神戸港から出港。特急、新幹線、地下鉄、無人列車を乗り継ぐと、唐突に現れたので驚く。
予想はしていたが、やはり大きい。何はともあれ、さすがに3万総トンだ。
しかし、なんだか切ない。ふと、なぜ俺はここに居るんだ、と思う。そうなると、周囲の歓声も騒音でしかない…。
早速自室(4人相部屋)に直行するが…、まあ、何だ、そんなもんかな、と。
所詮、男が4人も集まれば、片付けろという方が無理なのだ。空気さえ澱まなければ、と思うのである。
早々に同部屋の3人のうち、2人と会うが、(まあ、素性は伏せるが)、良い人格だ。よろしくやっていけそうである。
それはいい。しかし、今これを書いているのは夜の10時というのに、残る1人に会っていない。
何事か気になる初日であったが、この辺で筆を置いて、飲み方にでも繰り出すのである。
宮崎東方沖から沖縄東方沖へ、針路をほぼ南西に取って移動。
昨日行方不明と称したN氏とは、先日の日記を書いた後に会った。N氏はK氏の知り合いのようである。
ついでに言うと、昨日は疲れたので、飲み方は止めてすぐに寝た。
10時半より避難訓練。脱出艇(?)はエンジン付き。これを降ろす訓練は無かった。
食後にオリエンテーションから、自主企画についての説明会へ。
なぜなのか知らないが、何かの場に居るだけで、非常に疲労が溜まる。前にも時々あったが…、その内慣れるか。
休憩後、船長主催のディナーからパーティーと梯子。酒が入ると調子が戻る。
さらに、同室のY氏のライブへ。結成三日目(東京乗り込み組だ)とは言うが、様になっていると思うのである。
以下、零時に就寝。
次第に気温が上がってきた。夜は寝苦しい。おかしな夢を見て、大量の寝汗をかいた。ああ、不快。
機関銃で撃ったり撃たれたり、実に嫌な夢なのである(ピースボートなのに!)。酒が悪かったのか、どうなのか…。
船の空調も、もう一つ力不足なのが気がかりだ。建造50年の老嬢とあっては、仕方ないのかもしれないが…。
(そういえば、初日に誰か老夫婦の方に、建造は60年代とか言ってしまった。もっと古い船です。ごめんなさい。)
色々この環境に抵抗している。頭をぶつける天井板を外し、さらに格納スペースと兼用したり(係には驚かれた)、
寝ると目の前にある電灯を避けるため、ベッドの頭側を入れ替えたり。まあ、いずれも初日にやった事だが。
飯でも食って、ツアーのキャンセル待ちを確認に行く。が、先客の長話で、またしても疲労が。
…このまま行くと、ベトナムは自由行動になりそうだ。これは相当な冒険だと思うのである。
メディア論について、下村氏の講演(?)を聞く。やはり、と思い当たる点多数。
ただ、情報の発信を動画に限る必要性があるだろうか。
映像よりむしろテキストだけの方が適す部分もあるように思われるが、その辺はどうしてみよう。
(物書きの手前味噌な気持ちって感じもするけど。)
その他、デジカメ、双眼鏡、カメラの試験運用を実施。まあ、快調のようだ。
ところで、T.S.S.という冠詞が船名に付くのだが、何の略だろうか。H.M.S.(Her Merjestry's Ship)などの同類だろうと思うのだが。
起床。空手教室(7:00から)に行こうかと思ったが、なにぶん早い。あえなく中止。
洗濯を実行する。二人でコインランドリー1基使用。乾燥機と合わせて約1時間。結構かかる。
多すぎたようで乾ききれず、布団の上に広げて乾かす羽目に。“超イケてない方法”
露天甲板が、暑い。わずか一日のうちに、真夏のねっとりしたあの風に変わっている。たまらん。
昼間の撮影は中止にして、夜間に転向しようと思う。と思うも、あえなく中止(こればっかり)。
卓球に突入。1台に対して人が多く、やはり軽く楽しむレベル。食後は誘われて将棋へ突入し、あえなく敗戦。嗚呼。
講演を幾つか。本多さんの話、存外理性的(をい)で感心。ただ、司会とスタッフは、ちょっと性急すぎるように思う。
戦争と平和は非常に重いテーマであるから、もっと勉強と慎重さが必要なのである。
ハングルは表音文字らしい。漢字の略字だとばかり思っていた。知らないんだなあ、隣なのになあ…。
…何でも良いが、私の趣向は、同年代より年配の方に近いらしい。

K氏とY氏が夜更かししたようで、ずるずると私(とN氏)も遅起きに。まあ、次第に慣れてきた。
昨日は割と揺れたのだが、船酔いの気も一向に出る気配なし。ポセイドンの腕に抱かれているのだと思えば心地良いほどだ。
(エスカレータの中に居るみたい、という身も蓋もない喩え方も思いついてしまった。)
海図の前で、海賊の話が出る。皆、案外、知らないらしい。海保が行ったり、割と問題なんだが…。
本多さんの講演その2へ。語り口は苦労話というか、楽しい風に聞こえるが…。今だからか、もっと重いんだろうとは思う。
(昭和18年再招集から、千島配属、シベリア抑留、帰還との流れであった…。)
寄港地オリエンテーション、聞けば、うらやましい。キャンセル待ちだが、多分とれることはないだろう。
で、これも集まったのは御年輩の方ばかりであった、と。しかし、手続きが厄介だ。
卓球からハングルへ梯子。発音が難しいのである。RとLの話は有名だが、そんな物気にしなくても通じると言う。
こちらも気にしなくて結構なら、嬉しいんだが…。なにしろ、同じに聞こえるのである。たまらん。
食後には、下村氏の講演(ワークショップか。番組製作、特に構成)へ出場。予告通り、大幅に参加者減が印象的。
内容はさらに印象的。船内テレビの駄目出しと評価なのである。ワシもかなり出した挙げ句、制作者が同席している。
ワシとしては、大変に気まずいのであった。恨まないでね(何)。
予告通り超早起き(4時台)し、夜更かし組に驚くのみで無駄足。そしてまた起きて、部屋分の新聞を調達。
時差のおかげでとんでもない時間に起きたのだろうが、この時差がくせもの。
トラベルウォッチとやらを持ってきたのだが、誤ってセットしたため、これもとんでもない時刻を指していたのである。直ちに修正。
もう今日あたりから、水汲みが面倒だ。安全上問題ないが、飲むのに適さない水道水で我慢。
ほら、前に飲んだときも、腹は平気だったし。…ええ、飲んだのですよ。何も知らずにがぶ飲み(何)。
船橋見学。さすがは1956年、イギリスはグラスゴーで竣工。例のタイタニックと同じような装置が!
その脇で、レーダースクリーンにGPS等、まったく反りの合わない形で増設されている。配線も複雑で、エレガントさに欠ける(何)。
おまけに暑いのだ。自衛艦は、側橋の扉は基本的に開けっ放しと聞いたが、この船でも同様らしい。船舶全般の常識なのか。
…バウ・スラスターにフィン・スタビライザーも後日装備されたとのことで、幾度かかなり大規模に改装されているよう。
どうせなら船室も、と思うのは、高望みだろうか。機関は3万馬力を2軸で発揮し、最大速力は19ノットとのこと。
缶室、機械室とも、1〜3階までのぶち抜きで配置されているようだ。主缶の換装は行われただろうか。
…実は、カメラの持ち込みを忘れた。次は必ず持参するのである。
卓球と本多さんの講演を梯子。卓球は相変わらず台に対して人が多い。根本的な解は無さそう。
講演は本多さんの少年時代。前半は卓球で遅れたので不明なり。いやはや、なかなかアレな青春なのである。
でも、暖かい。それにしても我が青春をと振り返れば、つまらん生き方をしたものだ。ガキの頃は色々やったが。
まあ、済んだことは仕方ない。これからか。ところでこの講演、後半は論戦会があるという設定なのだが、2回続けて何もない。
実は気合いを入れて戦争と平和についてまとめていたりするが、肩すかしである。まあ、話が面白いからまったく文句は無い。
昼食で知り合いと出会い、生まれて初めてバドワイザーなど飲みつつ、満足。戻ってシャワー。暑い。
で、一服して(タバコではない)、写真講座へ。絵だね。絵を描く気持ち。心で撮れと。
そのほか、真ん中に置くなとか、横顔の前は大きく空けろとか、バストアップだとか。
また部屋で一服して、下村さんの番組教室最終回。今回も、構成についての…、実習?
まあ、この構成というやつは、つまりシナリオ。物書きとしては強く自己主張したいのだが、発表出来ず。
実物を見れば、たいした物なり。わかっていて泣いた。ちょっと話が違うような事もあったが…。
確かに楽しいだろう。しかし、苦労も大きいだろう。…やっぱり、大きいことを本気でするべきなのか。
話は変わるが、半纏、これは良い。外は暑くても、船内は意外と寒い区画が多いのである。
普段から大変重宝して、愛用していたが、船でも世話になりそうだ。そんなので歩くのは非常識? 野暮なセリフはノーセンキュー。
ハングル〜。本日は学習もそこそこに、ゲームとな。伝統的遊戯とのことであるが…、説明は長くなるのでパス。
名前は何だったかな。忘れた(何)。楽しいよ、うん。ただ、非常に攻撃的なゲームだから、喧嘩になる危険性はありそう。
晩飯。和食(しかも焼き肉)をコースにするなという話だ。まあいいが。
もう、これで今日は部屋に籠もるのである。ところで、足が臭い。爪を切っていたら、ゴミ箱で手の指をザックリ。嗚呼。
で、これを書いている最中に、「パソコン壊れた、助けて」と、N氏の仲間たちが!(おなごはよかねえ)(何)
「機械強いって言ってたよね」と言われても困るのである。まあ、確かにパソコン歴は長いし、多少のことは対応できるが…。
今回の場合は、残念ながら、対応できず(何)。あとは寝るばかりなり。明日は早くから出て、入港を見るのである。
結局遠出は出来ないような流れだが、裏を返せば、部屋を一人で占有できるのだ。たまには良いか。ま、港には降りるが。
それはそうと、あまり活動していないと思っていたが、こうやって日記にすれば、意外と色んな事してると思う。
…おお、今日は量が多いな(笑)。
ついに、キャンセル待ちの戦術は破綻を来したのである。自由行動である。海外で単独の自由行動などは未経験。
まあ、そんな事は後でよい。
またしても早起きして早過ぎて、もう一度起きてから、半纏、双眼鏡、デジカメを装備して、キャメラ小僧である。
バキバキに撮らせてもらったのだが、山に朝靄か朝霧か、それが掛かった姿が、非常に幻想的でよろしい。
さらに、そこへライジング・サンなどくれば、これは大変に良いものである。
さて、タグボートは良いのだが、もう一隻が気になる。トランサム・スターンでステルス・デザインなのである。
武装は見受けられなかったが(重機関砲の架台らしきものがあったが)、ミサイル艇か、哨戒艇の類だったのか。
まあ、それはともかく、船は多い。小型の貨物船、コンテナ船と、小さな漁船が多数。漁船は投げ網でやってると聞こえてきた。
やがて岸壁が近づいてくる。歓迎の若い衆が、踊りで我々をお出迎えである。
後から聞いたが、200人は居たらしい。驚きだ。岸壁が広すぎて、ずっと少なく見えたのだ。
アオザイを着た女の子が目立っていたが、男の扱いは悪い。脇役だと言わんばかり。誰の趣味だ(笑)。
キャビンで時を待つ。キャンセル待ちで来たため、バスのチケットも取っていないのだ。
レセプションでもチケットは既に停止、構わないから現金で乗ってしまえと思うも、9時には間に合わず。
午後の1時を狙う。7階で程なく自由行動な人々と会って、長らく話し込んで、軽い食事でも取って、出発。
青い。有料シャトルバスの運行は、地元のをチャーターしたらしく、言葉が通じない。
チケットを持っていればなんてことも無いが、現金出すから乗せろとは、どう言って良いか不明。駄目だ。
故国熊本の夏を思わせる空気の中で、二人で考えるのである。船で知り合った、同じくチケットを取っていない方とだ。
とーりあえず、無料バスで外の方まで行ってみる。地図がない。一旦解散となって、私は港を適当に歩いた。
免税店なる物が目の前にあるので、入ってみると、なんだか妙に高い。
おかしいと思ってみると、1ダースとか2ダースとかで売っている。飲み物なんて、そんなに要らないのである。
下手な英語を振り回した結果、水を2.5リットル、1ドルで購入。これでも、そんなに要らないという話だ。
さあと店を出て、右へ歩くと、怒られる。今思うと、ゲートの位置を誤解していたらしい。先には、例の海軍基地があるようだ。
(どうせ大した艦は持ってないんだから、通行禁止になどするな、と思ったが、ちょっと失礼に当たるか)(何)
港は、かなり大規模な拡張工事を行っている。桟橋も沖側に増設するようだし、岸壁も大きく拡張するように見受けられる。
何かの建造物が建つのかもしれないが。次のクルーズの時には、その概要も見えてくるのではないか。
ただ、山を削り取る様は、あんまり頂ける物ではない。
でもって、再びキャメラ小僧。テーマは、いかにトパーズ号の大きさを写真でアピールするかだ。これは難しい。大変難しい。
肉眼で見れば、説明するまでもなく大きな船なのだが…、どういうわけか、写真では感じが出ないのである。
思い切り舷側に寄って撮ってみたり、そこから見上げる角度で試したりしたが、うぅむ…。
どうでも良いが、タグボートの押した痕が、タイヤの形で残っていた。さしずめ、タグボートの残したキスマークか(何)。
で、暑いから椅子に座ってまどろみの世界へ。その後、すぐそばの売店に行ってみるが、これは高い。
やはり、買い物は街まで繰り出した方が良い様である。
このようにして適当にぶらついたのだが、オヤジからの指令である「猫を撮れ」は果たせなかった。居ないのだ。
これは私としても残念だ。猫さえいれば(無論、慣れた猫だ)、3時間くらいは平気で時間を潰せるのだが。
船に戻って、一大イベントを決行する。そう、洗髪である。洗うのも乾かすのも、後始末も大変な、あの事業だ。
たっぷり1時間半を消費したこのイベント、今後はどのタイミングで実行するか、難しいところだ。
これで、5時である。することがない。アレを実行するにも、時刻が良くない。
それならと、船内放送を使ってアナウンスしてやろうと企むが、固く断られてしまった。レセプションは駄目だ。
うろちょろしてから食事へ。晩飯のトパーズルームにも関わらず、コース物ではない。この辺手を抜いてるな(何)。
でもって、パソコンを持ち出して、今これを書いているのである。デジカメ写真の取り込みもした。
それで気づいたが、この船、あまりコンセントが無いのである。アレを実行するに当たって、問題となるが…。
さて、今日は7階も閑散としていることだし、寝ることになるのだろう。

霧の風情は、むしろ和を感じるところが。…涼しげに見えるが、既に蒸す気配あり。

船尾にて。

本日の夜明け。

夜明け其の弐。
もうあまり覚えていない。起きて、適当に飯を食って、勢いに任せて船を出た。
近くの女の子と街に出たのだが、う〜む、観光して楽しいという感じではないのである。
街は、バイクで溢れており、建設ラッシュの市街地でもあって埃っぽく、マスクをしている者が多い。
本気でバイクは多い。排気ガスの匂いも相当なものだ。大気汚染とか、温暖化とかいう言葉を思い起こす。
また、日差しも湿気も強烈で、熊本の夏を思い出す。そして、共産党のポスターと思われる物が多数。
街や人の雰囲気には殆ど影響ない様だが、そういう国なのだろう。
中心部の町並みは、割合に綺麗だ。どことなく、中華圏の影響が感ぜられる。
まあ、適当にうろうろして、帰ったのである。
出港ともなれば、人だかり。なんだか泣いてる連中が居る。そんなに濃いことしたのだろうか。
外野にはサッパリわからない。紙テープなど投げて、船体の運動を観察して、戻る。
7階は、相変わらず閑散としていた。疲労だと思われるが…。
誰もいないのでは仕方ない。この辺にして寝るのである。
…ああ、重要なことを。この街には、猫が居ない。本当に居ない。

台湾風の何とか。左が一緒に行った子。右は雇ったガイド。(高い!)

その日のトパーズ号・7階左舷廊下。まさに誰もいない。
南下し、シンガポールへ向かう。シンガポールと言えば、厳格な法治である。要は罰金だ。以前は鞭打ちがどうとも聞いた。
まあ、この街は、観光とか何とかより、買い出しに重点を置くつもりである。所要品リストなどつくっておく。
この国も、最近はセキュリティが厳しい様で、色んな感じだ。
ハングル講座は、歌を歌おうと来る。当然、歌詞はハングルである。わずか3回かそこらの勉強で、読めるわけがないのである。
唖然とするうちに終わってしまった。これは、予習復習をしてこいという意味なのか。殺生なっ(何)。
晩飯はシーフードという。最初にカニとエビが置いてあって、なかなか美味いのだ。
でもって、残りは自分でよそる。…欲張るとろくな事がないのである。食い過ぎの豚めっ(謎)。
ぎりぎりまで踏ん張るが、食べきれないものは仕方ない。もったいないが。
食後、桃井さんの最後の講演。間に合わない様に晩飯の時間が設定されている辺り、理不尽さを感じる。
デカイ事を考える前に、身近なところから着実に、とのこと。広報がインターネットなどは、私などには当たり前のことである。
それで、団地とか町レベルの飲み方とか企画しているわけである。
しかしながら、この種の行動を、わざわざ大げさに組織立ててしなければならない、その現状に溜息だ。
まあ、文句を言っても始まらないが…。出来ることから、と。
各地の子供たちに、「夢」をテーマに絵を描いてもらうなどしているという。
海の色が変わった。まったく違う。違いすぎる。青い。(ダナン周辺は、緑色の汚い水だった)
ベトナムでの汗を落とすため、シャワー。髪も洗う。ヘビーな事業になった。
今日の午前は卓球のみ。なんだか、イベントの時間帯が偏っている様に思うが…。
(内容も偏っている。太極拳が3種類もある辺り、素人には不思議でならない。)
で、卓球なのである。マイ・ラケットを持ってこなかったことが悔やまれる。勝手が違うのだ。
そのお陰だかどうだかわからないが、それほど上手いとは見られていないらしい。自分では船内最強級と思っているのだが(何)。
…ただし、あくまで船内の話だ。帰ったら、地元の卓球クラブにでも入ろうか、と考える。
昼飯。ヨットクラブは船尾にあるのだが、暑い上に振動がひどい。振動はシャフトの関係だと、誰かが推測していたが…。
老朽船だからなあ…。ふと見れば、アオザイとかいうものが溢れている。これは、私に対する当てつけである(何)。
その後120分討論とやらに出る。…討論とは言わないのである。これは。本物は、もっとバキバキに実りあるのだ。
人が多すぎるのはあるのだが、この調子で大丈夫なのか気になる。で、就寝。

海の色が変わった。写真ではわかりにくいかもしれないが…。
次からは、Vol.2に記載するのである。
千年帝国