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V(ヴィ)・ファーレン長崎(九州リーグ所属)
チーム名はオランダ語の「航海する=VAREN」(ファーレン)と「平和=VREDE」(ブレーダ)、
ポルトガル語の「勝利=VITORIA」(ヴィトーリア)、の3つの語が語源。
07年成績 ・九州リーグ3位(17勝3敗 79得点17失点) ・長崎県選手権優勝 ・全国社会人選手権ベスト4 ・天皇杯3回戦敗退 備考 2004年設立。2010年以内のJリーグ入りを目指す。 メンバー紹介・布陣・戦術 3/20更新 東川昌典体制(2008) ユースでの実績豊かな東川昌典を招聘。フロントにも強化育成部に経験豊富な中村重和氏を迎え、JFL昇格を絶対命題して臨む。 06年からチームの攻撃を支えた主力が相次いで退団するも、レンタル補強等を駆使し「勝つ為の長崎」を優先。 JFL昇格へ総力戦を挑む。 第2次岩本文昭体制(2007) リーグ開幕5日前に電撃復帰。シーズン前の混乱がリーグ戦での苦戦を招き、 全社ベスト4、天皇杯3回戦でJチームと公式戦初対戦で行う等 昨年に劣らぬ成績をあげながらあと一歩及ばず3位に沈んだ。 大渕龍介体制(2007) 岩本文昭氏が総監督兼強化部長のポジションへ退き、大渕龍介氏が監督に就任。植木総司コーチは留任。 練習内容は緻密で理に適っていたが諸所の問題から方針を巡って九州リーグ1週間前に監督を電撃解任。 総指揮期間54日(1月30日合流〜3月24日解任)。 第1次岩本文昭体制(2005〜2006) 05年にチーム名をV・ファーレン長崎と改称。 チームの正式発足から1ヶ月でシーズンインという慌しい日程ながら初参戦3位という成績を納める。 06年には九州リーグ、全国社会人選手権を県勢として初制覇。 天皇杯は1回戦敗退となったものの県選手権とあわせ地域三冠を達成。 JFL昇格を賭けた第30回地域決勝大会へ補強選手8名を加え予選ラウンドで磐石の強さを見せるも、 決勝ラウンドでまさかの3連敗。JFL昇格は翌年へと持ち越された。 有明クラブ・有明SC時代 1985年に設立され県リーグで抜群の実績を誇っていた有明SCと高校サッカーの名門国見高校OB主体の国見FCが 2004年に合併し設立。植木総司監督、岩本文昭コーチ体制で 同年の長崎県1部リーグを無敗で制し、第28回九州各県リーグ決勝大会準優勝。 九州リーグに昇格を決めた。
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