1)コミック・アニメ篇
まあ、正味な話『押忍!!空手部』にハマった、と言ってもこの作品が始まっ
たのは1985年。それまでは『宇宙戦艦ヤマト』が好きな作品だったが、(当
時から)この丁度2年前に『…完結篇』が公開されて一応は終了した。が、この当時から復活の構想が噂され
ていて、一時は敵キャラサイドからのストーリーがOVAの形で持ちあがったらしい。しかし、噂は所詮噂
に過ぎず、90年代になって突如OVAとして公開されたのはタイトルに 『YAMATO』の文字は入ってい
るがこれまでの『ヤマト』との直接の繋がりはなかった。しかし未だにもめているらしいが、版権がプロデュ
ーサーのN氏から松本零士に移った関係で、松本氏のコミック作品(『銀河鉄道999』)にも登場するなど、
これからの動きが楽しみな段階で本格的に『ヤマト』のコミック連載が開始!2000年末の総集編に続いて、
2001年2月には待望のコミックス第1巻が発売された。
一方、『ヤマト』第1作が公開されたのは更に遡る事1974年秋。この年の春にはエポックメイキング的なア
ニメが始まったが、それがこれから紹介する『ゲッターロボ』である。作者
は当時既に『デビルマン』や『マジンガーZ』で人気を博していた永井豪と、彼のアシスタントから一人立
ちを果たした石川賢の合作(微妙な表現だが、メインは石川賢の方との事)。先述の『ヤマト』が当時諸般の
理由で1年間放映の予定が半年に短縮されたのに比べて(放映時間帯が日曜夜7時半で、その裏番組が『アル
プスの少女ハイジ』だったため。これ以降、この時間帯にアニメは設定されなくなった)、途中で主役キャラ
の一人が戦死、主役メカ共々交代するという斬新な展開で結局2年間続いた。これなら再三再放送されたと
思いきや、私が知っている範囲でも3、4回しかされていなかった。この展開に『意外と人気がなかったの
では?』と感じ、ますます『ヤマト』に、『ヤマト』完結後はしばらくして『空手部』に傾倒していった…。
ところが、妙な所で見かけた雑誌に『ゲッターロボ(號)』の見出し。思わず
立ち読みするとオリジナル『ゲッター』のキャラがいきなり出演しており、その後は連載を見届けていた。
同時期にTVでも放映されたが、当時の家ではその放送局の電波は入らなかったから見ることができなかっ
た。TV終了と共に一気にコミックの方はヒートアップ、オリジナル『ゲッター』キャラクターは出てくる
わ、『凡てを完結させんが為に』設定された『真ゲッター』が出てくるわで、凄まじい勢いで『ジェットコー
スター』状態で完結。ところが同じ頃にリリースされたゲームソフトに『ゲッター』が出てきたために一気
に人気が再燃、一昨年(1998年)にはOVAがリリースされた。加えて奇しくも『ヤマト』&『ゲッター』共々
昨年(1999年)にオリジナルゲームソフトが同じメーカーからリリースされた。
さて、ここまでは『空手部』以前にハマっていた作品だったが、ここからはごく最近の作品が多くなる−もっ
とも『ヤマト』は『新宇宙戦艦ヤマト』として、『ゲッター』は
『真ゲッターロボ』としてそれぞれここ数年内にリリースされているのだ
が−。それ以前にも他のコミック作品に目を通す事もあったが、それほど“ビビビッ(笑)”とくるものはな
かった。しかし、『空手部』にハマって以降は他のコミックを積極的に見ることも多くなり、自然、コミッ
クの保有冊数も激増(95年6月に調べたときは540冊保有)、それに輪をかけたのは過去の名作コミックの文
庫化で現在調査すれば1000冊に近い数字が出るのではなかろうか?まあ、鉄道系も雑誌だけで3種(鉄道ファ
ン・鉄道ジャーナル・JTB時刻表)と毎月購入しているし、どっこいどっこいの数字が出そうですけど…。
その中で初めて『空手部』以降に自分で意識したのは『おがみ松吾郎』であ
る。大学時代の数少ない友人から『空手部』に傾倒していた私に『こんな作品もあるぞ』とばかりに紹介さ
れたが、なるほど雰囲気がよく似ているな、と思った以上に、ストーリー展開が作者が途中でコメントして
いたように『学生時代の想い出をモチーフに描いている』との言葉に納得した。それに私の知っているコミッ
クでは珍しい事に時代の流れに忠実で、きっちり高校の3年間で作品が終了した。
約2年後に前述の如く小森まなみさんのラジオ番組に投稿を開始したが、この当時に流行ったのが89年夏に
公開されたスタジオジブリのアニメ映画『魔女の宅急便』で『主人公の女の
子(魔女の卵?)がほうきにまたがるが、股間は痛くないのか?』という非常に危ないネタが一つのコーナー
を形成、私も厳密な意味での回答にはならないが、『魔女は何でほうきにまたがるのか?』の観点からはが
きを出した所、小森さん曰く『魔女は豚とか火鉢にまたがっていたのか?』等という始末。加えて、マジで
豚にまたがったリスナーの体験記が数週後に紹介されるに至っては『見てない作品にコメントするのはおか
しいのでは?』との観点から早速鑑賞したのだが、実際に見たところまさに素晴らしい作品でかつて“さら
ば宇宙戦艦ヤマト”がマークした様々なアニメ作品の記録(当時)を更新したというのに納得できたし、作中
のセリフには自分が進むべき道を教えられた感がある。
『魔女の血か…いいね、あたしそういうの好きよ。(中略)神様か誰かがくれた力なんだよね、お陰で苦労も
するけどさ…』
この言葉は私自身、発表できる場所で、何回か書いているけど、この“魔女の血”というのは言い換えれば
個々の人間が持つそれぞれの“こだわり”だし、この“こだわり”は何人たりとも侵すことのできない、か
つなくしてはならないものだと言える。
その2年後、この頃はどういうわけか私の投稿が妙にツボにはまる事が多く、盛んに採用され、いつしか常
連扱いされていたが、当然そうなるとファンレターなんて物をもらう事も多くなったが、その第1号は岐阜
県大垣市の女の子からだが、彼女から紹介されたのが『帯をギュッとね!』
だった。タイトルから想像されるように柔道をモチーフにした漫画だったが、珍しく力感の薄い作品だった
が、逆にこれが現代風の軽快感を編み出していたのかもしれない。只それだけならばそこまでハマらなかっ
たと思うがこの作品の主人公の突き進み方が、『空手部』の高木とほとんど同じで、一度負けた相手にリタ
ーンマッチをするときなどは劇的な勝利をおさめる所などはまさにそっくりといっても言い過ぎではない。
そして、『帯ギュ』からの派生で知った本格野球コミック『Major』は
(現在の)私にとって今もっとも熱い作品である。
『帯ギュ』からの『Major』に代表されるように、派生でお気に入りに入るコミックも決して少なくな
く、やはり長く読みつづけていた関係からか『ヤングジャンプ』連載作品が圧倒的に多い。現役の(広島)ヤ
クザが何故か高校教師に転職(…)して、そのハチャメチャな暴れっぷりを描いた
『はいすくーる仁義』。不器用ながらも自分と敬愛する親分の為に奮闘する(元)ヤクザの姿を描いた
『ガードドック』。そして現在は続編『TOUGH』に移行したが、神戸
を舞台に武道家の親子の生き様を描く『高校鉄拳伝タフ』等など…。
…一度始まった連載は何はどうであれ、いずれは終る定めにあるもの…。『空手部』もその例外ではなく、
96年4月に完結したが、その2ヶ月後、ある鉄道旅行向け雑誌の読者投稿の一節を思い出した…。『けっこ
うしっかり鉄道も描かれており、注目作品だ』とあり、早速数日後、家の近くの本屋にその雑誌を立ち読み
した−実はその本屋は10年前に同じように『空手部』の確認に行ったことがある−。これがこの
『たびてつ友の会』との出会いだった。最初は単に読むだけだったが、出
会ってから程なく刊行されたコミックス1巻を確認した所、この年の2月に行った北海道旅行と見事にブッ
キングしており、おまけに同じ日の夜行列車に同乗しているとの事にはびっくりしたが…。そんなこんなで
物の見事にハマってしまい、作品の感想等の紹介するコーナーもあったのでそちらへの投稿をやりだした。
ただ、そのときに起用したネームがこの当時使用していたペンネームで、かつ『空手部』にも関連ある名前
(楠公 義志)なのは『空手部』に対するある種の仁義(笑)と取るのは勝手ではある。まあ、一度本名も半分
ばらされかけた事もあったし(10巻巻末にて…)。加えてこの『たびてつ』のお陰でこれまで知る機会のなかっ
た作品群と知り合えたのも云うまでもない事実である…。
その他の作品群に関しては“コミックびっくり箱”でいずれ紹介したいので、
その辺をよろしくお願いします…。
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この項、『Be Forever Osaka-Spirits 押忍!!空手部ス
カタン電車』(98年4月刊行)内、『後書きに代えて…俺のアニメ・漫画暦』を大幅加筆、修正。
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2)小説・エッセイ篇
こういう人間なので、多分鉄道紀行しか読まんだろうと言う人も多いだろうが、決してそんな事はない。確
かに鉄道紀行も読むけど一概にそればかりではない。
一番最初に読んだ小説と言うと井上ひさしの作品で、『ブンとフン』がその
中でも一番最初だった。うだつのあがらない三流小説家の書いた作品が大ヒット、加えて作中の主人公が世
間に飛び出して一騒動、と言うのがこの作品の大まかな流れで、最後は警察の厄介になるが、刑期を全うさ
せるため(その刑期曰く317年10ヶ月10日!)にその刑務所が超一流ホテル並にリニューアル、それを知った一
般民衆が刑務所に入りたいが為に一斉に犯罪を犯す、と言うところで物語が終る。
ただ、この作品は戯曲化された際に書かれた続編があり、正編でのひたすらに明るい雰囲気とは正反対に(特
に続編部分)どす黒い、やりきれなさが全編に漂っている。作者曰く『60年代の思想が70年代に大爆発を起こ
す』と正編の後書きで書いたもののその後の歴史の流れは正反対で『その反省の意味も含めて』書かれたと
の事。説得力は増したと思うのだが、小説(コミックもそうだが)にそんなものを求めてもどうしようもない。
その筋の人には評価が高いようだが、一読者としてはこの続編は失敗だったように思う。
その後、中学3年の頃だろうか、新聞か何かで井上ひさしの凄まじい長編小説が出て、かなり話題になって
いる、というのを見かけた事があるが、これが『吉里吉里人』で、確か初
めて買った小説の単行本がこれだったが、極めつけに重く、かつ分厚く、寝るときの枕にはもってこい(笑)
のものだった。加えて『日本国内の一寒村の分離独立』というにわかに信じがたい作品のテーマが世間一般
にも与えたインパクトは強すぎたらしく、小説と同じ名前の駅が岩手県の三陸海岸沿いにあったことから観
光客誘致を目指した『ミニ独立国家』がこの町を嚆矢にしてあちこちに出現、同時期に風雲吹き巻いた(旧)
国鉄の赤字ローカル線廃止問題にからめて“独立”させたところもあった。
ほぼ同時期に小松左京の作品にも引かれた、というよりもこれらの作品のうちショートショートと呼ばれる
その文字通りに短く、四コマ漫画同様の起承転結のメリハリの利いた作品群に興味をそそっていたと思える。
その中でも一番に興味を引いたのが『御先祖様万歳』で、100年前の写真に
当時走っているはずのない“こだま型車両”が写っている所から始まった江戸末期(1863〜64年か?)との並
行世界(パラレルワールド)でのスッタモンダが主題で、最終的には封鎖したのだが、ただ一度起こした過ち
故に自分の先祖がもしかして自分自身では?との堂々巡りに陥ったのは凄まじい発想だろう。
その後は高校時代にかなりの作品に出会ったが、星同士のS〇Xから出産までを描いた作品を始めとして想
像するだに余りの発想の凄まじさに唖然とするしかなかった…。
話は前後するが、中学時代に出会ったのが、先述のショートショートの第一人者と言われる星新一だった。
最初は学校の授業で教わったのが最初だったが、小松左京のときと同様、ある種の風刺の利いたオチとファ
ンタジー色の強い作風で一気にハマってしまった。当時月1000円の小遣いでせいぜい文庫本1冊か2冊買える
のが精一杯だったが、比較的早い段階で当時出ていた殆どの作品を入手、その後は作品が出るたびに買う程
度だった。
そして運命の作家(笑)・宮脇俊三氏と出会ったが、最初は『最長片道切符の旅』、
続いて『時刻表2万キロ』と出会い、この両作品は単なる鉄道ファンだった
私の道筋を定めた文字通りエポックメイキング的作品といえよう。
そして1回目の大学受験に玉砕、浪人時代を暮らしていた当時に司馬遼太郎のことを知り、その代表作
『竜馬がゆく』に感銘を覚えた。後年、旅先(前出の北海道旅行)で彼の訃報
を知ったのはショックだったが、坂本竜馬の清々しい生き方に憬れを感じ、四国ローカル私鉄の乗り潰しの
際に、これまではそんな事はなかったのに時間を作って坂本竜馬記念館に立ち寄ったのは当時の私としては
珍しいと言えなくもない(JRを完乗した余裕だとは思うが…)。
これらの作家は作品の内容に惚れて出会ったが、唯一作品のタイトルがきっかけでハマったのが椎名誠であ
る。作家歴は長いらしいが、どちらかと言うとアウトドア派の作家でツボに来れば私の感性に合うのだろう
が、これまでは残念ながら合えなかった。で、合う切っ掛けとなったのが『カープ
島サカナ作戦』で、当時(あ、ハナっからか…)筋金入りカープファンだった私は『なんやこら?無
茶苦茶オモロイタイトルやないけ!』と読んでみたら、内容もタイトルに輪をかけて面白く、結果としてか
つての星新一同様僅か数ヶ月でかなりの作品を揃えこんだ。
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3)ラジオ篇
私と同年代、若しくは若干上くらいの人は受験勉強の友として深夜放送を聞いていた人だろうが、私自身も
結構そういうところがある。
私の場合、最初に聞き出した頃は“ヤングタウン”(MBS)が一番乗りま
くっていた頃で、本当に多彩なタレント達がTVでは見ることのできない真実の姿(…TVでも本音むき出
しで出ている人もごく稀にいるが…)が見ることができたし、加えて当時は現代のように局アナが半分芸能
人化していなかった頃だったのでいろんな意味で変わった一面を聞くことができた。
とはいうものの、この“ヤングタウン”に出ていたアナウンサーは番組内での相方と言えるタレント達に
『アナウンサー 10時になれば コメディアン』(当時の番組で採用されていたネタ)と言われていたし、事
実かなり、クソみそにけなされているのに加えてニュースなどの報道番組には殆ど出ていなかった記憶があ
る。これは現在主に聞いている“ミュージックパラダイス”(ABC)と大き
く違う点である。その最たるものが奇しくも私と同じ四条畷に在住の局アナのS氏で、極めつけがS氏が通
勤で利用していたと思われる国鉄片町線こき下ろしネタだった。この時期は同じ番組にこのS氏の高校の後
輩にあたる新人シンガーの石川優子さんが出ていたが、気の毒に彼女もその毒牙(?)にかかってしまった(笑)。
彼女の場合、ちょっとその場面を聞き逃したのだが、何でも第1回目の放送の際にヒールをへし折ってしま
い、そこから相方の落語家に番組終了まで“象の足”と呼ばれるようになってしまった。そんな彼女も初め
てのヒット曲となった“シンデレラ・サマー”で“ザ・ベストテン”へ出演する事となったが、残念な事に
当時は“ヤングタウン”との絡みでスタジオの生出演はままならず、スタジオや放送局前への中継ですまさ
れていた。
他の曜日では当時いわゆる“MANZAIブーム”とかで当時人気を博した漫才コンビが揃って出演してい
た所もあったが、ブームが下火になるとどちらか片方だけが出るケースが多発した。一方でニューミュージッ
ク歌手も多く出演していたが、“ヤングタウン”出演がきっかけになって一気にメジャーになった歌手も多
く、私は世代的には聞いていなかった時期だが、当時の若い歌手が公開放送時代の番組にライブ出演して、
実力をつけたというのも懐古特集ではよく聞いている。
大阪ではこの“ヤングタウン”や前出の“ミュージックパラダイス”の前身にあたる“ヤングリクエスト”
あたりがメジャーな深夜番組として一時代を築いていたが、マイナー系になるとアニメ情報番組も色々とあ
り、初期の頃では“アニメトピア”(OBC等)が一身になっていた感があ
る。もっとも当時は現在の“アニラジ”というすみわけではなく、ごく一般の“深夜放送”の枠として括ら
れていたと思うが…。この番組の当時のパーソナリティが麻上“森雪”洋子と吉田“早乙女ミチル”理保子
という(あくまで個人的に)凄まじい組合せ(上記1のコミック・アニメ篇を見てもらえれば納得?)だった。
なんだカンダでとりあえずは聞くだけだったが、83年に『宇宙戦艦ヤマト』シリーズがいったん完結したも
のの“火のないところになんとやら…”って奴で、これらのラジオ番組に『ヤマト』の続編情報が出だして
きた。結局はその全てがデマだったが、より詳しい情報を知りたいが為に様々な番組を聞きまくったが、こ
れがきっかけとなって“MamiのRADIかるコミュニケーション”(OBC込み
で4局ネット)と出会えた。
その後、“ヤングタウン”に一時のパワーが失われつつあった事に加え、私自身が1年余り東京にいた事も
加わって、大阪にいる頃は“はいぱぁないと”(KBS京都)、そして現在の
“ミュージックパラダイス”に至っている。話は前後するが、東京時代は“東京R
ADIO CLUB”(TBS)を主に聞いていたが、その他の放送も聞いており、大阪では周波数の
関係で入らない(隣接周波数にKBS京都があるため)文化放送やニッポン放送なども当然聞いていた。
大阪に戻ってからの夜間はこれまで聞いていた番組をそのまま聞いていたが、職場が郵便局となって、局に
よってだが、BGMにラジオをそのまま流す局もある。で、私がいたのがその局で、加えて局のある自治体
に最近はやりのミニFM局FM HANAKOがあり、結構面白い番組作りをしてい
る事もあって、家にまで電波が入るのを幸いに、最近では自宅でも昼間はそこの番組を聞いている。
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この項、『夢ぷらす努力Vol.6』(92年3月刊行)内、『ラジオに対しての履歴簿-大阪魂のFree Talk Part2-』
を大幅加筆、修正。
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