神の存在証明の続き

私の人工世界論において神という概念は、遠い昔に生じた存在ではなく、無限時間後の遠い未来に生じた合理的な超知的生命体である。従って今はその無限時間後よりさらに未来であり、SFなどで見られる未来表現の究極の形が現世界=人工宇宙である。つまり我々は遠過去人ではなく、遠未来人だったわけだが―当然ながらこの世界は遠未来人の生活に都合よく創られているし、遠未来でなければ不可能な不自然極まりない嗜好品が大量に設定されている。次の四つの証明は、このような観点から、直感的にこの世界が人工世界であることを認識できるだろう。

進化論に従えば、生とは弱肉強食の闘いであり、適者生存がすべてであり、それに必要なものだけが残ることになっている。例えば目、耳、鼻は獲物を獲るためにあり、それ以外なんのためでもなく、必要なければ消滅さえするのである(例えば光のない洞窟に住む生物など目が退化してなくなってしまう)。すべて生命の形は獲物を獲るため合理的な形をしており、無駄なものは一切機能として獲得されていない。これは物理法則にも当て嵌まることで、電磁気学も相対性理論も量子力学も全く無駄がない。存在論的に弱い形式のものは強い形式のものに占める空間を奪われるわけだから当然である。ということは、これらの論理はむろん意識質感−学問的にいえばクオリア−にも当て嵌まるはずである。なるほど色質は獲物を捕らえるために必要だし、音は周囲環境の探知のため、嗅質、味質は獲物が食べられるか食べられないかを判断するため必要不可欠であり、これらすべては生物史において何度となく使用された意識質感であろう。当然生存の原理は意識質感にも当て嵌まるわけだから、生存に奉仕しない意識質感は設定されずに消滅してしまうはずである、数億年に渡って一度も使用されない意識質感が弱肉強食の原理のみで生じた生物に設定され続けるというのはあまりに不可解である。進化論に従えば、これは人間にも当て嵌まるわけだから、生に奉仕しない質感は一切ないはずである。合理主義者はここでまた声優を登場させざるを得ない。アニメ絵の娯楽全般で使用される声優のアニメ声質感なるものは、一度でも聴けば分かることだが、100%生存と無関係であり、地球の歴史46億年に渡ってただの一度も現界しなかったはずである。100%生存と無関係な質感が46億年の間一度も使用されなかったのに、全く唐突に脳内に現界できるというのはあまりに不可解である。例えば新元素を創ることはできるが、そんな簡単にできるものではなく、科学者が集まって設備を整え何度も実験し、ようやく非常に不安定な形でかろうじて短い時間だけ新元素を生み出せるのである。にもかかわらず、何の努力も実験もなく、すさまじい安定性を以って、今まで一度も脳内に現界しなかった新質感が、唐突に発生することができるというのは不可解すぎるのである。これを合理的に説明できるのは人工世界論以外ない 神の証明9。

我々の世界は主観的に最適な速度で進行しているが、別に宇宙が質感上のそれらしさに合わせて進行速度を調整しなければならないという義務はないから、宇宙における物質が質感の最適なそれらしい速度を超えて運動したり、それらしい速度より非常に遅れて運動することが可能である。そうなれば、はや送りかもしくはコマ送りのような主観世界に住むようになる。宇宙が質感者にとって絶対的に最適な値で物質を運動させなければならないという義務はないから、何にせよ、不自然に速い感じか、遅い感じの主観世界に住むことになる。しかしこの世界はそうなっていない。都合よく質感上のそれらしさが最適に展開できる速度で宇宙が進行してくれるというのはあまりに不可解であるから、この世界は質感者に合わせて意図的に宇宙の進行速度が設定されている世界―つまり人工世界であることが証明される 神の証明10。

色質感には無条件に伴う温度感なるものがあり、赤色系は暖かく感じ、青色系は涼しく感じ、その中間に位置する緑には温感がない。これは経験的なものではなく、ア・プリオリなものである、つまり、質感者は色に対して無条件にそう感じるのである(痛みが痛みとしてでなく別のものとして感じることができないのと同じである、質感者は痛み質感が心地よいと感じることは無条件にできない)。これは存在論的なものであり、人どころか神ですら逆らえない、従って神=基底現実人はそうゆう要請に従って世界を創造せざるを得ない。火と人の血と植物と空と海は因果律的にいって全く無関係であり、並列的な関係になってない。植物と火は何の縁もないし、人の血と空の間に何の繋がりもない、これは直感的にいって当然認められることであろう。この宇宙がわざわざ質感上の無条件なそれらしさに合わせて世界を流出させる義務はないから、空はどんな色(光の反射波長)でもよく、植物は何だっていいし、火が赤色でなければならないという要請はどこにもない。従ってもしこの宇宙が基底現実であるならば、それぞれがまるで他の存在を気遣うかのように的確な比で並び、都合よく熱い太陽や火が赤色系で、温かみのある人間の血が赤で、空と海が涼しげに青系で、植物が質感的に鬱陶しくないように緑に成るなどということは決して起こらない。当然質感者を無視してそれぞれが独自に光の波長を偶然的に設定するから、例えば空は不気味に赤黒く、海は黄色く、太陽は紫に、火は青に、植物は鬱陶しいピンクに、人間の血は気色悪く黄緑色に−という風になる。従って生まれた子供はいきなり泣き崩れることになる(雪は温感論に含まれないが、もし雪が白でない世界というものを想像すれば、どうなるかというと−雪が積もると非常にうるさく重々しい質感印象の世界になってしまう、従って雪は白でなければならない)。しかしこの世界はそうなってない、凄まじい正確さで色質の無条件なそれらしさに合わせて光の波長が設定されるということが全くの偶然に起こるということはないから、これは意図的なものであり、人工世界であることが証明される(大抵の調整論は宇宙が合理的であることを示すだけで何の意味もないが、これだけは例外で、空間的に全く離れている別々の存在性が質感論によって統合的に扱われている、というのはあまりに反自然的。人間と海と空と植物と火と太陽が連携を組んで物理法則を決定するなどというのは不自然さを直感に徹底的に訴える。これは決定的証明で、基底現実説の弁護は不可能である) 神の証明11。

 質感的に自然に見える背景色の組み合わせは今現在使用されている色合いだけであり、無限時間経過しても変更されることはない。質感的に自然に見える知的生命体の姿は人間形態しか存在せず、無限時間経過しても変更されることはない(脳容量は顔面に傾斜がつかないよう最適な値になっている−例えばアニメ絵は顎と額が平行でなければ成立しない−もしこれより少なかったり多かったりすれば顔面に傾斜がつき、質感的にいかにも気色悪い人相になってしまう)。ということは、背景色と人間形態は無限時間後でも同じ形態を採るということになる。となれば当然今ある形態は無限時間後と全く同じ形態ということになる。無限時間後と同じ形態になっているということは、必然的にすでに今が無限時間後であるという推論を導く。従って今は無限時間後であり、無限の科学的発展を遂げた後の世界−人工世界であることが証明される 神の証明12。神の存在証明終了。


 
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