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クリストは古代のジャーナリストになった。同時にまた古代のボヘミアンになった。
彼の天才は飛躍をつづけ、彼の生活は一時代の社会的約束を踏みにじった。彼を理解しない弟子たちの中に時々ヒステリーを起しながら。――しかしそれは彼自身には大体歓喜に満ち渡っていた。
クリストは彼の詩の中にどのくらい情熱を感じていたであろう。「山上の教え」は二十何歳かの彼の感激に満ちた産物である。彼はどういう前人も彼に若かないのを感じていた。
この海のように高まった彼の天才的ジャーナリズムはもちろん敵を招いたであろう。が、彼等はクリストを恐れない訳には行かなかった。それは実に彼等には――クリストよりも人生を知り、したがってまた人生に対する恐怖を抱いている彼等にはこの天才の量見ののみこめないために外ならなかった。
古代のジャーナリスト/古代のボヘミアン・・・ジャーナリストは大衆に自分の信念・宗教を伝え広めていく人。しかし一個所にとどまっただけでは、多くの人に広めていくことは出来ない。ボヘミアンの資質があったからこそ、クリストは広い範囲で活動することが出来た。
一時代の社会的約束・・・マタイ12章には、<安息日にしてはならないこと>をしたという記述がある。また売春婦、取税人といった、社会的地位の低い人たちと食事をするなどの行為も各所に見られる。
ヒステリー・・・マタイ16章8.弟子たちにいう<信仰の薄い者たちよ>など。
「山上の教え」・・・マタイ5章−7章にわたり、山の上から群集に思想を論じている。
敵を招いた・・・パリサイ人・律法学者たちは、つねにイエスを殺そうとしていた。
クリストのジャーナリズム、ボヘミア的精神にふれた芥川は、ここでふたつのものをひとつにしました。ボヘミアンとして地域地域の風習を踏みにじり、また各地を旅することでクリストの思想を広め歩くことが出来たのです。
<永遠に超えんとするもの>として、習慣から抜け出せないでいる人たちを啓蒙していくことは、クリストにとって歓喜に満ちたことでした。そしてバプテズマのヨハネに対し<わたしの現にしていることをヨハネに話して聞かせるが善い>と言ったのも、この時期になります。クリストの天才を見出し引き伸ばしたヨハネといえども、自分には及ばない存在であることを認めていました。
これをおもしろくない感情で見ていたのは、当時の律法学者やパリサイ人です。自分たちよりも権威あるもののように振る舞うクリストを、彼らはことある毎に殺そうとしていました。しかし、彼らはクリストを恐れていました。<聖霊の子>としての悲劇的運命を知る彼らは、破滅に向かって進む天才の了見が呑み込めなかったのです。
この<この天才の量見ののみこめないため>は、正編7における年取った博士の言葉と共通するものが感じられます。