岡津古久城山(津古久峠)


岡津古久城山東面の遠景   概念図
場所  厚木市岡津古久
別名  ー
比高  20mあまり
形式  丘城
遺構  郭・堀切
残存  ほぼ完存か

 伊勢原市の国246号を厚木方面に向かい、市役所入口信号を左折して県道63号に入り、東名のガード下の川上松信号で右折して東名の側道の次の信号を左折して1.5kmほどで津古久峠に着く。その先は、概念図を参考にしてください。
駐車場
 路駐となりますが、交通量が少ないので端に寄せておけば問題ないようです。
訪城  2007.1.28
参考文献 日本城郭大系 

 築城時期、城主等は、詳細不明です。城郭大系では、「根古屋形式のミニ版といった印象が強い。室町時代の小豪族のもっとも素朴な城郭形式と考えられる」としている。東面したの所有者の方は、昔から「城山」と呼んでいたとおっしゃていられました。

   津古久峠の北東500mほどにあります。この辺の丘陵は、複雑な尾根と谷あいが交差して複雑な地形です。
 津古久峠の街道は、中世には小田原と八王子を結ぶ軍用道であったようで、伊勢原の糟屋館や七沢の七沢城との連絡道としても扇谷上杉氏や後北条氏の重要な道の一つであったと思われる。当時の街道の道筋がよく分かりませんが、当城が峠・街道監視の砦とも思えますし、村の城とも考えられます。
 城址は、尾根先に3つほどの平場があり、背後を堀切で区切る小規模なものです。
 道路から直登できますが、東面の民家の方の所有地ですので断って登城されたほうがよいです。
 稲荷社のあるところから登ると、直ぐに2の郭に着きます。その右手にも平場があります。高1mほどの上の郭は、主郭と思われ、比較的に広いです。背後は、上巾6m深さ3mほどの堀切があります。その先は平場ですが、畑に使われていたようで、堀切までが城域のようです。1の郭や堀切は竹薮に覆われて余り視界はよくありませんが、城址としての遺構は確認できよく残っています。城郭大系は、室町期としていますが、戦国期まで使われていたのではないかと思われます。
 素朴な山城として訪れるにとてもいい城址です。

登り口の稲荷社

2郭から1郭を見る

1郭背後の堀切

津古久峠
小田原北条時代は小田原と八王子を結ぶ軍用道で、江戸時代には大山参詣の道となの、ここにお茶屋があった。
                                                         石碑の説明より


津古久峠 茶屋跡

茶屋跡遠景

街道ーハイキングコースになっている

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