2009/01/04
珠玉の輿
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正月休み最後の日、江戸東京博物館へ行って「特別展・珠玉の輿」を見てきました。こうして入り口の写真しかお見せできないのは残念ですが、飾られているのは国宝級の美術品ですからご勘弁を。入り口には目にも鮮やかな駕籠が飾ってあり、いきなり主要展示物があるとは、と驚きましたが、これはNHK大河ドラマ「篤姫」撮影のために作られたものでした。実際に撮影に使われたものですから、美貌の主演女優さんが乗ったのでありましょう。中には畳まで敷いてありました。
奥には勿論篤姫が乗ったとされる本物の「女乗物」が飾ってあり、その横は本寿院の乗物でした。本寿院号は篤姫号よりちょっとだけ質素な作りになっている旨掲示されていましたが、どこがどう質素なのか私には解りません。唯一つ明らかに違うのは、篤姫号には葵の紋が付いていますが、本寿院号には付いていないということです。本寿院は12代将軍・徳川家慶の側室で13代将軍・徳川家定の生母ですが、家定の正室たる篤姫よりも身分が下だったようです。まるで「チーム徳川」の正会員ではないよ、といった感じです。側室ってちょっと寂しい存在ですね。 |
興味深いのは第14代将軍徳川家茂の正室 和宮の輿です。駕籠が棒一本の下にぶら下げるのに対して輿は棒2本の上に載せます。つまり仕掛けとしては輿の方が大掛かりで武家では余り使わないそうですが、和宮の輿はとっても地味です。篤姫や本寿院の乗物は漆塗りの上に金箔で装飾してありますが、和宮の輿は殆ど木目がそのまま見え、飾りらしい飾りは何もありません。ただし、こちらも葵の紋は控え目に付いています。和宮がこれを使ったのは徳川幕府が滅びた後、京都に戻る時ですから、既に明治の世です。その明治天皇の伯母さんに当たるわけですからトンでもないVIPだったでしょうに、飾りなし葵付きの輿で行ったんです。
仁孝天皇の第8皇女にして孝明天皇の妹、兄の命令で有栖川宮熾仁親王との婚約を取り消し、僅か16歳で政略結婚させられ、これまた僅か20歳で未亡人になった彼女、地味な輿に乗り、どんな気持ちで京都に戻ったんでしょうね。