Silver Ringです。

大統領予備選がアイオワ州から始まりました。
わたしは民主党候補のクシニッチ氏を応援しています。
マスコミの報道を見るとクシニッチ氏は苦戦しているように思えますが、
http://www.mainichi.co.jp/news/flash/kokusai/20040120k0000e030043005c.html (毎日)
アイオワ州のルールは特殊で、大会参加者の15%を獲得しないと候補者として認められないそうです。実際には15%には満たないけれど、10%前後、という地区が多かったそうです。そういったアイオワ独特のルールの中で、奇跡的に代理人を獲得できたので、クシニッチ氏は喜んでいるそうです。
詳しくはこの下の「OPEN-J BOOMERANGをお読みください。
以下は19日のアイオワ党大会の結果を受け、クシニッチ氏が自身のサイトに発表した声明です。

クシニッチ氏の声明
http://choice.gaiax.com/www/choice/k/c/kucinich_for_world_peace/diary.html 邦訳
http://kucinich.us/pressreleases/pr_011904b.php 原文

Kuma先生のクシニッチ氏応援サイト
http://kucinich.fc2web.com/
2004.1.21

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★グローバル・ピース・キャンペーン★
OPEN-J BOOMERANG 397【巨大メディアとインターネット】
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■転載・転送・大歓迎■


■山田和尚■

久しぶりにきくちゆみさんから原稿が届きました。彼女はアイオワ州に入って、孤軍(家族4人で)奮闘中です。彼女から送られてくるプライベートなメールを見ていると、やはりアメリカの巨大メディアが、この予備選挙におよぼす力の大きさを痛切に感じてしまいます。

バーチャルメディアラボ <http://www.newmedia.jp/> の三上俊治氏によれば、世界最初の日刊新聞が出来たのは、1650年にドイツのライプツィヒで創刊されたeinkommende Zeutungen (アインコメンデン・ツァイトゥンゲン)ということになります。いま風にいえば「新着ニュース」と言うことらしいです。

いずれ、巨大メディアは自然淘汰される時期が来ることでしょう。それはそこから流される情報に、振り回されている人たちが「オヤっ!」と気づいた時です。

人類が新聞というメディアを使い出して354年が過ぎ去りました。私たちは【知ること】【知らされること】【知らせること】について自らがもっと進化を図る時期に来たのかも知れません。

さて、アイオワの現場にいるきくちゆみさんから、2本のレポートが連続で届きました。一つはコーカス前に書かれたもの、もう一つは後に書かれたものです。クシニッチ氏は5位になって、予想以上の代理人を獲得したので、陣営としては意外にも喜んでいるそうです。

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◆きくちゆみ◆コーカス前(民主党員アイオワ地域大会前)

今日はキング牧師の誕生日、そしてアイオワで民主党の大統領候補者を決める最初の予備選挙が行われる日です。現在、8人が立候補していますが、リードしている4人(ケリー、エドワード、ゲプハート、ディーン)とクラーク(マイケル・ムーアが正式に支持を表明した)以外はテレビが報道しないので、まだまだクシニッチの知名度は低いです。マスコミの世論調査ではクシニッチは3%ぐらいの支持率で、すでに選挙戦から脱落したかのような扱いになっています。

ところが、TruthOutというメルマガの調査で、クシニッチはまたもやトップ。このサイトの著者はスコット・リッターの本『イラク戦争』を書いたウィリアム・ピットで、彼はどちらかというとディーンのことを積極的に取り上げていたので、この結果は意外でした。

*1月15日のTruthOut大統領選ネット投票最終結果:
●1位 Kucinich44.5%●2位 Dean 32.4%●3位 Clark 14.6%
●4位 Kerry   3.6%●5位 Edwards 2.4%●6位 Sharpton 0.9%
●7位 Gephardt  0.7%●8位 Braun  0.6%●9位 Lieberman 0.3%
投票総数: 23804
(8位のブラウンはその後立候補を辞退し、ディーン支持を表明した)

またアイオワのある喫茶店が行った「コーヒー豆投票」(お客さんにコーヒー豆一粒を支持する候補者のところに入れてもらいその数を数える)ではクシニッチはディーンに次いで僅差で2位。だから、まだまだ結果はわかりません。

今回の選挙では民主党の登録者数が2倍にも増えているので、新規登録者がどのような投票行動をするかは未知です。アイオワは確かに最初の選挙地なのでマスコミの注目を浴びますが、全体の2%を決定するにすぎません。民主党の大統領候補者を決めるこの予備選は50州で順次行われ、7月にボストンで行われる党大会で民主党候補者が決定される長ーい選挙戦です。この後重要なのは、1月27日のニューハンプシャー。2月3日のミニ・スーパー・チューズデイと3月2日のスーパー・チューズデイ。このスーパーチューズデイまでに全票の60%が確定します。

私たちは15日にアイオワ入りして、森住卓さんの「湾岸戦争のこどもたち」の写真パネルを展示しながら、『戦争中毒』『Prayer for America』『Children of the Gulf War』『The War Against the 3rd World』の本やビデオを抱え、カフェやレストラン、クシニッチの支持者の家などで、朝から晩までミニ講演会とコンサートを続けています。外国人の寄付が禁止されていることは前にも言いましたが、合法的に許されるのはメッセージを伝える(言論の自由はある)ということだけなので、それを精一杯やっています。この二日間は最後の遊説にアイオワ入りしたクシニッチと一緒に動きました。

クシニッチはまったく疲れ知らずで、昨日の演説ではイラク戦争での米兵の死者数が500人を越えたこと、一体彼らは何のために死んだのか、石油と大企業の利益のためではないのか、ということを中心に訴えていました。この戦争が違法で非道徳的で、米国の精神に反する、国連PKFを入れて米軍は撤退すべき、そしてイラクの石油は国連の管理下においた後、イラク人主導の政権ができたら委譲すべき、と発言すると、会場中の人が総立ちで拍手をしました。こんなことを言っている候補者はクシニッチしかいません。

「人気のある(ブッシュのこと)大統領の政策を批判するのは、自殺行為」というのが、残念ながら主流派のアメリカ人の考えなのです。既成事実に弱いのは、日本もアメリカも変わらないようです。

ディーンやクラークは反戦候補として注目と支持を集めてきましたが、彼らはイラク占領政策の継続と、軍事費の堅持、または増加を表明しています。クシニッチ陣営は「ディーンやクラークの支持者たちはまだクシニッチのことを知らないクシニッチ支持者」と見ています。実際、ディーンに失望した(言っていることと政策が違う)という人たちにあちこちで出会います。

アイオワは零下15度ぐらいでしょうか。何もかも凍っています。ハワイ、カリフォルニアとまわってきて体が緩んでいるので、急に寒いところに来て風邪をひかないように(子どもたちにもひかせないように)気をつけないと。昨晩は玄さんが親知らずが痛くて一晩中苦しみ、ついに歯医者へ行きました。ちょっと無理が続いているかも。でも子どもと私はお陰さまで何とか元気です。

なかなかネットにアクセスできない環境で、メールが読めていません。未読のメッセージが2000通も溜まっているのに、今日の分もダウンロードできてないです。お返事が遅れていることをお許しください。

平和のための退役軍人会(VFP)のサンタ・バーバラ支部の1人が、イラク戦争での米兵の戦死者がマスコミで詳細に報道されなくなったことに異議を表明し、海岸に墓標(十字架)を立てて弔うことをはじめました。毎週日曜日、サンタバーバラの海岸でこの光景が見られます。海に遊びに来た人たちが十字架が500本近く並ぶ光景を見て、絶句します。ある人は祈りをささげ、ある人は花を手向けます。

私が彼らと出会ったのは、サンタクルーズで1月12日から14日に行われた「ワン・ダンス・サミット」で、私たちは劣化ウランについてのワークショップを、VFPはイラク戦争についてのワークショップを行ったからです。このサミットには、マイケル・パレンティやシンシア・マッキニーなども基調講演を行い、彼らともつながることができました。

VFPの「Arlington West」のワークショップでは、「メディアが伝えないなら、私たちが伝えよう」と墓標の作り方まで丁寧に教えてくれました。その日(1月13日)までの死者数は497人でした。VFPのメンバーの1人が「この数がまもなく500を越えることは、時間の問題だ」と語っていたことが、ついに現実になりました。そしてこう続けました。「もしイラク市民やイラク兵の犠牲者の墓を加えたらサンタバーバラの海岸を埋め尽くすことだろう」と。

イラク占領はうまくいっていません。米国への反発は日増しに増え、米軍と同盟軍に対する攻撃はやまないでしょう。占領が長引けば長引くほど、双方の犠牲者が増えるだけです。何も解決されていないし、何も良くなっていません。自衛隊がすでにイラク入りしたことは、こちらの報道でも大きく伝えられており、アメリカ市民もそのことに驚いています。「本当に日本軍がイラクに行ったのか?」「日本には平和憲法があって、違法なんじゃないの?」と聞かれます。「日本政府は日本国憲法よりもアメリカ政府の意向を大切にする。だから私たちは日本からここまで来て、クシニッチの応援をしているのだ」と答えると、みんなが私たちの一見奇異な行動に納得してくれます。アイオワから愛をこめて

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◆きくちゆみ◆コーカス後(民主党員アイオワ地域大会後)

雪のアイオワからこんにちは!
「コーカス」をどう訳すかいろいろ悩んだのですが、今回のアイオワ・コーカスは民主党員地域大会、というのが一番近いのですが、日本語訳としては定着していないので、コーカスとカタカナ表記で書きます。

昨晩、7時からアイオワ・コーカスがアイオワ州全域で行われ、その中の一つの地区(Clive 3・クライブ3地区)にオブザーバーとして参加し、プロセスを一部始終体験してきました。

6時ごろから会場には人が集まりはじめます。それぞれの陣営は自分たちのポスターを貼ったり、クッキーを焼いてきて(ケリー陣営)まだ投票を迷っている人を誘い込んだり、ビラを配ったり?由にやっています。

6時半までにそれぞれの地区の会場に民主党員が集まり、全員が登録をすませます。このときにまだ民主党として登録を済ませていない人(共和党員、緑の党、の他)は民主党としての登録を済ませます。今回は共和党から民主党に乗り換える人が多く、これはかつてはあまりない現象だそうです。乗り換えた人の理由は「ブッシュ大統領の極端な政策に反対だから」ということ。クライブ3地区では新規登録票が足りなくなってしまい、別の会場に取りに行くという一幕がありました。でも、コーカスが終わったら、またすぐに共和党に戻ることができます。

登録票をもとにコーカスに参加する人数を決定します(この人数がとても重要。あとで代理人を選ぶときに、この数字を元に割合で決める)。6時半までにクライブ3地区に集まったひと165名。その後若干増えて、最終票決時には185名になりました。

市民の中から任命された人が集会の仮議長を務め、互選で議長を任命します(拍手で任命)。クライブ3地区ではハワード・ディーン陣営のボランティアが議長になりました。7時になるまで、コーカスのやり方について、あるいは同時に行われる警察署長や補選についての説明があり、いよいよ7時に運命の時間がやってきます。

「7時になりました。部屋の扉を閉じます。それでは各陣営ごとにグループに分かれてください。移動前におよその人数を把握します。まずケリーの支持者は手をあげて」と議長。およそ半数近くが手をあげます。それは胸にはってあるステッカーでもわかりますが。「エドワードは?」また半数近く。そして、トップランナーと目されるディーンは、少なめで30人ぐらいでしょうか。そしてわれらがクシニッチ、15人ぐらい。うーん、これでは15%に満たないかも??

そう、コーカスで候補者として認めらるためには、その会場に集まった党員の15%の支持が必要です。クライブ3地区では最初の登録終了時の165人という数字が採用され、その15%は24人であることが議長から告げられます。そして24人に満たない陣営は、解散して別の候補者を支持するよう告げられます。クシニッチ陣営は18人、代理人を党大会に送るのにあと6人足らない。

この時点でまだ誰にするか決めていない人が4人ぐらいいたので、交渉がはじまります。それぞれの陣営が「こっちへこい、なぜならxxxは○○だから」とアピールします。また予想よりも人数が少なかったディーン陣営は、クシニッチ支持者にしきりに「同じ反戦候補なんだから、クシニッチ支持者はディーン陣営に合流すべきだ」と誘い込みます。

クシニッチは自分が15%を確保できなかった地域はエドワードを支持するように、とその日の5時のテレビでアナウンスしていたので、多くのクシニッチ支持者はエドワード陣営に合流、しかし、あくまでも反戦のスタンスを見せたいという人はディーンに合流しました。

こうして、この地区の最終数字は、以下のように決定。エドワード 75人、ケリー 68人、ディーン 42人となりました。クシニッチを支持した18人(10%)は、この数字の中に消え、最終結果は0%となってしまうのです。つまり、15%以下の少数意見は反映されないのです。

さて、ここからはかなりあらっぽい計算です。クライブ3地区から選出される民主党大会代理人は8人。それぞれの得票数を185人で割って、パーセントを出し、それに8をかけて、代理人の数を決めます。例えばエドワードは75÷185×8=3.2、同様にケリーは68÷185×8=2.9、ディーンは42÷185×8=1.8、あとはそれぞれ四捨五入してエドワードとケリーが3人、ディーンが2人の代理人を民主党大会に送ることが決まりました。

この時点でそれぞれの陣営の地区キャプテン同士が集まって、この数字で異論がないかを確認し、そして異論がないと分かった段階で、コーカスの結果が全員に告げられます。

ここまでのプロセスが終了するのに40分ぐらいかかったでしょうか。それから残った市民が部屋のいすを片付けるのを手伝い、私たちが会場を後にしたのは8時過ぎでした。それからクシニッチの支持者が集まるパーティーに行ったら、そこは熱気があふれていて、びっくり。ちょうどクシニッチが会場に入る前でした。

新聞の取材を受けているようで、今回の結果をどう受け止めるか、というのを話していました。私は近くにいてその様子を写真に収めましたが、周りに人が多くて直接話すことはできませんでした。彼は目だけで私に挨拶をしました。

会場にクシニッチが入っていくと、支持者たちは興奮している様子でした。クシニッチが「代理人を得た地区は?」と聞くと、多くの人が手を上げてクシニッチのポスターを高く掲げています。意外と多くの人がクシニッチに投票しているのがわかります。私の会場は保守的な地区でしたが、それでも10%がクシニッチ票でしたから。ディーンを抜いてクシニッチが3位に滑り込んだ地域もあったことを初めて知りました。

パーティーでのクシニッチのスピーチはこれまでにもまして、熱気を帯びたものでした。「誰も私たちがここまでやると思っていなかった、最下位といわれ、新聞にもテレビにも取り上げられなかったが、今は第5位につけている。ここから上に登っていくだけだ。シービスケットを見た人はみんな、最後に誰が勝つかを知っている。私たちのキャンペーンは今ここから始まったばかり。ありがとうアイオワ。ありがとう、ありがとう!」と満面の笑顔。がっかりしている様子はまったくなく、予想以上の結果に喜んでいる感じですらありました。

翌日の地元新聞(デ・モイン・レジスター)にクシニッチは「希望していた通り、何人かの代理人を得ることができた。ある人にとってはこれが選挙戦の終わりかもしれませんが、私にとっては始まりに過ぎません。今は第5位です。そしてここから上昇していきます。誰も私たちが5位以上になるとは思っていませんでした。ですから期待を超えたわけでも、期待以下だったわけでもありません」とコメントしていました。

このコーカスはここアイオワだけの伝統で、ここから先は予備選挙(プライマリー)という投票(日本と同じような1人1票の投票)になります。誰が誰を支持しているか、部屋に集まり、グループ分けして、手をあげて数え、途中で候補者の乗り換えを促すコーカスはとても面白いプロセス(とくに、途中でクシニッチ陣営やまだ候補者を決めていない人を誘いにくるその他の陣営の市民同士のやり取り、駆け引きはとても近くで聞いていて興味深かった)ですが、15%ルールがあるかぎり、少数意見は最初に排除されてしまいます。

クシニッチは結果として1.3%という数字になってしまいましたが、この1.3という数字の影には、本当は10%ぐらいの支持者がいた、ということを覚えておいてください。

アイオワ・コーカスの最終結果
第1位 ジョン・ケリー 38%
第2位 ジョン・エドワード 32%
第3位 ハワード・ディーン 18%
第4位 ディック・ゲプハート 10・5%
第5位 デニス・クシニッチ 1.3%
第6位 ウェズリー・クラーク 0.1%
第7・8位 ジョー・リーバーマンとアル・シャープトン 0%

ゲプハートは「アイオワを制せなかったら辞退する」と公言していたので、この段階で立候補を取りやめる可能性が高いです。クシニッチはこれからが本当の選挙戦である、と言っています。私はこの後、代理人選出数が多いカリフォルニアに飛んで、講演会&コンサートをあちこちでやっていきます。

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