本文
クリストは一本の百合の花を「ソロモンの栄華の極みの時」よりも更に美しいと感じている。(尤も彼の弟子たちの中にも彼ほど百合の花の美しさに恍惚としたものはなかったであろう。)
しかし弟子たちと話し合う時には会話上の礼節を破っても、野蛮なことを言うのを憚らなかった。――「およそ外より人に入るものの人を汚し能はざる事を知らざるか。そは心に入らず、腹に入りて厠に遺す。すなはち食う所のもの潔れり。」…
「ソロモンの栄華の極みの時」・・・関連18章
「およそ外より人に入るものの〜・・・マルコ7章15<すべて外から人の中に入って、人をけがしうるものはない。>
クリストは人生を百合の花に例えるなど、詩的な言葉を使って例えを作りました。(弟子たちはその比喩を理解しませんでしたが。)
そんな弟子たちと話すときには、下品な言葉を用いたこともありました。
詩人も、つねに美しい言葉を使うのではありません。文芸は人生を表すものである以上、生活の中に見られる部分を取り入れていくのは当然のことなのです。ここにクリストという人の、真実を把握する姿が見られます。
口語訳聖書では、上記の通り原文のものから離れ、当たり障りのない言葉にかわりました。クリストの、真実を見つめる目が感じられにくくなっています。口語訳聖書が出たのは芥川の死後ですが、芥川はこれを見抜いていたのでしょうか。