9月の旅・国内完乗・夢を超えた夢

既に全国に数千人はいるであろうJR(旧国鉄)を完乗した人は、この後、何を目指すのであろう?それを考 えると、夜も眠れなくなる…、と言うほどでもないが迷ってしまうのは確実だろう。考えられるケースとし ては
・鉄道趣味から足を洗う
・今度は私鉄に手を出す
・海外に足を向ける
のいずれかではないだろうか…。“乗りつぶし”のきっかけを作った宮脇俊三先生の場合、『今度は私鉄の 乗りつぶし』と称して、出版社がバックについたものの相変わらずだったし、加えて季節を変えた乗りつぶ しにも手を出している節が一時期うかがえた。一方の雄である種村直樹先生の場合は明らかに“私鉄の乗り つぶし”と“乗ったで降りたで”と呼ばれる駅への立ち寄りが主流になりつつあり、そこに加えて鉄道にこ だわらない旅行、と言う観点からの“日本列島外周気まぐれ列車”を20年あまりにわたって展開中である。
−種村先生は昨年暮にくも膜下出血で入院・手術を受け、現在静養中で、長年掲載を続けていた“鉄道ジャー ナル”“旅と鉄道”共々しばらくの間休載とのこと。1日も早い回復及び“外周気まぐれ列車”の正規の完結 をこの場を借りてお祈りいたします−
私の場合、JR完乗後はあの“鈍行スカタン電車”の執筆に専念していたし、どちらかというと若干の呆然 自失感がないとは言いきれなかった。ただ、完乗達成年の夏に早くも一部私鉄の乗りつぶしを始めていたし、 96年のこの月には当時田舎であった祭りの体験を兼ねて北陸と関東一円の乗りつぶしを敢行した。
北陸、と挙げたものの正確には第3セクター転換後ののと鉄道の乗りつぶしだけで、その他は東京近郊の中 小私鉄がほとんどで、わずか数キロの私鉄が関東圏には多く、冗談抜きでプランニングに苦心した。それで も東京在住時にもほとんど放置状態だった(これもある意味すごいと思う)東武鉄道や京成電鉄を含めた関東 近郊の大半を乗り終えた。
翌97年は7〜8月にかけて件の“空スカ”をやった関係上余り動けなかったが、それでも10月に開業する京 都市営地下鉄東西線に譲って廃止される京阪京津線の一部区間の“乗ったで降りたで”を展開させた。98年 はほとんど動かず、それでも他の月にドンドン乗りつぶしていった結果、この年の年末には先行きが見えて きた。
ここまで来るとほとんど落ち葉拾いの感を呈してくるが、それが例え1キロであっても新線開業とあらば乗 らない訳にもいかず、今まで放置していた路線をこまめに踏破し、新規開業した路線は早々に処理して余計 なポイントを減らした結果、残るは8月頭段階で9路線。更に8月に開業する路線(横浜市地下鉄)もあった ため、結局当初目論みの8月完乗は9月に繰り下げとなった。それでも残っていたのが東海・関東エリアと 青函・札幌エリアに見事に分断されたため、東海・関東エリアなら大井川鉄道の井川線千頭駅、青函・札幌 エリアなら津軽鉄道の津軽中里駅と定めて更にプランニングを重ねた。最終的には友人たちにも声を掛ける つもりだったのでその行き帰りの足を考えたのと、津軽中里駅の構造が余りよろしくないとの情報が入って きた事から大井川鉄道を井川から乗ってきた上で、千頭完乗と決めた。加えて初代新幹線の0系が東海道区 間からの引退が間近に迫ってきた事から帰路は0系新幹線乗車とした。
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