朱衣談義・回顧

2008年03月

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2008-03-29 (Sat)

新聞を読んでいて、毎日のように石綿被害(アスベスト災害)のことが出ているが、今年は2008年だ。日本の政府は予算案の行方などで手一杯だからなのだろうか、それとも官僚と業界任せにしているからなのか、あちらこちらのぞいてみてもさっぱり要領を得ない。

2005年6月に大手工業機械メーカーのクボタが、アスベスト問題を公表したのがマスコミで騒がれるようになったはじめてのことだったからか、『2005年6月のクボタ・ショック』 などと表現する記事などもある。

アスベストが、鉱物でありながら加工しやすい柔軟性と強い耐火性を持った線維状の物質であるところから、ギリシャ時代から防火服など、防火目的で使用されていたことは歴史的事実だ。

だが、この粉塵を吸ってそれが塵肺を起こし、さらに肺気腫を起こすことがわかったのは比較的近年のことだ。例えば、1961年に、ILO総会で、アスベスト禁止勧告が決議されたが、発展途上国や、アスベスト鉱石の世界最大の輸出国だったオーストラリアなどが反対したので、原則禁止だが、作業条件を整備するならば使用しても良いことになった。

日本も米国も、禁止はしないが、作業条件を整備することにして、粉塵対策を取りながらアスベストの使用を継続した。

だが、米国ではアスベストが考えられていた以上に危険で、発がん性も確認されたとして1980年代には全米で、まず小学校を手始めに、アスベスト撤去作業が始まり、巨大な額の予算が毎年計上されるようになった。当時米国在住だった私は、米国政府の動きのすばやさに感心したものだった。

日本の 『クボタ・ショック』 の25年以上も前の話だ。日本では一部、病因性のつよい石綿(クロシドライトやアモサイト)は使用禁止になったが、それが1995年のことだ。病因性は低いとされたクリソタイルの使用禁止はなかった。

だが、問題は石綿粉塵を吸引しても発病までに何年もかかるし、因果関係を証明しにくいところにある。それに石綿は何十年にもわたって日本全国で使用されていたから、被害者救済となると、企業単位の労働災害扱いでは到底間に合わないことになる。現場作業員だけでなく工場周辺の住民にも被害が広がる。

だから、政府は労働災害ではなく、公害並みに扱うために救済法をつくったが、例によって簡単には救済されない。法律を作ったことによって公害裁判があちこちで起るのを予防したかのような結果になっている。

私は近所の五階建てのスーパーや家電量販店のあるビルの駐車場入り口に 『この建物にはアスベストは使用されていません』 という掲示板があるのを見るたびに、被害者にはわからないが、加害者のほうには、アスベストを使ったことがあったかどうかはわかっているはずだ、との思いを強くする。

被害者の高齢化が進む中、なぜもっと手際よく動けないのか歯がゆい。ガソリン税など、アスベスト加害者にとって有利なものにはやたら熱心なのが残念でならない。

神戸で震災時の崩壊ビル解体作業でアスベスト粉塵を吸ったとして救済を申し立てた一件ではすぐに認定されたことを知って、やれば出来るのにと思う。

2008-03-28 (Fri)

大江健三郎の 『沖縄ノート』 の 『集団自決』 をめぐる記述が、当時、沖縄の座間味島の守備隊長だった、梅澤裕もと少佐と、渡嘉敷島の当時の守備隊長の弟、赤松秀一さんに対する名誉を傷つける、として大阪地裁に提訴、著者の大江さんや出版社の岩波書店に、名誉毀損による損害賠償を求めていた裁判で、原告敗訴の判決が出た。

もと守備隊長らの弁護人は、『集団自決に、原告の二人の隊長は軍命令を出していないのに、判決はその他の集団自決に軍の関与(軍の命令)があったから、同じように、この二人のもと守備隊長も、命令したかどうかはわからないが、集団自決に係りがあるとみるべきだ、というのは論理が飛躍している』 として直ちに高裁に上告するそうだ。(因みに大江さんの著書には二人の実名は出てこない)

この弁護士の反論もおかしなものだ。日米両軍が戦闘中の地域で、もともとは民間人に危害を及ぼすこと自体が日米両軍に取っては国際法違反になるが、沖縄戦は、そんな、『理屈』 の通るような戦場ではなかったことが、たくさんの資料や調査などで明らかになっている。

梅澤もと守備隊長と、赤松兄もと守備隊長の二人は、自分たちの部隊では命令を出していないと主張したそうだが、この二人が仮に命令を出していなかったとした場合、その他の地域では民間人が軍隊から手榴弾を入手して手段自決が行われている中で、この二人の守備隊長だけは流れに逆らって、手榴弾を手渡さず、民間人の生命・財産を保護し、米軍と戦って防戦に成功したとでもいうのだろうか。

太平洋戦争はそんな理屈で理解できるような戦争ではなかった。とりわけ沖縄戦の異常さは民間人死者数が軍人の死者数を上回っているところにもみられる。

大阪地裁の深見裁判長は、『日本軍から手榴弾を渡されたという多くの証言』 を一つの理由としているが、今一つ、『集団自決があったスベテの場所に日本軍が駐屯していた』 ことも、手段自決に軍が深く関与していたと認められる』 と指摘、原告の二人の守備隊長だけが命令しなかったのではなく、命令したと信じる相当の理由があると述べている。(してもしなくても皇軍の存在自体が、民間人の自決につながっている)

もし二人の守備隊長が、集団自決に関係ない、と主張するのであれば、そのほかのたくさんの集団自決が起った場所の守備隊長たちと全く異なった行動をとったものだと判断せざるを得ない。これは軍紀・軍律にはそむかないのだろうか。名誉毀損とは 『シコの御盾』 『護国の鬼』 となって靖国に祀られていないことに対する慙愧の思いからくるのだろうか。

民間人の生命・財産を守るのではなく、米軍に保護を求める(降伏する)ことも禁じ、自殺せざるを得ない状況に追いやること事態が、大日本帝国軍人としてあるまじき事なのだが、それは、ひょっとして、恐れ多くも畏くもオオミココロの責任だ、とでも言うのだろうか。

『軍の命令』 の有無にこだわるのはなんともお役人臭くて仕方が無い。

2008-03-27 (Thu)

診察日になった。もう暖かくなって外出が億劫ではなくなったこともあって、私は心も軽く病院に出かけた。採決のあと血液の生化学検査の結果が出るまで少し時間がある。

病院の前からモノレールで四つ目の駅が神戸空港。一緒に来た妻と空港を見下ろすレストランで昼食をとるのが習慣になってしまった。昼のお勧めは、ここではビーフステーキサンドだ。肉の厚さは少なく見積もって2センチ以上あるが、柔らかくて前歯で噛み切ってもはさんだパンが崩れない。カツとあるが日本のカツレツではない。多分はレアか、ブルーに焼いたビーフステーキに肉汁を閉じ込めるためにコロモをつけて手早く揚げたものではないかと思っている。サンドとあるが、パンは手で持つためのもので肉の厚みの1/3もない。

フレンチフライが山盛りでくるのも、サラダに本式の果実酢を使っているのも気に入っている。食後のコーヒーは何杯でもお代わりが出来る。

時間を見計らって病院に戻り、診察を受けて支払い窓口に並ぶ。最近は整理券を発券機でとって待つので早い気がする。

窓口の年配の女性、『あの、新しい保健証はまだ受け取っていらっしゃいませんか?』 『えぇ?新しい保健証?これは先日ついたばかりですが』 『えぇ、でも、3月末できれますので・・・・』

何を言いにくそうにしているのだろう、と思ったが,はたと気がついた。『あぁ、4月1日から始まる、後期高齢者保険の保健証のことですか?』 『はい、そうです。もうすぐ4月ですから、お手許に無いとおかしいので、お尋ねしたのですが』

後期高齢者への対応は早いと見えるが私はまだ受け取っていない。『いや、私のところにはまだきていませんが、私は後期高齢者には見えないでしょう?』 『いえ、この古い保健証にお年が書いてありますので』

今後、高齢者数は増加の一途をたどりますから、そのうち、財源を別にして 『末期高齢者』というのを作るかもしれませんねぇ。85歳以上は末期に付き医療費無料、保険料もゼロとか。

これには窓口の人たちは大笑いだった。『冗談ではありませんよねぇ』 と一人の若い事務員さんが応援してくださった。『終末医療費特別徴収制度』が出来るかも。

2008-03-25 (Tue)

23日に、イラクにおける米軍の死者数が4000人に達した、と発表され、それに続いてブッシュ大統領や、選挙運動中の候補者それぞれが追悼の言葉を述べたことが報道された。

イラク攻撃5周年で4000人を数える事になったのに対して、彼らの死を決して無駄にはしない、平和の礎となった彼らを誇りに思うという趣旨の発言が、ブッシュ大統領を初め未来の米合衆国代表の口から出た。

勿論、全米で最大の票田の一つである退役軍人会や、4000人の遺族、現役の将兵の士気を高めなければならない最高指導者としては当然の発言だと思う。

だが、同じ日の米国各紙には、痛烈なブッシュ政権批判が相次いでいる。つい先日、米国はイラク攻撃は誤っていたと公式見解が述べられたばかりだから、当然だ。

米国が誤りだったことを認めたのに対して、日本政府は、当時直ちに参戦したが、今回の米国政府公式見解に対する日本政府の公式見解はまだ出ていない。

4000人の生命が、イラクの平和回復への礎であるとするなら、その先の目標、構想、手順などを示さなければならないが、それはない。民主党の大統領候補指名獲得合戦中のオバマ、ヒラリー両氏ともに、米軍のイラクからの早期撤退は公約として口にはするが、今までのイラク戦の当否については明確な発言は無い。

4000人の生命を本当に無駄にしないためには、これ以上の死亡者をださないこと以外には無いだろうと思う。現在のイラクの親米政権の政治家たちや米軍占領下に石油利権を獲得したビジネスマンたちは、米軍の撤退によって危険にさらされることになる。

これらの戦後措置などで時間が必要なのだろうと思うが、4000の死を悼むのなら裸になってでも撤退するべきではないか。ベトナム戦争の時にはそうしたではないか。

2008-03-24 (Mon)

長い間続いた自民党中心の政権の下で、産業界でも個々の企業が来期経営計画を立てるに際しても、国家予算と連動する営業規模、つまり、国民の税金からの支払いを当てにした売上高を勘定に入れる企業は大変な数に挙がるに違いない。

とりわけ建設業界などでは仕事を請け負ったとしても、例えば、道路や橋梁、トンネルなどを作って、一体誰が支払うのかといえば、政府・地方自治体とその関連事業体以外にはない。

たとえば○○市・市民一同、という形で市民が税金とは別に拠金をして○○川に橋を架けるという事業を発注し決済するなどということは無い。だから、公共事業と呼ばれる。

道を作る、橋を架ける、という工事が、例えば大手企業の地方活動のためなどの利便性が中心であって一般住民のための利便性は1%にも満たなくても、その大手企業(殆どは東京に本社がある)の為に橋を架ける、幸いにもごく一部の住民は利益を共有するとが出来る、ということを、もう60年以上もやってきた。

高速道路が出来れば、ICとICとの間にあった、古い道路沿いの、多くは街道筋沿いの商店や、飲食店は打撃を受ける。高速道路が地方を荒廃させる、といわれるのはこのことだ。

高速自動車速道路が地元(住民)に利益をもたらすというのは到底信じがたい。

地元の利益を飛ばして、ICからICへと点と点とをつなぐ高速輸送は東京に本社を置く流通業者に取っては、大量生産、大量輸入、大量流通、の仲立ちをする上で不可欠だということはわかる。

だが、それが、大量消費に結びついた時代は終わったのではないか。

新税制によって取り立てた税が、一体どの産業分野を肥やすのか、一般国民のニーズ (福祉、医療、教育など) にはどれだけ回るのかが判らないのなら、つまり一般財源化が出来ないのなら、税制包括法案は否決でよい、というのが参議院で野党多数となった民意である、とは誰の目にも明らかだと思うのだが。

2008-03-23 Sun)
Cherry
このあたりのサクラは遅い。一の谷など須磨の浦や海岸沿いで満開になる頃に、このあたり、ヒヨドリ越えに近いところでは、やっと開花するのが普通だ。

どうしたことか、今年は、さくらんぼのなるサクラが先に開花した。

大相撲・春場所は、朝青龍の22回目の優勝で閉幕した。

白鵬と二人で大相撲人気を支えているが、昨年の処分は一体何だったのだろうと思う。

巡業にでるべき所を腰痛を理由に医師の診断書を提出して休業し、故郷に帰ってサッカーで遊んでいるところをみつけられた。

日ごろから傍若無人で傲慢さが目立つとか、礼儀作法がなっていなくて、伝統文化にふさわしい品位・品格に欠ける、奥ゆかしさがない、などなど、随分批判されていたようだから、巡業をサボって遊んでいるのを見つけた人たちが、激しいバッシングを加えた。

だが、結局先場所も白鵬と二人で初場所を盛り上げ、今場所も、朝青龍なしでは人気はがたがただったに違いないと思う。まだ、二十歳そこそこの青年が、よくやっていると感心する。

外国人力士に日本の伝統を教えるのは、日本語を教えるなどと違い、至難のことだと思うが、日本人親方の暴力稽古、殺人稽古などには甘く、外国人の 『異人ぶり』 には厳しいのは、日本人のこれも伝統なのだろうか。

他に、二人の敢闘賞も、黒海、把瑠都、と欧州出身力士だ。伝統行事だとはいえ、力技を競うとなると、やっぱり外国人の方が優勢なのだろうか。

スポーツとは違って、興行なのだから、伝統、伝統とうるさく言うことも無いかもしれない。世界中の腕自慢、力自慢が集まって、ケイコでの厳しい鍛錬に耐える人がどんどん出てくるようになれば、もっと相撲は面白くなるかもしれない。

2008-03-21 (Fri)

2000年ごろの風俗を題材にした談義が出てきて、その前後を読み込んでしまった。2000年3月30日(木曜日)のものを転載させてもらう。

『某評論家が深夜帰宅途中の電車で隣に座ったガングロさん、その評論家の本を読んだ事があるときいて驚いたそうな。さらにそのガングロさんが、かつて吉本隆明・主宰の雑誌「試行」の読者だったときいてもっとびっくりしたそうだ。

そこで、ガングロへの偏見をわびる言葉が続く。それはお詫びから、賞賛へとグレードアップする。果てはガングロの革命性にまでおよぶ。白人崇拝の否定、白人文化の拒否、黒人志向、さては、人類の元祖の地であるアフリカへの郷愁がうかがえる、という。

日常性から一歩ふみだして、素顔をすて、今の自分だけを中心にお金に困れば自分を売ってでも生活するという一つの風俗現象をここまで持ち上げなくても、とは思うが、彼女たちが吉本隆明を読もうが読むまいが、素顔を隠す所から、社会との絶縁がはじまる。

ここに両面があることを見忘れてはいけないと思う。校則でスカート丈や髪型までしばられ、自分の実力に見あった教育を受ける事が出来ないのも社会の責任ではあるが、素顔を隠すことが反社会的・犯罪的な生活と近縁のものであるという事を学んだ事はあるのだろうか。

麻薬、売春、中絶乱用などは革命性とは程遠い。また今は10代でもいつまでも続くものではない。素顔に戻る時、自分がどうなっているかを考えてファッションを楽しむのなら、革命性などなくてもいい、存分に楽しんでいただきたい。』

たしかに。いまはもう、ガングロだのやまんば等といってもわからない人も多くなったと思う。その後、この女性たちはどこへ消えたのだろう。急速に携帯電話が普及し、電子ゲームに熱中する時代にはいってオタクという言葉が使われ始めた。

がんぐろさんたちに革命性を見た人もたいしたものだが、彼女たちが20歳代になっている今日、政治に背を向け、選挙を人気投票化し、雨が降ったらメール交換、天気になったらショッピング、全体として『無党派層』、投票傾向が読めないTKYなどと呼ばれることが多い、一つの階層が出来て、その中に溶け込んでしまったのだろうか。これも一つの革命性だといえなくも無いが。

2008-03-20 (Thu)

日銀総裁人事では、自民党のやり方が、あまりにも見え透いているので、新聞やテレビで騒ぎ立てれば立てるほど思わく通りに行かない、それを民主党のせいにする、というのはばかばかしくてみていられない。

自民党の論理は、候補者の人選をしても、民主党など野党が反対するから、何時までもきまらない。国益を考えれば、反対せずに自民党の提案に無条件で賛成せよ、だ。

総裁職が空席となるのは未曾有の大事で、国際的信用にかかわる大事件だ。このような空白を作り出した民主党の責任は大きいという。総裁職が空席でも日銀はつぶれないし、日常業務に何の支障も無い。

一国の中央銀行総裁が空席では国際的に見て格好ワルイ、というだけのことだ。国際会議でも何でも、代行者の副総裁はちゃんと控えている。

民社党の方針ははっきりしていた。官僚出身ではなく、民間から総裁職に、だった。だから自民党が野党の賛成できない官僚出身の候補者を持ってくれば参議院で否決され、総裁職はきまらない。自民党はこれを民主党攻撃の材料にした。

(民主党内でヨロヨロする人がいたのは、もっと格好悪かった。大連立で大臣職を夢に見る人たちだ。)

自民党は反対されることがわかっている官僚出身者を次々と出してくる。空席が出来るのは自民党承知の上だ。民主のヨロヨロ組みが賛成に回らないとも限らない、という読みなどがあったのだろうか。

民放などでは、もう官僚との関係などよりも、総裁職に適任かどうかだけを考えればよいではないかと俗耳に入りやすい御用論調が出てきている。こうなったら、自民党だけで総裁職を決められるように法律を変えようという意見まで出てきた。

なんとも幼稚な自民党の戦略だ。これで国民が騙せるとでも思っているのだろうか。また、これで民主党の選挙の票が減るとでも思っているのだろうか。バカバカしい。

また、ネジレは困る(誰が?)、と野党の見解のすべてを『悪』であるといわんばかりに言い立てる。民主主義とは何かをもう一度勉強してほしい政治家が多すぎるように思う。

2008-03-19 (Wed)

この二日間、私の住む町のお役所とのやり取りで疲れしまった。

一ケ月分の酒代とか、フィルム代とかに過ぎないほどの金額でも年金を受け取っていれば手続き上、『生存証明』を提出しなければならないのは当然だ。(日本ではこの生存証を現況届けといったが、本人からの届出にしたがって年金を停止するか継続するか決めるというのはなんともお粗末だな、と思っていたら案の定廃止になった。役所間での情報処理がシステム化されれば不必要なものだ。

ところが、ベルギーの年金局から、『国外居住の外国人については国内での情報システムに載っていないから、年に一度、誕生日から30日以内に生存証明を、添付様式によって記入、本人署名の上居住地の市区町村長の記載事項確認の書名、公用捺印をして提出せよ、といってきた。

今回はさすがに支給停止にかかわることなので、フランス語本文の裏に、英語の翻訳が印刷されている。

様式の方は、氏名、生年月日、現住所、婚姻関係、国籍の5項目が表になっている、簡単なものだ。唯一の違いは妻の氏名で、ベルギーでは婚姻後も女性の婚前性を併記しなければならない。この部分は何回離婚しても変わらないわけだ。

それぞれの項目の適用欄には、ご丁寧に、フランス語と英語との両方が書かれている。この様式の末尾に、市区町村長の氏名、署名、公印と認証日付を記載する枠が設けられてあり、丁寧に、手書きの場合は大文字のブロック・レター(日本語の楷書だ)でお願いします、とまで注記されている。

私は自分で記入、署名の上、末尾の枠内に市・区長のハンコを押してもらえばよいと考え、何しろすでに締切日に間にいそうにないのが心配なので朝一番に区役所の支所に出かけた。

ところが、だ。住民票などを発行・交付してくれる窓口に行ったら、『当市では、エイゴの文書に対して認証のための公印押捺などのサービスはしません』・・・・えぇっ?じゃぁどうすればいいのですか、この一枚の紙切れの必要箇所は全部記入してありますから、内容が住民票と違いが無いかどうか、確認するだけのことなのですが・・・といったが、出来ませんの一点張り。大使館に行ってください。

ベルギー大使館は、名誉大使館や領事館(神戸、大阪、名古屋)なども全部閉鎖して、今は東京に一箇所あるだけだ。支所から大使館に電話をして事情を話すと、『どうも、そんなことのようですね。この間北九州の人はたまたま、うまく窓口で認証が取れましたが、北九州でも他の人は駄目でした。あなたも、ここに様式と、住民票原本と、パスポート、運転免許証を持参されれば、すぐに認証するのですが。』

これでは駄目だと思って今度は区役所に行った。窓口では簡単そうに見えた。『あぁ、この枠内に区長印をおして区長の名前をローマ字で書けばいいんですね』 『ハイ、その通りです』 『暫くお待ちください。』

かなりたってから名前を呼ばれた。先ほどの窓口の横から、別の服を着た『係官』 といった感じの、いかにもキャリア風の若い男が私の書類や住民票などをわしづかみにして大きな声で言う。『これはねぇ、だめなんです。』 どうしてですか? 『そういうキマリなんです』 市民の居住、生存などの情報は市役所で把握されているのでしょう、その住民票が証拠ではありませんか。『いや、そういう外国語のサービスは市役所の仕事ではないということになったのです。去年からですが』 ではどうすればよいのですか? 『弁護士のところにお行きになればよろしいでしょう』 何?弁護士?と思ったが、これ以上は埒が明かない。

一緒についてきた妻は 『そんなことしてたら期限超過で支給停止になってしまうじゃない。弁護士ってなによ。これは公的な証明の問題なのに。妻でさえ弁護士はおかしいと思う。公的文書の正否の認証にかかわる問題だ。『あのキャリアの人、公証人と間違えているのと違う?』 『これが原因で支給停止になったらそのときは弁護士よ』

国籍は市役所で証明できない、という支所の窓口の言葉を思い出して本籍地のある芦屋市の市役所に電話をいれた。芦屋市にはベルギー時代の妻の友人も住んでいる。やっぱり、弁護士は論外で、公証人役場で何とかできるのでは、だった。

月曜日は何の成果も得られずに終わり、翌日、公証人役場に電話すると、文書の内容を見ないとわからないが、公証人は署名の認証しか出来ないことをご承知の上で午後1時にお越しください、だった。

ベルギーのことにやたら詳しい公証人の先生にどうしたものかあれこれ相談に乗ってもらい、私が、ベルギー年金局からの様式に記入し、自署のうえ、末尾に、手書きで 『記載内容は住民票内容と同一であり、その内容には間違いないことを誓言します。』 と英文で書き、その誓言に対する別の署名、日付を書いて見てもらったら、公証人先生、これで結構です。私は、あなたの誓言に対する貴方の署名が公証人の面前で行われ、公証人はこれを認証します、という公文書を和英両文で作成します。一万一千五百円になります。

大急ぎで中央郵便局に飛ばして、航空速達の書留でだした。添書に、最短時間でやったがこれは期限後にそちらに到着する。どうかこの遅延については認めていただきたいと書いた。国際書留、760円。

さて、こどもたちに英語教育を、と盛んにおっしゃる皆さん方にお願いしたい。市民に対するサービスが、外国語文書で要求された場合、これを拒否するのが市民へのサービスでしょうか。市役所の窓口担当で英語がわからないからお断り、というような状況をなくすためにも、今エイゴ学習されているお子さん方の勉強を是非、市役所に就職するような年頃まで続けてください。

2008-03-16 (Sun)
Daphne
ジンチョウゲの香りが家を包見込んで漂うようになった。

本格的な春だが、いらだたしいニュースが続く。

テレビは、昔のサダム・フセイン政権下のイラクからアメリカに逃れて亡命政権を作っていた(?)といわれる人物から、イラクを軍事攻撃するようにアメリカ政府に働きかけたのは誤りだった、と本人が語るのが放映された。

サダム・フセインと、アルカイーダとの関係はなかったことが判明した、と米国の調査結果がつい先日公表されたばかりだ。

9.11の報復に、アルカイーダの根拠地、タリバン支配下のアフガニスタンを攻撃していたのが、一転、イラク攻撃に軍事行動の矛先が変わったとき、核兵器製造疑惑、大量破壊兵器の保有なども理由に挙げられていたがすべてはでっちあげだったのにフセインは処刑された。

アメリカ国内に一体どれだけの亡命政権があるのかは知らない。政権とまでは行かなくても、亡命者グループがいくつもあることは確かなようだ。

ミャンマーなどは、軍事政権の力が強大である上に、軍事政権下で米国からの資本投下が行われ米国政府はそれら投資家の利権をまもらなければならないから、反軍事政権のNLD(アウンサン・スーチー代表)に対する支援などはしない。NLD(デモクラシーのための国民同盟)が1990年5月27日の選挙で決定的勝利を得たのを軍事政権は無視し、指導者のスーチーさんはノーベル平和賞を受賞したが、軍事政権によって自宅逮捕、軟禁された。

だが、ミャンマー(旧国名・ビルマを軍事政権が改名)は、NLDが選挙で大勝しているわけだから、亡命政権などは外国には無い。亡命するはずの人々が逆に軍事力で国を支配しているからだ。2002年9月にはクーデターの容疑で、ネ・ウインの三人のお孫さんと、娘婿とが処刑された。

その昔1962年のネ・ウインによる社会主義革命(社会主義へのビルマの道)によって米国初め西側諸国はビルマから離れ、その流れは今に続いている。社会主義を排除する軍事政権のもとでないと安心して投資などは出来ないわけだ。国際的批判が高まる中で、米国と日本とは、軍事政権に対する援助を控えるようになったのは2003年になってからだ。

そこへ、今日は、中国の自治区、チベットの反中国暴動が伝えられ、中国は、インドにあるチベットの亡命政権を批判し、チベットの亡命政権は、中国を批判し、それ米国が加わっている。

第二次大戦のとき、ロンドンにあったド・ゴール率いるフランスの亡命政権は国内のレジスタンス運動に支えられて戦後パリに凱旋することが出来た。台湾に逃亡してきた中国の亡命政権は、中華人民共和国が国連加盟してからは台湾独立に生命を賭して来たがいま、陳水扁の独立派は議席を失い、蒋介石の流れを組む国民党が台湾総統に選挙されようとしている。

亡命政権にもいろいろあるが、それぞれ国民の支持を得て納まるところに納まっている。軍事力では何も解決しないことはいくつもの例でも明らかになっている。

2008-03-15 (Sat)

日銀総裁後任問題でも、野党が参議院で与党案の武藤副総裁昇格案を否決したのに対して、日銀総裁任期切れで空白が出来るかもしれないという異常事態になっているのは野党の責任だとしている。

いわゆるネジレ国会で、何でもかでも自公・政府与党の思うままのことが出来た時代は終わっているのに、与党の決めた人事に反対するのをケシカランという。

何のための二院制だろう。大連立構想などがあるから、選挙なしでも、野党の一部が与党案に賛成することが期待出来ると考えているのかもしれないが、両院の賛成がなければ国会の賛同を得たことにはならないのだから、さっさと後任人事を再検討して、改めて国会に提案するのが与党の責任だ。

ネジレは、国民の意思表示の結果であることを忘れないでほしい。そのために国会運営がうまく行かぬ、ケシカランとはナント身勝手な言い分だろう。

参議院の状況をまじめに考えれば、野党の賛成を得られない法案などは、どうしてもというなら衆議院で再議決するより仕方がない。民意を尊重するなら、野党の賛同を得られる法案に修正提案するのが筋だろうが、そんな気はもうとう無いといった感じの発言をしばしば耳にする。

道路特定財源、ガソリン税などでもすっかりほころびてしまった原案に固執するのは、それほどに政官業癒着利権が巨大だからだとしか考えられない。

地方政治改革を主眼とした 『センタクの会』 というのが、かつて革新知事と呼ばれた知事などを中心に出来たそうだが、選挙目当ての国会議員が一挙にドットなだれ込んで会員になったとか。

センタクは坂本竜馬が姉、とめ(乙女)に宛てて書いた手紙の中の『日本をセンタクしなければならない』 という表現から選んだそうだ。自らを竜馬に擬する壮大な気概には感服する。

明治維新でも、第二次大戦敗戦でも出来なかったセンタクを、これから考えるというだけでも頭が下がるが代議士が群がる、利権配分機構などには絶対にならないようにお願いしたい。

2008-03-14 (Fri)

鳩山法務大臣が、2010年までに司法試験合格者を年間3000人にするという政府計画を発表したら、法曹界からは当然ながら猛反対があって、『多すぎる』という意見をいれて法務省で増員計画の見直し再検討が始まったそうだ。

弁護士の数が多いか少ないかは、人口一人当たりの弁護士の数の大小だけから判断できないことは誰にもわかる。社会生活の中で訴訟に頼る傾向の大小などの風土も関係する。

訴訟大国、アメリカ合衆国の場合と日本の場合とを比較しても、その背景にある社会的条件が異なるからあまり意味はないけれども、この議論の参考に一瞥してみたい。

 弁護士総数 人口  弁護士一人当たり人口   弁護士一人当たりGDP
米国  103万8千人  3億人 289人 13万円
日本    2万2千人  1憶3千万人 5.792人 250万円
フランス    4万3千人     6千万人 1,402人 57万円

数字は2006年の弁護士白書などを基にしたもので概略を把握するため簡略表記した。

今、アメリカでは弁護士数が多くなりすぎて、収益減となるため、海外に事業を展開して市場を広げようとしている。これに対し日本は、数字上は弁護士不足を表し、弁護士一人当たりGDPも米国の20倍近くある。これをならしてフランス並みのレベルにしようというのが政府案のように見える。

法曹界からの猛反対の理由は、司法試験合格者数を増やすことによって質が低下する、人口比で弁護士数がアメリカ並みに増えたら、些細なことでも訴訟に持ち込むという、ギスギスしたアメリカ的社会環境を生む、弁護士不足は東京、大阪、名古屋、等大都市圏に弁護士の6−7割が集中していることからくるもので、これ以上の増員は過当競争を生じ、国民のためには却ってマイナスとなる、などなど。

確かに弁護士一人当たりのGDP比較は余り参考にはならないが、それでも、日本がアメリカの20倍近くになるというのをほうっておくと、あらたな日米市場合戦となることは明らかだ。確かにGDP(一人当たり)比較では日本の弁護士は余裕のある市場を持っているようには見えるが、現実にはここでも格差社会があって、一握りの巨大弁護士事務所とその所属弁護士以外の個人事務所(全体の70%が弁護士一人の事務所だそうだ)では、競争力を持たない。

もう何十年も昔、妻の父親が判事だった頃に、仕事を回してほしいと訪ねて来た老齢の弁護士が雨の日に骨の折れた傘を玄関先でたたむのをみて、妻は、弁護士って大変なのだなぁ、と子供心に強い印象を受けたという。

弁護士の大都市集中は中央集権政治経済が原因だから、政府の責任だ。試験を優しくして弁護士を増やしても、それがまた大都市に集中する。医師不足問題と似ていて解決にはならない。

それよりも法科大学院などの富裕層にだけ恩恵のある学制をあらため、同時に、何度でも試験を受けることが出来る制度も廃止する必要がある。外国などでは二回までは受験機会をあたえるが二回不合格となったら別の仕事を探しなさい、という所があるが、こうした制度の導入の方が先ではないだろうか。

2008-03-13 (Thu)

とうとう1ドルあたりの円価が100円を切ってしまった。13日の外国為替市場では、午後5時半過ぎには、99円77銭にまでなったそうだ。

世界中でドルが売られている。米国の景気後退の心配、米国経済に対する不信などで、日本の産業界では輸出売上高比率の高い企業では深刻な問題だ。

12年ばかり前にも1ドル当たり100円台をきった。

事業をやっているわけでもないが、私等の場合は生活に直接影響する。ブリュッセルの娘一家は、これでは当分日本には行けないから、そちらから来てよ、という。もっともだが、為替差を有利に利用できるほどの家計支出が出来るわけがない。

また、僅かな額ながらドル建ての小切手で受け取る外国からの年金などは、為替で、円価手取りが減少するところへ、手数料などはキッチリ日本円で支払うことになるから、がっかりしてしまう。

これから先、米国経済の先行きなどから、対ドルは90円台後半で定着するのではないかとの見方もある。

唯一のメリットはエネルギー、食料など私たちの生活に直結する資源・資材で輸入に頼っているものが安くなることだ。だから、国際市場で原油価格が高値更新しても、ヒステリックな報道はない。

だが、個人の生活の分野では、ガソリン・スタンドでの小売価格の値上げが、原油価格の急騰による、と理由付けられている。円高による為替差益は、仲介業者が吸い取ってしまうからだろうか。

機軸通貨が、ドルからユーロへとシフトしてゆく状況は既に見られているが、さらに進行するのだろうか。

国民生活の面では、後期高齢者に対する医療制度の変更で、新しく加入する制度に保険料が年金からの天引きで自動払いになる。基礎年金は税金でという話がある一方で、取り戻せないとやってゆけない国なのか。

2008-03-12 (Wed)

大企業・大手労働組合などによる賃上げ交渉が次々に妥結を迎えている(今でも春闘という言葉が使われている)。企業の業績が軒並み前年を上回っているのに対して、賃上げ額は昨年並み、又はそれ以下だ。

この賃上げというのは組合員の賃金水準そのものを引き上げるもので、通常、各企業ごとが制度として持っている各従業員個人別の 『業績査定による人事制度の中の昇給』 とは区別されている。中にはニッサンのように定期昇給制度がなくて代わりに昇給原資(経営者の考え方だが)の金額全体について交渉するところもある。

この、昇給制度を圧縮して人件費削減を図るのがリストラで、昇給制度の原資をこえて賃金水準を引き上げるのが賃上げだ。その賃上げに際して、経営側の懐具合、経営計算を前提にその範囲内で賃上げを考えるのが今では当たり前のことになったようだ。

労働側の総帥といっても良い連合の高木会長は12日、次のような発言をした、と新聞に載っている。

『ことしの春闘では、企業の利益を労働への分配に回させ、家計を改善するという大きな目標があり、、賃上げに対する国民の期待も大きかった。その期待に応えられたのかと考えると残念な思いだ』 (NHKニュース電子版:12日18時04分)

それ応えるかのように、経団連の御手洗会長は高知市での会合で次のように述べたと同じくNHKニュースは伝えている。(電子版12日19時36分)

『リード役となる自動車や電機業界が3年連続で賃上げを行ったことは評価できる』 『景気の減速が心配されるが、今回の回答で、各社はベースアップや賞与、それに手当などの形でできるかぎりの賃金の改善を行ったので、消費の増加や内需の振興につながることを期待している』

連合は、経営側からの利益の分配が不十分だった、といい、経営側は、景気減速不安の中で賃金を上げた。これが消費の増加、内需拡大につながってほしい、という。

生活水準がより低い中小零細企業に働く人たちは一体どうなるのだろう。

賃金を上げれば企業がつぶれる。この古典的で幼いおどしは、新事業を立ち上げる時に、賃金の方は儲けが出たら払います、という条件で、肝心の人、従業員を集めることが出来るのかどうかを考えてみれば、たちまち、ウソだとわかる。経営責任が棚上げされている。

儲けが出たら、その儲けが企業の中のどこに配分されてゆくのかを良く見なければ、儲けと賃上げとを関連付けることは出来ない。今なぜ、非正規社員を正規社員にしなければ駄目だ、という動きが広がっているのかを良く考えてみればわかることだ。

2008-03-11 (Tue)

児童ポルノについての新しい規制を設ける、などの話が盛んになっている。

インターネットなどで提供されるポルノサイトへのアクセスを完全には制限できないが、その内容のえげつなさとか非人道的だとか言うところから、やっと児童ポルノを禁止しようといういう動きが出始めた。

国際機関からの要請もあるというのが情けない。

だが、これでポルノ一般が規制されるわけではない。インターネットにはものすごい数のポルノ提供サイトがある。莫大な額の会費を払えば、さまざまなポルノ動画がみ放題、というのもある。

本当かどうかはわからないがポルノ・サイトにアクセスすれば直ちに数万円の加入費とか、閲覧費とかの請求が来るそうだ。殆どの場合は売買契約は成立していないので、請求金額はサギまがいのものとなるがたくさんの人たちが被害にあって、請求に対して慌てて、何万円もを支払った、というケースが絶えない。

特殊な個人的趣味をもった人たちが密かにアクセスして、映像などをダウンロードするのだという。

観賞する側(消費者)の人たちのことはとやかく言えないにしても、提供する側では製品を製作するために、撮影施設などは当然ながら、何よりもモデルを確保しなければならない。そこが人権侵害のポイントだ。

あまり深く意味を理解していない少女が母親に連れられてポルノ制作スタジオにやってきて作品を作る、という例が多いのだそうだ。

児童ポルノ愛好家があってはいけない、とはいえないかも知れない。個人の趣味を強制的に国家権力で禁止するというのは民主主義国家ではあってはならないことだろうと思う。

このような趣味は人間の性衝動から生まれるものだから、根絶は難しいかもしれない。

そして、人間の性衝動は動物のような繁殖期の性衝動とは区別されていて、独立した生活習慣に近くなっている。生殖、妊娠、出産、育児とは全くの別世界の事になっている。

とはいっても生殖機能が不全な児童のポルノをながめてどうするのかは知らないが、こうしたもので性的興奮を得てそれを楽しむというのは、異常としか思えない。

憲法反対、総理大臣反対、反政府組織の弾圧反対、などを主張することが出来る言論の自由をまもる限りでは、児童ポルノにおける表現の自由もまた、守らなければならないのだろうか。

卑しく浅ましい男性は、世界中に充満しているようだ。

2008-03-10 (Mon)

安倍前総理がいいはじめた 『戦後レジームからの脱却』 が一体何だったのか、改めて問い直されている。

戦後、占領軍総司令部(GHQ)のおかげで出来上がった、戦前には到底考えられなかった制度、例えば男女同権の考え方、労働三法ではじめて認められるようになった団結権(労働組合を組織する権利)とか団体交渉権、スト権などは、それらによって底辺生活者の生活水準の向上に大きく貢献した。

一挙に自由がやってきて、それに乗る若者も増えた。男尊女卑で凝り固まったオヤジは 『ホーケンオヤジ』 とよばれ、すこし調子に乗った女の子は 『アプレ・ガール』 とよばれた。(フランス語のアプレゲール(戦後)をもじったものだった。)

これらは、確かに、多少の羽目ハズシも含めて戦後レジームとよばれるものの一部に違いない。それから脱却して、どんな制度の日本を作ろうとしたのだろうか。

そして3月10日。戦後レジームというコトバと同時に思い出すのが無謀な戦争と敗戦。その中でも1945年3月10日は米国が開発した長距離爆撃機B29による東京大空襲の記念日だ。300機の編隊が、1600トンの爆弾を落として死者は10万人以上に達した。

このことはすぐには報道されなかった。詳しいことがわからないままに、3月14日は大阪大空襲があった。4月には沖縄戦が始まったが、それに呼応するように、名古屋、大阪、神戸などの大都市、京浜、阪神、播磨などの工業地帯や住宅密集地帯のじゅうたん爆撃が続いた。

戦災死者数は原爆二発による死者約20万余人に対して、爆弾総量は本土だけで14.7万トン、それによる死者は約30万人。

この結果できあがった戦後レジームからどう脱却するというのだろう。憲法9条のない美しい(?)日本とは何だったのだろうか。もう、そのことはあまり口にはされなくなったけれども。

2008-03-09 (Sun)
Boke-bud
白と、赤と、ピンクの三本あるうち、ピンクのボケのつぼみが膨らんできた。日中の陽気は、春も半ばのようだ。

テレビで名古屋での国際女子マラソンを観戦した。一位の中村友利香は初マラソンの選手だった。選手寿命は長いといわれているマラソンだけどやはり世代の交代が進行しているのだろうか。

昨年の実績から土佐礼子、野口みずきと二人確定しているオリンピック出場選手の三人目に若い中村選手が明日には選ばれることになりそうだ。

名古屋からのテレビ中継画面の明るさと、強い陽射しに誘われて須磨浦海岸に出て、それから敦盛塚や、須磨寺に足を伸ばした。

春の労使交渉がたけなわだ。日本の労働人口は5174万人と昨年より86万人増えたそうだ。

驚くのは、その中で、正社員(おかしな表現だが、誰も何も言わないから私も使っている。)ではないパートや派遣などの非正規労働者数も増えて、1732万人となったと国が発表していることだ。全労働人口のうち、実に1/3が非正規労働者となる。

労働組合のある職場では正社員だけが組合員で、賃上げ交渉の結果の恩恵を受けるが、非正規労働者は非組合員で、会社が雇い入れる際の労働条件は正社員より悪かった。給料が安いから雇った。

最近になってようやく労働組合でも、同じ職場で、正社員と同じ仕事をしているものについての賃金差別をなくそうという方針が打ち出されるようになった。

同一労働、同一賃金という当たり前の原則は、不況期の企業の利益確保の為にどんどん無視されてきたが、やっと、法律による差別禁止が復活するそうだ。

復活、というのは日本の労働法の中にはもともと、同じ仕事をしていれば賃金は同じでなければならない、という法律はあったからだ。『改革』 だの 『規制緩和』 などという経営側を支援する制度の変更によって、職場内の様々な格差が広がってきた。痛みをもたらす改革、の一例だった。

賃金を上げて消費購買力を高めることが、内需の拡大につながり、それが経営にも利益をもたらす、という労組側の古典的な主張は最近では聞かれなくなってしまったが、最近の労使交渉内容は公開されないものだろうか。一度、拝見してみたい。

2008-03-08 (Sat)

地球温暖化防止の為に世界中が取り組むようになって、CO2排ガス規制が話題にならない日はないといってよい。

その中で交通機関の排出するCO2といえば、乗客一人当たりの排出量では何といっても航空機が群を抜いて多い。

3月7日のCNNロンドンが伝えるところでは、米国の大手航空会社が、シカゴからロンドンまで乗客5人乗員10人の計15人を乗せて飛ばせたとして、環境保護団体から批判を受けているとのことだ。

シカゴからロンドンまで、9時間の飛行に必要なジェット燃料は6万8000リットルで、乗客一人当たりに換算すると排出される二酸化炭素量は35.77トンになり、一般的な乗用車を16万キロ走行したときに発生するガス量と等しいと報じている。

せめてこのジェット旅客機が満席だったら、一人当たり排ガス量は45分の1になったはずだとの試算も紹介されている。

飛行機のジェット燃料の無駄遣いはしばしば取り上げられているが、排出ガス量がまだ大きな問題とされる以前でも、例えばジェット燃料輸入国では、乗客が一定の数に足しなかった場合、便の取り消しや、次便との統合などということを良くやっていた。(便数の多い米国のシャトル・フライトでは今でも良くやるが)

私の経験では旧ソ連時代に東欧を飛び回っていた頃、フライトスケジュールが、乗客数の関係でよく変更になったので、ビジネスの日程を立てるのに難儀したことがある。

だが、今は過当競争時代だから、このCNNが報じた例のように殆どが空席の便でも飛ばさなければならない、ということがあるようだ。

今後は航空業界でも積極的に取り上げられるようになってほしい。

だが、なんと言っても、軍用機の飛行、飛行訓練などで排出されるCO2は桁違いに多いことだろうと思う。そのためには、地球温暖化防止と、軍縮とは深い関係があるといえるだろう。

地球環境と軍縮一般とをテーマにした国際会議はないのだろうか。温暖化防止→電力利用→原子力発電と核軍縮では様々な議論が行われてはいるのだが。

2008-03-07 (Fri)

オバマ氏の連勝がストップした。

米国大統領選・最後の天王山といわれていたテキサス州、ロードアイランド州、オハイオ州、バーモント州の四州で、共和・民主両党が予備選を行った。民主党オバマ氏はバーモント州では勝利したが、あとの三州ではクリントン氏が巻き返して勝った。

獲得代議員数ではオバマ氏が上回るが、特別代議員数ではクリントン氏の方が勝っている。撤退を宣言するほどの大差ではないから、最後までもつれるとの見方が有力なようだ。。

一方、共和党は立候補した7名中、ジョン・マケイン氏が指名確実だった。5名は既に撤退表明を行い、ロン・ポール氏一人が残っていたが、上記4州での予備選でマケイン氏が勝利、過半数の代議員を獲得したので、共和党の大統領候補はジョン・マケイン氏に確定した。

これに対して、民主党候補が大統領の座を争うわけだが、民主党の指名争いの立候補者8名のなかで残ったのはオバマ氏、クリントン氏、マイク・グラベル氏の三名。突出したオバマ、クリントン両氏の内どちらが民主党大統領候補となるかだが、後半、連戦連勝だったオバマ氏はさらに支持を延ばせるかどうか。

対する共和党の候補が確定したマケイン氏も、大統領選挙・本選で、イラク政策の正当性について説得力がなければ、共和党勝利はない、とされている。

それにしても選挙資金の挙金額には驚く。2月には、クリントン氏、3500万ドル、オバマ氏5500万ドル、と大統領選挙史上最高額を記録したそうだ。5500万ドルは約58億円。オバマ氏の場合は若い支持者からのインターネット送金で一口100ドル以下の少額寄付が90%でこの金額になったというから、一般市民支持者の数は圧倒的だということだろう。

民主党の党機関での決定まで目が離せない。

2008-03-06 (Thu)

瀬戸内海の明石海峡で、大阪より、つまり大阪湾の西端というと私の家からは左手遠くに時には銀色の、時には鈍色の水平線が見えるあたりだ。

私の家からは20キロぐらいある神戸空港のレストランの、海側の席で食事をしながら滑走路のすぐ向こう側に広がる大阪湾をながめて、最近の舟の速さに驚くことがしばしばだった。

ずっと昔は、海岸に出てアンパンなどをかじりながら行き交う船をよく眺めたものだった。その頃は、左手から視界に入ってくる船が視界を横切って右端にその姿が見えなくなるまでにアンパンアドはとっくに食べえ終わってしまっていたものだ。

ところが、最近はレストランで注文したステーキを食べ始める時に視界の左手にいた船は、ナイフをいれたころにはもう正面に見えるようになっている。一切れ口にいれた肉片をかみ終わるまでに、その舟は視界から消えてしまう。

それだけではない。以前は、あ、あそこにも船がきたよ、と指をさして人に教えていたものが、今では視界一杯に見える限りの海面に船が航行している。小さな漁船から、大きなタンカーまで余りにも数が多いので一度数えたことがある。その日のお昼時に、視野の中にいた船は全部で22隻だった。

それでも海は、やっぱり広い。ところが、その広い海で三隻の衝突事故があった。

スピードが桁違いに速くなっていて、同じ航路を航行する船の数が桁違いに多くなっいて、そしてそれに対応するために操船技術はどれほど変わったのだろう。自動操舵装置が一般的になったことだけなのだろうか。

スピードは違うが飛行機と同じで、急ブレーキがかけられない。バック操航や、急旋回もできないに等しい。そのためにきっとレーダーや音波探知機などが発達していて船と船との間隔を常に一定以上に保つような保安装置があるのに違いない。そういえば、このごろは夜霧で視界の悪い時でも霧笛を聞かなくなった。

自動操舵装置というのは、衝突の危険を感知した時に回避するように働くのだろうか。

完全全自動で、無人でも離着陸できる飛行機であっても、離着陸のときは全自動から手動に切り替えるのだそうだ。明石海峡のように潮の流れが速いことで有名で、しかも航行する船の数が多いところでは飛行機並みに手動での運行をしないといけないのではないだろうか。

2008-03-05 (Wed)

役所からとどいた分厚い封書をあけると、通知書と一緒に健康保険証が入っていた。何時もと違って分厚い。よくみると、それは新しい健康保険証だった。

今まで私は永年働いた企業の健康保険組合の組合員として、22歳の時に貰った初任給から何十年もの間保険料をかけ続け、その間、歯科医とか、カゼ引きのための内科医のお世話になった以外は何十年も保険証は使ったことがなかったが保険料は天引きで払い続けていた。。

その長期にわたる企業を通じての保険料納付実績から、退職後も(退)という記号つきの保険証が交付され、それを愛用してきた。退職後は保険証のお世話になることが多くなったのはたしかだ。

所が、今回受け取った保険証には(退)の記しが消えてなくなっている。

これがいま世情を賑わわせている、後期老人保険制度の具体的証明だ。

従来の(退)記号のある保険証があれば、過去何十年もの保険料納付実績があるから、退職後も、病気になった場合は在職時のように医療給付を受けることが出来ますよ、ということが保障されていた。

所がそれがなくなる。つまり私は、(退)から私の意思に関係なく強制的に脱退さされて、おなじく強制的にあたらしく創設される広域(都道府県以下地域自治を含む)での健保システムに加入させられる。

今までの、(退)健保だと、過去、営々とかけ続けてきた健康保険料による健保システムの恩恵を受けると言うことは約束事であり当然だと思っていたら、若い頃よりも保険証が必要となる時期になって、突如として高齢者は別立て、広域地方自治体主管の健康保険制度に加入しなければならない、となったわけだ。

実際には2006年にきまったことだから、いまさら慌てるほうがいけないのかもしれない。だが、マサカと思っていたことが自分の身に降りかかって来たわけだ。

だけど、ポイントは 『保険料』 は払い済みだと思っていたところ、後期高齢者(75歳以上)はあらたな保険制度に加入するのだから、保険料を改めて支払わなくてはならないということだ。

そして、その保険料は、有無を言わさず年金から天引きする(昔懐かしい源泉徴収だ)という。

国会ですべての野党が4月からの実施に反対をしたという。だが、自公与党は衆議院では絶対多数。後期高齢者(75才以上)とはよく言ったもんだ。選挙の票にはならないと踏んでいるのか。

イージス艦の費用、沖縄の米軍駐在に関連する費用など、75歳以上の高齢者から源泉聴取する税金とは比べ物にならない金額をアメリカ、防衛省に費やすという実態を前に、日本は本当に滅私奉公、餓死しても守り抜くに足る良い国なのだろうか、と言う疑問が、もはや浮かび上がることもなく海底深く沈見込んでしまった状況になっている。

2008-03-04 (Tue)

いらない高速道路もたくさんあるに違いないが、中国自動車道などは、比較的良く出来ているように思う。

私の家の裏から北に少し走ると中国自動車道に入ることが出来る。それを西に岡山県内北部を走り、津山市を越えてから20キロあたりで、181号線に乗り換える。岡山県と鳥取県との県境にむけて西北に走ると、勝山町に着く。

3月3日にはこの町で、古い町並みの旧家が秘蔵する雛飾り、雛人形を訪問客に公開するおまつりがあり、写真クラブにも案内状が来るので、私の妻は友人の車で勝山のひな祭りを作品にしようと出かけた。

車を置いていったのは、或いはひな祭りの振る舞い酒が出るかも知れないと期待していたのか、夕食に土地の名物料理を楽しもうと考えたのか、或いはぼんぼりなどが点灯される夜景などを撮るつもりで、遅くなるからなのか、とにかく一日、車は私が使うことが出来た。

3月3日は私は毎年定例の会合が大阪であるので、車がなければ、バスや地下鉄、JRなどを乗り継いで行かなければならない。おかげでおお助かりだった。

私が会合から帰ってきて、ハイランドの西、スカイ島産のモルト、タリスカーを楽しんでいるところに帰宅した妻は大きな荷物をおろすなり、山陰文化圏と瀬戸内文化圏とをつなぐ古来、交通の要衝だった勝山について止め処もなく語り始める。

醤油と酒との醸造で昔は裕福だったと思える大きな倉や屋敷が立ち並び、醤油の醸造所は多くは料理屋などに、酒の醸造所は民宿などになっているが、盛んに東京弁が聞こえるので声をかけてみると、若い人たちはみな東京に出てしまっているので、春の祭りに故郷で同窓会をするのだ、と都会風の年配の紳士が教えてくれたそうだ。

山陰から瀬戸内への交通は、今は勝山町から東へ一山越えたところの山中を米子自動車道が通っているので、古い街道筋の村々は寂れる一方だと東京弁の紳士は言ったそうだ。

雛祭りの日に雛の町を友人とおとづれるなどのことが、これからさき何年も続くようには思えないが、町が健在な間に私も一度訪ねてみたい気になった。産業がなくなり人口は減少一途のこのような町では財政は一体どうなっているのだろう。

2008-03-02 (Sun)
Hakubai
アメリカ海兵隊員による沖縄の少女暴行事件で、少女が告訴を取り下げたことから議論がさらに広がっている。

悪事を徹底的に追求し、糾弾しなければならないという正義感とあいいれないのが、性犯罪の加害者に対する糾弾だ。

告訴取り下げによって今度は、被害者の少女に対する非難が起っている。なぜだ、何かやましいことでもあるのか。

今回の事件とは何の関係もないが何年か前の広島市長の発言 『午前3時という深夜に目的もなく徘徊する女性にも問題がある』 というのが、当時大変な攻撃をうけた。

大体若者に取って午前3時が深夜などとはぴんとこないし、仮に深夜だったとしても、自分の町に遊びに出ることの、どこがいけないのか、いけないのは、『深夜』 に女性を襲う方ではないのか。

私のような夜型人間には、これはよくわかる。深夜に基地周辺を徘徊して、若い兵隊を挑発したり、からかったりする無謀な少女たちもいないわけではないだろうとは思うが、仮に挑発があったとしてもそれに乗ってしまう方が加害者としての責任を負うべきだ。

だけど今回の告訴取り下げは背景が違う。性犯罪で告訴された方が、身体には触れたが、『強姦』 していないと否認している。裁判になった場合、どういうことになるのか、法曹関係者なら誰もがうなづく。

私の妻の父親が高裁判事だった頃に、私は当時は興味半分で判例集や、取調べ記録などのなかの性犯罪に関する証拠とか、供述書とかを読んだことがある。今はもう判例も取り調べのやりかたもすっかり変わっていることとは思うが、読むに耐えない記述が次から次へと出てきて、興味半分が恐怖一杯になってしまった経験がある。

『強姦罪』 が成立するためには、女性性器の中に男性性器が女性の意思に反して挿入されたことが確認されなければならないというのが当時の判断だったようだ。今は知らないが、この点が強姦罪と強姦未遂、或いは無罪とを分ける事実関係でこれを立証するために被害者である女性に事態の推移の詳細を証言させるわけだが、『間違いありませんか、それは本当に性器でしたか、指が触れたのではありませんでしたか、なぜ性器だとわかりましたか』 という質問に女性被害者は、それこそ死ぬほどの思いで答えなければならなかっただろう。

『意思に反して』 の部分のやり取りなどはもっとえげつない。加害者側は通常合意があったことを主張する。その立証がまた耐えられない内容になる。

そっとしておいてほしい、という14歳の少女の願いを、本当にそっとしてやれる、しかし少女に恥ずかしい思いをさせることなく性犯罪者を確実に捕獲し、責任を問うことが出来る法の体制が出来なければ、ここでも男性優位社会の中での女性の泣き寝入りが増えてしまう。

もっともこれは日本や、基地周辺だけの問題ではないのだろうと思うが

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