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クリストの一生の最大の矛盾は彼の我々人間を理解していたにも関らず彼自身を理解出来なかったことである。
彼は庭鳥の啼く前にペテロさえ三度クリストを知らないということを承知していた。彼の言葉はその外にも如何に我々人間の弱いかということを教えている。しかも彼は彼自身もやはり弱いことを忘れていた。
クリストの一生を背景にしたクリスト教を理解することはこのために一々彼の所業を「予言者X・Y・Zの言葉に応わせんためなり」という詭弁を用いなければならなかった。のみならずついにこういう詭弁の古い貨幣になった後はあらゆる哲学や自然科学の力を借りなければならなかった。
クリスト教は畢竟クリストの作った教訓主義的な文芸に過ぎない。もし彼の(クリストの)ロマン主義的な色彩を除けば、トルストイの晩年の作品はこの古代の教訓主義的な作品に最も近い文芸であろう。
庭鳥の啼く前に〜・・・最後の晩餐の後、ユダがクリストを裏切る。パリサイ人たちはクリストの仲間であるペテロを捕らえようとするが、ペテロはクリストを知らないと答えた。
このために・・・クリストが、十字架につけられることを知りつつ無謀にもエルサレムに赴いたこと。
「予言者X・Y・Zの言葉に応わせんためなり」・・・聖書の各所に、<予言者によって言われたことが成就するためである>というような記事が見られる。
哲学や自然科学・・・クリストを神の子としたところのヨハネ福音書、また新約聖書に収められている各書簡、そのほかに福音書を科学的に理論づけようとした後代の聖書研究書などがこれに入るだろう。
ロマン主義的な色彩・・・詩的正義、つまり天上の神を絶対のものとするためにクリストが命をかけたこと。
クリストの一生で最大の矛盾。それは、彼自身弱い人間の一人であることを忘れていたことです。<聖霊>に翻弄され、運命を弄ばれる人間に他なりませんでした。
クリストは自分の説く神を絶対のものにするために、みずから十字架にかかる道を選びます。それはバーナード・ショーが冷笑したように(正編28、36参照)無謀なことに違いありませんでした。
後代はクリストのかずかずの行動を<予言者の言葉>と解釈していますが、それはクリストが予言者の言葉を成就させるために行動しただけなのです。挙げ句の果てには、クリストと無関係の思想をキリスト教に織り込むことになりました。
キリスト教は、クリストが神を絶対化するために命をかけた文芸以外のものではありません。キリスト教は宗教というよりも、教訓を垂れる文芸でしかない、というのが芥川の見解です。