2007/09/23

ミルコのひかり

 地味な映画です。銃の暴発で視力を失った少年。イタリアに於ける当時の法律で視覚障害者は専門の学校に入らなければなりません。ミルコ少年も僅か10歳にして親元を離れ、全寮制の学校に入れられます。視覚障害者に可能性はない、徹底した規律の元で手に職を付けさせることが彼らに対する教育だと信じる校長、視覚障害者であっても一人一人に個性があり適性がありそれは可能性につながっているはずだとする神父が登場します。ミルコ少年に取ってはここで出会った1台のテープレコーダが人生を決定します。光を失ったミルコ少年には音が光だったのです。「ミルコのひかり」なるほど、良い邦題です。

 シスターが少年に言います。「神様はあなたを愛している。」少年は返します。「だったら僕を銃で遊ばせないよ。」シスターは返す言葉がありません。しかし多分神様はミルコ君を愛していたんです。彼は後にイタリア映画界屈指の音響編集者として成功するからです。それを知っている立場から見れば彼の個性を伸ばそうとした神父が善玉でそれを圧殺しようとした校長は悪玉です。しかしこういう映画の題材になるほど稀有の事例を除けば、やはり視覚障害者の教育はとにかく手に食べていけるだけの職を付けさせることが第一の使命と考える校長も又間違っているとは言い切れないはずです。

 最後に、この地味で良質の映画を勧めてくれたのは17歳になる我が娘です。映画の趣味が個性的過ぎて一緒に観に行ける同世代の女友達はいなさそうですが、親馬鹿としては「流石我が娘」とちょっと誇らしい気分です。彼女がどうしてこういう地味で良質な映画を見分けられるようになったのか、父親である私も正確には把握していません。9歳の時に見せた滝田洋二郎作品「秘密」以来、心理描写中心の地味映画にはまったのかもしれません。

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