2009/08/06
選挙に行く理由
私、選挙には真面目に行きます。選挙に行かないと「世の中が悪い」と言う資格がないような気がするんです。来る2009/08/30の選挙では、私がどちらに投票しようと関係なく政権交代は起きるでしょうし、その結果日本国は一時的にももっと悪い状況になるかもしれませんが、それでもやっぱり投票には行きます。そして衆議院議員選挙よりも同時に実施される最高裁判所国民審査の方に興味があります。
この国を住み難くしている最悪の根元は政治ではなく司法が機能しないせいだ、という説を信じてはいませんが、この国の司法が相当歪んでいることは確かにありそうな気がするからです。その中でも最悪中の最悪は「一票の格差は幾ら広がっても合憲!」と言い続けている最高裁判所の人々です。これは多分政治的に、意図的に維持されている問題です。一票の格差が温存されているからこそ、ある集団から毟り取り、ある集団に手厚く分け与え、それが保守政権に票となって還って来る、踏み付けられている集団はず〜っと踏み付けられっ放しという、この国の不思議な姿が守り続けられています。政治とは、要するにどの集団から毟り取ってどの集団にバラ撒けば、最も効率的に集票できるかという一種のマネーゲームです。私がもしこのマネーゲームに参画する当事者(つまり政治屋)だったら、やることは簡単です。選挙に来ない集団から搾り取って、より多く選挙に来る集団に手厚くばら撒きます。誰が考えても当然ですよね。選挙に来ない連中の機嫌など取って何の利益がありましょう。だから現実の世の中も、この当たり前の理屈に沿って動いています。
さらにそれを可能にするエネルギー源こそが一票の格差です。もし一票の格差が無かったら、つまり日本国民が全員平等の参政権を持っていたら、どの集団から搾り取ることもできず、だからどの集団に分け与えることもできず、政治が機能する余地が無くなってしまいますからね。温度差があるから熱エネルギーを取り出して火力発電できる、高度差があるから位置エネルギーを取り出して水力発電できるのと同じ原理です。
さて、今回の審査対象の内、一票の格差は合憲だと仰っているのは次の御二人です。
|
名前(敬称略) |
|
那須 弘平 |
|
涌井 紀夫 |
投票所へ行って、時々何も選ばず全員に「×」を付ける人がいます。というより×を付ける人の多くが全員に×を付けているようです。それは要するに何も意思表示していないのと同じです。「一票の格差」合憲判断の人だけに×を、それ以外の人には何も書かない(つまり信任)という立場を私は今後も取り続けたいと思っています。勿論、この仕組みは独裁国に於ける独裁者信任投票と同じで、これが機能する可能性は未来永劫全くありません。それは良く承知しています。でも×の付く人と付かない人の間に明らかに有意な差があるならば、それは国民から為政者に向けた一つのメッセージたり得るはずです。
参考:「一人一票実現国民会議」サイトに、今回の判断材料が掲示されました。