4.ヨセフ

本文

クリストの父、大工のヨセフは実はマリア自身だった。彼のマリアほど尊まれないのはこういう事実にもとづいている。

ヨセフはどう贔屓目に見ても、畢竟余計ものの第一人だった。


マリア自身・・・マリアは<永遠に守らんとするもの>として。<永遠に超えんとする>クリストと対立する。ヨセフは<永遠に守らんとするもの>の一人であり、その意味でマリアと同じである。


クリストの一生に、ヨセフはなんの影響を与えませんでした。つまりヨセフの存在は、クリストの一生を考える上で何の意味もないのです。ここでは聖書の言う<処女降誕=父不在>を語っているのではなく、<永遠に守らんとするもの>と<永遠に超えんとするもの>の対立の中で、ヨセフはマリア同様の人物であることを述べています。

なお、<クリストが私生児かどうか>という疑問を、芥川は「侏儒の言葉」で投げかけました。<永遠に守らんとするもの>であるマリアから<永遠に超えんとするもの>クリストが生まれたのは、父という存在に関連があるのでしょうか。クリストの実際の父は、<聖霊>を宿した人物である、と考えていたのかもしれません。

芥川自身も「私生児説」が残っている人物であり、出生のことは本人の心の奥に固まっていたのではないでしょうか。