徒然なる戯言/下半期ダイジェスト

かなり前になるが、この日報を始めるにあたって『何時まで続くか…』等と書き出していたが、案の定、今 年(もうすぐ去年になるが…)8月以降ズボラになってしまい、とうとう4ヶ月余り何も書きこみしない事態 になってしまった。さすがにこれではまずすぎるので、なんとか今日中は無茶かもしれないが今度の三ヶ日 中を目途にダイジェスト版で書きこみする予定である。
実際の所、8・9月はそれほどでもなかったのだが、10月以降は急にばたばたし出してしまい、おまけにこ の未更新継続という異常事態に危機感を感じ出した11月以降になると精神的にHP更新どころでなくなって しまったのが実際の所である。
…ま、何を言ったところで言い訳にしかならないのは事実だからこれ以上は書かないが、年が変わってから は、気を引き締めなおしてHP運営にあたらねば…。

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8月

珍しく月の頭に夏休みがとれたが、何がなんやら訳わからないうちに終えてしまい(国内完乗のタイトルを維 持していたからという面も無きにしもあらずだが)、代わりに翌年春のダイヤ改定で電化する小浜線で列車代 行バスが走るのでそれに興味をそそられて乗りに行ったくらいだった…。

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9月

そろそろ12月に開業する東北新幹線・盛岡〜八戸間のプランニングをし始めるが、以前の日報にも書いたよ うにJR埼京線との相互乗入れを行なう臨海高速線の開業日も新幹線と同じ日(12月1日)に決まったが、当 初は開業日に乗るつもりはさらさら無かった…。
所が、月半ばに全日空が“1日一万円で乗り放題”というとんでもないチケットの発売を決定。おまけにそ の適用日が12月1日から…。使うのは飛行機ファンが大半だろうが、『今回はマジで鉄道ファンに使ってく れってか?』と邪推してしまった(それ以前に職場でもちょっと話題になったが…)。

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10月

初日は東北新幹線開業に伴う“1日一万円乗り放題”チケットゲットのための予約をネットにて入力(これを したいが為に全日空のマイレージ倶楽部にも入会した)、半ばのハッピーマンデーを使って(関係無いが今回 は奇しくも“鉄道の日”が祝日になった)夏に行けなかった東北線の盛岡〜八戸間を含めた小旅行に出た。こ の旅立ちはGW以来の“サンライズ”だったが妙なアクシデント(?)があった。
費用節減の為に今回は“ノビノビ座席”で、私の席の両側に親子連れ(母親は70代、子供は40代)が乗ってき た。『いくらなんでもこれはマズいのでは』と思った私は、車掌さんが検札に見えたらどちらかにできない か聞こうとしていたが、その前に相手方からそのお願いがあった。そのつもりだった私は二つ返事で了解、 席を移動し、程なく現れた車掌にもその旨了解を得た。翌朝藤沢あたりで見たホリデー快速に横浜で急遽乗 りかえる事にした私に母親から丁寧なお礼と差し入れを戴いた。
その後は順調で(連休初日だからだろうが、当初乗る予定にしていた“やまびこ+こまち”は八戸延長対応車 両だったが、凄まじい混雑故に大宮で下車、後続の“Maxカモノハシやまびこ”に切り替えた)、帰路は11 月限りで廃止になるブルトレ“はくつる”のA寝台個室を大奮発!元々は今は亡き元祖ブルトレ“あさかぜ” に使用していたもので、寝台特急としては最古参の個室寝台だった。おまけに三島〜京都間は奮発ついでに 新幹線のグリーン個室を利用!エグゼクティブ気分を満喫した。…とは言うものの、月末に開業した国内最 短鉄道・芝山鉄道はしばらくほったらかしとなり、新幹線八戸開業とリンクさせる予定とした。

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11月

この月の前半は毎年恒例の年賀はがき発売でバタバタしていた。その一方で、前年出せなかったから、と言 うわけでもないが、『どういうデザインにしたろかな?』と私自身の年賀はがきのネタをぼちぼち考えてい た。
…所がである。17日の夕方に1本の電話が入り、『叔父が急死した』との一報がきた。前年同様母方の叔父 で、しかもかつては旧国鉄〜のと鉄と保線関連の職務を勤め(“鉄論”ののと鉄コーナーに記載)、ここ数年 はJR系の建設会社に勤務していたが、秋口から原因不明の発熱(持病の糖尿病関連とは思うが…)で入院し ていたとの事。10月終わりには動脈瘤が破裂してしまい、この時ばかりは覚悟はできていたらしいが、奇跡 的に助かったのだが…。
正直な所、最近小康状態とは言え、一時期多発していた医療過誤ではないか?と憤慨しているし、正直釈然 としないのだが、当事者サイドが納得しているのでこれ以上は書く必要は無い。ただ今回のような事態を再 発させるなとだけ言っておきたい。
ただ、この叔父の葬儀は本当に豪勢で、夜行日帰りで駆けつけたが、式場となった家には大量の花輪が掲げ られ、弔電も県政財界を始め、JRや本場所中の阿武松部屋(一応地元の後援会長やっていたらしい)等から も来ていた。ま、私はと言えば直接の関連は無いのだろうが、鉄道趣味に走る基礎だったのかも知れないの で、12月予定の鉄道検定最終回に『一位を狙う』と公言してしまった。
月末。どうにか段取りがつき、その日の高速夜行バス“ニュードリーム号”で東京・新宿へ、新幹線等の初 乗りに出発した。

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12月

前夜出発した“ニュードリーム号”は予定よりも30分近く早着、おかげさまでかなり余裕を持って行動がと れ(きっぷの引換など)、これから乗る埼京線から新規開業の臨海線・モノレール線もこれ一枚で対応できる 事から、JR東日本が採用しているICカード“Suica”を購入した。おまけにこのカード、これまで の“スルKan”や“Jスルー”、“イオカード”等と異なり改札機にかざすだけでチェックできるという 優れもの。見た目はキャッシュカードやクレジットカードみたいでこれまでの前出のカードとはちと違う感 じがした(月半ばにJR西日本も同様のICカード“ICOCA”の投入を発表した)。
私が乗ったのは埼京線からの直通始発で、先頭車はファンで人だかりがしていたが、2両目以降はそれほど ではなく、ゆったりした気分で乗れた。その後、東京モノレール経由で羽田まで行き全日空機青森行きに搭 乗、今までと違い窓際の席をとれたので眺めていると地図で見られた風景が…。機内誌で確認すると大曲か ら秋田、男鹿半島方面の眺めだった。無事到着した私は連絡バスで青森市内まで行き、そのまま青森から八 戸行きの特急“つがる”に乗車する。車両の外見こそ今風の小奇麗な車両だが、その名に懐かしい物を感じ た。何しろかつては上野から新庄・秋田方面へ唯一の優等列車で“出世列車”の異名もあったが、特急や新 幹線の時代になると落ちぶれてしまい、ついには尻切れとんぼ気味に消滅してしまった。
その後、盛岡まで東北新幹線延長区間の初乗りとなるが、全般的に山陽新幹線新大阪〜西明石間並のトンネ ル連続区間。盛岡手前では今まで在来線から眺めるだけだった途中で切れた高架橋を通って到着。更に急ぎ 足で新幹線開業と引換に転換された第三セクター・IGRいわて銀河鉄道+青い森鉄道の乗車に移り、こち らも時刻表の見すぎが末の余裕の無いプランに後ろ足を引きずりづつ2度目の八戸から今度は一気に仙台ま で行く。この時に乗ったのが八戸〜盛岡ノンストップ便で、盛岡〜仙台間もノンストップになる関係で結局 八戸〜仙台間は僅か一時間半程度!昔は夜行列車が設定されていてもおかしくない区間−10年ほど昔に臨時 夜行急行の“津軽”に乗ったときは夜明けの福島で東北線廻りの臨時夜行“八甲田”と併結された−が、こ れほどスピードアップされたとは空恐ろしいものを感じてしまう。
仙台空港はJR館腰駅からアクセスバスが出ているが、数年後にはアクセス鉄道が建設される予定で、これ が開業するとまた乗りに行かなくてはならなくなる。仙台空港ターミナルビルは最近できたのか不明だが、 一見関空ターミナルビルやJR秋田駅コンコースに近いモノを感じた。ただ、乗った飛行機は途中で気流帯 に入ったらしくガタガタ執拗に揺れ、冗談抜きで生きた心地がしなかった。
この月は途中で父が2週間の検査入院となり、私自身も余り無茶な行動は取り辛くなり、結局この時に乗り 残した芝山鉄道は年も押迫った最終の土・日にかけて往復した。これで同線開業以降の2ヶ月余りにわたる 国内鉄道完乗のタイトル返上状態は解消、すっきりした思いで年を越せそうである。

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