15.女人

本文

大勢の女人たちはクリストを愛した。

なかんずくマグダラのマリアなどは、一度彼に会ったために七つの悪鬼に攻められるのを忘れ、彼女の職業を超越した詩的恋愛さえ感じ出した。クリストの命の終った後、彼女のまっ先に彼を見たのはこういう恋愛の力である。

クリストもまた大勢の女人たちを、――なかんずくマグダラのマリアを愛した。彼等の詩的恋愛はいまだに燕花子(かきつばた)のように匂やかである。クリストはたびたび彼女を見ることに彼の寂しさを慰めたであろう。

後代は、――あるいは後代の男子たちは彼等の詩的恋愛に冷淡だった。(もっとも芸術的主題以外には)

しかし後代の女人たちはいつもこのマリアを嫉妬していた。
「なぜクリスト様は誰よりも先にお母さんのマリア様に再生をお示しにはならなかったのかしら?」
それは彼女等の洩らして来た、もっとも偽善的な欺息だった。


マグダラのマリア・・・母マリアと区別するために、出身地が名前についている。イエスの復活を真っ先に見た。

七つの悪鬼・・・マルコ16章9

彼女の職業・・・イエスに会うまでの彼女は売春をしていた

恋愛の力・・・クリストへの愛が、復活の想像力を与えた。関連正編35

寂しさ・・・<永遠に超えんとするもの>が贖う、現世を離れた寂しさ。関連正編24

詩的恋愛に冷淡だった・・・キリストの復活を、マグダラのマリアの想像力であることを無視している。


クリストを愛した女性は大勢います。中でもマグダラのマリアの愛は、誰よりも勝っていたものでした。豊かな想像力を持っていた彼女は、クリストの復活を真っ先に見ることになるのです。

しかし後代の人々は、このマリアの愛を無視しています。芥川は決してクリストが復活したと考えていたのではなく、クリストを愛してやまなかったマリアの想像であると考えていました。

クリストもまた、この想像力豊かな女性を愛していました。<永遠に超えんとするもの>として地上を捨てようとしている寂しさを感じていたクリストは、彼を理解しているマリアがいることで彼の孤独を慰めていたのです。

ここで二人の恋愛を<かきつばた>に例えることで、芥川は何を伝えようとしているのでしょうか。<かきつばた>は泥中に咲く花で、仏教の蓮華に相当します。この泥中のような現世に咲いた清楚な花、これが二人の詩的恋愛なのです。