歴史に学ぶ経営学

第一回 絶対優位の競争戦略 − ニッチマーケットを攻めよ

〜 本能寺の変 軍事真空地帯で戦わずして勝つ 〜

 天正十年(1582)六月二日、織田信長配下の武将 明智光秀は、京都本能寺にて織田信長を討ちます。日本史上最も有名な事件である「本能寺の変」は、光秀が早々に排除され真実が歴史の闇に葬り去られてしまいました。
 なぜ彼が反逆したのか、真相はわかりません。
 しかし、なぜ彼が成功したのか、そして失敗したのか、経営学の観点から解き明かすことは可能かも知れません。

 現代の経営学の中心になる考え方は戦略です。
 戦略というのは、戦争に勝つ方法を合理的に考えることです。
 つまり経営学というのは、ビジネスを市場を奪い合う戦争と捉え、自分の目的を可能な限り少ない犠牲で実現しようとする学問です。

 さてドンパチやる戦略論に目をやると、古今東西、数多くの戦略論が生まれては消えていきました。
 その中でも孫子の兵法ほどよく読まれているものは、無いのではないでしょうか?
 たしかに西洋においても、ローマ時代のアグリッパーや近代のクラウゼヴィッツのような稀代の戦術家はいますし、現在でも各国の軍隊では戦略・戦術の研究は盛んです。

 でも、孫子の唱えた

  1. 戦わずして勝つ
  2. 勝算なきは戦わず

を越える戦略理論は存在しないのではないでしょうか? 

※ 仮にあるとしたら、近代ヨーロッパで生まれ、米ソ冷戦で最高潮を迎えた「勢力均衡(Blance of Power)=恐怖の均衡」ぐらいでしょうか?

 そして信長配下最高峰の武将明智光秀は、この「戦わずして勝つ」という基本を忠実に守り、信長を成敗しています。
 「本能寺の変」の当日、信長を守る武将は全国に散らばり、京都にはろくな軍隊はいませんでした。もちろん、京都周辺にも。
 京都は軍事真空地帯だったんです。
 唯一光秀軍を除いて。

 敵の居ない戦は、簡単に光秀の勝利に終わりました。
 戦わずして勝ったのです。

 ビジネスの世界でも戦わずしてかつことは、最高の戦略です。
 だれも作っていない製品、だれも考えなかったサービス、だれも気づいていない市場。
 こういった誰もいない市場でビジネスを行うことをニッチ戦略といいます。

 現在の経営戦略論を完成(?)させたのは、マイケル・E・ポーター(Michael E. Porter)ですね。彼の経営戦略論を「競争戦略論」と呼びます。
 彼は企業が取るべき戦略を「戦略ターゲット−戦略の有利性」の2次元マトリックスで考え、3つの戦略オプションを提唱しました。(図1)

  1. コスト戦略
  2. 差別化戦略
  3. フォーカス戦略

の3つです。

(図1)ポーターの戦略マトリックス

 コスト戦略差別化戦略は、広く業界全体に正攻法で攻め込む方法です。
 コスト戦略は、安い製品で市場に乗り込むことであり、それを可能にする方法を考えることです。
 差別化戦略は他社とは違う製品・サービスを生み出すことで、競争優位に立とうという考え方です。

 フォーカス戦略というのは上の2つと少し違います。
 そもそも相手にする市場を絞ることで、経営資源を効率的に使おうという考え方です。

 敵は少ないほど楽に戦えるもんね。

 ニッチ戦略というのは、このフォーカス戦略の一種です。
 市場を絞って、大企業のような強力な敵がいない市場で戦おうという考えです。
 この敵の居ない状態にで戦うことを最高と考える経営戦略を、絶対優位の競争戦略なんていうこともあります。
 まさしく"戦わずして勝つ"ですね。

 軍事真空地帯京都で見事信長を破った光秀も、すぐに秀吉に討ち滅ぼされます。
 その話は、またの機会に

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