地球のイロハ
天才とは何か
例示
- 秀才は秩序を維持する。天才は秩序を破壊する。
- 天才も秀才も、それぞれ有能な天才/秀才から、無能な天才/秀才まで存在する。
- 無能な秀才は無益。無能な天才は有害。
- 天才にも秀才にも努力が求められる。しかし秀才にとっては十分条件、天才にとっては必要条件である
- 有能な秀才は必ず役に立つ。有能な天才は殆ど役に立たない。
- 天才は秀才になれないし、秀才は天才になれない。
- 二者択一の状況で、99人が事前にAを選んでいれば、秀才は必ずAを選ぶ。天才はどらちを選ぶか分からない。
- 有能な秀才は必ず役に立つ。有能な天才は殆ど役に立たない。
- ベートーベンは天才、ブラームスは秀才。
- 夏目漱石と森鴎外は秀才、芥川龍之介と太宰治は天才。
- 織田信長は天才、豊臣秀吉は秀才。
- 手塚治虫は天才、藤子不二雄は2人とも秀才。
- ホンダは天才、トヨタは秀才。
- 長嶋茂雄は天才、王貞治は秀才。
- 落合博満は天才、野村克也は秀才。
- イチローは天才、松井秀喜は秀才。
- カエサルは天才、アウグストゥスは秀才。
- 会社は天才が起業し、秀才が発展させる。
- 天才は部下には向かない。上司にも向かない。出版社にとっての作家のように、外部に置いておきたい。
- 天才は企業を倒産させる危険性をもつ。天才がいない企業はいずれ倒産する。秀才のいない企業はない。
- 秀才が三人集まれば、仕事が3倍はかどる。天才が三人集まれば、仕事は止まる。
- 天才を求めてユニークな入試を始めたとする。秀才は臨機応変に対応できるが、天才は対応できない。よって天才が落ちる。
- 天才のために早期英才教育をはじめても、集まるのは秀才ばかりである。たまたま天才がやってきても落ちこぼれる
- 隣に秀才がいて、遠くに天才がいる状況が好ましい。
- 数学の試験。秀才は易問を正解し、難問を間違える。天才はどこを間違えるか分からない。
- 小学校の写生大会で、何も描き出せないでいる子供は天才だろう。描き出せないのは、彼のセンスに見合うだけの技術力を彼が持っていないからだ。彼に必要なのは「自由に描きなさい」という言葉ではない。筆の使い方を教えることである
- バイオリンやピアノを習わせて上達する子供の多くは秀才である。彼らは、天才でもないのに「天才」とよばれて、いずれ挫折する
- N響が世界のオーケストラに劣るのは、そこが秀才のたまり場だからである。N響は小澤をボイコットし、デュトワを捨てたオーケストラだ
- 国語の成績が1だった作家、数学の成績が1だった数学者、理科の成績が1だった科学者、音楽の成績が1だった作曲家、美術の成績が1だった芸術家というものの存在を、秀才は理解できないだろう
- エジソンの「99%の努力と1%の運」という言葉ほど、天才が成功するために必要なものを如実に現した言葉はない
- 天才と秀才では、秀才のほうが成功しやすい。しかし、成功した天才に秀才はかなわない
- 優れた秀才は何でもできるゼネラリスト、優れた天才は特定分野にずばぬけたスペシャリスト。
- 小室哲哉は天才が秀才のマネをしている典型例、つんくは秀才が天才のマネをしている典型例。
- 秀才は同レベルの秀才をライバルと認識する。天才は同レベルの天才に興味がない。
- 政治家に秀才は不要だが、天才は知名度がない限り選挙に負ける。よって国会は秀才が集まる
- 東京大学は多数の秀才と、勉強方面に偶然秀でた少数の天才から構成される。
- 芸術大学は少数の天才と、勉強方面に秀でなかった多数の秀才から構成される。
- 数学者と哲学者に秀才は不要である。医学者と法学者に天才は不要である。
- 秀才はアイディアを持たない。天才はアイディアを発表する場を持たない。
- 優れた秀才は沢山の友を持つ。優れた天才は沢山の信者を持つ。
- 天才に必要なのは広い意味でのパドロンである
- 学歴で人を評価したがる人は、天才を学歴で評価できないことを知らない。エジソンの学歴は小学校中退だ
- 「すべてがFになる」の著者の森博嗣は秀才。しかし、主人公の犀川は中位の天才。森博嗣という作家を好きになれるかどうかは、この違いに対する印象に等しい(ちなみに西之園萌絵は優れた秀才)
- ノーベル賞受賞者の田中さんを「普通のサラリーマン」にしたがるマスコミは愚かである。田中さんは問答無用の天才である。お前ら秀才マスコミとは違う
- 機動戦士ガンダムが打ち切りになったという話は、富野が天才であることの証拠の一つだ。天空の城ラピュタがNHKでアニメ化できなかったという話は、宮崎が秀才であることの証拠の一つだ。
- 秀才型犯罪者は群れる。天才型犯罪者は孤独だ。
- 種の保存という観点からいけば、秀才は固体数を増やすために生まれてきた、天才は環境変化に対応するために生まれてきたと言える。