皆様のお力を拝借させて頂きたいと存じます。この度、合衆国に対して為されたテロ活動に対して、祈りの力を通じて、以下の人々の活動に力を与えてください。
ニエール・ドナルド・ワルシュ、マリアン・ウィリアムソン、ジェームズ・トワイマン、ジェームズ・レッドフィールド、ドリーン・バーチャの5人です。
私たちは、世界中の人々と共に、ここに平和と、犠牲になられた方々に対する祈りを捧げたいと思います。どうか、このお便りを、出来る限り多くの人にお伝えください。それは、私たちが、平和から目をそらさないようにするためなのです。
<祈りの7日間>
この世界が(神によって)創造されるのに7日間がかかりました。
ここに、こうして、あなたが力になってくれることで、
これから先の7日間を、再生のために充てようではないですか。
あなたがどこにいらっしゃるかは問題ではありません。これからの7日間、この新しい世界を肌で感じ、具現化させる祈りに参加してください。9月11日から18日までの間、東部標準時
- 午後9時。西海岸時刻 - 午後6時。(日本時間午前10時)において、世界中の人々が平和を
--- 戦火が再び勃発しないことを願って祈りを捧げているのを、肌で感じてください。ほんの10分間で構いません。毎晩、我々が慈悲と平和の法に基づいた新しい世界を創造しているのだ、ということを心より信じ、静かに祈りを捧げて頂きたいのです。もう一度繰り返させて頂きたいと思います。どうか、このメッセージを、あなたがご存じであるすべての方々にお伝えください。
ニエール、マリアン、ジェームズ、(もうひとりの)ジェームズ、そしてドリーンからの手紙
世界中の我らが友へ。
今日のこの出来事のために、すべての思慮深い人々は、自分たちに今、何が降りかかっているかにも関わらず、日常生活の妨げを余儀なくされ、同時に、生きていくことについて、深く思いを巡らせるに至っているのではないでしょうか。生きることの意味のみならず、我々が再び探求すべきは、個々の(生きてゆく上での)目的、そして、これまで培ってきた経験です。我々は、心を空にして、この人類の一員として改めて自らを再生するための術を探求すべきです。我々がお互いを再びこのような(暴力的な)方法で扱わないようにするために。
我々の、超自我的なレベルにおける「自らとは、いったい、何者なのか?」という思考を実証する時がやって来ました。
本日の出来事に対して起こりうる反応として、2つのものが考えられます。愛情と、怖れから成るものです。
もし、私たちが怖れを基に行動したとしたなら、パニックに陥り、個人単位、もしくは国家単位でさらなる悲劇を生み出すことにつながるでしょう。しかし、愛に基づいた行動であば、そこには慰めと(意志の)強固さを見いだすことができます。(それは確かに許されざるべき行為ですが)まさに、私たちが他人に対して与えているように、(愛を以て相手の本質を見いだすことができるはずです)。
あなた自身の聖戦の時です。学びの場が提供されたのです。これからあなたが語る一言一言の言葉は、そしてその迅速な行動は、あなたがこれから触れるであろう人々の生命に、そして、あなた自身に対して、今後訪れる幾多もの歳月にわたり、決して消えることのない学びをもたらしてくれるものなのです。
明日に向かって、いや、今日、この瞬間に自らの舵を合わせましょう。
我々が目を向けるべきは、報復ではありません。どうしてその事態を招いてしまったかという、その原因なのです。
我々が今という瞬間を、共有する自身の経験に基づいた原因究明のために目を向けなくては、決してこの事態が招くであろうものから脱却することはできません。そればかりか、全人類が抱えているやりようのない怒り、そして、相手に天罰が下されることを願ってしまうことにより我々自身が神の裁きを受けてしまうのではないかという怖れのなかに、永遠に身を置くことになってしまうのです。
しかし、私たちにとって、その理由は明らかです。我々は未だ、最も基本的な、人としての学びを得ていないだけなのです。人道的見地に横たわる真実をまだ思い出せないでいるのです。また、我々は最も基本的な敬虔さすら理解し得ずにいるのです。
端的に言えば、我々は神に対して耳を傾けようとはしていません。そして、それであるが故に、道義的とはとても言えそうにない事柄に自らが手を染めていることに気づかずにいるのです。
真理の声は、いたるところから我々の耳に届けられていますが、そのメッセージは明白です。我々は、皆、ひとつなのです。民族的見地に立った我々は、このメッセージにほとんど耳を貸そうとはしてきていません。そして、このことを忘れてしまった
結果、憎しみや争いが引き起こされてしまいます。思い出すにはどうすればいいでしょうか? とても簡単なことです。今、そしてすべての瞬間に、我々が愛で満ちていることです。
(これはとても難しいことですが)もしも仮に、我々に攻撃をしかけてきた連中に愛を送るなら、そして、何故そのような行為に走らせてしまったのかということを理解しようと目を向けるならば、我々はどういった反応を取るでしょうか? そして、これまでと同様に、否定には否定を、憤りには憤りを、攻撃には攻撃を仕掛けるというのであるならば、どういった結果が現れるでしょうか。
これは、今日の、民族(もしくは人種)の壁を持つ私たちの眼前に投げかけられた問いかけなのです。我々が、この数千年もの間に、一度も正しい答を導き出すことのできなかった問いかけです。今、その正しい答えを導き出すことに失敗してしまえば、(もうこれ以上)その問いかけに対して答える必要など、なくなってしまうのかもしれません。
我々がこれまで共に育んできた世界の美しさを、未来の子供達
--- そしてその次の代の子供達に経験してもらいたいと望むのであれば、私たちはたった今、霊的な活動家となり、それを実現するための種を蒔かねばならないのです。良き実を結ぶための、正しい種を。
だから、今日は、神と対話してください。神に救いを、その助言を、洞察力を、力を、心的平和を、そして、奥深い智慧を求めるのです。そして、今日この日に、こう尋ねてみてください。「神よ、示し給え。いかにして、この世界そのものが変化を遂げるようなやり方で我々はこの地に姿を示せばよいのですか」と。今すぐに、祈りを捧げる世界中の人々と手を取りあってください。すべての怖れを解かす、光明の灯を手渡すのです。
これは、今日、思慮深きすべての者たちの眼前に突きつけられた挑戦です。人々は、心の底で、いま、問いかけを放っています。「我々のこの世界の美しさ、素晴らしさを保つために、いったい何ができるのだろうか? 怒り、憎しみ
--- そして否応なしにそうしたことがらを招いてしまうもととなる差別性
--- を解き放つために、何ができるのだろうか? 今、私に置かれたこの状況の中で。」
その質問に対する答えを、今日、探してみてください。すべての偉大なる人々
---ほかでもない、あなた自身 --- と共に。
今日、この瞬間に、あなたには何ができるでしょうか。
これまでに受け継がれてきた様々な教義に共通する最も中心となる教えとは、「自らの欲するところのものを分け与えよ。」というものです。
目を見開いて、あなた自身の人生、それから、この世界において、あなたが経験したいと真に願うものとは何なのか、確かめてみてください。そして、あなたの力が役に立てる相手がいないかどうか、確かめてみてください。
平和を望むのであれば、平和を分け与えるのです。
安全を確認したければ、彼らに安全を知らしめることです。
一見、到底理解し難い出来事を解決したければ、彼らに理解するための手助けを施すのです。
あなたご自身の哀しみや怒りを癒したくば、他人の哀しみや怒りを癒す方法を探しなさい。
彼らは、あなたを待っています。あなたの導きを、助けを、勇気を、力を、理解を、そして「大丈夫だよ。」というそのひとことを、じっと見つめながら待っているのです。そして何よりも、彼らが求めているのは、愛なのです。
我々はあなたがたを愛しています。そして、心の最も深い部分からの平和を捧げます。
ニエール、マリアン、ジェームズ、(もうひとりのジェームズ)、ドリーンより。
邦訳:MASATO