグラスとの組み合わせを模型にして販売している露天市の店頭だ。

ベルギー・ビールというのは原則として地ビールのことで、ドイツはともかくフランスなどに大量に輸出されている大規模・醸造工場のホップを使った大量生産ビールはふくまれない。

殆どがその昔、カソリックの修道院などで小規模に製造されたもので、ドイツ、カナダ、日本のようにこれがビールですという基準の外にあると私は理解している。日本語でのビールという名称が誤解を招くのかもしれない。

水がどうのホップがどうのアルコールの強度がどうのと言うことはない。麦の類から作るものは少なく、その他の穀物や、修道院などでは栽培・採取しやすかったと思われる果実などをベースにしたものが多い。

ドイツ・ビールを頭に置いたまま飲むと違和感を覚えることもあるかもしれない。ビールと呼んでいるが、日本、英米、ドイツのビールとは別の情緒豊かな発泡性のアルコール飲料だと思って味覚の領域を拡張すればよいと思う。

本当に素晴らしいビールがある。物の本によればベルギー・ビールは400種あると言われている。人それぞれに好みが違い、お互いに自分がひいきするビールを自慢しあう。

40日間娘のところに滞在してワインのほかに、ビールものんだが、娘の好むものは約4種類に限られていた。名前を覚えきれずに帰ってきてしまったが、中に深い朱色をしたビールがあってそれは、スーパーでもとても高価だったように記憶している。

それらの中でChimey (シメイ)という、比較的、日独英ビールに近いが独特の風味のあるビールがあって、私はそれがすっかり気に入ってしまった。

ある日、そのビールの専門店で飲んだ後、シメイ独特のグラスを売ってほしいと頼んだら、なんと、暫く奥に引っ込んで相談していたらしいウエイトレスが出てきて新しいシメイのグラスを私の前において、『ヴォアラ。セタンカドーアヴ』(はい、これはあなたへのプレゼントです)といって無料で頂戴することが出来た。

このグラスは娘の家においてきたから手元にはないが、このビールを日本で味わう事が出来なのが残念だ。

露天市の写真に見られるように、グラスはそれぞれに形や色、大きさを変えてそのビールのIDをアピールする。何ビールであっても同じグラスでのむ日本に帰って、日本ではビールは暑気払いの清涼飲料水なのであって『お酒』ではない、少なくとも趣向を楽しむ飲料ではないのだと実感した。

このことは食事の席などでホストや幹事がいう、『ま、とりあえずビールを』 と言う表現で証明される。

水の次の位置づけだったとしたら、なぜビール会社は互いに競争をするのだろう。夏消費量が多く、冬少ない。水と一緒ではないか。日本で最初にビールを製造した人の責任ではない。ワインや日本酒の個性の多様さがビールには取り入れられなかっただけのことだろう。

2005-09-24 (Sat)

NHK受信料不払いが問題になっている。

NHKの発表では受信契約をしていない未契約者が958万件、一年以上の滞納が139万件(支払い拒否者のことか?)あり、これらを含めて、支払い義務がある約4600万件のうち約30%が支払っていないと言う実態を明らかにした。

支払い義務のある4600万件と言うのはどこから来た数字なのだろうか。テレビを一台以上持っている全国の世帯数だろうか。

受信料はテレビ受像機を持っていれば、NHKを見ようが、みまいが、否応なしに受信料支払いの義務があるとされている。

実際には度重なる不祥事の発覚で、受信料支払い拒否が約130万件あるが、支払い拒否者に対しては、NHKが新しく発表した『新生プラン』では簡易裁判所を通じて督促状を送り、場合によっては強制執行もありうるとしている。そういうことをしても回収はできない。

130万というと、支払い義務があるとNHKがいう4600万件の僅か3%に満たない。

130万件の法的手続きを取るのは膨大な経費がかかる上に物理的にも不可能なのに、よくまぁ、こういうことがいえたものだ。単なる恫喝としか思えないがあまりにも大人気ない。

今年度上半期の受信料収入は237億円の減収で、これは予算・3239億円の7.3%だ。

これからも減収はNHK不信から未払いを続けている人たちの受信料だけが理由でないことがわかる。

大体、一世帯に一台、やっとテレビが普及し始めた頃の状況を基準に設定された受信料支払い義務そのものを再検討する時期に来ているのに、『新生プラン』には、この根本の所が抜けている。

単身赴任や学生については『新生プラン』では割引するとあるが、一世帯での二台目三台目の受像機はどうするのだろう。二世帯で一台を共有する場合はどうするのだろう。ホテルなどの部屋ごとのテレビはどうなるのだろう。

NHKは民放と違って、放送を販売しているのだから、買わない人には売らなければ良い。つまり今の技術では受像機別に映像をおくらないことができるのだから、受信料を支払う人(買い手)だけに放送映像を送れば(販売すれば)すむことだ。買い手の数は大幅に増えるから受像機一台あたりの映像配信単価は思い切って引き下げることが出来る。

私などは、受信料を銀行口座からの自動引き落としにしているから、わざわざ受信契約の解約手続きをしない限り、否応なしに受信料はとられているが、私は実際にNHKをよく見るから受信料を支払い拒否するつもりは無い。『新生プラン』では口座引き落としの支払い者に対しては優遇措置を取るとあるから歓迎したい。せめて今の半額でどうだろう。

それはともかく、NHKの公共性がどうのといった議論も結構だが、放送も市場原則に従った販売をという考え方をを取り入れなければこの問題は解決しない。

感銘を受ける放送が多いだけに、本当の改革を進めてほしいと思う。

2005-09-23 (Fri)  (秋分の日) 

前輪に故障が起こったままロサンジェルス空港に緊急着陸したエアバス320の映像をテレビの画面で見ながら何とも胸が熱くなった。

大勢の乗客を輸送する航空機ではほんの僅かのミスが大惨事につながる可能性があるだけに操縦士には技術や責任感、冷静沈着な行動など、多くの資質が求められる。

乗客はそれらを信じて自分の命をゆだねる。今回のジェットブルー・エアウエイズのエアバスに乗った139人もまさか緊急着陸で生命に危険が迫ることなどは想像もしていなかったことだろう。

幸い冷静沈着な判断と見事な操縦技術がたくさんの賞賛を浴びたように乗客全員無事、機体の損傷も最小限にとどめて緊急着陸に成功した。飛行機は離陸は比較的容易だが着陸には大変な技術がいると聞かされたことがある。

私は航空機には本当にたくさん乗った経験はあるけれど技術的なことは判らない。離着陸の経験を重ねると、それぞれの空港に近づくと窓からの景色で、今日はどういうコースを通って空港に着くのかがわかる。

乗っている機種によって空港へのアプローチの仕方が少しづつ違う。パイロットの癖などもあるのかもしれない。

ポーランドのワルシャワからの帰り、チューリッヒのクローテン空港に向かう LOT ポーランド航空のツポレフ138に乗っていた時のこと。同じ便で何度も往復したことがあったので空港へのアプローチのコースはお馴染みのものの筈だった。

所がその日、窓からの景色が違っていた。突然機内の温度が急上昇し始めた。エアコンが故障しました。暫くご辛抱ください、とアナウンスがあった。いつもは上を飛び越える山の横を飛んでいる。高度が下がっているのだなと判った。

恐ろしかったのは美しいポーランド人のキャビン・アテンダントの顔が引きつっていたことだった。『念のために安全姿勢をお取りください』ツポレフ138は狭い通路をはさんで両側に二席づつの座席の列がある。ビジネスクラスはなかった。全員が靴を脱いで両手で頭を抱え膝の上にかがんだ。

マラソンの40キロあたりで脚がつったような気分だった。ようやく着陸すると滑走路の両側に消防車が何台もずらりと列を作っていた。

当時はアコーデオン・コリドーはなかったから乗客は機体に横付けされた階段から降りたが、事体をさほどの異常事態だとは感じていない人も多かったようだった。殆どがポーランド人でビジネスマンは少なかった。

降り立ってから、私は改めてパイロットに感謝した。どんなことが起こったのかはわからなかったが明らかに異常事態が発生したに違いなかった。

以来人の命を預かる職業の人たちに対する尊敬の気持ちは年毎に高まっていった。事故と言うものはありうる。でも最善を尽くした上でならばそれは不慮の災害だといっていいと思う。

この人たちはそれほどの重圧の中で働いている。今でも飛行機に乗るたびに思う。

2005-09-22 (Thu)

6月30日の談義でクボタが公表したアスベストによる健康被害者の問題を取り上げた。

これは公害に準じた扱いにするべきで、これを単に作業現場の作業員の労働災害に限定してその範囲で補償をすることで終わるのではないかと心配したが、今回政府はかなり前向きな新しい法案を作成する模様だ。

アスベストによる健康被害はアスベスト吸引後30−40年たって発現するから今から3−40年前、つまり1960−70年代に石綿に接触した人たちで、作業員であろうとその家族であろうと、作業現場であろうとその周辺の地域であろうと、現在ならびに過去に中皮腫や肺がんの可能性がある人は全部が対象でなければならないが、それをすべて網羅する『すきまの無い対策』を講じるというから本格的だ。

1960−70年は高度成長の真っ最中で、全世界で最も大量のアスベストが消費された年代だと言う。日本経済の昂揚にも大いに貢献したことになる。すでに有害であることを承知しながら、アスベスト塵の吸引を防ぐ対策さえたてれば良く、使用は全面的には禁止されなかった。欧米との違いがある。

今度の新法案では公害並みの扱いで、アスベストを使用した企業の責任を認めて、医療費の自己負担分、療養手当てを給付するという。水俣病などの公害被害の際の補償や救済制度を参考にして制度を作るそうだ。

早くにアスベスト使用禁止をした国々と違い、作業場でのアスベスト取り扱いに関する基準を満たせば使用してよかった日本では政府の責任は重大だ。しかも40年もさかのぼっての健康被害調査となればその広がりはどこまでになるか最終補償額などの見当もつかないことだろう。

当時とは経済情勢も大きく変わっているし、企業側は責任を認めても補償額の負担割合に関しては国の負担割合との関係で政府との協議が早々に整うとは思えない。

しかし、日本の環境破壊、勤労者の健康破壊などの上に日本の高度成長が成り立ってきたことを考えせっかくの政府新法案を実効あるものにしてほしい。

2005-09-21 (Wed)

後藤田さんが亡くなった。

私などは彼が政府の守護役である警察庁長官から政界入りした時から、政府自民党はすごい論客を得て、再軍備・ナショナリズム昂揚、対米従属路線強化をさらに強引に進めるだろうという印象を持っていた。

けれども彼の晩年の言動は違っていた。

国民全体が保守化傾向にあるところに政治家が国粋主義を煽動するのは大きな過ちだ。対米従属ではなくてアジア近隣諸国との友好こそが大事なことだ、という趣旨の発言が繰り返された。

1987年ペルシャ湾に海上自衛隊の艦船を派遣しようとした中曽根首相に派兵を断念させた。「武力によって他国、他民族を従わせることはできない。」と語ったと伝えられている。そのままブッシュ米大統領に伝えたい。

自民党内の改憲案に対しては、自衛隊の国際活動を認めるのなら、海外では武力行使はしないことを明記してもらいたいと注文をつけたと言われている。

この様な強力な歯止めを失って、改めて新しい政権、閣僚の顔ぶれを拝見すると再任とはいえ、見るからにはやりきった好戦色濃厚な人々が多い。

一人ひとりの閣僚の顔写真を見ながら、後藤田さんのような古風だが厳しい護憲論は今の日本の政界からは一掃されたような気がしてならない。

女優の何某かがその子息の配偶者だそうだが、義父の高邁な志をどれほど理解して夫と協働するのだろうか。

2005-09-20 (Tue)

MukugeBムクゲ(木槿)は東南アジアに特有の花で、気候などの関係で欧州には育たないものとばかり思っていた。長い間住んでいたのに気がつかなかった。

今回の滞欧は観光旅行で忙しく動き回るものではなかったので、ゆっくりと近くの公園や住宅地などを散歩するうちに木槿を前庭に植えている家があるのを見つけた。

近くの花屋さんに聞いてみると中国原産のムクゲを欧州に持ってきたのはずいぶん昔のことで、その後、園芸種として改良を重ね、今はいろんなムクゲがあると言う。

知らなかった。日本では寒冷な高地に咲く石楠花が欧州ではどこにでも自生しているのを知っている。私が住んでいた家もお隣との境には石楠花がびっしり植えられていて豪華な花を咲かせていたが、日本の関西では平地には咲かない。それは気候のせいで、それが自然なのだと思っていた。

だがムクゲはもっと強い花のようだ。品種も改良されていろんな色のもある。

これは八重のムクゲで私は始めてみた。帰国して、まだ咲き続けている我が家の一重のムクゲをみると、やっぱりムクゲらしくてよいと思った。一重の方が東洋人の感性にはあっているのかもしれないと思った。

北朝鮮をめぐる核問題では、早くも『軽水炉』についてのあいまいな表現をめぐって、悪くすれば堂々巡りの議論となりそうな気配だ。

外交の世界では単純明快な一重の花は咲きそうもない。

2005-09-19 (Mon)

北朝鮮の核をめぐる6者協議で初めて共同声明が採択された。今回が第四回だが今まではすべて物別れ、協議繰越で、6者の見解は一致せず合意文書は作成されなかった。

今回の合意によると北朝鮮はすべての核兵器と核計画を放棄し、核不拡散条約(NTP)に復帰、国際原子力機関(IEAE)の査察を受け入れることを約束したとされる。

それに対する見返りとされた軽水炉の提供は、北朝鮮が今回合意を順守したら提供について議論するとなっている。

米国にとっては過去の二国間合意とほぼ同じ内容だが、過去の米・北間の合意を北朝鮮は破約、国際原子力機関の査察官を国外に追放し、NTPを脱退、核兵器開発に動き出したことから
米国の態度硬化を招き、北朝鮮は激怒した米国の先制軍事攻撃による体制の危機に瀕することになった。

だが、今回は米・朝二国間合意ではなく6カ国合意だ。一度約束を破った北朝鮮に対しては米国の態度は厳しかった。米朝二国間では今回内容でも合意には至らなかっただろう。今回は六カ国の中での核完全放棄だから米国も、北朝鮮を攻撃しないと約束した。

米国についで北朝鮮にとって恐ろしいのは中国やロシアからの援助打ち切りだろう。

重要な点は朝鮮半島の非核化で、米軍も韓国に核を持ち込めないこととなる。韓国内の核もIAEAの査察対象となる。これで北朝鮮の安全保障は確実なものとなる。

核の平和利用については協議の中での北朝鮮の発言『平和利用の権利はある』が記録にとどめられたと言う間接的な容認になっているようだ。

合意を受けてIAEA事務局長は、2002年に追放された査察官の早期復帰を記者会見で述べたそうだ。

北朝鮮の核問題はやっと糸口が出来たが、6者協議で日本が最初から重要議題としてきた拉致問題については何の言及もない。北朝鮮は解決済みだといい、米国以外の諸国にとっては6者の共通の問題ではないとの認識があるようだ。

米国を相手に国家間の約束を平気で破る北朝鮮だから、今後は米国の軍事的圧力を背景に日本独自の交渉を進めなければならない。

戦後一貫して日本の独自外交政策が取れないで米国の想定内の範囲でしか動けなかった日本の実力が今問われる。せっかちな人はこれをすぐに日本軍備強化、核兵器開発による日本独自の軍事行動の拡大などに結び付けるかもしれない。

確かに拉致問題は日本の主権に係わる問題だ。だが武力ではどうにもならない。北朝鮮が依存している中国やロシアと連合しての外交交渉となるべきだろうが、日中関係は自民党党首が道を塞いでいる。

中国が援助打ち切りや、国境閉鎖、在留北朝鮮人の退去、などの措置を取るようなことになれば将軍様は安泰ではいられなくなると思われるのだが。

2005-09-17 (Sun)

衆院選挙大勝後の14日に政府はテロ特措法(テロ対策特別措置法)をさらに2年延長する方針を決め、10月初めの国会に提出すると伝えられている。

この政府方針は現在訪米中の町村外務大臣から米ライス国務長官に伝えられ、日本の協力に感謝されたという。つまり、国会提出というのは従来どおり事後手続きみたいなものらしい。

テロ特措法に基づく海上自衛隊のインド洋における米軍への給油活動は、9.11同時多発テロ後のアメリカのアフガニスタン(タリバーン)攻撃に呼応して、非戦闘地域における米軍への後方支援の一部として行われる筈だが、アフガニスタンでは戦闘が終わり、民主的な選挙が行われるまでになったと言う。

これで特措法の延長とはどういうことなのだろう。米軍のアフガニスタンにおける軍事行動に対する、非戦闘地域での給油活動はさらに必要とされているのだろうか。

さらに延長を必要とするなら、法案の国会提出に際して、今までの総括を報告して貰いたいものだ。一体どれぐらいの量の給油が行われ、経費はどれぐらいかかっているのか、今後はどうなるのか、国民は知らなくてよろしい、と言うのだろうか。

さらに特措法に基づく米軍支援が、イラク攻撃をも対象にしているのだったら、日本の自衛隊は憲法も国会も法律も無視して活動していることになる。イラクへの自衛隊派遣(人道・復興支援と米軍後方支援)と混同する人だっているかもしれないから、はっきりさせるべきだと思う。

日本をテロ攻撃から防衛するためには米軍による支援が必要だから、現段階でも米軍と軍事行動をともにせざるを得ない、イラクはアフガニスタンの延長だとでもいうのだったら、国会などをぶっとばして、集団的自衛権の発動を現場で実行していることになってしまう。

遠くインド洋に給油艦船やそれの護衛艦などを派遣して日本近海の回状防衛は手薄にならないのだろうか。インド洋への軍艦派遣こそがテロを招く要因とはならないと言うのだろうか。

とにかく一度、今までの総括を行い国民に報告する手順を踏んでほしい。提案すれば必ず通る国会なのだからせめて質疑応答の形ででも実態をあきらかにしてほしい。民社党はきちんと質問などできるのだろうか。

2005-09-17 (Sat)

民主党の新代表に前原誠司氏が選出された。

今回選挙での民主党惨敗を受けて、挙党一致で体制建て直しと政権を担える党造りにまい進するとのことだ。

経歴や政治に関する主張、発言などを見ていて、この人に限らないのだけれど、なぜこの人が民主党員なのかがよくわからない。

大体私には自民党と、民主党との明確な区別がつかない。政党だから政治活動の目標などは綱領に掲げてある。けれども、一般国民にわかりやすい形でどこがどう際立って異なるかと言うと良く判らない。

だから民主党は敗北したのではないだろうか。

前原新代表は、影の内閣では防衛庁長官で、憲法に関しては改憲論者だ。税制でも不景気の時には景気のテコ入れに法人税減税を第一選択とする。一般市民の所得税減税で消費の活性化を図ると言う発想はずぅーっと低い順位になる。となれば自民党とどこが違うのだろう。

日米安保条約は日本の安全保障の上で絶対不可侵のもので、日本の防衛は米国の国防政策との相互補完関係にある。安保条約の中で日米間にある不平等関係は、日本が自国の安全保証を米国の軍事力に全面依存し、それを抑止力としている点にある。

憲法の制約があるために集団的自衛権を発動できないことが不平等の中心点だ。日米不平等条約関係にあるのを改善し、集団的自衛権を発動できる体制を作るべきだ。それによって日本の主権は回復される。

これと自民党とどうちがうのだろうか。

平和で安全な社会の構築とか、民生優先、社会保険制度への税投入などの構想などがあれば、これは明らかに政府自民党とは違うと言うことが判るのだが。

二大政党を本当に目指してほしい。何年も何年も、自民党の補完政党にとどまるようなことは決してないようにお願いしたい。

2005-09-16 (Fri)
Dinant
新聞にベルギーのことが出るとつい、気をとられる。

今日の日経夕刊にベルギー南部の町、ディナンのことが出ていた。この夏、私たちがブリュッセルに行ったのも、娘がディナンで音楽の夏期講習の講座をもつので、その期間中留守番と子供たちの世話とをかねて滞在するためだった。

新聞ではディナンの市長さんが、最近では日本人観光客が年間二万人以上になっているのでもっと誘致に力を入れようと、名所旧跡などに日本語の説明パネルを用意することになったと話している。

ベルギーはここ数年、観光地として日本で注目されてきたが、首都ブリュッセルをのぞくと、殆どがフランダース地方の諸都市、アントワープ、ブルージュ、ゲントなどが中心で、南の方に出かける人はまだ少ない。それでももう年に二万人もの日本人客が訪れるのだから大変なものだ。

ディナンはフランスとドイツとの戦争に常に巻き込まれてきていて、両軍ともミューズ川沿いに侵攻してくるから、この地方には中世からの古城、その後改築された城砦、そして第一次、二次の大戦でも近代戦が戦われた古戦場が多い。

この写真はディナンの中心地、ノートルダム寺院の後ろにそびえる高い城塞跡の上から取ったものだが、ミューズ川を挟んだ向かい側の山の上に見える大きな館風の建物が娘が教える教室が或るカレッジだ。名所ではないから観光案内などにはのっていない。

宿泊設備がありお弟子さんたちと合宿になる。今年のピアノ科の主任教授は、もう20年近くの昔になるが東京国際コンクールで一位になったヨハン・シュミットで、王立音楽院教授だ。希望者が多くて選考した結果24人もの受講者を引き受けることになったので大変だったらしい。

写真は夏期講習会の中日の日曜日だったかに、お昼休みに一緒に食事をというわけで留守居役と、東京から合流した次女一家とで二台の車に分乗して大挙して押しかけ、ディナン見物をしたときのものだ。

ディナンにはノートルダムの横に Rue Adolf Sax という名の通りがあるが、これはサキソフォンを発明したアドルフ・サックスがディナン生まれなので、それを記念してつけられたものだ。東京からやってきた孫は早速夏休みの宿題にサックスのことを書くらしい。

ベルギーというと、ブリュッセル、グランプラス、だけと言う時代は過去のものになった。もうすぐシタデル(城砦)やノートルダム、鍾乳洞などに日本語の説明パネルがかけられることだろう。

この美しい街や遺跡もきっと日本人が好きになるに違いないと思う。

(なおミューズ川のことをムーズ川と書いてある案内書があるが、これはフレミッシュ(オランダ語)やドイツ語系の発音で、この地方ではフランス語読みでミューズというのが一般的だ)

2005-09-15 (Thu)

衆院選・自民党圧勝以来、自民党独裁が続くかのような論調は多い。何しろ衆議院で2/3以上の議席を占めればどんな法案でも作ることができる、と大騒ぎだ。つまりその法案が仮に 参議院で否決されたとしても衆議院での2/3以上の再可決で成立するわけだから。

だがことはそう簡単には運ばないだろうと思う。

小泉さんは郵政民営化の後、具体的な目標を示していない。例えば憲法改正、集団的自衛権の合憲化、防衛庁の防衛省への格上げ、人権保護に名をかりた報道の自由の制限、成年男女の一定期間の自衛隊体験法制化、高齢者の社会保障切り下げ、医療費自己負担増額、などなどについての、小泉さんの考え方はわからない。

確かにこの中には小泉さんの『自民党をぶっ壊す改革』が本当に実現するならもはや目標とする必要のないものもある。

例えば人権保護。これまでの自民党政府は主として政治資金を経財界に頼ってきたから不祥事は絶えなかった。その都度、関係する自民党議員はマスコミなどの追及取材を受け、そのお陰で不正が明らかになるばかりでなく、選挙民の信頼を失う。

疑惑を受け、警察からの取調べを受ける政治家に対するマスコミの追求は人権侵害だ。人権を保護せよ。あほらしいいが、ここでも例に挙げられているのは刑事犯罪事件での報道だ。被害者の家族が悲しみに暮れる中、執拗で容赦ないなマスコミの取材攻勢をうけるのは人権侵害だ、というわけだ。心情論をたくみに隠れ蓑にしようとする。

従来どおり経財界との密着・癒着構造を引き継ぐなら贈収賄や不正献金などの疑惑議員をマスコミから護るために『人権保護法』は必要だが、小泉さんの『改革』が本物なのならマスコミの追求を避ける意味での『人権保護』は不必要になる。

年金、医療、社会保障などは小さな政府を目指す小泉さんなら、『官から民へ』の範囲内の問題で下手に首を突っ込むと国民の猛反発を招きかねない。となるとこれは小泉さんが担当するよりも、消費税をあげなければやってゆけないと考えている次代首相のしごとだ。

消費税増額は自民党内での常識だが小泉さんがいる限り実現できない。早く小泉さんが退いて大増税時代に突入するべきだ。でもそれは誰がやるのか。

こうしてみると今回選挙結果は、舵取り次第では今回の都市部、或いは大都市感覚で情報を共有する地方都市などの、いわゆる『無党派層』といわれる人たちがマスコミ情報を根拠にムードが高揚し、地すべり的な自民勝利をもたらしたのだけれど、それとまったく同じ構造で、地すべり的に政府与党(自民・公明)が敗北する可能性があることを暗示した選挙結果だといえる。

小泉さんが自分の任期延長を望んでいない、というのは本当のような気がする。

2005-09-14 (Wed)

また国籍の話になる。今度は海外に居住する日本人の選挙権だ。これは私などもずいぶん議論したものだった。1980年代に一度、法案が出来たのではなかったか。

最高裁・大法廷は、海外在住日本人にも当然ながら日本の国政選挙での選挙権があることを前提に、公職選挙法によって選挙権を制限してきた国は憲法に違反していると判決を下した。

国は、海外在住者に選挙権を認めた場合、選挙区をどうするのか、投票はどこでするのか、などの問題のほか、候補者に関する情報の提供については、国内の選挙人に対するのと同等の方法で選挙期間内に周知徹底することには著しい困難があるなどとして在外日本人が選挙権を行使できるようには配慮してこなかった。

最高裁は、通信手段が著しく発達(インターネットによる投票を認めるよう運動する人たちもいる)した今日、政府の主張は認められない、と判断。

10年前には60万人ぐらいだった在外日本人は今日では70万人以上に増えているといわれる。この70万人から選挙権を奪うのは憲法違反だというわけだ。

確かに熱帯の密林の中とか極北の離村、中央アジアの山岳地帯の奥地などに住む日本人に候補者に関する情報を提供するには困難がないとはいえない。だが問題は困難があれば選挙権を制限しても良いのか、ということだ。

情報はインターネットを含めて現存するいろんな通信制度を活用できるし、選挙区は出国直前の国内居住地とか本籍地にすればよく、投票は世界の隅々までをカバーする国際郵便制度を利用すればよいわけだ。

ここでも国民の権利を保障する上で政府の怠慢が指摘されているわけだが、政府与党にしてみれば、何十万、何百万という集票力の或る組織やそれと関連する選挙民・有権者ならともかく、投票して貰っても大した利益にならないわけだから放置したのだといわれても仕方ないだろう。

これはとりもなおさず、国会議員の利益という観点からは立法が行われるが、国民一人ひとりの権利を護るという観点からは『著しい困難がある』などという抗弁で取り上げてこなかったことを意味する。

しかるべき立法措置を取らなかったことによって、つまり今度もまた、国会は不作為によって憲法違反を犯したわけだ。

これは司法判断だ。小泉圧勝と時をあわせて、その圧倒的な政府与党が不作為によって人権侵害などを起こさぬようにとの貴重な警告である様に思える。

2005-09--13 (Tue)

国際スポーツ競技会で金銀銅の獲得したメダル数を競い合うのは未来永劫続くのだろうか。

メダルの数を競い合うのは選手個人ではなく、国際競技に選手を派遣する国や、その国のスポーツ関係者、マスコミなどだ。

第11回オリンピックのベルリン大会(ナチス政権下)でこの競技会を国威発揚の場に仕立て上げたのがその後ますますナショナリズムを煽り立てる道具として利用されるようになってしまった。

ちなみに第11回ベルリン大会では始めて聖火リレーが採用され、参加各国で大変評判が良かったので、戦後、オリンピック憲章に正式に加えられ行事の必須項目となった。ベルリン大会は演出が国威を賭けて行われた大会でもあった。

もういい加減スポーツをナショナリズムから切り離し、競技する選手一人ひとりを顕彰する仕組みに早く変わってほしいと思う。

先だってのヘルシンキの世界陸上はたまたまベルギーに滞在中だったのでテレビで観戦することが出来たが、優勝した選手たちがそれぞれ国旗をかざしたり、身体に巻きつけたりして場内をデモってあるくのは見ていてあまり気持ちの良いものではない。自分から進んでやっている選手ばかりではなかった。

その選手を育てるのにどれほどの国家の関与があったのか知らないが、現在のスポーツはどれもこれもお金がかかる。だから有力選手がいても国家が援助しなければ十分な演習も出来ないような仕組みになっている。国家の援助を受けたのだから自分の力を信じながらもやはり国旗をかざす。

個人でお金持ちの選手はだから優れたコーチなどのいるアメリカやヨーロッパなどに留学する。そうした選手が、国際大会に出場して出身国の国旗を掲げることになったら苦労して育てたコーチや周囲の人たちはどんな思いがするのだろう。

柔道は今でも日本の国技なのかどうか知らないが、ここでも金銀銅が取れる、取れないとやかましいことだ。勝利者は個人としての勝利者であって、国家のための勝利者ではないはずだけれど大会運営を見ていると国籍(或いは所属国家)別に対抗戦が組まれる。

チームで戦うゲームなども早くクラブ・チーム対抗戦での世界大会になってほしいと思う。サッカーが良い例だが、欧州で連日放映されているクラブ・チーム対抗戦は、例えばレバークゥセンであろうとリオンであろうと、さまざまな国や民族の選手の混成チームになっている。フランスの或るチームなどは出場した選手全員がアフリカ各国の出身者だという。

だから、ワールドカップになると、所属チームを離れて『ナショナルチーム』に戻る。そうまでして、国別の優劣を競わなければならないものだろうか。

これに反して国際的に、個人技として門戸を開いているのが、スポーツではないかもしれないが、大相撲だ。ここでは最高位(グランドチャンピオン)の横綱はモンゴル人だ。

最近日本に国籍を変更した外国人力士がいたが、相撲を取るのに国籍は重要な要素なのだろうか。良くわからない。

早くスポーツは個人の力量を戦わせる競技であって、勝利の栄誉は個人のものである、という当たり前の世界になってほしいと思う。金銀銅のメダルではなく戦績一覧表や記録対照表などで出場全選手の位置づけを公表するだけで十分だと思う。国家が国威発揚のために選手の上に覆いかぶさるようなことなど決してあってほしくない。

2005-09-12 (Mon)
V-Porte

一日中選挙結果でもちきりだった。

暑さがぶり返して寝苦しい。ブリュセルで取った写真の中にレストランのなかのアールデコのランプシェードをとった何枚かに花だけが写っているのがあった。

ある日、娘の家の近くの地下鉄の駅から一人でグランプラスにでかけた。少し休憩して広場をでて飲食店街に入る。リュー・デ・ブシェール(Rue des Bouchers) をぶらぶらしているとたくさんの料理屋さんの中にしゃれた内装の店があった。

34番地にある、ラ・ヴィエイユ・ポルト(直訳では『古い門』だ)に入った。どのテーブルにもバラが活けてある。一人だからテーブルワインを取ったが、薦め方がとても気にいった。

帆立貝の前菜に、日本ではなかなかおいしいものが食べられない子羊の焙り肉(セル・ダニョー)をとった。『古い門』のお勧め料理だ。サラダとデザートと全部で40ユーロはワイン二杯を含めると決して高くはない。

ピレネーの山羊のチーズもとても良かった。山羊のチーズでは講釈が入る。大牧場で人工飼料で育った山羊などのミルクから取るチーズではこの味は出ません。ピレネーの山の斜面の草を食べて育つ山羊ですから、コーカサスとか、アルデンヌの山羊のチーズとも味が違います。

ゆっくり時間をかけておいしいコーヒーで締めくくるが、こんなのを贅沢というのかもしれない。二家族全員が子供たちを遊園地に連れてゆくので、車二台が満員になったため私は一人の夕食をを楽しむこととなった。

ちょうど日本で衆議院が解散されたことを知った週の週末だった。

2005-09-11 (Sun)

11日の談義が12日にずれ込んでしまった。

選挙結果は昨日、私が怖れながらもそうではないかと危惧した結果になってしまった。

自民・公明の両党で322議席。衆議院の2/3議席を超える議員を国民が選んだ。

郵政民営化のレベルの話ではない。自民党と公明党が合意すればどんな法案でも通ってしまうという、あえていえば『ファッショ』的な衆議院が出来上がったことになる。

二大政党などという幻影を振りまいたものの責任がこれから問われることになるだろう。

郵政民営化を前面に立てた与党(それを維持するためには刺客まで用意した)に対して、野党のはずの民主党は思いっきり歯切れが悪かった。

二大政党、という表現自体が与党との距離を狭め、政権交代しても何も起こらないことをアピールする結果になった。この段階で野党ではなく、準与党になってしまっていた。

そうなると内容はともかく、表現力、演技力、弁論術に優れた小泉さんを圧倒的に上回る技術が必要だったが、そんな役者はいなかった。

12日午前一時半、民主党岡田代表のNHKインターヴューを聞きながらの作文だが、岡田さんは『郵政民営化』というきわめて単純な小泉さんのテーマに対して一言も言わないで、年金だとか税制など、自民党が積極的に主張していない分野に話をずらしている。

小泉・郵政民政化に対して明確に反対論を対置し、徹底的に郵政民営化反対だけで戦うべきだった。そのよしあしは政権をとってからの話だ。選挙戦で選挙民に訴えるためにはマニフェストを読んでくれではダメだ。

本当の野党というものがなくなってしまった。これは戦時中の大政翼賛会を思い起こさせる。民主主義が少数意見の尊重をその真髄とするものであることを2/3議席を独占した与党の中で真剣に考える議員がたくさんいることを期待したい。

2005-09-10 (Sat)

明日はいよいよ衆院選投票日だ。

いろんな情報を渉猟してみるとどうしても自民圧勝、小泉続投という結果になりそうな気がしてならない。

選挙の様相は、メディアが報じるところを見る限り、前前回選挙に似ている。郵政民営化も行政改革も誰にも中身が判らないまま、人気投票が行われる。

小泉総裁の名前を叫ぶだけで応援効果があるから応援をけた選挙区は楽勝気分になっても当然だ。

マニフェストに書いてある、ない、などの議論もあったが誰もマニフェストを読んでいない。民主党も、郵政民営化には反対だということは判るが、憲法改正、消費税ほか増税や福祉の縮減など弱者の側に立つ政党だという感じがしない。

民主党の支持団体の中に労働組合があるというが嘘みたいだ。

新聞で、結局は民主党も、『小さな政府』を目指す点で自民党と同じだという論説記事が出ていた。

『小さな政府』とはアメリカのブッシュ大統領を取り巻く新保守主義の人たちの主張でもある。小泉さんのいう『民に出来ることは民に任せる。出来るだけ官から民へ仕事を移して民の持っている合理主義的な効率よい事業運営をして貰い、政府は出来るだけ干渉しないようにする。その分予算が削減でき、減税も可能になる。』という主張の行く先は少なくとも社会福祉の分野などでは政府の責任放棄という結果になりかねない。

アメリカのリベラルな人たち、民主党を囲む人たちの考え方は、民生中心、弱者救済のために政府が責任を持って採算の合わない事業でも民生上必要なものは行政事業を執行する、そのための予算措置もとる、というものだが、小泉さんの言っている『行政改革』とは反対だ。こうした行政府でないと出来ない事業に力を入れると予算はふくらみ、『大きな政府』になる。

小さな政府とは格好良いが、行政改革なしに、政府が責任を持たなければならない事業、主として福祉や年金、医療など政府に責任の或る事業を民に移せば、営利優先の立場から合理化の嵐に襲われて、高負担、低給付の社会保障制度のなかで営利事業法人が収益を挙げることに成功し、弱者切捨ては完了する。

アメリカのように貧乏人ははたらきがわるいからだ、自助努力が足りないからだ、一生懸命努力して働いている納税者の税金で保護を受けるとは何事だ、といった極端な考え方の人が多くなる。

郵政民営化が実現すれば、一体国民の中の誰が利益を受けるのか、しっかり見据えたい。内閣官房と防衛庁、警察庁だけの小さな政府になることを警戒する。

2005-09-09 (Fri)

妻の韓国ドラマへのはまり具合は尋常ではない。最近ではケーブルテレビなどは韓国ドラマの洪水のようだ。

欧州での暑中休暇中は見ることが出来なかったので、帰国以来テレビは妻に占領されっぱなしになっている。私は皮肉って『朝韓、昼韓、夕韓、夜韓だね』というと、『休韓』もあるのよ。ケーブルのお陰でCNNも見れるじゃない』とかえす。

そこで30チャンネルのCNNを見たが、これはご苦労様だが音声での同時通訳がついている。おかげで原音が聞こえない。英文字幕も小さく出ているから、多分切り替えは出来ないのだろう。

この日本語同時通訳というのは以前から私に取っては恐るべき業で、この専門家のことはいくら尊敬してもし足りないという気持ちを抱いている。これほど構造の違う言葉を文章の終わりまで聞かないうちに訳するのだから驚異的だ。

ドイツ語などでは文節の最後で意味が反対になることもあるというから大変だろうが、これらの言葉はよくしたもので、関係詞のところで区切って、その前後を・・・・・でした、・・・・・ではありませんでした、などという風に日本語のほうも最後で逆転させるのだ、といった話を聞いた記憶がある。別の話だったかもしれないが。

それはともかく、日本で見るCNNはやはり日本向けのCNNだった。欧州で殆ど毎晩見ていたCNNは欧州向けだったことが判る。イラクの憲法問題は欧州では毎日放映されていたが日本ではほとんどない。報道は編集されて視聴者に届くのだと改めて確認した。

だが、ハリケーン被害に関してはかなり詳しく、米国での編集のままにつたえられていると思われる。州政府、連邦政府の責任問題もかなり突っ込んで報道されているし、ニューオルリーンズからの残留住民のなかで退去勧告に応じないものを強制連行するとして、戦闘服を着た軍人が銃を構えて個別訪問する光景が映し出された。

ガザへの入植ユダヤ人を、イスラエルのユダヤ人の兵士が強制連行する光景をつい二週間ばかり前まで毎晩見ていたものだ。

ニューオルリーンズもバトンルージュも懐かしい街だが、ハリケーンで一夜にして別世界になってしまった。日本の台風14号被害も大変だが救援、復旧のレベルは桁違いに日本が優れている感じだ。もっとも広さが違う。ヘリコプター260機が飛び回っていてもまだまだ足りないといわれては想像を絶する。

大統領は、救援を受けるのに手続きも簡略化、迅速化を図ると公表した。被災者一家族に二千ドル(約22万円)支給するとも発表したが、現場からの中継では、被災者はどこで受け取るのかなど知らされていないという。家も家財も全部失って二千ドルでどうしろというのだ、と怒鳴っている被災者がいた。

排水作業はいよいよ本格化したそうだ。水がひけば我が家に残りたいのは人情だろう。だが衛生管理の専門家が重金属汚染などもみられるから全員撤去が望ましいという。この方針は変えないそうだ。

日本ではこのとき、郵政民営化をめぐっての選挙戦。『刺客』などというコトバが出来ているのを知った。

2005-09-08 (Thu)
Trio
今回の夏休みで一つの楽しみはブリュセルに集まった家族の中で孫たちが披露してくれると言う演奏会だった。

ブリュッセルの孫娘はフルートを弾く。その弟はピアノを弾く。東京から参加の次女の長男はヴァイオリンだ。

一同が集まってから、ヴァイオリンとフルートとの二重奏で弾ける曲をヴァイオリンとフルートそれぞれの二重奏曲集の中から選んで練習をした。お互いの音域が合うものを選ぶのに苦労したらしい。このレベルだったらピアノパートは何とか弾ける。

いづれにしても七歳から十歳の範囲の子供たちだからそんなにたいそうなことではないのだが、それでも親たちや祖父母(なんとこれは私たちのことだ)に聞かせるための自主企画、自主練習に余念がなかった。

発表会はそれでも私たちがブリュッセルを出発する3日前まで延ばされた。何しろ旅行や、遊園地、プールなどに割く時間のほうが多かったからだ。

発表会はなかなかのものだった。ヴァイオリンとフルートの重奏でこの子達のレベルでは適当な曲が少ないことも娘の説明で了解した。

今回は聞き役にまわった東京の末娘は、まだ三歳だが、次は私も銀色のフルートを弾く、と宣言する。

みんな健康で平和な生活を送ってほしい。次は一体いつ、そしてどこでなのだろうか。末の娘はフルートを弾くのだろうか、或いはチェロなどになっているのだろうか。

私も今一度、あらに成長した孫たちの演奏会を楽しみに、精進しようと思う。

2005-09-07 (Wed)

NHKで選挙に関連して各党・党首の活動振りを伝えるルポ番組があったのをたまたま見た。今日は公明党、共産党、社民党の三党・党首を追う番組だった。自民と民主とはもうすんだらしい。

選挙戦のさなかに特定の政党のことについてとやかく言うのは私の主義に反するが、共産党の志位委員長が、どこかの大学での講演の後で、女子大学生から質問を受ける場面がチラッと放映された。

マイクをもった女子大学生:
『共産党は一番まともなことを言っているのに、支持がないのはなぜですか』

志位委員長
『うぅっ、これはきついな、参ったなぁ・・・・』

ここで放映はとぎれたから、共産党の公式見解として、言っていることがまとも、或いは正しくても、国民からの支持が少ない理由、質問者に対する回答は聞けなかった。

1945年10月、占領軍のGHQが特別高等警察を廃止し、3000人の政治思想犯の釈放が行われ、党員として、また左翼思想家として逮捕監禁されていた人たちが出獄した。日本共産党機関紙『赤旗』が復刊される。

このとき以降、日本共産党が、戦後政治運動、労働運動、反戦運動その他市民運動などなどの活動の中で、政党としてどのようなことをしてきたか、その間、党内では何が起こっていたのか、いわば戦後日本共産党史の中にその答えがある。

だが、その答えは変化する内外情勢などにつれて激しく変遷を重ねたので、質問に対してはおそらく今日現在の党の 『公式見解』 が述べられるだけだろう。

戦後一貫して政府与党を中心に、アメリカとも連動して繰り広げられた反共産主義宣伝とか、共産主義社会を目指していたソ連ほか社会主義国の崩壊で失われた威信、などが答えではない。

戦後史に係わった何千何万という生き証人の言葉を集めただけでも答えにならない。

正確な答えが出るまでにはあと何年かかるのだろうか。

2005-09-06 (Tue)

閉めた窓を打つ雨風が次第に激しさを増して行く。
私のすんでいるところはどうやら今度の台風14号の直撃からは免れそうだが、大口径の台風だ、いづれにしても暴風域の端が掠めてゆくことには間違いはない。

九州方面からの相次ぐ被害状況がテレビに映し出される。去年の23号の教訓からたくさんの早めの避難警告、避難指示がだされ、食料の確保、水害になった場合のボートの準備などもされている様子が安心感を与えてくれる。

それでも土石流は発生し、土砂崩れで家屋が倒壊し、河川の堤防を想定外の濁流が超えてゆく。自衛隊などの災害出動も心強いが、それでもなくなった人たちの命は帰らない。

翻ってメキシコ湾岸地方の悲惨さにはどうしようもない絶望感で気がめいってしまう。

ハリケーンは台風と同じく毎年カリブ海の諸島や、米国の湾岸地方を襲う。だから日本より以上に防災には十分な準備が出来ていると思いがちだ。

今度のカトリーナであのような被害が出たのは、気象史上例がないほどの強力なハリケーンだったことが理由の一つに上げられている。けれども、在欧中、CNN放送が何度も何度も強調していたことは、カトリーナがまだフロリダ沖はるか南にあった時に、すでに専門家がその勢力の強大さから大きな被害を蒙る可能性を警告し、対策を提言していたことだった。

州知事などとのインターヴューで、どのような対策を採るのかなどとの質問に、どの州知事だったか、われわれはすでに連邦政府に援助を要請している、というのがあって、州としての対策は何なのか返事がなかったのをおかしいと思った。災害は州の問題ではないとでもいわんばかりの口ぶりだった。

その時点ではまだ上陸地点の予想がつかなかったから、フロリダの隣のアラバマ州か、そのさらに隣のミシッピ−州の知事だったかもしれない。上陸したのはミッシッピー州とルイジアナ州との間あたりだという。水に浸かったニューオルリーンズ市の空からの映像が映し出されていた。

被災後何日も救援がこず、信じられないほどの広範囲にわたって水も電気もガスもない状態では、自分の命を護るためには他人の命を犠牲にしてもやむをえないという考え方に慣れているからだろうか、略奪や強盗など治安が悪化するのは当然なのかもしれない。

その点、日本はまだまだ安心して暮らせる国かもしれない。阪神淡路大震災のときでも略奪がないことに世界中が驚いたそうだが、実は報道されない程度の略奪があったことはあった。でも銃を構えて自分と家族の命と備蓄食料とを護らなければならないような光景は日本ではありえない。

地球を何十回も破壊することが出来るほど核弾頭を溜め込んで、アフガニスタン、イラクなど次々に軍事力で強制民主主義を持ち込むことが出来ても、自国民を災害から救援、復興支援するのにもたもたしていては世界中に示しがつかないだろうと思う。

小泉首相もブッシュ大統領のこんな部分は真似しないでほしい。治安悪化に備えて自助努力をなどと唱え、市民も銃を取れなどといわないでほしい。

2005-09-05 (Mon)
Mosel
40日間の滞在中、ずいぶんとあちこちを訪ねたが、今回の花はモーゼル峡谷だった。何より私は何もしなくて良く、レンタカーを取りに行くのだけが仕事だった。すべてを二人の娘が取り仕切ってくれたので、泊まったホテルの名前さえ良く覚えなかったくらいに気楽だった。

宿は、ライン河畔のコブレンツからわかれるモーゼル川の中流、ベルンカステルーキュスの郊外でコブレンツからは130キロ、さらに上流の大都市トリエからは約60キロ手前にある。さらにさかのぼれば2−30キロでドイツ・ルクセンブルグ国境になるがそこまでは行かなかった。

中世の城砦や城館、ローマ人が作った数々の遺跡とかブドウ畑やワイナリーなどよりこどもたちは、プールつきで、一部屋に5人が泊まれてキチンまであるアパートのようなスイート・ルームが気に入って、二つのスイートルームの往復と誰がどのベッドを使うかの議論で半日を費やした。

大きな町は別としてモーゼル川沿いにはホテルが少なく、殆どがガスト・ハウス、民宿風の宿で、ツィンマフライ(空き室あり)の札が軒並みにブラ下がった通りを抜けるとたいてい村や町の中心部に出る。

この時期欧州東部ではドナウの氾濫で災害が伝えられたし、アメリカではハリケーン接近が大ニュースだったがモーゼル地方は平穏無事だった。

まだまだ観光汚染は少なく、ドイツ語以外は一切通じないというところが多かった。やっと外国人観光客が目立つトリエまで出て食事の後、高速でアアヘン、リエージュ、ブリュッセルのコースで帰った。

この旅で私は大変な誤解をしていたのを改めることが出来た。昔、モーゼルの白ワインは絶品だと非常にこだわるシラー研究家の友人から『これこそ本物の、モーゼルのトロッケン(ドライ)だよ』とご馳走になったのがやたらと甘くて粘稠度も高く、コクはないのにキレも悪かったので、これが最高のモーゼルなのだったらもう結構だ、と思い込んでしまっていた。

今回ワインに詳しい二人の娘から薦められたモーゼルはバーガンディの並みの白では太刀打ちできないような見事な白ばかりだった。

遠く離れたところから、それこそ夜目遠目の見聞、子引き孫引き引用、伝聞の又聞きなどで偏見を抱くことは多い。命の危険まで冒す様な事柄ではないが、偏見をとくにはやはり現地で、実物を、の感を深めた。

2005-09-04 (Sun)

ブリュッセル滞在中に日本の参議院で郵政民有化法案が否決され、小泉首相はこれを内閣不信任と判断したのでしょう、衆議院を解散したことを知りました。

現地でのジャーナリストのコメントに何のことやら良くわからない、日本独特の内政問題での重要問題があるのだろう、と言うのがありました。

帰国して始めて自民党が割れて、小泉さんの郵政民営化に反対する議員が、派閥の領袖を含めて決起したこを知りました。

郵政民営化と民主党・岡田代表が強調する年金・厚生とは対立する課題ではないのにまるで対立軸であるかの様にアピールされているのをテレビで拝見しました、。

国営郵政事業が抱える、明治以来の世襲でありながら官任の特殊な公務員、特定郵便局長が自民党の選挙における超有力な集票組織であったことはみんな知っています。

『大樹の会』などという世襲の特定郵便局長会が高祖議員の選挙運動に係わった上に高祖議員当選の重要な役割を果たしたことが判り選挙違反が立証されて高祖議員は辞職にと追い込まれました。

前の参議院議員選挙での郵便局と国会の議席との癒着が証明されて高祖憲治議員は失格となりましたが、それが国の行政に何らかの影響を与えたのかというと、それは別問題。まったく無関係だったのですね。これは選挙における郵便局組織と国会議員との関係の一端を示すものに過ぎません。

これを反省するだけで日本の郵便システムというものが郵貯も、簡保も含めて一体誰の利益になっているのか、今一度考え直さなければならないと思います。手紙や郵便小包が遠く人里離れた僻地に届くという利便性だけの問題ではないでしょう。

私は帰国の時、成田空港で大きな荷物を宅急便で神戸の自宅に送りましたが、カウンターにはユーパク(国有郵政サービス)は見当たりませんでした。

郵政民営化、賛成です。しかしやり方には反対です。

2005-09-01 (Thu)

ブリュッセルにいた間、フランス語の新聞は読めないし、PC故障でインターネットのニュースは検索出来なかった。BBCとCNNをテレビでみるのがやっとだった。

ロンドン地下鉄爆破以来、7月21日に予定されていたという未遂の爆破計画に関係するニュースと、いよいよ本格的に始まったユダヤ人入植者のガザからの撤退に関係するニュースが連日、繰り返し放映され、ユダヤ人がすわりこんで抵抗するのをユダヤ人であるイスラエル警察が排除する映像をいやというほど見せられた。

ガザが一応、大きな混乱はなく撤退完了した後、一部ユダヤ人入植者の抵抗があったヨルダン西岸でのニュースが始まってすぐに帰国することになた。ヨルダン川西岸は、かつてPLO(パレスティナ解放戦線)のヤッシャー・アラファト率いる解放戦線軍がイスラエル軍を曲がりなりにも撃退したことの或る地域だ。ユダヤ人入植者の撤退にはかなりの抵抗もあろう。

だが、その続きは日本ではゼロだった。ベルギーは独立国で、ガザ撤退はイスラエルのシャロン政権の政策だ。確かにCNNをみていたからガザや西岸からの撤退は大ニュースでそれによってイスラエル与党分裂の可能性もあったから、英米系メディアではトップニュースとなるのが当然だ。でもベルギー国営放送のニュース(フランス語)での取り扱いはかなり違っていたように思う。しかしゼロではなかった。

日本のテレビ画面にはたくさんの土木建設工事の大型機器がユダヤ人入植者の建物を破壊する映像も、ユダヤ教信者が、神から与えられた土地から追い出されると訴え、家族で祈りを捧げながら同じユダヤ教徒の警官に連行されてゆくといった映像もみることはできない。

ガザは農業と漁業が中心の地方で人口は8万人だったという。中東戦争の結果パレスティナ人の難民が流れ込み80万人に膨れ上がり、失業率は50%だという。

イスラエルの政策で、イスラエルの農産物と競合する作物の生産を制限、また漁業も制限して貧しいガザ地区のパレスティナ人を、低賃金でイスラエルの企業が社外工や臨時工として雇用するという構造が続き、パレスティナ難民キャンプの中からは反イスラエルの大勢の過激派が生まれたという。

第二次大戦の戦勝連合国がもとイギリスの信託統治領だったパレスティナに強引にユダヤ人国家イスラエルを建国、国連が承認したことから今日の問題につながっている。

日本では郵政民営化が争点となって政府与党が分裂した。憲法も軍備拡張も日米同盟見直しもぜんぜん争点にはなっていない。また投票率は半分そこそこなのだろうか。

【HPトップへ】   【朱衣談義へ】   【書庫へ】