2006/11/06
良い映画です。浅田次郎原作、と来れば想像できる「鉄道員」と同じようなしっとりしたファンタジーでありました。世にタイムトラベル物は掃いて捨てるほどありますが、その媒体として地下鉄を使ったのは珍しいですね。地下鉄駅の階段を上がったり下りたりすると父親がまだ若かった・無茶してた時代に行けるんです。おまけに、ここがタイムトラベル物としてはとても珍しいんですが、主人公真次は自分の意志で現代に戻ってくることももう一度過去へ行く事もできるんです。まあ、そういう設定は要するに自分の父親の若い頃を見せるための道具立てですから、別に何でも良いんですよね。クロッカス・ジルビスとラベンダーの香り(注1)でも、アマチュア無線(注2)でも何でも。
注1:これは「時を駆ける少女」の過去行き道具立て、
注2:こっちは「オーロラの彼方に」です。
タイムトラベル物にはタイムパラドックスが付き物で、それはそれで楽しめば良いんですけど一つだけやっぱり説明が欲しかったなと思えた部分があります。真次は兄を救おうとして救えませんでした。過去を変えることはできない、過去を変えたつもりでも必ず時の力で修復されてしまう、この辺りは「タイムマシン」の方が詳しく描いていたようにも思えます。しかしそれなら何故みち子はお時のお腹の子、つまり産まれる前の自分を殺すことで今の自分を消滅させたんでしょう。未来人は過去を変えられないという説明を初めの方でしておきながら、ラストで何故みち子をこういうやり方で消滅させたんでしょう。もっと言えば何故みち子は自分を消滅させたかったんでしょう。ちょっと難解なラストだったと思います。原作の方を読んで随分時間が経ってしまいましたのでもう一度読み返してみようかなと思える映画でありました。「鉄道員」と比べるほどではありませんが、それでも今年見た良い映画の一つには加えておきたい作品です。