本文
クリストは僅かに十二歳の時に彼の天才を示している。
が、洗礼を受けた後も誰も弟子になるものはなかった。村から村を歩いていた彼は定めし寂しさを感じたであろう。
けれどもとうとう四人の弟子たちは――しかも四人の漁師たちは彼の左右に従うことになった。
彼等に対するクリストの愛は彼の一生を貫いている。彼は彼等に囲まれながら、見る見る鋭い舌に富んだ古代のジャーナリストになって行った。
十二歳の時・・・ルカ2章42−52
村から村を〜・・・マタイ4章12−17の間に、転々と移動し福音を伝えるところがある。
四人の漁師たち・・・マタイ4章18−22
クリストはヨハネの洗礼を受けたあと、ガリラヤの湖近くでしばらく教えを述べ伝えました。しかしだれも弟子になるもの、ついてくるものはいなかったのです。聖書にはなんの記述もないところに、芥川は再びクリストの孤独を見出しています。私生児として家を飛び出し、<聖霊の子>として生きる道を見つけたものの、理解者がいなかった時期。
しかし、四人の漁師たち――ペテロ・アンデレ・ヤコブ・ヨハネ(バフテスマのヨハネとは別人。福音書のヨハネ)は、クリストに従いついてくることになりました。
彼らはけっして、もともと学のある人たちではありません。ここに、クリストがジャーナリストとして成長していく秘密があったのです。<古人の行なったように弟子に代作させることもあるいは才人を生ずることになるかも知れない。>(「文芸的な、余りに文芸的な」)
のちにクリストの言葉が大衆を動かすものとなったのは、そんな彼らを心底から愛し、そして自分のジャーナリズムを代作させたからではないでしょうか。事実、彼らはのちのクリストの思想を広める上で、大きな役割を果たすことになるのです。