食事を抜いてこの本を読め!!

ジャンル 純文学
書名 白痴
著者 坂口 安吾
出版社 新潮文庫 ISBN ISBN-10-102401-4 値段 400円
名言  
感想  坂口安吾といえば、誰もが「堕落論」を思い描くほど、有名な作家ですね。
 「堕落論」というタイトルは刺激的なので、誰もがオッと思うものがあります。
 その坂口安吾の代表作が、この白痴です。

 ただ、白痴って言葉は、政治的に正しい言葉ではないようで、ATOKでは変換できません。

 さて、この本はいくつかの短編を集めた短編集で「白痴」もその中の一つです。
 全編を貫いているのは、落伍者にあこがれている、というか端から見たら落伍者でしかない主人公が、精神の純潔と貞節の念が大切だ、自分は精神では高潔だといいながら、結局情欲にまけて自己嫌悪に陥ったり、あいての女性を憎んだりするという、情けない人間のありようです。

 もちろん、これらはフィクションですから、坂口安吾という人物が、そういう情けない男だというわけではないのでしょう。だから、坂口安吾を尊敬する人も、決してまねしない方がいいと思いますよ。

 さて、この短編集の中で、ボクが一番好きなのは、「外套と青空」という話です。
 親友(?)の妻を寝取った男が、その妻の肉体に溺れて、最後はあっけなく捨てられるという、イイ話です。

 話の発端は、裕福で教養のある紳士、生方庄吉(うぶかた しょうきち)と知り合い、彼の家に出入りするようになった主人公、落合太平が、庄吉の妻キミ子と不倫するところです。
 まあ、不倫までもいろいろあって、基本的に主人公はキミ子のことは、好きでもなんでもないんですね。

太平の方も、キミ子の魅力に惹かれるところは少なかった。(P111)
 それが、少し言い寄られると、ずるずると関係をもってしまうのです。

 その情けなさが、坂口安吾の醍醐味ですね。

  結局、キミ子は一度は、庄吉の元に返るものの、何があったのか、いきなり太平のところに居座ります。

すると、唐突な初夏と同じように、突然キミ子が訪ねてきた。小型のトランクを一つぶらさげて。
「しばらく泊めてちょうだいよ」
 キミ子は男が狂喜することを知っていた。その男を冷然と見下している鬼の目がかくされていた。二人をつなぐ魂の糸はもはや一つも見当らず、太平はキミ子の肉体を貪るように愛撫して、牝を追う牡犬のような自分の姿を感じていた。・・・(P125)
 この辺は圧巻ですね。
 愛とか尊敬ではない、同情ですらない、単なる肉欲で女性を欲して、しかもそういう自分に嫌悪感を感じながらも、それをどうすることも出来ない男のあさましさを書かせたら、坂口安吾を超える作家は少ないのではないでしょうか?
 そして、女性を徹底的に、イヌやネコのように衝動的な本能でしか動かないように描くのも、坂口的です。

 しかも

庄吉が訪ねてくると困るからとキミ子は運送屋を連れてきて別のアパートへ引っ越させた。(P125)
 この妙に現実的な行動が、いかにも度胸も覚悟もなくていいですね。なさけなさ20%アップです。
 普通の純愛ものなら、遠くに逃げるけど、近所に引っ越すというのは、なんだか安上がりでいいですね。

 さて、そんなどうしようもない2人にも破局が来ます。

けれどもキミ子は立ち去った。小さなトランクを置き残して。友達を訪ねてくるからといい、今夜は帰らないかも知れないわ、といい残して。そのとき彼はチラと不安に襲われたが、それをどうすることもできなかった。三日たち、五日たち、十日たち、キミ子は帰らなかった。(P130)
 見事ですね。
 何が見事かというと、男にとって女性が、連絡もなく突然いなくなるのが一番応えるからです。
 そういう別れだと、未練が募っていつまでも、その女性のことを考え続けてしまいます。考えても仕方ないのに・・・

 結局、キミ子は主人公の太平を愛してはなかったのでしょう。また、太平もキミ子を決して愛したりはしていない、そういうどうしようもない男女の姿を、あえて文学にしようとする坂口安吾を、ボクは損尊敬せざるを得ません。

 マネはしないけどね。

(2000.11.26)

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