Toshy's Akutagawa World

「西方の人」「続西方の人」徹底検証

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芥川龍之介


1892年誕生。
大正3年、一高(現東京大学教養部)の出身者による『新思潮』に「老年」を発表し、以後創作活動の道に進む。
大正5年発表の「鼻」が夏目漱石の目に留まり、文壇にデビュー。<新理知派>または<新思潮派>と呼ばれる勢力の筆頭として、「地獄変」をはじめとする数々の名作を世に送り出した。
大正10年には中国を旅行するが、この時期から体調を崩し、自身の創作に影響を及ぼしはじめる。
昭和2年7月24日、<ぼんやりとした不安>という言葉を残し、自宅で服毒自殺。身辺小説「歯車」、執筆活動とかかわってきた半生を描く「或阿呆の一生」、キリストにみずからを投影した「西方の人」「続西方の人」などが最後の作品となった。

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執筆者紹介
Toshy.Y.Takahashi
仙台市出身。幼年期から周りとは違う思考回路を持っていたため、学校の先生たちに問題視されていた。
中学時代に芥川龍之介の作品に傾倒。最初に読んだ作品は『地獄変』。私立高校に入学、ここで芥川の話題を語り合う友人に恵まれ、完全にはまってしまった。大学は国文学科に入るはずが、英文学科に入学。そこでよき師に巡り合い、新しい文学の読み方を学んだ。
シェークスピアを専攻、トンデモ論文を発表し失笑を買う。卒業論文は『河童』に影響を与えたとされる Erewhon。あまりにもマイナーな小説のため、トンデモ論文とはならなかった。
その年、大学院入試に失敗し、英国に留学。ロンドンの学校では、韻を踏んだ英文で宿題を提出するなど、妙なところが芸術的である。帰国後『藪の中』研究論文を洋々社の『芥川龍之介3』に発表。
チェスの有段者で、1998年には全日本選手権に東北代表として参加するも、最下位。
1999年に「日露対抗戦」、2000年には「パシフィック(日本・フィリピン連合)vsコンチネンタル(ロシア・モンゴル・ウクライナ連合)対抗戦」で東北選抜として健闘した。