2009/10/04
誤解
2005年のJR福知山線事故、私は当時、尼崎市民でしたから、あの100人以上が亡くなった事故の衝撃は未だ鮮明に記憶しています。それに関連し、JR西日本が事故調査委員を接待していた事件が明らかになりました。で、毎度お馴染み「誤解を招いたと反省」です。「方向性」「遺憾」「認識」「結果的」は謝罪用語の基本だそうですが、「誤解」も加えて頂きたいものです。
この台詞は定番なので既に何度か書いていますが、非常に不思議な言葉です。ある事件を調査して事実を明かにすべき立場の人が、調査される側の人から接待されて良いはずはありません。警察官が容疑者から接待されちゃいけないのと同じですよね。で、この人は、事故調査委員でありながら、調査される側のJR西日本から10回ぐらい接待され、調査報告書の内容を漏洩し、そこに書かれていた「ATS(自動列車停止装置)があれば事故が防げた」という文言の削除を依頼され、物まで貰っていた事を問題にされているわけです。それに対して「誤解を招いた」と釈明するなら、報道されている内容は何が誤解であり、真実は何であるかを説明する必要があると共に、そのような虚偽の報道を行った新聞社を名誉毀損で訴えるべきと思うのですが、毎度お馴染み、この国では決してそういう展開にはなりません。 この人がJR西日本から接待されていたという事実が明らかになったので、世間の皆さんは事故調査委員という立場の人が調査対象であるJR西日本から接待されるなんて、一種の汚職ではないかと思っているわけです。特に100人以上が亡くなっているのですから、その遺族は皆、そういうルール違反は許し難いと思っているはずです。それに対して「誤解を招いた」と説明するなら、事実は何であったのでしょうか。接待を受けた事実は無いという意味でしょうか。或いは接待は受けたがJR西日本には何の見返りも情報も与えていない、だから問題ない、という意味でしょうか。JR西日本は、何の見返りも期待せず、ただ友情のためだけにこの人を接待し、物を贈ったのでしょうか。JR西日本はその費用をどういう名目で処理したのでしょうか。 この国では余りそういうことを言ってはいけません。社会的地位のある人が「誤解を招いた。申し訳ない。」と頭を下げれば、まあ謝ってるんだから良いじゃないか、と素直に納得する人を、この国では大人と呼びます。「誤解ってどういうことですか」「報道されているようなルール違反はあったんですか、無かったんですか。」「要するに非を認めるのか認めないのか?」なんていきり立つような者は、大人げないと言われます。何事に関しても和を以って尊しとなす我が国の美しい伝統を大切にせねばなりません。こうして原因も再発防止策も徹底究明すること無く、誰の面子も潰さず有耶無耶にしていれば、当然同じ事は何度でも起きます。TV番組製作会社のやらせぐらいであれば、何度繰り返して頂いても構いませんが、こうして三桁の人死にが出るような事故の関係でもこれが行われているのですから、我が国の美しい伝統を維持する社会的コストは莫大なものと思えます。 ま、こんなこと言ってるから、私も「大人げない」と思われているのですが(笑)。