2007/12/24

レッスン!

 昔からある感動モノの定番として

1.社会から落ちこぼれと看做されている人(または人々) が
2.社会的に価値を認められている課題 に出会い
3.自己実現 を果たしていく
という筋書きを基調に、優れたリーダーやら美男美女の色恋やら、薄幸の美少女等を絡めると感動物語が出来上ります。この作品では不治の病を宣告された薄幸の美少女こそ出てきませんが、それ以外は一通り揃っておりまして、これで感動しなければ何で感動致しましょうや。

  この作品で2.の材料は社交ダンスでありまして、その点格好良い男女、格好良い衣装、格好良い踊り満載であります。しかしこれは社交ダンスを主題とした映画ではありません。主題は優れたリーダーです。

 とある高校で落ちこぼれと看做されている生徒たち、彼らを立ち直らせるために一人のダンス教師が立ち上がります。下町の落ちこぼれである彼らは当然最初は社交ダンスというものに関心を示しません。それは費用を幾らでも出してもらえる金持ちお嬢様の道楽だと思っています。そこでこのダンス教師はパートナーの女性を連れて来て彼らの前で素晴らしいダンスを披露します(A)。ここでまず彼らの心が動きます。その上でリーダーは彼らにダンスコンクールに出るという目標を提示します(B)。彼らは当然、幾らなんでも下町落ちこぼれの自分達が、ずっと練習してきている上流階級の人々に敵う訳がないと抵抗します。しかしリーダーは諦めません。ダンスが好きで歩けるなら必ず踊れる、上流階級との本質的な違いはないと説得します(C)。

 この話の結末はありません。コンクールでは最終的に彼らが勝ったのか負けたのか表現されていません。リーダー自身もちょっと良い感じになっている女性とその後うまく行ったのかどうか描かれていません。結末はどうでもいいんです。落ちこぼれだった彼らがチャンピオンに挑戦し、堂々と渡り合った、それだけで十分です。これはダンスの映画ではありません。リーダーというのはこういうものだという映画です。主人公の男優さんはどこかで見た人だと思っていましたが、よく考えたら怪傑ゾロさんでした。

  リーダーはまずやって見せています(A)。それによってメンバーに格好良い、やってみたいという気持ちを起こさせ、その上で目指すべき到達点を示しています(B)。さらにそれが可能な到達点であることを繰り返し繰り返し示しています(C)。リーダーのやるべき事って結局こういう事なんだなと思える展開です。蒼き狼とちょっと似てますね。でもこの手法で行くとリーダーは圧倒的に優れたプレーヤーでなければならないことになります。世の中には優れたプレーヤー出身ではない優れたリーダーという人もいます。例えば生まれつき足が不自由なのにサッカーのコーチとして成功している人とか。つまりこれは優れたリーダーの一形態を示しているのです。これが鉄則という意味ではありません。しかし何らかの分野でリーダー的な役割を持っている人々に対して、ここで描かれているリーダーの姿は一つのヒントを与えているのではないでしょうか。その意味で、一見若者を描いたような映画に見えますが、実はおじさん(おばさんでもいいですが)たちを励ましている映画でもあります。最初頑固な分らず屋のように描かれている校長もよくよく見ていると生徒を愛しているという点では主人公と何も変わらない、その愛し方がちょっと違っていただけ、という描かれ方も良いです。これが実話(さぞかし脚色されているとしても)だという情報は更に良いです。

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