徒然なる戯言/2003年3月

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3月24日【本日の宮脇作品・台湾鉄路千公里】

今日は鉄道系のニュースで結構面白いモノが二つあった。
まずは今年4月で京阪電車の大阪側始発駅が開業以来の天満橋から淀屋橋へ延長されて40周年となるのだが、 それを記念して当時の特急車輌(現在は一般車に格下げ済み)が当時のカラー(とは言っても現在の特急カラー になるだけだが…)に復活させて1年ほど走らせるとの事。私自身、京阪電車との付き合いはかなり長いのだ が、実はこの車輌には一般車になってから付き合いをはじめたので当時の様子はまったく知らない。とはい え、これからしばらくは河内磐船でも京阪特急が見られるのかと思うと結構楽しみではある。
もう一つはUSJのアクセス電車のうち、1本のカラーが小学生時分にたまに見ていたアメリカ製のTV番 組“セサミストリート”をモチーフにしたカラーに塗り替えられるとの事だが、この元々の車輌、当初から 私達ファンには『JR東日本から何かイチャモンつけられそやな』と言われていたが、この理由がベースカ ラーがMaxカモノハシことE4系新幹線とほぼ同じからだが、もしかするとこのカラー変更もそれが理由 だったりして(それはないやろォ…)。

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3月23日【本日の宮脇作品・駅は見ている(文庫版)】

今回の連休、当初はいろいろと楽しみがあったが、自分の不注意からそれをオシャカにしてしまった。自業 自得と言っちゃあまりに見も蓋もない話だし、加えて大分体調(足の具合)も良くなってきた事からリハビリ がてらに日帰りのミニ旅行に出る。目的は先週のダイヤ改正で電化された小浜線。
四条畷で快速、尼崎で新快速に接続よく乗り継ぐが、やはり足の絡みも合って、姫路での播但線電車との乗 り継ぎはかなりギリギリになってしまい、足に鈍い痛みを感じながらも間に合った。
『こりゃ食いっぱぐれの旅になるんか?』と覚悟を決めかけていたら、和田山で駅弁を売っており、速攻で 購入、これまた接続のよい福知山行き鈍行に乗換える。福知山からは東舞鶴行きの鈍行に乗るのだが、その 前に園部行きがあり、石原か高津かで降りる事を決め、結局は高津で降りた。
これが大正解!今の足の状況もさる事ながら、近辺の伸びやかな雰囲気がこちらの気持ちまでのびのびとさ せる。ホームも京都側が嵩上げされて今主体で走っている電車に対応できるタイプなのだが、福知山側は旧 態前とした感じで、思わず20年前を思い出した。
先月の“戯言”にも書いたのだが、丁度20年前のこの月、高校合格を記念して父方の田舎・広島へ向かった のだが、この時に使ったのが京都発の夜行鈍行“山陰号”。この高津駅は通過してるが、当時の山陰線の主 役だった旧型客車列車も何本かはこの駅に停車しており、恐らくその当時の名残ではなかろうか…。
さらに乗り継いだのは東舞鶴行き鈍行。小奇麗な車輌だが、地元の人には甚だ申し訳ないが、どうも山陰に は不釣合いと言うのか…。西舞鶴から先の区間は20年前の夏に乗車しているが、西舞鶴駅のガラス張りの橋 上駅にしろ、東舞鶴駅の機能的な高架駅にしろちょっとついて行けない。
その極致が東舞鶴で乗り継いだ小浜線の鈍行電車。ぱっと見ると関空快速そのまま。初乗車が敦賀からの客 車列車で、その後何回か乗ったときも急行用気動車で旅情満々の区間である(はずだった…)。それがいきな りこんな綺麗な車輌になっては思わず戸惑うのは言う間でもない。加えてトンネルや踏切で鳴らす警笛は学 研都市線の電車と一緒のメロディ(当たり前なのだが…)。満員の利用客につり革につかまっていた私は思わ ず『ここどこやねん?何線や?』とぼやく事しきりだった。
敦賀から米原の間は鈍行でも行けるが敢えて名古屋行き特急“しらさぎ”を使う。今回の改正で“サンダー バード”タイプの車輌がこの列車にも投入されるとの事だが、うまい具合に私の乗る列車は“サンダバ”置 換え列車で、おまけに連休最終日もあってか全盛時を彷彿とさせる11両編成。うろうろしていた車掌はJR 東海のそれで、『おーお、まだ戸惑ってるのか?』と思わず笑みをこぼすが、その戸惑いを露呈させたのが 長浜直前のデッドセクション。JR化以降に投入された“サンダバ”やJR東日本の“ダブルひたち”等は 室内灯が消えないはずなのに『間もなく電源切り替えの為に電灯が消えます』と放送。呆気にとられて『あ〜 あ、まだ慣れてないのかいな…』と呆れてしまった。

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3月19日【本日の宮脇作品・汽車旅12ヶ月】

寝てる分にはそれほど痛みはないのだが、立ち上がるとどうしても痛みが走る。そこで、急遽朝出勤前に近 くの接骨医に立ち寄る。案の定、軽い肉離れとの診断を受け、その場で電気治療とマッサージを受け、右足 下半分をガッチガチにテーピングされる。それでも大分痛みも気分的にマシになる。が、やはり無茶を禁じ られ、仕方なくバス待ちの津田で今回の旅行の為に購入していた“サンライズ”の寝台券をキャンセルする。 手数料を320円引かれた上で戻ってくるが、キャンセルがもう一日後ならば一気に料金の3割になる。これで もキャンセルできたら御の字でキャンセルできなかったら料金が丸々JRの儲け(表現は悪いが…)になる。

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3月18日【本日の宮脇作品・終着駅は始発駅】

と、まあ↓ではノー天気な事を書いていて、事実、この連休のプランニングをいろいろとやっていたが、こ の日の帰路、ちょっとのっぴきならない展開になってしまった。
例によって、JTB時刻表購入のため、わざわざ守口市経由としたが、京橋から快速、そして住道で普通に 乗り継ごうとしてちょっとホームを駆けたら身体の中から『ビシッ!』と音が聞こえ、右足の脹脛の辺りが 極めて痛くなった。『こいつァ足が攣ったにしては妙やぞ』と感じた。無論、この段階でこの週末の旅はキャ ンセルする事の腹積もりはしていたが…。

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3月13日【本日の宮脇作品・時刻表おくのほそ道】

どうにか上っ面だけは完全回復した模様である。しかしながら、何の気なしにふと精神的に虚無感が沸いて くることが未だままある。言わずと知れた“宮脇ショック”である。
一方、世間的にはこの週は3月にもかかわらず妙にクソ寒かったが、何かしかと動き出している模様で、あ の『時刻表2万キロ』にて宮脇先生が国鉄(当時)完乗を達成した現在のわたらせ渓谷鐵道間藤駅(当時は国鉄 足尾線)に追悼ノートを置いたとのこと。当初はこの話、“2ちゃん”で出ていたのでてっきり『どこぞのオ タファンが勝手に置いてるのだろうな』とちとさめた感じで見ていたが、どうやら会社側が公式に置いた模 様である。その事実に若干の驚きと共に暖かいものを感じたのはやはりファンだからだろうか?
さて、ここからは私の個人的な考えになるが、有名な作家になると死後も記念館ができ、この近所では司馬 遼太郎さんの記念館が東大阪の小阪近辺にある。この調子だとマジで“宮脇記念館”なんてのもできかねな い勢いではあるが、今の所本命が上記の間藤、対抗は終戦の詔を拝聴したと言う米坂線(フラワー長井線もあ り)今泉、穴が某T芝の了解を得られた際の海芝浦ではなかろうか?(なんて暇な事を考えているのやら…)
それでも今度の連休は上京して半蔵門線の延長開業区間に乗るつもりだが、何とか算段して間藤まで行かな いといかんかも?
そういや肝心な事忘れてた!今日は青函トンネルが開業して満15周年やないか!

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3月9日【本日の宮脇作品・旅の終りは個室寝台車】

今日は宮脇先生追悼企画第1弾として、“終着駅へ行ってきます・2003”と称したミニ旅行に出た。詳しく はそれ用の専用ページを立ち上げるのでそちらを参照してもらえればよいが、何よりも関西線(大和路線)に 乗るのがマジで数年ぶりだったのに乗っているうちに気づいた。正確には去年の1月に木津〜王寺間は乗っ ているので天王寺〜王寺間の話ではあるが…。
目的駅はJR東西線開業と同時に使命を終えた片町駅だったが、敢えてその後釜となった大阪城北詰駅とし た。全てを終えて北詰駅のコンコースに立つと、これまたここで降りるのが開業直後以来だったのに気付き、 かなり偏った旅を続けているなと今更ながらほとほと実感する。
その後、歩いてJR京橋駅に接続しているダイエーに行き、何の気なしに視線を向けた書籍に宮脇先生の名 前が…。サラリと読みとおすとファンタジーミステリー風の作品ではあるが、妙にそそられたのは言うまで もない。

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3月6日【本日の宮脇作品・終着駅へ行ってきます】

今日はダイヤ改正…と言ってもJRではなく、近鉄電車だが、今回の改正ではいろいろと見所があるが、何 と言っても名阪ノンストップ特急・アーバンライナーに待望の後継車・Nextがデビューした。デビュー から15年が経過してオリジナル・アーバンのリフレッシュを図るための予備車両的な扱いのようだが、やは りいずれ迎えるだろう乗車が楽しみではある。
一方、学研都市線でもボチボチICカード・ICOKA投入に対応した様々な準備作業が行なわれているが、 忍ヶ丘駅でも1台の券売機が対応タイプに切り替えられていた。
話は変わるが、先日京阪電車に乗ると京阪6000系電車がデビューから20年とのことで記念カードは出るわ、 サイコロ風の記念ロゴ(?)のついたヘッドマークがあるわでかなり力の入った模様である。
今回ここに挙げた車両は奇しくもデビューを知ったその時から『こいつはよほどのことがない限りブルーリ ボン(若しくはローレル)賞を取るだろう』と確信していた両車輌であるので、妙に感慨深いし、自分的に好 きな車輌達でもある。
さて、月初め早々からつらい話が続いたが、落ちこんでばかりもいてはおれなく、月後半には東京と名古屋 で新路線が相次いで開業する。名古屋の方は月末(年度末というべきか?)のクソ忙しくなる時期なので、何 とか4月前半にまで乗れたら御の字だろうが、東京の方は連休(21日〜23日)前開業と言う事もあってこの連 休に行く予定にしている。

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3月4日【本日の宮脇作品・私の途中下車人生】

ようやく“宮脇ショック”から立ち直りつつあるのだが…。
それにしてもやはり鉄道趣味会の衝撃はかなりあったようで、私がよく立ち寄るニフティの汽車旅フォーラ ムではトップで追悼表記がされ、おまけにそれ用のスレッドが立っているし、極め付けは件の“2ちゃんね る”。こんな言い方したら語弊はあるが、人の悪口と足の引っ張り合いしかないな所があるが、今回の件に 関しては完璧に追悼モードに入っている。無論、皮肉モードの参加者もいないわけではないが、即“逝って よし”と返答が帰ってきている。
おまけに妙に私の琴線に触れるネタが多すぎるので、涙ぐむ事もしばしば…。まさか“2ちゃん”でこんな 事になるとは思っていなかったし、言い替えるとそれだけファンに愛されていた証拠ではなかろうか…。

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3月3日【本日の宮脇作品・時刻表2万キロ】

いよいよ3月。世間的にはお水取りやらダイヤ改正やらで春の兆しがあちこちで聞こえてきそうである。し かしながら、あまり相応しくはないのだが、月の最初から大変残念な報告をせねばならない。
『時刻表2万キロ』や『最長片道切符の旅』等、鉄道紀行作家として活躍され、“鉄道完乗”をメジャーに なさしめた宮脇俊三さんが先月26日に亡くなられたとのこと。年齢的には76歳と不満はないのだが、ここ数 年は“廃線跡巡り”とやらに熱中し、ちょっと私的には『どうかな?』とは思っていたものの、単なる車輌 好きだった私を鉄道ファンとして筋金入りに導いた“心の師匠”でもある。
ここでは功績をどうこう言うつもりはないし、今更何を言っても知っている人にはくどくなるのであまり言 わないが、鉄道ファンなら誰もがその功績は認めざるを得ないのではないだろうか?
皮肉にも、今読売新聞の土曜夕刊に掲載されている“人間列島”が、先週まで3週にわたって出身地の埼玉 県が掲載、2週目(22日)に登場していたが、もしもう1週遅かったら間に合わなかった所である。
今はただお悔やみを申し上げるのみである。合掌
追伸…今月の“戯言”はちょっと趣向を変更して“本日のお気に入り”を“本日の宮脇作品”とする予定で す(1ヶ月もつか?)。

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