町内会のあり方
何より親睦が大切でしょう。日頃のお互いを認め合うことから信頼が芽生え、それが発展し親睦につながり、地域の団結とお互いの協力が生まれます。この土台に基づき自助・互助・共助の精神によって、町内会が機能します。


 祭りについて

地域における親睦を支える柱は、伝統行事に汗をかきその後の懇親会でしょう。
バブル崩壊後は、若者が仕事に追われる一方、飲酒離れも進み、祭りへの積極的参加が見られなくなりました。従って高齢者主体となり、文化の伝承がままなりません。
高度経済成長期に全国至る所に同質な行政主体の催事が、お仕着せで企画され、いずれも魅力に乏しく盛り上がりに欠け、情熱を打ち込めず、参加者に感動を与えていません。
今こそ地域に根ざした伝統文化を再度見つめ直し、その魅力を確認し、若者に伝承することが望まれます。

太子堂

我が町には、聖徳太子を祀る「太子堂」が寛永年代(1624〜1644)に創建、数回の火災の後、現在のお堂は天保4年(1833)に再建され173年の歴史を刻んでいます。毎年2月22日の聖徳太子の命日の月遅れの3月21日〜22日に例祭を執行しています。広くこの地方の農民や建築関係者の尊敬の対象となっており、長い厳しい冬が明け春を待望する住民の祭りとしても伝統を継承しています。

町の最大の行事であり、地域の団結やコミュニティーを確立する上で欠かせない存在となっています。祭事には行政の代表者、商工業団体代表者、近隣町代表者、近隣太子講関係者、建設関連代表者などが集い、法要を執行し地域の絆を深めています。

この歴史を後世に引継ぐために、子供たちに学ぶ場の提供も必要と考え、古文書を解読する同士を募り同好会の設立を進めることになりました。

日想観

わが町の太子堂は西向き、正確には若干南に振って建立されいます。何故西向きなのかについて、仏像や寺院建築にご造詣が深い相原先生の仮説では、「極楽浄土である西方に落日する日差しが太子堂の聖徳太子像に射し込むように設計された。」四天王寺の西大門に彼岸の中日に落日する「日想観」と違い、わが太子堂は聖徳太子の命日である2月22日に落日の日差しが聖徳太子像に射し込むことを確認するため、ここ数日午後5時30分前後に集どい確認したところ、2月22日は曇っていて落日を確認できませんでしたが、2月24日ようやく日差しが聖徳太子像に差込み皆で思わず歓声を上げました。相原先生の仮説が現実のものとなり、173年前に太子堂を建立した大先輩の広大なロマンに感動しています。さらに新たな発見がないか逐次確認してゆきたいと思っています。

この度、私たちの町に古くから伝わる「太子堂」の建物と掛軸「聖徳太子絵伝」が須坂市有形文化財として指定された。

太子堂は、380年ほど前の寛永年間に建立されたと言い伝えがあるが、その後数回の火災に見舞われ、現在の建物は170年ほど前の天保年間に再建されたもので、当時としては選り優れた建築資材(欅材を主体)と卓越した建築技術や彫刻など高度な文化水準が駆使され、代々住民が心配りした維持管理がされてきたため、今もって狂いがないことなど評価された。これはこの地域一帯の住民の建設当時以来の熱意と貴重な浄財によるものと思われる。

聖徳太子絵伝は、明治の廃仏毀釈で一時廃堂になった太子堂を再興するに当たり、住民の情熱こめた寄進によって、江戸で日本画を学んだ地元の画家牧方丘が代表作として六幅の掛軸に描き、京都の表具師に表装を依頼したもので、毎年の春の例祭のみに公開されてきたため、良好な保管管理によって色彩が鮮やかであること、聖徳太子の生誕前から崩御されるまで経過が順を追って96場面にわたって描かれた貴重な美術品として評価されたものと思われる。

須坂市有形文化財指定を契機に、地域住民として先人の思いと業績を理解し、永年引き継がれた文化と伝統を地域の誇りとして、再認識して後世に引き継がねばならない。また、太子堂を地域の核としてコミュニティが密接につながり、地域の団結力が高まることを願っている。(平成19年12月25日)









 自助・互助・共助 について

地震水害などの天災や火災などの人災こそ、町内会による互助・共助によって、改めてその存在を感じるものです。
新潟県中越地震において、ある町内会長は、行政に頼らず、町内の住民の協力によって、避難場所の農地とビニールハウスを確保し、トイレ、風呂、発電、給排水に至るまで、最低限の生活環境を整備して、町民の安全・安心を確立したことは、地域経営として見習わなければならない好例だと痛感しました。
地域コミュニティの原点は、非常時の相互扶助から始まり、日常の良好な関係を気づきあげることではないでしょうか。


 国勢調査

国勢調査の調査員の仕事を無事終了しました。調査地域が地縁で馴染みの人々が大勢であり、アパートが1箇所しかなかったことが幸いしました。足数も最小限で済ませることができ、場合によっては調査表をわざわざ私の家に届けてくださる方もあり、大変順調に進めることが出来ました。受け持った30%ぐらいの方は、開封のまま戻していただきましたが、調査項目については、理解しやすかったことを考えると、もっと封印して出していただいてもと思いました。個人情報保護の視点からも封をして、提出してもらうことを徹底させるべきだと感じました。地域の方々とは、さまざまなお付合いがありますが、国勢調査を通して新たに接点が出来た方もあり、調査員の依頼を受けたことに感謝しています。5年後はインターネットの更なる普及によって、手作業によらない国勢調査と従来型を選択できる、ことになるのではないかと思っています。




 聖徳太子殿一日講

明けましておめでとうございます。

私たちの町には、聖徳太子を祀る太子堂があります。370年前の寛永年間建立され、以来2度の火災に見舞われ現在のお堂は、1,833年(天保4年)に再建されて174年を経過しています。太子堂は、「聖徳太子殿奉賛会」が春の例大祭を執行し、管理全般を取り仕切っています。その中で「恵方参り」だけは、1,975年(昭和50年)から奉賛会とは別に「一日講」とよぶ町内54名の有志による講の集いが執行しています。講員の内75歳未満の8名によって毎年交代で当番を引き受け、年末から元旦までの新年を知らせる花火の打ち上げ、明治の廃仏毀釈ののち太子堂の再興に尽力された浄念寺住職による新年の読経など「恵方参り」全般と新年会を計画し進行しています。今年は私が、その「一日講」の講長を仰せつかりましたが、当番者の多大な尽力と、近年まれに見る晴天にして無風の年越しに恵まれ、参詣客が多かったことは昨年12月からの準備の苦労が報われた思いでした。このような地域コミュニティの素晴らしい伝統を、大切に守って生きたいと思っています。

今年は、穏やかな「恵方参り」のように、家庭・地域・国内・世界が平和であることを願わざるを得ません。



 聖徳太子例祭

北信濃の春一番の祭りとして、古くから親しまれた聖徳太子祭は、年々参拝者が減少しているのが悩みとなっている。その主催者である奉賛会長を引き受けることとなり、数年前から種々模索していた。126年前に廃仏毀釈によって廃堂になっていたお堂が再興されたときに、地元の牧方丘画伯が描いた「聖徳太子絵伝」六幅の掛軸について、須坂市の文化財審査委員である相原文哉先生に絵解きを進めて頂いたが、その絵解きによって、八十七場面という場面が多いことや、色彩が鮮やかであることが注目されている。また、170年前の天保年間に再建された現在の太子堂は、当時の町民の貴重な浄財により、現在では得がたい欅の大木をふんだんに使い、殆どの柱を円柱とし、垂木を曲線とすることや、彫刻に意を用い、格天井には漆と金塗装を施し、正面の角柱には几帳面の工法を用いるなど、建築技術の粋を結集し建立したことによって、今もって殆ど狂いが無く存在しているとして、信濃伝統建築研究所の和田先生は驚ている。太子堂には、この他にも数々の貴重な文化財が残されていて、昨年から古文書を解読する集いが発足した。そのうち近々江戸時代のものについて刊行することにしている。このような文化財を再認識し、広報することによって、賑わいの復活を念願しつつ地域の誇りとして後世に引継いでゆきたいと考えている。(H19.3.22)


須坂市有形文化財に指定される


この度、私たちの町に古くから伝わる「太子堂」の建物と掛軸「聖徳太子絵伝」が須坂市有形文化財として指定された。

太子堂は、380年ほど前の寛永年間に建立されたと言い伝えがあるが、その後数回の火災に見舞われ、現在の建物は170年ほど前の天保年間に再建されたもので、当時としては選り優れた建築資材(欅材を主体)と卓越した建築技術や彫刻など高度な文化水準が駆使され、代々住民が心配りした維持管理がされてきたため、今もって狂いがないことなど評価された。これはこの地域一帯の住民の建設当時以来の熱意と貴重な浄財によるものと思われる。

聖徳太子絵伝は、明治の廃仏毀釈で一時廃堂になった太子堂を再興するに当たり、住民の情熱こめた寄進によって、江戸で日本画を学んだ地元の画家牧方丘が代表作として六幅の掛軸に描き、京都の表具師に表装を依頼したもので、毎年の春の例祭のみに公開されてきたため、良好な保管管理によって色彩が鮮やかであること、聖徳太子の生誕前から崩御されるまで経過が順を追って96場面にわたって描かれた貴重な美術品として評価されたものと思われる。

須坂市有形文化財指定を契機に、地域住民として先人の思いと業績を理解し、永年引き継がれた文化と伝統を地域の誇りとして、再認識して後世に引き継がねばならない。また、太子堂を地域の核としてコミュニティが密接につながり、地域の団結力が高まることを願っている。(H19.12.25)





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