2006/07/30

2006年夏

日本沈没

 音楽でも映画でも作り直し(remake)版が本家本元(original)を超えることはとても難しいようです。私の知る限り平原綾香「なごり雪」ぐらいのものです。作り直し版が作られるぐらいですから本家本元は相当に偉大なもので、しかもそれを比較する人は本家本元をかなり評価している人です。作り直し版がそれを超えるのは確かに原理的に言っても殆ど無茶な話に近いものがあります。日本沈没も残念ながら本家本元を超えることはできていないと私には見えました。

 これは小松左京の小説を原作に1973年に公開された映画の作り直し版です。33年も経って作り直していますから当然最新の特撮技術を使ってそれはそれは見事で綺麗な画像を楽しめますが、、、、、、それだけです。どうして最後をこんな風に作り替えちゃったんでしょう。原作者もよく許しましたね。残念ながら私の基準でこの映画は×です。

 33年前の本家本元版は、日本列島が沈没することを知ってから本当に沈没するまでに起きること、特に人の気持ちを丁寧に描いていたように思います。最後の場面は大勢の難民と一緒にどこへ向かうとも知れない列車に乗って運ばれていく主人公、国土を失った日本人は世界中に散らばって生き残り、いつかどこかで集まって第二の日本国を立ち上げるんじゃないか、そんな雰囲気で終わっています。

 それをこの作り直し版は安直な自己犠牲賛歌に作り替えてしまっています。日本人に受ける話なら“集団のために進んで自己犠牲する個人”を描くに限る、何で今時そんな考えの人々がいるのかよく解りません。これは神風特攻隊人間魚雷「回天」と同じです。戦艦大和は片道燃料だけを積んで沖縄へ向かいました、という作り話と同じです。「我生還を期さず。」がそんなに美しいんでしょうか。自己犠牲賛歌をやっていると、賛歌で済んでいる内は良いんですが、その内それで済まなくなりますよ。これを有り難がっていると、みんな自己犠牲しているのにオマエは何だ、、、という時代がまた来てしまいますよ。集団のためにこんなに自己犠牲払ってますう、、、というゼスチャーの競争をしていないと“非国民”になってしまう時代が来ますよ。

 1973年版で丹波哲郎演じる総理大臣は格好良かったです。「内閣総理大臣の命令です。直ちに門を開き、避難者を宮城内に入れて下さい。」はおよそ日本国総理大臣を描いた一番格好良いシーンだと思います。因みにその丹波哲郎、この2006年版でも1シーンだけ出ています。それも想い出の写真の中です。笑ってしまいます。

奇妙な日本語へ Home Pageへ