酒場の愚痴:中年の男

明日は土曜日。いつもの酒場にて。繁華街の裏通り。
カウンター端の席。明るすぎない照明。音楽なし。しゃべらないマスター。
いつもの慣れたバーボンのロックを傾ける私。客は私の他に一人だけ。

身なりのよくない中年の男がいる…。


お? 一杯おごってくれるんかい? こりゃあ…嬉しいねえ…。こんなことがあるからこういうとこに来んのはやめらんねえな。

……

俺はよ、小さい頃は頭よかったんだぜ。
…信じてねえな? まあ、そうだろうな、今じゃこんなボロっちいの着てよ。いつもは安い酒場で呑んだくれてんだからよ。こんなとこ来るのも久しぶりだあな。今日はちっとばかし銭が入ってな。
これでも大学なんてのに行ってたんだぜ? 高校じゃあそれこそ学年トップの秀才様、ってやつでよ。

どこでどう間違ったんだか。
まあ、大学もよ、途中で辞めちまったから何とも、な。
そんなことはどうでもいいんだけどよ、後悔なんかしてねえから。本当だぜ?
でもよ、大学ってのは不思議なところだよな。今になるとなおさらそう思うぜ。
俺なんかよ、こうやって日銭稼いでるけどよ、なんかでぽろっと「大学行っててよ」とか言ってしまうんだな。それだけで周りの奴らの態度が変わっちまう。
…別によ、高校まで、とか中学しか…ったってどっこも何にも変わんねえってのに。なあ?

履歴書なんかにもよ…仕方ねえから書くんだ、これが。「大学中退」ってよ。たいしたこともねえ大学なのによ。都会ならどんな奴にも相手にもされねえとこだぜ。
それがよ、行くとこ行ったら感心されんだ。変だぜ? そう思わねえか?
中には「ここは君が満足できるような職場じゃないよ?」なんて、物の分かりきったような顔で言いやがる。
へ、こっちは銭が目的で来たんだ。満足とかそういう問題じゃねえ。本当は「大学中退」なんか書きたくねえんだ、こっちは。それに追い討ちかけるようなこと言うなっての。

就職? 知らねえよ。今喰って呑めるだけありゃいいんだ。同級生の奴らなんかもう知らねえよ。それこそ満足できるいいとこに就職してんだろうな、今頃はよ。俺くらいの年の頃ならガキの一人や二人いたっておかしくねえ。
それに比べたら俺なんかな…幸せな方よ。

うっとうしいだけだろ? ガキなんて。
俺は、そういう…なんて言うかな、うるせえのが嫌いなんだ。だから今でも独りだ。
気楽だしな。

さびしくねえかって…?
そりゃさびしい時もあるわな。でもよ、独りの気楽さを手に入れちまったんだぜ。それくらい我慢しねえとな。そりゃ、欲張り過ぎってもんだ。いくつもいくつも抱えこんじまうなんてのは、よ。
なんだっけ、「なんであんなのと一緒になったんだい?」「だって、寒いんだもん…」だっけ?
そんなセリフをどっかで聞いたけどよ…ま、寒かったら自分でどうにかするんだね、ってなとこだ。それが独りの醍醐味ってやつだ。
…それでも駄目なら誰かとくっついちまえばいい。それだけのことだろ? どっちか選ばねえとな。そんなに抱え込んだら動けなくなっちまうからよ。

だから俺は、独りがいいね。そもそも俺なんか生まれて来なかった方が良かったのかも知れねえけど、よ。

……

…んじゃ俺、そろそろ帰るわ。明日もあるしな。ごっそさん、お愛想、たのまあ。


私もグラスを空けて、帰ることにする。命の一杯。
「ありがとうございました」
マスターの唯一の言葉を背にして。


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Materials: 幻影素材工房, 篝火幻灯, 信天庵


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