13.クリストの言葉

本文

クリストは彼の弟子たちに「わたしは誰か?」と問いかけている。

この問に答えることは困難ではない。彼はジャーナリストであると共にジャーナリズムの中の人物――あるいは「譬喩」と呼ばれている短篇小説の作者だったと共に、「新約全書」と呼ばれている小説的伝記の主人公だったのである。

我々は大勢のクリストたちの中にもこういう事実を発見するであろう。クリストも彼の一生を彼の作品の索引につけずにはいられない一人だった。


「わたしは誰か?」・・・マタイ16章15<「あなたがたはわたしをだれと言うか」>など、多くの個所に見られる。

小説的伝記・・・普通は「福音書」と呼ばれるが、ここでこの言葉を使っているところにキリスト教の正統信仰の立場にないことを示す。


クリストの、<わたしは誰か?>という問いに対し、弟子たちは<キリスト>と答えました。しかし、芥川が見るところ、クリストは神の子などではなく、ジャーナリストであると断言しています。自らの行動を作品の題材とする作家であるとともに、その作品の登場人物でもありました。つまりクリストの生涯は、それ自体が作品であったといえるでしょう。

のちのニーチェが「この人を見よ」という作品を書いたように、クリストもまた自分を作品に残そうとせずにはいられないのでした。その作品こそが「新約聖書」なのです。キリスト教が宗教ではなく文芸である(前章参照)ように、聖書は福音(神の言葉)ではなく、クリストの伝記以外のなにものでもありませんでした。