2007/08/20
2010/12/05

〜になります。

こちらは出口専用と「なります。」 【用例1】都立 浜離宮恩賜公園の入口に掲示されてごじゃりまする。2010/12/05
「本日はパスタのみになります」の看板  

【用例2】おしゃれな神戸北野町で、これまた見事な成増看板に遭遇し、感動の余り掲示いたしましてごじゃりまする。2007/04/29

「サラダうどんになります」の説明文字付きTV画面ハードコピー 【用例2】特に改めてご紹介するほどの事もございませんが、こうしてわざわざ券売機の横に成増文字つきTV画像を掲示しておられるのを拝見し、それほど誇らしいなら折角ですからご紹介しようと思い立ちましてごじゃりまする(爆)。2008/08/20

【解説】

 最近は余りにも聞き慣れてしまい、違和感を感じなくなりそうですが、良く考えればこれも奇妙な日本語です。どうして「サラダうどんです。」ではなく「サラダうどんになります。」なんでしょう。どうして「本日はパスタのみ提供しております。」ではなく「本日はパスタのみになります。」なんでしょう。何がサラダうどん或いはパスタのみに「なる」のでしょう。

 言うまでもなく「です」より「なります」の方が当事者度が低く、曖昧度が高いからです。もし注文したのが「サラダうどん」ではなく実は「ほっけの開き」だったらどうでしょう。「サラダうどんです。」なら間違ってサラダうどんを持って来た人が当事者に聞こえますが、「サラダうどんになります。」ですと、まるで「あなたが注文したことの結果がこれになります。間違いがあったとすれば、少なくとも何割かはあなたの責任です。」という語感になります(これも「なります」ですが)。人間は間違いを犯す生き物なんです。お互い様ですよねえ。。。というのがこの「なります」言葉の根拠と言えましょう。

 また「出口専用になります。」は「ここは出口専用とします。」「出口専用です。」に比べて、やはり当事者度が低いという長所があります。私は関係ない通行人ですが、ここは何だか出口専用らしいですよ、という語感です。一人称で語るべき立場の人が、通行人の立場で語っている、これがこの「なります」表現の存在理由であり、これがもたらす違和感の主成分です。

 一説によれば、この「なります」言葉愛好家を「成増族」と呼ぶそうですが、果たしてどの程度一般的な呼び方なのか定かではありません。2010/12/05

☆☆☆☆


 先日私は珍しく「サービス料」というものが勘定書きに付加されるという、恐るべき高級な中華料理店に行きました。 数年に1回ぐらい、そういう酔狂な事をやるんです。そこで珍しく「なります」ではない店員さんをお見掛けしました。なんと「お待たせ致しました。肉糸炒飯 でございます。」「コーヒーをお持ち致しました。」という調子で、頭の天辺から呼気が抜けるような「なりま〜〜〜す。」が聞こえないんです。おお、、、流 石に一寸高い店は違うなあ、店員の教育が行き届いている、と私は一瞬早合点しそうになりました。でもこの高級中華料理店を軽率に評価してはならぬ、と思い 直し、あるテストをしました。

 出されたお茶が余りに美味しかったので、それを指差し「これは烏龍茶ですか。」とお聞きしたんです。ご返事は澱みなく返ってきました。「はい。台湾烏龍茶になりま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜す。!」なるほど、行き届いているのは店員教育ではなく、店内で使うべき“非成増”マニュアル言葉だけでありました。


> さらに最近ではこれに「のほう」言葉を組み合わせた、「肉じゃがのほうなりま〜〜〜〜〜〜す。」を経験しました。それを必要とする人々がいる限り、少しでも曖昧度の高い表現が次々に発明されます。今に「こちら肉じゃがのほうなっておりま〜〜〜〜〜〜す」が聞けるでありましょう。多分1年以内に。


 私は今朝通勤途上で「割引券になります。割引券になります。割引券になります。割引券になります。割引券になります。割引券になります。割引券になります。割引券になります。」と忙しく繰り返しつつ割引券をお配りになるおねいさんを見ながら、これほど割引券になりたいのであれば、早く割引券になればいいのにと思いつつ後にしました。あと四拾九回繰り返せば彼女は立派な割引券になるであろうと確信しましたが、それまで見ていると遅刻しそうだったのです。残念なことです。


 目新しいとまでは言えませんが、より曖昧度を高めた、つまりは当事者度を排除した表現に出会うことがあります。「こちらが商品になりま〜〜〜す。」「お品物になりま〜〜〜〜す。」であります。某ファーストフード店、「お持ち帰り」の客に袋詰めのハンバーガーを渡す際などに活用されます。これがもし「穴子バーガー3つと塩鯖ドッグ2つ、それに玄米茶シェイク5つになりま〜〜〜〜す。」とやるためには袋の中身を把握しなければなりませんし、「穴子ちゃうやんけ。鰻やいうてるやろ。」等と返ってきた場合に責任の一端を負うことになります。「商品になりま〜〜〜す」であれば、「何だか知らないけどアタシはアンタが注文したものを店から受け取って渡してるだけよ。中身が違っていようと待ち時間が長かろうと、ただ渡すだけのアタシには関係ないわよ。」という語感を受けます。自分を自動販売機の取り出し口と同じ存在理由にしておけば、減点社会に於いて無意味な責任というリスクを負わずに済みます。

 減点社会に生きる人々は、そこからのリスク回避に向けた技術を今日も磨き上げ、切磋琢磨しています。

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