シングルの会レポート



花見のはずが、「工房」 2002.4.21
 北陸育ちの私にとって、春の訪れはいつも花の誇らしげな表情とワンセットだ。どこの家の軒先にも咲いていたスイセン、チューリップ、名前は知らないけどいつも遊んだ場所にあった小さな花たち。幼い頃を懐かしむ気持ちがどこかにあるのか、商業主義の道具のようになってすごく豪華につくられた花でも感動をもらえるんじゃないか、そういう期待を密かにこめつつ、みんなを誘った。いろんな好みはあるかもしれないが、大概の人は花が好きである。
 しかしながら、当日はあいにくの雨で行き先変更、岡崎市世界子ども美術館へ。「世界の」「子どもの」「美術館」という言葉そのままに、いろんな国の子どもの世界に触れることができるかとワクワクだった。行ってみると少し違った。たしかにそういう作品は少しはあったが、ほとんどが日本の子どもたちの絵で「○○賞、△△小学校□□さん」と貼ってあってその前でビデオカメラを回している親子連れをたくさん見た。
 外はあいかわらず雨だったので、中で造形作品をつくることにした。子どもというものは自分の実力もわきまえず出来上がりが立派なものにチャレンジしようとするもので、かなりの時間が経過したあと、私は二人分の陶芸作品を手がけることになってしまった。
 親たちはそれぞれのところで子どもと一緒にそれぞれの作品をつくっていた。完成品を持って子どもと雨の高速を帰っていった。話をする時間があまりなくて、少し気持ちが残った。
 最初の「花」とはえらくかけ離れた結果に終わったが、それぞれにそこそこの思い出はつくることができただろうか。ある子どもは作品を大事そうにしていたし、またある子どもは一ヵ月後の陶芸作品の完成をしつこく確認してくる。
 いずれにしても、花のリベンジは必ず。
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 三ヵ月後、出張の帰りに「作品」を取りに寄った。
 係りの人に「いつごろ来られましたか」と聞かれ、答えると、「では、このあたりがその時期の作品です」と案内された。私の娘は「ドラえもん」だったなぁと思いながらそこを見ると、ドラえもんが10体くらいあった(゜〓゜;) この国民アイドルっぷりを見せ付けられた思い…。


シングルの「お茶会」 2002.3.10
 書いていて気がついた、「クリスマス」やら「お茶会」やら、何かパーティやっている会に思われるかもしれない。けれども、それは形式上そういう形をとっているけれど、実態はそうではないのだ・・。
 今回は新顔さん参加で「はじめまして」。
 今国会で児童扶養手当が削減されるという情報を流した。当事者であるはずなのに、あまりの唐突さゆえか、「もっと先のことやろ」と認識している人がほとんどで、もう今年の夏から削減されるかもしれないという内容に大いに驚き、瞬間「どうやって生活していこう?」と不安いっぱいに。
 とりあえず署名をすることと、シングルの会として要望を出すことになった。
 前回の話題から、住居、仕事、育児について「もうちょっとどうにかならないものか」という感を強くしていて、今回の要望に入れることにした。
 どっちにしろ、すぐに状況はよくなるわけではないけど、私たちが表現しないことで「要望がない」と思ってもらっちゃ困る! 要望はしっかりある! そんな気持で表現してみました。
 徐々に、一歩一歩、あきらめずに。
 誰もがそこそこ働いて、そこそこ食べていける給料を得られ、そこそこ生活していける、そんな社会を望んでいます。
 切り口は「シングルマザー」としてだけれども、私の視野にはリストラにあったオジサン、大サービス残業で苦しんでいる労働者、行き場を失っている高齢者、現在主婦している女性、若者もしっかり入っている。本当に誰もが自立して生きられる社会を。 
 


シングルの「お誕生会」 2002.2.10

 集まりの中に、何と2月生まれの子どもが多いことが発覚。最近うちの子がやたらと他人の家から情報を仕入れてくるようになって、「○○ちゃんちは家族□人でにぎやかに誕生パーティやったんだって」とうらやましそうに報告してくる。それならば、家族が少なくて盛大にやるにも、人の数と労力に限界のある人が集まってまとめてやればそれらしく「盛大」になる、そう考えてまとめて誕生パーティをやることにした。
 子どもたちは大勢に祝ってもらった、と何となく満足げに過ごしていたようす。最小の力で最大の効果、って感じだった。前回同様、子どもたちは勝手に盛り上がり(どこかではケンカがあったかもしれないが)、オトナはオトナで大いに盛り上がったのでありました。特に「母子家庭の子どもに学習費を補助してくれる制度があるよ」と教えてくれたある母、貴重な情報を得ることができました。ありがとうさん。


手作りのケーキ(kanaサン特製)

クリスマスパーティ 2001.12.23
 神様?そんなもんおるわけない、お正月?なぜわざわざみんな同時に時間を区切らなきゃいけないんだ、私は私の時間でいく・・・世の中の常識をとにかく疑って、おかしいと思ったら体が「正しい」と思われる方向に向いてしょうがないこだわり偏屈人間が、なんと、もっともうさんくさい季節行事「クリスマス」をやることを持ちかけた。

 なぜか? カレンダーを見れば土曜日含めて3連休。いつもは娘と遊んでくれる子どもたちは、このときばかりはみなさっさと家に戻り、家族だけでファンタジーな時間をすごす。テレビを見ても、街へ出ても、カップルと家族が「愛」と「ハッピー」とプレゼントをセットにして抱えている。このクリスマスファンタジーはうっとうしい。いつもは私を受け入れてくれる場所も、このときばかりは様子が変わる。自分だけが孤独なら、その付き合い方には慣れてきて、ときにはそれを充実した時間に変えることもできる。私が耐えられないのは、子どもの孤独だ。子どもを取り巻く世界はとっぷりファンタジー。でもウチはファンタジーではありえない現実を生きている。「ウチはウチ、私は私」と言い切ることはできるけど、ファンタジーの世界の脅威を知れば知るほど、これは彼女の「どうしてうちだけ?」の答えにはならない。正直、私だけで今時点での彼女の孤独を何とかしてやることはできない、と思ったのである。

 しかし、これは大なり小なり他のシングル家庭も感じているのではないか、それならば3日のうち1日でも何かをして過ごせればいいではないかと、パーティーなるものをやろうと提案したのである。要は、何かに熱中してファンタジーを忘れていようと思ったのである。

 これは成功だった。初期目的の達成は言うまでもなく、ワタシ的にはいろんな大発見があった(長くなるので書けない)。実は家族年中行事が苦手なワタシだったが、つくるのが大好きな人、片付け癖のある人、得意技がとくに見当たらないから場所だけ提供した人、等々それぞれの長所?を持ち寄って無理なくパーティの形式を整えられて、ファンタジーの世界とっぷりの子どもたちにも少しは納得してもらえたようだ。そして、料理は本当においしかった(自分では絶対つくれないし、つくる気も起こらないだけに・・・)。

 ワタシがこれまでに体験してきたこの種のパーティでは、親は子のために、子は親のためにお楽しみ行事をやるのが定番で、「親子が一緒に楽しむ」ものが圧倒的に多い。でも、こちらは違う。子どもの楽しみと親の楽しみは異なる。子どもたちには子どもたちの世界があり、親は親役割と同時に自分自身を生きよう。私たちは子どもを持つ一人の人間という立場で関係をつなげる。子どもたちは別の部屋、自分たちで新しい関係をつくっていくように願いながら、私たちは子どものことのほかに、仕事、趣味、自分の自立などについて話した。短い時間だったけど、それぞれが自分の生き方をみつめる時間にはなったのではないだろうか。

 話はそれたけど、あたりまえのようにある家族単位の年中行事の洪水からとりあえず身を守る方法として、そこからはじき出されて寂しいと思う人たちが集まってこういう行事をやるのは、なかなかGOODだとおもった。これは使える。そう思って、今年の正月にそんなに行きたいと思うわけでもない生家にいそいそと行ってゴロゴロしていた自分を反省。どうせみんな子どもも自分も休みなんだから、一晩でも二晩でも好きなだけうちで語り明かせばよかったんだ。もちろん、シングルだけじゃなく、プチ家出人や家族の中の孤独人もOKってことで。そうやって、逆に楽しみに変えられればいい。

 さて、次の洪水への備えでも考えよっかな。どんな楽しみ方ができるだろう。みんなは何して過ごしたい?


岐阜県福祉児童課と大垣市総合福祉会館母子相談室を訪問 2001.7.13
 シングルの会の紹介と、リニューアルして始まった介護派遣制度についての質問を引っさげて訪問してきました。
県のほうでは、2人の職員の方が母子家庭の支援制度について説明をしてくれました。私自身は何とか自立できるだけの収入を得られていたので、公的な援助を利用せずにやってこれましたが、そうでないシングルにとっては今日、明日生活できるかどうかという死活問題。ギリギリまで追い込まれた人が声をあげた結果として、介護派遣制度も一定内容的に前進することとなったことを知りました(まだまだ利用するには壁が高いが)。実際、シングルが自立して生きられる条件整備には何が必要なのか、当事者からの声をもっとあげて、より実効性ある制度づくりに協力していけたら、という思いでした。
 大垣市の総合福祉会館に母子家庭相談室があります。カワイさんが応対してくれました。今回気がついたのですが、母子家庭に関する支援制度は内容ごとに縦割りの行政のなかで扱いの部署が違っているのです。それを「母子家庭支援」というカテゴリーで縦断的に把握しているのが、唯一ここなのだと思いました。また、こんなに母子家庭が増えている現実があるのに、制度がほとんどついていっていない、対応も行政が責任を負っているわけではなく、あくまでも民間のボランティアという位置付け。まだまだこれからだ、と今回の訪問で強く感じたのでした。
 それぞれの職員の方は、私たちの言葉をよく聞いてくれました。ありがとうございました。また、これからもいろいろお世話になりたいと思います。


第2回例会2001.5.
参加者が少なかったため、一人の会員の自宅にて。
これからのシングルの会について話す。
また、働くということについてマジメにお話。
自分のやりたいことが仕事に結び付けば、とっても幸せ。
きっと、相当の努力と運が必要なのでしょう。
一方で自己実現の可能性がそがれている労働の現実。夢を実現させるか、とりあえず妥協するか。たくさんの人に相談しながら決めていきましょう。応援しています。
働くという基本的なことすら脅かされる社会って・・・本当に生きにくい。はあ。


第1回例会(記念すべき)2001.4.
子どもがお世話になった保育園をお借りして、 集まったそれぞれの状況を語る。
シングル、と一言でいっても状況もここに至る経緯もさまざま。
集まったのはみなシングルマザーで、それぞれの大変さは多くの言葉を使わなくても容易に想像がつく。
それでも前向きに暮らしているのは、それなりに人とのつながりがあったから。
これからは、わたしたちだけではなく、もっと広くつながっていき、血縁や地縁によらないで気持ちで結ばれる「家族」にかわる関係をつくっていきたいね、そんな話をしました。