2009/11/03

環境を守るためにゴミ箱撤去

○○(鉄道会社の名前)では、私達の環境を守るためゴミの減量化に取り組んでおります。ゴミの持ち帰りにご協力をお願いいたします。  首都圏の某私鉄に於いては1996年頃から駅のゴミ箱設置を止めました。ちょうど全駅終日禁煙とほぼ同時だったと思います。その当時の表示では確か“家庭のごみや吸殻を捨てていく人が後を断たないので、ゴミ箱の設置を続けることができなくなった”旨の表示がありました。この時点ではまだ“自分達の都合のためにやっている”という表現ができたんですね。しかし全駅終日禁煙のはずのなのに、ゴミ箱に吸殻が捨てられるというその有様をこそ解決すべきではないでしょうか。ゴミ箱を撤去すれば解決すると考えるこの鉄道会社の経営者は、向いている方角が誤っているように見えます。それでも沿線住民の程度に合わせてやり方を考えていくというのは、鉄道会社に取って当然のことなのでしょう。駅にゴミ箱も設置できないほど程度が低いと看做された責任は、沿線住民の側にもあるはずです。

 それから十数年、現在の表示は左のとおりです。今や駅にゴミ箱を設置しないことは、この鉄道会社にとって殆ど社会貢献の証になっておりますよ。どなたか説明してください。駅にゴミ箱を設置しないことが、どうして環境を守るためのゴミ減量化につながるのでしょうか。ゴミの発生総量は変わらないのではないでしょうか。そして、最初に言っていたゴミ箱撤去理由はいつから、こんな美しい理由に代わったのでしょうか。2009/03/02

従業員がトイレを使用する場合がございます。予めご了承ください。  実に簡潔ですね。お客様の安全管理のためでもなく、社会正義実現のためでもなく、ただ従業員もこのトイレを使うよ、って言っているだけです。従業員のために別のトイレを用意するにはそれなりの経営資源が必要になりますし、それは結局回り回って消費者、つまりその店の客が負担している事は中学生にだって解りますから、この掲示で充分です。こういう簡潔で正直な掲示を、むしろ珍しいものとしてご紹介したくなるほど、街には簡潔でも正直でもない掲示が溢れています。2009/11/03

 こうして何でもかんでも環境保護とか社会正義口実にしなければ何もできないギスギスした世の中になりつつあるように見えます。かつて何もかも「お国のため」でなければ何もできなかった時代は、ホンの数十年前のことなんですけどね。

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