2008/09/07
「ジュリアナ」はバルブ“後”の象徴
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私の住んでいる世界からは14万8千光年ぐらい彼方の話題ですが、バブルの象徴として今も語られる豪華絢爛舞踏会場「ジュリアナ東京」が一晩だけ復活したそうです。そのニュースを読む内、この会場はバブルそのものではなく、その崩壊直後の存在だったらしいと今更ながら気付きました。それは91年5月から94年8月まで、東京・芝浦にあったのだそうです。開店が91年5月ということはバブル崩壊翌年ではありませんか。あの崩壊は90年3月大蔵省銀行局長通達「土地関連融資の抑制について」が引き金となって起きており、あれさえなかったらバブル崩壊もなかったとして映画も撮られているほどです。
91年5月といえば、もう誰の目にもバブル崩壊の現実が見えていた頃で、当時情報システム関係の部署にいた私も、新たな予算が非常に取り難くなってきた事を実感していた頃でした。そこからスタートして94年8月といえば、既にHONDAもF1第二次参戦から撤退し、大学生の就職も土砂降りから氷河期になりつつあった頃でありませんか。 |
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ジュリアナはバブルの象徴というより、崩壊していくバブルの痕跡を懐かしむ人々の舞踏会場だったのではないでしょうか。沈んで行く夕日を誰も止められないように、崩れ落ちていくバブル景気の跡形も音楽や舞踏では止められず、人々の記憶や写真にしか残らなかったようです。 さて、次のバブルは何時どんな形でやって来ることやら。 後記:このジュリアナ東京がバブルではなくバブル後の文化であり、ずっと後になってバブル期のディスコと混同され、現在のイメージになったということは、バブル研究者の皆さんに於いては常識だったようです。私は今更気付きました。 写真の補足:上が今回の復刻版ジュリアナ、下が当時の元祖ジュリアナです。元祖のおねいさんたちが皆黒髪であること、復刻版は殆ど茶髪であることから、この14年間で起きたことが多少見えてきます。日本女性が殆ど茶髪にするようになったのはこの14年以内に起きたことなんですね。 |