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2007年 6月22日(金)
久しぶりに洞爺湖教会にやってきました。
お色直しの礼拝堂と牧師館は、以前の緑色から青色に変わり青空に映えていました。

     

下と比べてもだいぶ雰囲気が変わりました。ちょっと大人っぽくなった感じがあります。




     
2002年 8月25日(日)
今年度2回目の苫小牧地区の洞爺湖サンデーが行われました。この日は、教団の牧会者共同研修会に参加されている
皆さんと一緒に礼拝を守ることが出来ました。

     

浅居牧師のメッセージを伺い、教会に大きく讃美歌が響きわたる。

               


     

礼拝後の昼食風景。今回の牧会者共同研修会の主題は、「今日の宣教の豊かさを分かち合う −北海教区における
連帯の姿から学ぶ 洞爺湖・べてる・アイヌ」で、8月22日から26日までの予定で行われていました。

     

教会向の泥流溝もきれいに出来上がり、教会周りは一新された。

              

食後の交わりは、洞爺湖教会からは秋山さんの「災害を受けた教会からの報告と洞爺のこれから」を聞きました。
苫小牧地区からは、中野さんが「地区の歩みから生まれた共同牧会と震災を通して教会間の絆が強められた報告」
そして、教区からは、山本幹事が「教区が今回の震災でどのような働きをしてきたか」を小委員会が
作ったニュースなどを用いて報告されました。

     

交わりの後、参加者で「西山火口散策路」を北口(230号線側)から行き実際この目で地震の怖さを体験してきました。

     

活断層によって階段のようになった道路。平らだった町道も噴火でなんと、70メートルも隆起した。

     

約30個ある噴火口。噴煙が収まったところ。いまだに噴煙が出ているところ様々である。
倒壊した家屋がそのまま残されている。自然の恐ろしさを感じる。

     

舗装されている道路の一部が、隆起によって7メートルも上に盛りあがっている。

     

左写真の赤丸は、噴火により破損した水道管。散策路は、すべて枕木がひかれていて、場所によっては触ると熱く感じる。
今でもあちこちに、90度の噴気が出ているところがあるので「やけどに注意」!
右写真の奥は、南口(噴火湾)出入り口で、そちらからも散策することが出来る。



     

2001年12月10日(月) 
洞爺湖教会にて、苫小牧地区の教会代表者会議と牧師会が行われました。
その前に、晴天の中現在の噴火の様子を見に行きました。
噴火前は、左写真のガソリンスタンド沿いの道をとおり洞爺湖教会まで約10分足らずであった。
現在は、立ち入り禁止区域。毘羅山のふたつの火口が眺められる。

      

金毘羅火口から230号線沿いを札幌方向へ5分ぐらい行くところに、西山火口を眺めることが出来る。
例年より早い雪で、観光用の遊歩道(冬期間は閉鎖)はすでに立ち入りは禁止されていた

右写真の様に、被害にあった建物がそのままの状態で残されている。


      

有珠山噴火救援募金」として全国から洞爺湖教会に寄せられたの募金の一部を、虻田町で唯一の幼稚園である
「とうやこ幼稚園」に寄付をしました。今回は会議の前に、年長さんたちによって、お礼の演奏会を披露してくれました
ありがとうございました。


      
「とうやこ幼稚園」の子どもたちのかわいい演奏の後、会議が始まりました。前半は、洞爺湖教会の浅居正信牧師から
「洞爺湖教会の歴史」を伺い、続いて信徒と牧師とに別れて会議が進められ、苫小牧地区全ての信徒が集まり、
当面の課題として2002年度の洞爺湖教会の宣教を支える決議がされました。少ない人数の中教会を支え、牧師を支えて行くのは
大変ではあるが、「倒れる時は一緒に!」という言葉も出され、出席者が一人一人が自分の事として考えることができ、
有意義な交わりの時を過ごすことができました。



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苫小牧地区信徒大会in洞爺湖教会報告
                                           

  2000年7月29〜30日(土〜日)にかけて洞爺湖に行ってきました。29日は「洞爺サンパレス」に泊まり遊び疲れました。通常宿泊価格のせいもあり思ったよりお客さんは少なかったと思います。プールの中も3ヶ月間営業されていなかった為か、一部遊具が痛んでいました。部屋には非常時の為のヘルメットも置いてありました。温泉街は避難解除がされたもの、ホテル・商店の玄関前は、火山灰の入った土のうが積まされて一部のホテル以外は、改装工事中でした。国道230号線いまだに通行止め。噴火口からの火山灰と硫黄の強いにおいが漂い、まだまだ終わっていない様子が伺うことが出来ました。

                     

30日の日曜日洞爺湖教会で礼拝を守りました。洞爺湖教会では6月25日からこの会堂で礼拝が再開されました。この日は、島松伝道所の黒田牧師が説教奉仕に来られていました。本当に建物自体に被害がなかったことを実感し「ほっと胸をなでおろす」

 

この日は、大変暑い日でした。みんなで冷たいお茶とお菓子でひと時を過ごしました。
今日始めて来られた洞爺に実家がある横浜から来られた若いお母さんとお姉ちゃんは、「これでもこちらは涼しくていいですね」と
おっしゃっていましたが、北海道人のわたし達は、2年連続の猛暑に少々うんざりぎみ!

                     

礼拝後、教会員の秋山さんの案内で、火口が見える丘で噴火が収まった火口(建物奥の部分)と現在も活発に活動を続けている火口(上左写真 左側と下左写真)をみることが出来ました。火口手前の幼稚園は現在も使える目途はついておらず、隆起で盛り上がり坂になっている道路も噴火前は水平の道路だったそうである。

                     


   

無事だった洞爺湖教会!
目の前の国道も部分復旧され、噴火口から1キロ圏内で、心配されていましたが火山性の地震で
教会内の多少の被害があったもの建物的には被害が見られなかった。本当に感謝!


          

外見的に教会への被害はなかったもの、周りの道路・橋・川周辺の噴火の影響が多く見られました。
特に右下の橋の写真でも分かるように15センチぐらいのずれができていた。

           

洞爺湖教会から見える国道230号線の洞爺湖インター付近から温泉街までは、今でも通行止め。
道路が陥没していて復旧の目途は立っていない。高速道路の復旧も・・・

住 所、〒049−5603 虻田郡虻田町字入江219−1
電 話、ファックス、01427−6−4159

救援募金にご協力ください
日本キリスト教団社会委員会は、救援募金を行っています。みなさんご協力下さい。
北海教区有珠山噴火救援小委員会は、この募金によって活動を続けることが出来ます。
現在救援ボランティア活動・洞爺湖教会関係者への訪問、などに30万円、洞爺湖教会の被災された兄弟姉妹への
お見舞金として120万を支出、このお見舞金は、ほとんど何も持ち出せずに避難所へ避難した後、
公営住宅などへの引越費用、必要最低限の電化品などを購入する為に有効に使われています。
今後も、ボランティア活動が続き、費用がかさみます。みなさんの救援募金へのご協力をお願いいたします。

                                                                                 振替口座  00140−9−145275

                                        加入者名  日本基督教団 「有珠山噴火救援募金」
                                                                                  と明記して下さい

                                                                                       


日本キリスト教団北海教区 社会問題担当委員会

NO,1
2000.4.10
〒060−0807 札幌市北区北7条西6丁目 北海道クリスチャンセンター内 011-716-5334 F011-757-6271



有珠山(732メートル)は3月31日午後1時10分ごろ、22年7カ月ぶりに噴火しました。

 新たな噴火口が次々と出来ている現状です。これらは洞爺湖教会から数百メートルのところにあり、もしも大規模な火砕流が発生すると、教会はこれに飲み込まれる可能性もあります。教会に通われている方々の多くが現在避難所で暮らしておられます。わたしたちは求道者の方々も含めてその消息を確認していいる最中ですが、避難場所を転々と移動され、その消息が良く把握できてはいません。

 被災地は、虻田町洞爺湖温泉街を始めとして、農業、漁業などの経済的被害が起こり、長期化しそうです。両手に抱えるだけの生活必要品を持って避難所に待避された方々は、畳一畳ほどのスペースを確保するのがやっと、朝はおにぎり、昼はカップラーメンという毎日、一旦親戚の家に身を寄せられた方々も「もうこれ以上迷惑はかけられない」と再び避難所に戻りつつあります。

 北海教区は、有珠山噴火救援小委員会を設置して、委員長の中山洋一牧師を中心に、被災地に何度も足を運んで、わたしたちに何ができるのかを探っています。

3月31日、北海教区社会問題担当委員会「有珠山噴火救援小委員会」を設置

  噴火当日、北海教区三役打ち合わせ会の席上、北海教区社会問題担当委員会に「有珠山噴火救援委員会」の設置が決まり、4月3日(月)に第一回委員会が召集されました。委員は、委員長 中山洋一、会計 山本光一、書記 藤原仰、委員 秋山美智子、桑原博文、矢島信一の6名です。必要に応じて委員を加えます。



有珠山噴火救援委員会
 

  四月五日()に中山洋一委員長と桑原委員、山本委員、藤原委員が、避難中の秋山美智子さん(洞爺湖教会員)と本行清子さん(千歳栄光教会員)を問安しました。

  段々と道路脇の雪が、火山灰のため黒くなってきています。途中で有珠山の白い噴煙が見えました。豊浦町に到着して、洞爺湖教会の近くまで向かおうとしたのですが、警察の検問に止められました。ですから、教会周辺がどうなっているのか、現時点では全く分かりません。この辺りまで来ると、警察や消防車(他の都道府県からも)、自衛隊の車両が頻繁に見られるようになります。そこで教会まで向うことを断念し、まず秋山さんを問安することにしました。秋山さんは、エイペックス(脱税とは関係ありません)の元社員寮のある豊浦に避難中でした。独身者用の部屋に三人で生活しています。疲れた様子もなく、住む所や食事も与えられ、自分は恵まれた避難者だと言います。所持品も自分の車にある程度積み込むことができたとも。それでも、避難前に頻発した地震の突き上げてくる怖さ(地震は縦にゆれると思いがちですが、下から突き上げてくる揺れだったそうです)を語っておられました。

  避難して一週間ほどですが、長期の避難生活になりますと、様々な問題が出てくることでありましょう。委員一同、息の長い取り組みが必要であると思っています。

  秋山さんとお別れした後、洞爺湖教会員の村上さん宅(村上さん一家は、東北にツアー中でした)に避難中の本行清子さんを問安しました。犬二匹、猫二匹に囲まれている本行さんもお元気な様子でした。現在札幌に入院中の本行牧師の看病と共に住居が近くにある噴火口の今後の動向にも大変気がかりな様子でした。                                                                          (藤原 仰)
 

 4月7日被災現地の秋山美智子さんからお電話をいただきました。秋山さんは災害救援本部に電話をされ以下のことを確かめました。

@たくさんのボランテアの方々に来ていただきいまは充分である

A救援物資は遠慮願っている

B救援募金は受ける(使途に希望があればできるだけそれに沿いたい)

 兵庫教区は、4月11日から14日まで、市川哲牧師(甲陽園教会牧師、兵庫教区震災担当)柴田信也牧師(兵庫教区長田活動センター)を派遣して下さいます。お二人は「兵庫教区被災者生活支援センター準備会」の委員をされています。13日に北海教区のメンバーと被災地を訪問、北海教区三役、有珠山噴火救援委員会との意見交換などをされる予定です。





振替口座 00140‐9‐14527

加入者名 日本基督教団 「有珠山噴火救援募金」と明記してください※日本キリスト教団社会委員会は「有珠山噴火救援募金」を開始しました。 期日、目標額は特に定めません。みなさんご協力下さい。



有珠山噴火被害救援に関するあらゆる情報、問い合わせ、ご意見などがありましたら、お知らせください

委員長 中山洋一連絡先

電話・ファックス 011‐896‐6314

           (携帯)090‐3393‐6127

インターネットで見るなら…有珠山災害対策関連リンク集

  http://www.usuzan.net/link/    (作成者:東京家政学院大学 秋山教授ほか)

次のような目次があります。知りたいことが大体分かります。

目 次

iモードで見たい /安否を確認したい/現地の生の声を聞きたい/有珠山の今の様子を見たい(ライブカメラ) /地震・天候の状況を知りたい/交通機関の状況を知りたい/道路 鉄道 航空/地方公共団体など/救援団体の活動/マスコミの報道を知りたい /官公庁発表資料/リンク集/火山について(知識)




日本キリスト教団北海教区 社会問題担当委員会

NO,3
2000.4.30
〒060−0807 札幌市北区北7条西6丁目 北海道クリスチャンセンター内 011-716-5334 F011-757-6271




 有珠山の噴火から約1ヶ月が経とうとしています。25箇所の避難所で暮らす方々はまだ約4854人(428日現在)も居られます。洞爺湖教会堂は未だに立ち入り禁止地域となっており、被害の詳細は分かりません。一時の注目が過ぎ、みんなが忘れかかっている頃に被災地の方々のくらしに関わる辛さがいよいよ始まるのではないでしょうか。

 

                                                                                                        秋山美智子

 3月31日の噴火以来、豊浦町にある旧エイペック寮で避難生活をされている秋山美智子さんからお便りを頂きました。 有珠山噴火のため、家を離れて1か月が過ぎようとしています。

当時、雪の合間から見つけたふきのとうや、水仙、クロッカスの小さな芽に深呼吸したくなるような感動を覚えました。今、周りの雪もすっかりとけ、小さかったクロッカスや水仙は花を咲かせ、春の季節に変わりました。時間がたっぷりあるはずの避難生活なのですが、毎日人の流れと時の流れの中で、自分も流れてすごしました。避難所としては恵まれた環境の中で、衣食住の心配はありませんでしたが、先の見えない「いらだち」と援助されることに慢性化していく自分が悲しくなりました。

 それで、一歩自分の生活を変えることにしました。札幌の避難住宅として用意された所へ移ることにしました。災害のために離れている母と猫と一緒に過ごし、そしてその場が非難している人たちの休養出来る所、気分転換の出来るところとして使用していきたいと思います。
 これからいつまで続くかわからない時期ですが、神様がいつも道を備えてくださっていることを信じて一歩一歩進んでいきたいと思います。

 

 委員会日誌(4月18日〜28日)

4月19日 浅居正信さん、三輪正史牧師(美唄教会)、辻中徹也牧師(島松伝道所)豊浦でボランティア活動

4月20日 三輪正史牧師豊浦でボランティア活動

4月25日 濱田裕三牧師・松本寛さん(浦河伝道所)ボランティア活動
      後宮敬爾教区議長、芦沢元造苫小牧地区委員長、山本光一有珠山救援小委員の3名は、
                洞爺湖教会の主日礼拝のために有珠にある日本聖公会ジョンバチェラー記念会堂をお借り
                するため、苫小牧聖ルカ教会雨宮大朔司祭を訪問。雨宮司祭は、これを快諾してくださった。

4月26日 藤原 仰牧師(東札幌教会)、柳谷信吾さん(札幌教会)ボランテア活動。
              浅居正信さんボランティア活動豊浦現地対策本部着任

4月27日 藤原 仰牧師 柳谷信吾さんボランティア活動教団社会委員会から募金状況について報告あり。
                現在募金額は26件56万円。

4月28日 教区総会第一日目終了後に第4回委員会開催


振替口座 00140‐9‐145275

加入者名 日本基督教団 「有珠山噴火救援募金」と明記して下さい※日本キリスト教団社会委員会は「有珠山噴火救援募金」を開始しました。 期日、目標額は特に定めません。みなさんご協力下さい。

 

洞爺湖教会は、4月23日、豊浦町字山梨の大富さんのお宅でイースター礼拝を行いました。現在9人、6家族の方々が避難所に居られます。

    429日現在(敬称略)

秋山美智子     428日、伊達に居られたお母様と札幌の公営住宅に避難先を移された。
                         

加藤福子      札幌の娘さん宅に避難中。
                         

木下正子      秋田の親戚宅に避難中。

溝口 敬      転勤で函館に単身赴任中(家財は虻田に)。

溝口真実子・洸     白老町の実家に出産の為に避難中(家財は虻田に)

村上浩康・由紀・風  被害なし。豊浦町の自宅に(避難区域外)

定家立身・明子    被害なし。伊達市の自宅に(避難区域外)

赤羽甲子雄                      転出して被害なし。

柿原紀代子     三恵病院に入院中。

玉根 忠                         同 上

依田信之・佳子    豊浦町字花和小学校避難中。

大富敬一・佳江    被害なし。豊浦町字山梨の自宅に。(知り合いの避難者を受入れ中)

塩野谷幸二・万里江  豊浦町花和の自宅に。

米沢一朗・米沢孝子  室蘭市在住被害なし。

篠原崇祐・篠原弥恵  被害なし。豊浦町山梨の自宅に(避難区域外)

藤村ますみ     二人の子娘と伊達カルチャーセンターに避難中

          

奥村次雄・奥村緑   東京都西多摩郡日の出町に転出。

本行清子      札幌市豊平の道営住宅に移転された。

          

 *村上浩康さんが、上記のすべての方々の住所を調べて名簿を作成してくださいました。住所録を御希望の方は、中山委員長まで。

  教区総会会場で午後915分から1030分まで第4回委員会を開催。委員全員出席。村上浩康さん(洞爺湖教会)、小西二巳夫教区幹事が陪席。@現在避難所におられる洞爺湖教会の6家族にお見舞い金をお贈りする。A今教区総会において有珠山噴火救援に関わる特別決議を提案する。
   上記2件を可決。B洞爺湖教会主日礼拝の維持について、現在避難地域に在って会堂を使用できないでいる虻田町の福音キリスト教会と共同で聖公会J.バチェラー記念会堂をお借りして主日礼拝を維持できないか、などを検討しました。 

 


 

  ニュース第二号でも掲載しましたが、今号でもう一度掲載します。ボランテアの必要はますます高まっています。みなさん是非ご参加下さい。   北海道有珠山福祉救援ボランティア活動豊浦現地には、浅居正信さん(札幌元町教会)が北海教区から派遣されています。

□「ボランティアに参加しよう」と思ったら

1)教会でボランティア申込用紙に記入しよう

・いつ参加できるか分からなくても、ボランティア申込用紙(今回のニュースに同封しています)に特技、連絡先などを記入し、北海教区有珠山噴火ボランティア担当委員の桑原博文牧師に郵便・FAXでお送り下さい。  

・ボランティアの必要は、日々刻々変化しています。こうしておけば、必要な時にこちらから連絡することができ、効率よくボランティアに参加することができます。

2)ボランテア担当の桑原牧師に連絡しよう

 「明日参加しよう」と思った時も、桑原牧師にFAX・電話などで御連絡下さい。毎日「豊浦現地対策本部」と連絡を取り合い、明日の参加者を確認しています。

□現地についたら

・まず、豊浦町の北海道有珠山福祉救援ボランティア活動豊浦現地対策本部(豊浦町字東雲町16 高齢者コミュニティーセンター内)  にお寄りください。国道37号線から山側に約100m。国道沿いに「高齢者コミュニティーセンター」・「国保病院」の大きな看板があります。

1)どこで働くかをここで確認してください。

・仕事は基本的に救援物資の運搬と仕分けです。病院への被災者の々の送り迎え、付き添い、避難解除されたかたがたの運搬の手伝い、イベントをする時の手伝いなどがあります。また、本部での調理など、女性のかたがたのお手伝いも望まれています。

2)ボランティア保険に入っていただくために登録をしてください。

3)腕章、名札を受け取ってください。

・お昼ご飯は、各自取っていただくのが原則です。本部の食事が支給される場合もあります。その時は遠慮無く頂いてください。

□帰る時は

1)腕章、名札をお返し下さい

2)ボランティアをして感想・報告のあるかたは本部の浅居さんなどに言って下さい。今後の参考にします。

(3)浅居さんから交通費・食事代を受け取ってください。

□宿 泊 は

  救援ボランティア活動豊浦現地対策本部の2階で宿泊することができます。その場合は寝袋などを御用意下さい。

 

 □ボランテア活動に参加される皆さんは下記に御連絡下さい

桑原博文

室蘭市知利別町2-15-15 FAX 0143-47-7315

            電 話 090-1446-2397 有珠山福祉救援ボランティア活動

 

新聞記事から

虻田避難解除から1週間 住民、自宅で眠れぬ夜も

 【虻田】有珠山噴火に伴う、避難指示が胆振管内虻田町など一市二町で一部解除されてから十九日で一週間がたった。帰宅の喜びもつかの間、住民は「家にいても心が安まらない」「仕事が軌道に乗らない」と新たな問題に直面している。町民の九割以上が一度は避難住民となった虻田町から、町に戻ってもなお続く、噴火との闘いを報告する。

 〇「眠れない」

 同町旭町の岡崎せいさん(75)は十九日午前五時前に目覚めた。夜通し窓をカタカタと鳴らす風が気になって、眠りは浅かった。十三日に家に戻って以来、気が付くと、山を見つめる日が続いている。

 避難先は渡島管内長万部町だった。噴火直後の三月三十一日午後、追われるようにして町を出た。避難指示が解除され、玄関前で車から降りた時、飛び込むようにして家に入った。

 「何一つ落ちていない」。変わらぬ自宅に安どし、他人を気にせずに暮らせる喜びをかみしめた。だが、日々不安は募る。「大噴火は本当に起きないのでしょうか」。避難用荷物はバッグにまとめたままだ。

 〇 開店休業

 同町浜町にある水産加工・卸の亀倉水産では、十九日、通常の半分の約二十人の従業員しか出社しなかった。高瀬和大専務(48)は「長万部など遠くに避難している従業員が多く、集まらないんです」と説明する。現在、一日の出荷量はホタテやウニなど合わせて約一tで、避難前の半分以下に減っている。

 同町本町にある小さな食料品店「大木商店」をのぞいた。普段店頭に並ぶはずの生鮮品はなく、がらんとしていた。

 経営者の大木トミ子さん(72)は「店を開けても営業中とは言えないね。お客は三日間で数人だけなのよ」と肩を落とした。同店は避難指示がまだ解除されてない同町泉、入江地区への配達品が大半を占める。「商品を入れようと思っても、いくつかの問屋からは交通規制で行けないと言われてしまって。仕方ないのかね」

 店の入り口には、二十三年前の噴火時から倉庫で保管してきたという噴石が置いてあった。「見てくれるお客さんが来るといいねえ」。あきらめたような響きがあった。

  〇 二重生活

 同町栄町の今野武也さん(78)は「庭の世話をしに戻ってきた」と笑みを浮かべた。近くを流れる川を越えると、そこはまだ避難指示地区。解除地域と避難指示地域の境界線となる道路には五十m置きに警察官が立つ。

 今野さんの近所では避難指示が解けた後でも半数が避難所暮らしを続けている。噴火への不安が消えないうえ、収入を失った人は当面、避難所で生活するしか手だてがないからだ。虻田の自宅で日中を過ごし、夜は避難所で暮らす人もいるという。

 虻田町からの避難住民を受け入れている胆振管内豊浦町は、避難所の入所者約千七百六十人に対し、食事は約二千四百食を用意している。同町は、昼は自宅に戻り夜は避難所で暮らす人が、同町内で六百人を超すとみている。 (北海道新聞4月20日)