32.ゴルゴダ

十字架の上のクリストは畢に「人の子」に外ならなかった

「わが神、わが神、どうしてわたしをお捨てなさる?」
勿論英雄崇拝者たちは彼の言葉を冷笑するであらう。況や聖霊の子供たちでないものは唯彼の言葉の中に「自業自得」を見出すだけである。

「エリ、エリ、ラマサバクタニ」は事実上クリストの悲鳴に過ぎない。しかしクリストはこの悲鳴のために一層我々に近づいたのである。のみならず彼の一生の悲劇を一層現実的に教えてくれたのである。


ゴルゴダ・・・<されこうべ>を意味する。キリストが磔になった丘。

「人の子」に外ならなかった・・・神の子ではなく人間に他ならなかった。

「わが神、わが神、どうしてわたしをお捨てなさる?」・・・マタイ27章46。


十字架上のクリストは、もはや人間そのものでした。彼に英雄を見ていた人たちは失望し、彼を天才と見ていない人たちはクリストの自業自得を笑うのです。

あらゆる聖霊の子供が迎える運命を、<一生の悲劇>という言葉に芥川は託しました。

いかに天才といえども、死ぬ直前は人間のあたり前の姿なのです。しかし、その人間的な弱みがあってこそ、クリストは私たち人間に近い存在として感じられるのでしょう。