2009年

1月号  2月号  3月号  4月号  5月号  6月号

7月号 8月号 9月号 10月号 11月号 12月号


2008年

1月号  2月号  3月号  4月号  5月号  6月号

7月号 8月号 9月号 10月号 11月号 12月号


目次


情報紙「みやぎシルバーネット」から、1面の特集記事で特に好評だったものをご紹介いたします。

ボケの予防
2004.6月号

痴呆は放っておくと悪化します。
活動的な生活がボケの予防に!

....

 脳神経疾患、脳血管障害の治療では国内屈指の医療機関とされる広南病院に、県内唯一の『もの忘れ外来』が開設されてから2年になります。アルツハイマー型痴呆の患者が確実に増えているなか、4年前にアルツハイマー型の痴呆患者に処方する薬『塩酸ドネペジル』が認可されたことで多少なりとも薬による治療的介入が可能になっており、同外来に対しても大きな期待が寄せられています。

詳しい検査が必要

 もの忘れ外来での診療は、まず最初に『もの忘れ問診票』を用意して一日の過ごし方や物忘れの度合いなどを患者ないし家族に記入してもらい、簡単な質問に答えていただく『スクリーニングテスト』『頭部CT』『身体の神経症状のチェック』などを実施。さらに詳しい検査が必要とされた方には、臨床神経心理士による『詳細な神経心理検査』『SPECT(局所脳血流測定装置)』(※初期のアルツハイマー型痴呆症の診断ではMRI検査よりも有用性が高いとされる機器)を使った検査が実施されています。こうした精密な検査によって、今まで見過ごされがちだったアルツハイマー型痴呆症などの前駆段階として注目されている「MCI(軽度認知障害)」をも見つけだし、早期の適切な対応を目指しています。MCIはその一部が将来、本格的な痴呆に移行する可能性が高いと言われ、「年相応の良性の物忘れ」と区別が極めてしにくいため、経験豊かな医師でも判断が難しいとされてきたものです。

アルツハイマーが日本でも急増

 左の表は、この春で1000人以上に達している受診者の中から438名の初診時の診断結果をまとめたものです。これを見ると、欧米に多いとされていたアルツハイマー型が日本でも増えており、逆に以前は日本人に多いと言われてきた脳の動脈硬化などから起こる『脳血管性痴呆』の割合は相対的に減少。MCIの高さも目立ちます。「アルツハイマーは、もう珍しい特殊な病気ということではなくなってきているという印象が強いです。MCIに属する方も少なくありません」(野村医師)

痴呆予防のためにはどうすれば?

「米国の研究で、日常生活の活動度の高い人の方が有利というデータが出ています。日頃の過ごし方が大切です。色々な活動をやってきた人は、脳の働きの予備能力が高い。“貯金”がある。仮に、痴呆になっても、その能力である程度カバーできるでしょう」(同)

MCIになったらどうすれば?

「なるべく活動的な日々を続けて、消極的にならないこと。そして半年とか1年ごとに診察を受けながら、MCIから『痴呆の早期の段階』へ症状が悪化していないかどうかをできるだけ早く見極めることが大切です。もし移行していれば、適切な治療、つまり薬を服用するなどの必要性が生じます。その時期を逸しないことが大切です」(同)
 参考までに、診察料は、全て保険診療の枠の中で可能ということです。
■問/広南病院(神経内科外来)電話248-2131

防犯活動で輝く

シニアの底力

2003.12月号

年末年始は犯罪が多発する時期です。夜道や銀行帰りなどは、恐いですね…。
 ところが、そんな時代でありながら、犯罪を激減させてしまった地域が仙台にあります。
その主役たちは腕力溢れる…でも、足が速い…でもなかったのです。

 犯罪を激減させてしまったうらやましい街は、青葉区宮町地区。なんと、シニア世代の方たちの活躍で、秋以降、ひったくり等の犯罪が激減しているのです。以前は公衆電話の中に入れないほど溢れていたピンクチラシも無くなり、電柱の悪質なポスターなども見かけなくなったそうです。

夜間パトロールを実施

 激減した大きな理由は、住民による夜間パトロールを昨年6月頃から、より本格的に実施したこと。宮町地区防犯協会の皆さんが、1万4千世帯の地区内を、3人1組、4つのグループに分かれて見回りを行っているのです。色鮮やかな緑色のジャケットに身を包み、赤々と光り輝く回転灯を持って夜道を歩く姿は「何だあれ!?」と初め驚かれたそうですが、今ではすっかりお馴染みの光景となっています。実施するのは月3回ほど。夏場や年末は回数を増やしながら、70人ほどいる実働隊員が交代で夜の見回りを行っています。取り締まりの対象は、無灯火で走っている自転車、無登録の自転車、不法駐車、ピンクチラシなど。無灯火の自転車に乗った若者に注意すると「あんたたち何なの? 何言ってんの!」と、逆ギレされることも少なくないそうです。「初めはこっちも驚きましたが、今はコツがわかりました。強い調子で言ったらダメ。話しかけるように言うと、向こうも話を聞いてくれますね」と、防犯協会隊長の山田甚三郎さん(72)。もちろん、相手がナイフを持っていたりしたら大変なので、やりすぎは禁物!。ケースによっては、警察に任せるなどしながら、『見せる警戒。見守る活動』を行うようにしています。
 
活動の拠点「ボランティア交番」

 そんな皆さんが活動の拠点としているのは、通称『ボランティア交番』と呼ばれている自前の事務所。近隣で引ったくりやチカンが多発したことから、県営住宅の一室を県住宅課から無料で借りて平成14年6月に設置しました。事務所にはスタッフが代わる代わる滞在し、道案内や拾得物の一時保管、相談対応も実施しています。また、引ったくり事件が発生すると、事務所に貼ってある地図で場所を確認しながら周辺のパトロールを強化したり、注意を呼びかける印刷物を作ったりと、交番顔負けの活動を展開しています。大活躍の事務所、運営費は各戸から納入される会費(年100円)と市からの助成金(年8万円)で賄われています。こうした皆さんの活躍ぶりは全国から注目されており、先日は北海道から警察署の関係者が視察に来仙。高齢者が持つ豊富な経験、若者を諭す力が犯罪を未然に防ぐ大きな力になると、期待を集めているのです。「掛け声だけではダメです。みんなが率先してやらないと」と、同協会会長の青沼正さん(89)。“シニアの底力”、恐るべしです!


素晴らしい活動ですね。

宮町交番所長 熱海史虎さん

 「私一人が自転車に乗ってパトロールしても目立たないのですが、皆さんが4人くらいで回転灯を持って歩いていると大変目立つので、いろんな人から活動を見てもらえることが一番大きいです。それに、皆さん地元の方たちで顔が広いので、お店の前を歩くと声を掛け合ったり、「ゴミあるんだけど…」なんていう情報を気軽にもらえたりできるんですね。声をかけられる子供たちも、顔なじみの人だと違いますね。あまり逆らわないようですね。他の町内会でも、こちらの活動を見習って同様のパトロールを行うところも出てきています。交番としてもパトロールに同行するなど、できるだけフォローしていきたいと思っています。望むことは、もっと若い40、50代の方の参加が増えていただければいいですね。青沼会長さんなんかは90歳近いですから、冬場などは健康が心配になります…」

介護で輝く

介護研修センター

2003.11月号

温かいぬくもりのある手で、今も日本中のあちこちで介護が行われています。
赤ん坊の世話はできたのに、意外と難しい大人の介護。
不安が募りますが、ちょっと練習をしてみると、大きな自信になるようです…。

 いざ介護となったら、何をどうしていいのか分からない…という方が多いのではないでしょうか?
 介護に関する本もいろいろ出ていますが、やはり身体で覚えるのが一番! 今回は、実習を通して介護の仕方を教えてくれる『介護研修センター』に行ってきました。

身体の拭き方などを学ぶ「入門編」

 まずは、『やさしい介護講座・入門編』を取材。20名ほどの参加者を前に、講師の方がシーツの敷き方、身体を拭くための蒸しタオルの作り方、身体の拭き方、足の洗い方、福祉用具の使い方等々を、鮮やかな手さばきで指導をしていました。
 「心臓に向かっていくようにして拭いてやると、拭かれた方は気持ちがいいんです。 足を洗うときは、ぬるめのお湯にしてください。意外と手の感覚は鈍感なものですから、お湯の温度を手で見るときは気をつけてください…」と先生がアドバイス。参加した方たちはすぐに、介護する側、される側に交互になって試してみるので、先生に言われた事がすぐに理解でき、皆さん大納得!
 「祖母の介護を手伝うために習いにきました。とても参考になりました」(20代女性)
 「介護したことはありますけど、されるのは初めて。いい経験になりました」(40代女性)
 「ヘルパーの資格を持っていますけど、やらないと忘れてしまうので、復習のために来ています…」(50代女性)
などと参加していた方は喜んでいました。

オムツや便座などを試す「清潔編」

 次に取材したのは、『やさしい介護講座・清潔編』。初めに鑑賞したビデオは、かなり刺激的。排泄の時に、どうすればいいのかが詳しく解説され、男性と女性では介護の仕方が異なることや、便秘の場合の対処法など、見ていると「自分に出来るんだろうか?」と、ため息も…。実習室に移動してからは、大人用のオムツを参加者同士で付け合ったりしながら、その履き心地や付けるときのコツなどを学んでいきます。
 「オムツにはいろんな種類があるので、試供品で試して合った物を選んで」と先生。ベッドの脇に置く便座も、いろんなタイプが用意されていて、実際に座り心地を試すことができます。「実はこれは手入れがしにくいんです」と、素人が気付かない鋭い視点で先生がアドバイス。
 市政だよりを見て参加したという73歳の女性は「寝たきりの母を、長男の嫁がクルクルッと上手に身体を回しながら介護しているんです。お手伝いしようと思ったんですが、さっぱりできなくて…。私たちも夫婦でどっちかがそうなった時のためにと思って参加しました」と一生懸命。「ご主人もご一緒に?」と尋ねると、「よく、覚えてこい!ですって」(笑)
 介護センターの田村典子所長は「老老介護の方で、相手の方がデイサービスに行っている間に来られる方もいます。先のことと思っていて、慌てないようにしていただきたいですね」とアドバイス。
 とても為になる講習でしたが、男性が少なかったのが、ちょっと気掛かりでした…。

高齢者の結婚
2003.8月号

   独身となった高齢者の方が、新たな出会いを見つけて結婚に踏み切るケースが増えているそうです。
70歳になってから新たな幸せをつかみ取ったご夫婦に、話しを聞いてきました…。

 あつ〜い季節に申し訳ないのですが、今回はお熱い二人のアツアツ〜な話題です。
 富塚和夫さん(74)と氏家孝子さん(75)は、青葉区宮町に住む結婚4年目のカップル。それぞれ長年連れ添った伴侶を失ったお二人は、『太陽の会』という結婚相談所で知り合い、平成11年5月に結婚。温泉に行ったり、ハワイへ旅したりしながら充実した日々を送っているそうです。

亡くなったご主人が幸せになれと…

 孝子さんが太陽の会のメンバーになったのは、平成8年。
 「亡くなった主人が、老後の幸せは自分で取れよ。幸せになってくれよ…と言い残してくれたものですから、亡くなって半年後に太陽の会に入りました」と孝子さん。
 会員になってからは、月1回開催される会主催の懇親会に出席。同年代の方たちとカラオケやおしゃべりを楽しみながら、焦らずじっくり出会いを待っていたそうです。
 ちなみに、今のご主人と出会う前にも、何人かの方から猛烈なアプローチを受けたそうですが、男性の年齢が若すぎたりして、「価値観も合わないだろうし、一緒になっても、私が先に逝くのでは…」と、断ってきたそうです。

プロポーズは「旅行さ行がねすか」

 一方、和夫さんは、奥さんが亡くなって8年目に入会。
 「離れて暮らす子供たちも、親父一人のところには来ないし、当てにもできないし。自分の幸せは自分で考えて行かなくてはならないと思って会に入りました」と和夫さん。
 初めて出席した懇親会で孝子さんを見初めた和夫さんは、自宅に孝子さんを招待。食事を楽しんだりする中、世話好きな孝子さんにますます惚れ込んでいったそうです。
 太陽の会に相談すると、「まあ、適当なところで、あんまり背伸びしてもあれだし、いいんじゃないですか」と言われて、告白することを決断。プロポーズの言葉は「あんだ、旅行さ、行がねすか」だったとか…。
 それから間もなく、伊豆の旅行を楽しんだ二人でしたが、、婚前旅行のため男女別々の部屋に宿泊。「いくら年とっても、女の操は大事ですからね(笑)」と孝子さん。
 正式に結婚したのは、和夫さんの奥さんの、命日の前日。晴れて結ばれた二人は、翌日、奥さんの眠る墓に足を運び、「この人、こんど入るからな…」と、ご主人は墓前で手を合わせたそうです。

家屋敷は全て妻に

 お二人の名字が違うのは、籍を入れてしまうと年金の受給が取り消されてしまうため、籍を入れずに結婚する『別姓同居』という形を取っているからだそうです。
 とは言っても中途半端な形ではなく、将来のこともしっかり約束。80歳になってどちらかが不自由になったら、子供の世話にはならず、家を処分して老人ホームに申し込もうと約束しているそうです。
 そして、もしも、ご主人に万一のことがあったら、「家屋敷は奥さんに全て与える」という公正証書遺言も作ってあるのだそうです。

 年金の多い男性が人気!

 ところで、太陽の会でモテるには、何かコツがあるのでしょうか? お二人に尋ねてみたところ、男性がモテるには年金の額が多く、借金が無いこと。そして年齢よりも若々しく見えること。性格はそこそこであればいいとか。
 また、高齢者の結婚には、遺産や財産問題、子供や親戚の反対が付きものですが、その点に関しては、「親戚や子供がどう言おうと、反対を押し切って自分の幸せを考えることが大事」と、和夫さん。
 結婚後については、炊事洗濯などは分担して、なるべく食べ物の好みを同じにし、互いのいい所を認め合っていくことが大事だそうです。
 最後に、今の心境を尋ねると、「みんなに幸せになってもらいたい。結婚して本当に良かった!」と、孝子さん。 

お寺の予備知識
2003.3月号

永遠の住み家、チェック術

 お彼岸に墓地を求める方も少なくないと思います。永遠の住み家となるお墓ですが、
意外と分からないことが多くて戸惑ってしまいがち。じっくり慎重に選ぶことが、何より大切です。

 一昨年、泉区朴沢に完成した仙台市営墓地の供給量は、たっぷりあと35年分はあるそうです。しかし、それでも「今後ますます仙台圏で墓地が不足していく」と言われています。それは、交通機関が不便な泉の市営墓地よりも自宅近くに墓地を求めたいとする方、心の安らぎが得られる僧侶との触れ合いや寺院が持つ独特の雰囲気に憧れたり、宗派へのこだわりを持つ方が少なくないからです。加えて、兄弟が大勢いた団塊の世代が、これから続々と墓地を必要とすることも不足する大きな要因となります。

厳しい寺の事情
 ところが、需要は山ほどあっても、寺院は新たな墓地の拡張を制限されています。そのうえ、管理費すら得られない『無縁墓』が増え続けるなど、お寺の経営は年々厳しくなっています。そんなこともあって、都市部の墓地では、お骨があったとしても跡取りのいない人が墓地を求めることは至難の業。さらに、生前に墓地を求めることさえ、急に葬儀が発生した時のために残り少ない墓地を空けておかなければならないなどの理由で断れることがあります。たとえ寺院といえども、経営にシビアに成らざるを得ないのです。

トラブルも
 せっかくお寺が決まったのに、お寺と檀家がトラブルになることもあります。「檀家を辞めたいと言ったら、法外な離檀料を請求された」、「思いも掛けない高額な寄付を請求された」等々。檀家が団結して住職を追放したケースもあります。特にこれからは、お寺との付き合い方を知らない世代が檀家になっていくわけで、新しい檀家にとっては「今の世の中では通用しないだろう」と思うようなお寺との考え方の食い違いに戸惑うことが、起こることが予想されます。双方に言い分があると思われますが、できればそんなことにならないために、日頃からいろんな寺院を訪ね、住職さんの人柄に触れたりしながら、自分が「ここだ!」と思える寺を見つけだす努力をしておくことが良さそうです。

親しまれる寺へ  一方、寺院側でも、昔の良き時代のように地域の人々が気軽に立ち寄れるような寺にしていこうと、努力を積み重ねているところがあります。各地の市民センターで一般の方々を対象にユニークな講演を行ったり、檀家を中心としたコーラス隊を結成するなど、さまざまな試みにチャレンジしている福聚院の伊達廣三住職(写真)は、新たに『福聚院観音講』という講座を3月から開講し、参加者と月に1回、親睦を図っていくそうです。「気楽な気持でお寺に来ていただき、お茶を飲んで漬け物を持ち寄ったりしながら、町内でも行き来の無かった方同士が、お話をできるような場所になれればいいですね」と伊達住職。また、同院では、跡継ぎのいない方など現在の制度では墓を持つことが難しい方のために、永代供養墓苑『やすらぎの塔』の建立を計画。現在の申し込みは5件で、10件に達っしたところで建立に踏み切る計画でいます。

自 分 史
2002.12月号

伝えてください、未来へ。

 こたつで暖まりながら書いてみませんか、自分史…。故郷や戦争のこと、家庭の知恵、お世話になった人のことなどを、チョチョット。かけがえのない経験は100円のノートでも、60分のカセットテープでも十分に残せます。

 ある葬儀会場で、小さな紙が配られた。亡くなった方の人生や人柄が書かれていた。遺族の発案らしいが、参列者からは好評だった。一枚の紙が、立派な自分史の役目を果たしていた。
 
環境に恵まれている仙台
 自分史が全国的に書かれるようになったのは1980年代後半からと言われている。熟年世代に時間的、経済的ゆとりができたこと、ワープロやパソコンの普及が要因となっている。書いたものを出版する方も多く、ビジネスとしても注目されている。
 仙台は自分史の盛んな街でもある。市民センターなどが主催する『自分史講座』は、どこも盛況だし、同好会のような組織も活発な活動を繰り広げている。
 自分史の出版を引き受ける出版社も数多くある。中でも、(株)創栄出版は、北関東以北で唯一の自費出版を専業とする会社。29年の実績を誇り、東京にも営業所を置くなどして、これまでに3400点もの自費出版を手がけている。
 同社の新出安政社長は、「年輩の方は現役時代、食べることで精一杯だった。そういう方たちに、歩んできた人生を振り返っていただき、改めてこれまでの生き方に自信を深めていただきたい」と話す。

助っ人たちの存在
 しかし、せっかく書こうと思っても、「ペンが進まない」と、ぼやいている方が多い。そこで、そんな方々に試してもらいたい方法がある。
 まずは、たくさんの自分史を見て、やる気を奮い立たせることが肝心! 五橋にある『あゆみの図書館』は、自分史専門の図書館。感動的な作品がズラーッと並んでいるので、いい刺激になる。
 同じ目的を持った仲間と、楽しく励まし合いながら作っていくのも良い方法だ。35人の会員がいる『みやぎ自分史友の会』(伊藤奨代表)は、2カ月に1回程度、例会を開いて勉強や交流を楽しみながら自分史の完成を目指している。
 どうしても文章に自信が持てないという方は、添削指導を受けてみてはいかがだろうか。県内各地の公民館などで自分史講座の講師を務めている小泉知加子さんは、自分史のスペシャリストとして知られる方。その小泉さんが『自分史通信講座』を開設して添削指導を行っている。
 「自分で書くのは絶対に無理」という方にもチャンスが残されている。小泉さんは、そんな方のために、インタビュー形式での自分史作成を請け負っている。病床にある方、忙しくて書く時間が無い方などにお勧め。
 最後に、気になる費用だが、前出の創栄出版ではワープロやパソコンで打ち込んだ原稿の場合、70頁以内のものを100部作ったとすると、15万円から。表紙を高価な紙にしたり、写真を入れたり、カラフルにしたり…と、いろいろ凝り出すと価格もそれなりに上がっていく。

八月の記憶
2002.8月号

読者をつないだ大撤退作戦

 終戦直後、攻めてくるソ連軍からモンゴル高原に住む四万人の日本人を救い出す撤退作戦について、二人の読者が投稿を寄せてくれました。当時、兵士だった方と救い出された女性。紙面での対面です。



 終戦記念日を迎える前に、二人の読者からいただいたお手紙をご紹介いたします。
 一人目は、元国鉄職員の藤島勇雄さん(80)からの手紙。内容は、兵士として中国大陸に渡っていた頃、自らが所属していた二万人の部隊が四万人の民間人を進攻してくるソ連兵から守るため決行した撤退作戦について記されています。昨年の本紙「エッセイ大賞」の受賞作でもあります。

■(※以下、藤島さんのお手紙より)

『張家口大撤退作戦』
 終戦を迎えて間もない頃、中国の天津貨物厰(工場)で復員するのを待っていた時、内蒙古(※モンゴル高原の南、ゴビ砂漠にあたる地域)からの引揚者の一団と一緒になった。「無事に引き揚げることができたのも兵隊さんと鉄道員のお陰です」と話しかけられ、満州のような惨状を招くこともなかったことを兵士として誇りに思っていた。
 それから三十年後、現地で作戦指揮をしていた辻田参謀の手記が世に公表され、初めて「大撤退作戦」であったことがわかった。
 昭和二十年八月十五日敗戦。モンゴルにいた約四万人の民間人が全員帰国したので、旧蒙彊地区は当時、平穏無事と思われていた。
 ところが、日本軍はソ連桟甲師団の進攻を終戦の日から七日間に亘り戦死者多数を出し食い止めていた。その間、全民間人を鉄道輸送し、完了を確かめ二万の軍は北京地区まで昼夜不眠の強行軍で撤退した。鉄道大輸送は二日間で成し遂げ成功した。
 これらは、根本駐蒙軍司令官の大英断を、軍民一体になって決行したからである。
 今、これらの史実は永久ならんと銘記し、慰霊碑と蒙古語鎮魂碑をモンゴルとゆかりのあった仙台大梅寺に建立されてある。犠牲者の出身地は全国にわたる。私は兵二万の一員であったことを誇りに思い、お参りして新たな感動を覚えた。また、巨大な珍石材を遠く蒙古から搬入した人々に感謝したい。
雨にぬれだんまり石は語り出す
  

 藤島さんの手紙を紙面で発表してから半年ほどがたって、青葉区小田原にお住いの折笠美智子さん(74)が手紙を持参して編集室を訪ねてこられました。
 折笠さんはこの撤退作戦によって命を助けられた方で、掲載された藤島さんの手紙を読んで初めてそのことを知ったとのことでした。

■(※以下、折笠さんのお手紙より)

『張家口大撤退作戦』によせて
 毎年八月十五日が来ると、あの時のことがよみがえります。戦争は終結したはずなのに、なぜソ連兵は国境を越えて内蒙古に進攻してきたのでしょうか。毎日が恐怖でした。私は、戦局がだいぶ厳しくなった十八歳の春、蒙古自治邦政府職員として首都張家口に単身赴任しました。
 終戦から七日目の夕ぐれ、突然私たちの官舎に日本軍のトラックが何台か来て、「今夜は危険で、もうここには居られません。荷物を持てるだけ持って乗ってください」と言われ大慌てでした。
 一晩中、月もない暗やみの中をひた走り、次は無蓋車(※屋根のない貨車)で昼も夜も走り続け、北京ではいっぱいで受け入れられず、やっと天津に落ち着くことができたのです。
 日本租界の女学校や小学校、軍人会館等を移動し最後は引揚げを待つために天津貨物廠へ集結しました。ここは四里四方もあり旧日本軍の倉庫がいろは順に整然と並び、線路も通っておりました。
 エッセイ賞に選ばれていた藤島様の『張家口大撤退作戦』を拝読し、私もこの作戦の中で救出されたうちの一人で、なんとか帰国できた事を初めて知り、しみじみと感謝の念で胸がいっぱいです。
            
 えっ! この坂道をっ!
 バイクで降りてきたのっ!
 あんたいくつっ! 
 と、大梅寺のご住職に驚かれた白髪頭の私自身も、必死の思いで石ころだらけの急な坂道をバイクで降りましたよ。記事を拝見し、昨年十一月に訪れることができました。
 ご住職も張家口におられたとのこと、碑の前でしばし五十余年前の彼の地に想いを馳せ、祈りを捧げ感無量でありました。お花代を託し、胸を突くような坂道を這い登るように帰路についたのでした。

 五十七年もの時を経て、新たな出会いと感動を与えてくれた撤退作戦は、大梅寺の慰霊碑に刻まれています。

【備考】◎写真上左/お二人から送られてきた手紙 ◎写真上右/慰霊碑 ◎写真下/大梅寺

ウォーキング
2002.5月号

美しい自然と身体に感謝しながら…

3回やったら、もう止められなくなる。そんな魅力があるウォーキングは、気分転換や健康維持にもってこい。グループで楽しんでみたり郊外へ足を伸ばしたり、楽しみ方もタップリです。

 いつでも、誰でも、どこでもできるスポーツと言えば、ウォーキング。
 今やウォーキング人口は、全ての運動種目の中でもナンバーワン! 宮城国体では、デモ競技にもなっています。
こうしたブームを県内にいち早く持ち込んだのが、『宮城県ウォーキング協会』の前会長、佐藤幸一さん(72)。青函トンネルが完成した時の記念イベントに参加して、長〜いトンネルを歩ききった時の感激が忘れられず、協会の設立に尽力されたそうです。「ウォーキング人生は素晴らしいですよ! 途中で会った方と声をかけあったり、あいさつをするので仲間ができるんです。車を使わないので環境にもいいですし、車で通ると気づかないのに、歩くといろんな発見があるんです」と佐藤さん。

健康維持のために
 また、歩くことは高血圧や心臓病などの予防と治療にも効果的と言われています。肥満、ストレス解消、快眠にもいいそうです。「身体を支えているのは、骨だけじゃない。筋肉も重要な役割を担っています。ですから、年輩の方にはウォーキングで筋肉を鍛えて、足腰の衰えを補って欲しいですね。
 また、血液の流れを速め、血管を広げて悪いものを流し出してくれますし、糖尿病を克服した人もたくさんいるんですよ」(佐藤さん)毎日、愛宕橋から八木山を経て国際センターに抜ける20キロのウォーキングを欠かさない佐藤さん。確かに背筋がピーンと伸びて、年齢よりもだいぶ若く見えました。

無理は禁物
 ただし、歩くだけ、と言っても、無理は禁物。仙台市健康増進センターの運動支援係、筒井秀裕さんは「ウォーキングをする時はストレッチや準備運動も大事です。
また、汗をかくと身体の水分が不足するので、水分補給もこまめに行ってください。特に高齢者の方は体内の水分量が少ないですから、水分補給が大切です」とアドバイス。
 高齢になると、歩幅が狭くなったり、スピードが遅くなったり、膝が上がらなくなったりするため、無理をすると、転倒↓骨折という最悪の事態にもなりかねません。 特に年輩の女性の方は、膝や股関節に疾患をもっている方も多いことから、筋力アップを同時に行うことが大切。「歩くぐらい、どってことない」と甘く見過ぎると、思わぬ怪我や痛みに襲われることもあるので、ご注意を。できれば、歩くことから遠ざかっていたような方は、まず『仙台市健康増進センター』のようなところへ行って、水中運動や筋肉トレーニングなどと組み合わせながらウォーキングを楽しむのがベスト。1周150mの屋内トラックは、アスファルトの道路と違って柔らかく、足首や腰、膝への負担も軽減。知識豊富なトレーナーがアドバイスをしてくれますし、血圧や脈拍もチェックできて安心です。

グループで楽しくワイワイと!

宮城県ウォーキング協会事務局 電話242-9701(柏倉徳雄さん方) 

大勢の仲間と歩くのも楽しいものです。宮城県ウォーキング協会では年15回ほどの「月例会」を実施。県内の名所旧跡などを歩く10〜15キロほどのもので、どなたでも参加可能。(※参加費は500円・例会の案内は河北新報夕刊『アウトドア』に掲載)
▼宮城県ウォーキング協会は全国組織『(社)日本ウォーキング協会』の宮城県の協会。会員350人、平均年齢58歳、最高齢93歳。入会金1000円、年会費5000円(※保険料、通信料等に充当)。会員になると、歩いた距離や参加した例会等の実績によってさまざまな表彰が受けられ、大きな励みになるそうです。

トレッキング術
2001.9月号

野山を歩こう、楽しく健やかに

 トレッキング(徒歩旅行)が中高年の間でブームとなっている。自然と触れ合う喜び、健康作りをする喜び、会話を楽しむ喜び、いろんな魅力があるという。格安のバスツアーで気軽に行けるようになり、人気は高まるばかりだ。

 野に咲く可憐な花を見に、野鳥のさえずりを聞きに、うま〜い空気を吸うために…、森や湖畔の散策を楽しむ中高年が増えている。

人気のバスツアー
 ブームを後押ししているのが『バスツアー』だ。4〜6千円ぐらいの料金で「百名山」や「世界遺産」といった憧れの地に行く格安ツアーを旅行代理店が次々企画。高齢者が参加できる易しいコースも数多くあり、トレッキング愛好者のすそ野を広げることに貢献している。
 地元仙台の旅行会社・メモリー旅行センターでも、トレッキング関係の参加人数が昨年の2倍に急増。「尾瀬の1泊2日コース」や「白神山地の日帰りコース」などが特に人気となっている。
 バスツアーをよく利用しているという60代の男性は、「やはり価格が魅力だし、団体行動なので初心者でも何かと安心できる。また、夫婦二人で尾瀬の山小屋に予約を取ろうと思ったら「満杯です」と断られたので、ツアーに参加して泊まることができた。こんな時にもツアーは強い。
 一緒になった人たちと山の話題で盛り上がったり、情報を教えてもらえたのも楽しかった」と、すっかりバスツアーにハマっている様子だ。

グループで
 一方、山歩きを楽しむ中高年のグループも賑わいを見せている。
 30年以上の歴史を持つ『仙台歩行会』は、会員の平均年齢が70歳前後。高い年齢層に合わせて、13〜14キロほどの無理のないコースを自分たちで設定してトレッキングを楽しんでいる。
 「広瀬川橋巡り」「奥松島」「世界谷地」「安達太良山」など、月に2回の日帰りトレッキングと年1回の泊まりコースを実施。60人近い会員(女性が約40人・男性が約20人)がいるが、参加するのは毎回30人ぐらい。関心の持てたコースにだけ自由に参加すればいい、ということになっている。
 代表の山田純一さんは「一人でいろいろ歩くのは、なかなか難しいですし、歩いても飽きてしまいます。でも、グループに参加して大勢の人と歩くと、長く続けて歩くことができます。また、初心者の方も、みんなと歩いているとだんだん歩けるようになるものです」とグループならではのメリットを教えてくれた。
 仙台歩行会の最高齢の会員は85歳。気の知れた仲間と歩くことは、“健康寿命”を延ばすことに大いに貢献してくれるのかも知れない。

油断は禁物
 さて、間もなく迎える秋の紅葉シーズンは、ハイキングを楽しむのにも最高の季節。そこで、バスツアーに参加するときの心得について一言。
 まず、どのツアーを選ぶかは、予算や自分の行きたい目的地をベースに、旅行代理店の新聞折り込みチラシなどをじっくり比較して検討してみるのがいいだろう。
 また、普段、歩くことの少ない方などは、少しでも歩く練習をしておいた方がいい。スポーツ用品店に行くと、「体の負担を和らげてくれるストック」や「疲れにくい素材でできた服」なども並んでいる。こうした便利な品々を利用して、衰え気味の体力を補うのも一つの手だ。
 メモリー旅行センターの鈴木洋彦所長は、バスツアーに参加するときの注意事項として「旅行会社の情報だけに頼らず、自分で登山コースの情報収集を行ってください。また自分の体力と相談して、無理のないコースを選択することも重要です」とアドバイスしてくれた。
 チラシだけでは、目的地の見所、険しさ、難易度などが十分にはわからない。旅をいっそう楽しくするために、また痛い目に遭わないために、ガイドブックなどからの情報収集は欠かせないのだ。


トレッキングのアドバイス

・安全は無理のない計画から。自分の体力への過信が事故の要因に。
・行程中は規則的な歩行と休息が大切。一定のペースを保ちながら歩いてください。歩行のペースは呼吸と合わせるように…。
水分や栄 養補給は忘れずに。靴やザック、雨具などの装備は実際に身につけて違和感のないものを選んでください。
・自然を相手にするトレッキングにおいて、どんな容易なコースでも必ず危険はつきまとうもの。決して甘くみないで下さい。
・単独行動は絶対やめましょう。最低でも3名以上が1グループとなって行動しましょう。

川柳を楽しもう
2001.5月号

頭の体操に、人生の証に

 川柳が中高年の間で人気だ。誰もが気軽に取り組めるとあって、テレビや雑誌でも川柳コーナーは花盛り。そこで今回は、川柳の楽しみ方から、やってはならないことまで御指南いたします…。

「初めて投稿します…」。
 シルバーネットの川柳コーナーには、毎回、新顔の方が何人か投稿してくる。その大半は、まったく初めてという方。たどたどしさが滲み出てくる作品だが、それはそれで味わいがあって楽しませてくれる。

川柳の魅力
 川柳のいいところは、こんなふうに、60〜90歳代のお年寄りが気軽にゼロからスタートできることが一番!、と弊紙では実感している。
 また、俳句と違って季語や切れ字も必要もなく、何気ない日常のことを口語体で詠めるとい自由なところも魅力だ。
 鉛筆と紙さえあれば、旅先でも、病床であっても楽しむことが出来る。現にシルバーネットの投稿者には、病に伏している方が少なくない。
 病気療養中の方にとっては『療養川柳』といって、ある種の治療効果も期待できる。しかも、そういった方は感覚が優れていることが多く、素晴らしい作品を生み出すことも少なくないそうだ。
 一方、読み手にとっても、自分の物差しを基準にして各々が「笑い」や「共感」を自由に作品から見いだすことができる。作品の水準うんぬんは、そう気にならない。
 また、後世の人たちが先祖のこと、昔のことを知ろうと思った時にも、書き記した川柳は大きな意味を持つだろう。先人の怒りや悲しみ、政治や風俗までが、一句から伝わってくるものなのだ。

上達の秘訣
 川柳を、上手に詠むにはどうすればいいのだろう? 
 宮城県川柳連盟副理事長の添田星人先生に尋ねたところ、「(1)上手な人の句を読むこと、(2)自分でたくさん作品を作ってみること、(3)感動したことがあったら、それを五七五にまとめる習慣を付けること、(4)どんなことでも、川柳に結びつけて句になるか考えてみること、(5)いいフレーズが浮かんだら、忘れないようにメモすること」とアドバイスしてくれた。
 また、家族や知人など第三者に見てもらうことも上達の近道。県内に約30ほどある川柳の結社に加入してみるのもいいという。
 毎月、県内各地で催されている『句会』に、飛び込みで参加するというのも一つの方法。気後れしてしまいそうだが、「句会はどこでも初めての方を歓迎してくれますよ」(添田氏)という。
 また、賞を狙うのも、上達の近道になるかもしれない。中には副賞として『句碑の建立』や『句集の出版』といった豪華なものもある。
 ただし、やってはならないのが、他人の作品を盗むことや、同じ作品をあっちこっちに投稿すること。「それで賞を取っても、つまらないでしょうし、上達しませんよ」と先生。
 コツコツと何度も作品を推敲し、自分の力でリズミカルな作品に仕上げていくことこそが大事なのだ。
 嬉しいことに、シルバーネットに届くハガキには「友達に勧められて、初めて出してみます」とか、「川柳が縁で友人ができました」といったコメントがよく記されている。友との楽しい交流においても、川柳は一役も二役も買ってくれている。


『シルバー川柳 孫へ』初版を完売いたしました

厚く御礼を申し上げます。おかげさまでシルバーネットから誕生しました川柳集『シルバー川柳 孫へ』が、発売から3週間ほどで初版1000部を完売いたしました。ご購入をお待ちの方には大変ご迷惑をおかけしておりますが、現在増刷中でゴールデンウィーク頃には書店に再び出回る予定でおります。
 また改めまして、投稿者の皆様、本のことを放送してくださった報道機関の皆様、テレビやラジオの取材に協力していただいた投稿者の皆様、そして出版社の皆様に御礼を申し上げます。

遺言と公証人役場
2001.1月号

トラブル防ぎ、安心して長生き。

 悲惨なトラブルを避けるため、遺言を書く方が増えている。中でも、最も確実な方法と言われる「公正証書遺言」は、宮城県内だけでも年間一千件を越えており、ますます増える傾向にある。

「遺言を書くなんて縁起でもない!」。そんな風に思っている方のために、まず遺書と遺言の違いを明確にしたい。
 遺書は、自殺を決意した方がその思いを書き記すもので、遺言は、あとに残るものが困らないように、争いにならないように、ごう慢な人物が独り占めにしないようにと、遺産配分を指定しておくもの。両者は全く違うのである。遺言は、愛情に満ちた家族へのラストメッセージと言える。

二つの優れた効果
 また、遺言には2つの優れた効果もある。1つは、『法律をくつがえす効果』。民法の規定では、夫が死亡すると、遺産は妻が2分の1、子供たちがあとの2分の1を均分に相続しなければならない。しかし遺言があれば、法律より遺言が優先される。「全財産を妻に相続させる」という遺言があれば、その通りになる。
 何もかも法律にゆだねるのではなく、自分の思い描いた相続ができるという特権を、行使しない手はないのだ。
 2つ目の効果は『安心できるという効果』。気にかけていたことをスッキリ形にできて、ストレスから解放される。これによって「安心して死ねる」のではなく、「安心して長生きできる」ようになるのだ。

公正証書遺言がベスト
 遺言書は自分で作れないわけでもないが、内容や形式の面からみて、有効かどうかが心配される。また、紛失や偽造の心配もある上、家庭裁判所の検認の手続も必要となる。
 しかし公正証書で作成した遺言は、そうした心配が全く必要ない。さらに、土地建物の名義変更の登記や預貯金の払い戻しなどの手続も簡単にできるというメリットがある。
 公正証書遺言を作るためには、『公証人役場』という専門の機関に行く必要がある。宮城県内には5カ所設けられており、9人の『公証人』が相談や依頼に応じている。
 公証人は国家公務員だが、一般の公務員と違って弁護士や公認会計士に似た面があり、収入は嘱託人から受ける手数料(※政令で定められた全国統一の適正金額)に依存している。
 青葉区二日町にある『仙台合同公証人役場』には、現在3人の公証人が依頼に応じている。いずれも裁判官や検察官(検事)として約30年間の豊富な経験を積んだスペシャリストたちだ。
 その1人で、検察官出身の小西武彦さんは「刑事事件の背景には財産問題がからんでいることが多く、在職中から民事問題の勉強もしており、また相続や遺言などの問題は、人間に関するいろいろな問題が含まれていて、やりがいがある」と、仕事に情熱を注いでいる。
 依頼者からは、「想像していたより費用もかからなかったし、手続も簡単だった」、「親切に相談に乗ってもらえた。短期間でできた」と好評だ。 
 ちなみに、遺言を書いた後に訂正したくなった場合は、取り消すことも可能だ。また、ベッドから離れられない方に対しては、病室まで公証人が訪ねても来てくれる。無料相談を随時受け付けているので、詳しくは電話で問い合わせを。