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ヤマハ YSR50

春の雪が舞う中、ビビりながらレース前のフリー走行を走る筆者とYSR(笑)(ちなみにレースはこの後積雪の為中止になった・・・)(爆)

Photo by 榊 守 氏

2ストローク空冷50ccエンジン
ホイール径12インチのミニレーサーレプリカ!

 二十歳の頃より友人Oたちと始めたミニバイクレース。当初は解体屋から引っぱってきたホンダ・スカイ(50ccスクーター)で耐久レースなんかに参加してたのですが、当時スクーターのハイパワー化により徐々に参加できるレースが無くなって来ていました。そんな折に、発売されたYSRでのワンメークレースが新設されたツクバ東コース(ツクバサーキットの第二ヘアピンの裏に有ります。)で開催される事と聞きつけた友人Oに引きずられる様にレースマシンとして購入しました。
 はじめは、慣らしもあるので公道を走れる様に登録していたのですが、そこは原付。悲しい30キロ規制の為捕まり易いので(現に24キロオーバーで捕まった。)登録抹消。完全レースマシンとなりました。
 私が購入したのはブルーのカウルにゴールドのホイールのカラーリングのマシン。当時フランスのソノートヤマハ(クリスチャン・サロンがいましたね。)と同じゴロワーズカラーでした。さすがに、ツナギまでは揃えなかったですがお気に入りのカラーでした。
 レース専用でしたから、リミッターも雑誌に載っていた配線に抵抗器を入れる方法でカット。最高速は80キロ以上出たのではないでしょうか。
 エンジンが扱い易いのは良かったのですが、足回りが貧弱だったのは残念でした。特にリヤサスは酷くヤワな印象を受けたものです。
 さて、肝心のレースの戦績ですがこれはもう、
『参加する事に意義がある!』
といった具合で鳴かず飛ばず・・・・・。いつも予選ヒートの真ん中よりやや上くらいをウロウロしてました。
 予選のスタートグリッドはクジ引きで決めていたので、数回ほどフロントローからスタートした経験が有りました。
 そんなとあるレースでの一コマ。(予選ヒートなのが情けない!)
 くじ運良く(笑)フロントローからスタート、ホールショットも奪いトップで走行。必死の逃げを打つも、前に誰もいないと言う状態での走行は経験が殆どないため、後続からのプレッシャーに負け、ラスト2周ぐらいのヘアピンの進入で敢えなく転倒!といったレースも今だに覚えてます。
 また、別のレースですが、このときもクジ運良くスタートしたものの、トップからはズルズル後退、4番手を走行していたのですが5番手のライダーと1対1のバトルとなり、最終コーナーの立ち上がりで自分のマシンの直線での伸びが相手よりも良く、バイクの力で?辛くも4位でゴールしたレースも思い出深いです。(あのレースの後の、スポーツドリンクは美味かった!)
 
 ミニコースとはいえ、サーキット・レースというものを経験できた事は、今にして思えば貴重な体験でした。サーキットではよくコケましたが大きいケガもせず済んでましたが、これが公道での転倒ならば?・・・・・そう考えると無理をしない走りをする様になりました。

 このYSR50、レース活動が下火になってきた23歳のころ、後輩に引き取られて行きました。


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