柴山健 太郎 「グローバル化と福祉国家‘改革の新戦略をめざして」 ≪論文・書籍TOP≫
 
Shibayama, Kentaro 2000, 柴山健太郎「グローバル化と福祉国家‘改革の新戦略をめざして−「第三の遣」をめぐる欧州社会党内の論争−」、『進歩と改革』,2000/7-8月号所収 

著者の許諾と 『進歩と改革』誌の好意により本文全文を掲載します。

 グローバル化と福祉国家 改革の新戦略をめざして

−「第三の道」をめぐる欧州社会党内の論争− 

       労働運動研究所  柴山健太郎


論争発展の経過

 一九九七年以降、欧州連合内で中道左洗政権が主導権を確立する過程で、プレア英国労働党政権の提唱する「第三の道」路線をめぐり、欧州社会党内部で論争が発生した。
この論争の口火を切ったのは、九七年六月にスウェーデンのマルメで開かれた第三回欧州社会党大会でのブレア英国労働党党首とジョスパン仏社会党党首の論争だった(注1)。
                                           
 ブレアは、九七年五月に発行した『第三の道 − 新しい世紀のための新しい政策』と題するパンフレットで自分の主張をより詳しく展開した。このプレア理論を集中的に批判したのが、イギリス共産党のユリツタ・ホプズボウムを先頭にニューレフト、労働党左沢系の理論家が九八年秋に臨時再刊した『マルキシズム・ツデイ』誌のプレア労働党批判特集号だった。

 この論争は、九九年六月の欧州議会選挙の終盤戦にブレア首相とシユレーダー首相(独社民党党首)の共同声明『欧州・第三の道/新中道』 の発表を契機に、独社民党(SPD) の内部論争にまで発展した。さらに九九年三月辞任したオスカーラフォンテーヌ前独蔵相・SPD前党首が九九年一〇月に発刊した著書『心臓は左で鼓動する』は、この論争の火に油を注ぐ役割を果たした。

 これと前後して発表されたジョスパン首相のパンフレット『新しい社会民主主義』は、プレアの「第三の道」理論を西欧における社会主義モデルの多様性をあげて批判した。
またドイツ社民党の理論家トマス・マイヤーは「ゴーデスペルクから『新しい中道(ノイエ・ミッテ) へ』 −ドイツにおける新しい社会民主主義」という論文で、ブレアの「第三の道」を「新しい修正主義」と規定し、「グローバル化への対応の産物」としてその有効性を認めながらも、「ドイツ・モデル」に適合する方法を用いる必要性を強調して、シュレーダーの「ノイエ・ミッテ」路線にも注文をつけている。

 ドナルド・サッソンは、こうした欧州社会党内部の論争を総括し、九九年一一月にフェビアン協会のパンフレットに掲載した「欧州左翼の収斂、継続性と変化」と題する論文で「ブレアは穏健主義者で、ジョスパンはラデイカリスト」とい、つマスコミの評価を「論争のカリカチュア化だ」と批判した。彼は、両者の見解は「相違点よりも共通点のほうが大きい」と指摘し、さらに「欧州左翼が今ほど統一し、団結し、均質的だったことはいまだかつてない」と述べている。

 九九年二月入日から三日間、パリで開催された社会主義インター第一二回大会で採択された『パリ宣言』は、仏社会党グループを中心にこの論争を積極的な方向に発展させるために、グローバル化と国民国家の役割に焦点を当てて、グローバル化を人類の進歩に役立たせる民主的社会主義の対応のあり方を追求した。

 この社会主義インターが終了した直後の一一月二〇日、一二両日にイタリアのフィレンツェで欧州大学と米ニューヨーク大学の共催で、『第三の道』について議論するシンポジウム『二一世紀のための進歩的統治』が開催された。このシンポジウムには、プレア英首相、シュレーダー独首相、ダレーマ伊首相、ジョスパン仏首相、欧州委員会のブローデイ委員長、カルドゾ・ブラジル大統領にクリントン米大統領などが参加した。このシンポジウムは、一昨年初めからクリントンとブレアが練り上げてきた国際的な『第三の道』戦略としての『中道左派センター』創立構想の一環であった。当初のクリントン構想では、昨年九月のニューヨーク国連総会の際に、ブレア首相やジョスパン首相など欧州連合首脳やカルドゾ大統領などを招いて、グローバル化する国際資本のポスト産業社会支配に対抗する共通の政策を練り上げる一大国際フォーラムにする予定だった。だがこの構想は、クリントンがセクハラ疑惑の渦中に置かれたため不発に終わり、今回再び息を吹き返したのである。

 かくして 『第三の道』をめぐる論争は、グローバル化や福祉国家改革、多国籍企業やへッジファンドなどの国際的な金融資本の投機規制のための国際機関の創設の問題などを越えて、「中道左派インター」をめぐる論争にまで発展する様相を見せている。だが今回は「中道左派インター」問題は後に譲り、「第三の道」をめぐる論争の発展を経過を追って紹介することにする。この論争から何を汲み取るか。
以下の簡単な論点整理が読者のお役に立てば幸いである。

 「第三の道」とは何か トニー・ブレア

 ブレアは九八年九月に英国労働党のシンクタンクの一つであるフェビアン協会の『フェビアン・パンフレット』に『第三の道 − 新しい世紀のための新しい政治活動』という論文を発表し、新しい労働党の政治理念を展開した (注2)。

 この論文で、彼は「第三の道とは、現代版の社会民主主義である」と規定し、さらに次のように述べている。

 「第三の道が基盤としている価値観は、過去一世紀以上にわたり、進歩的な政治活動の指針であった民主主義、自由、正義、相互の義務、国際主義である。『第三の道』である理由は、旧い左翼やニューライトを決定的に乗り越えているからである。前者は国家統制、高い税金、労働者の利益擁護に専心し、後者は公共投資、ときには 『社会』とか集団的な努力という考え方自体を許容できない『悪事』と決めつけている。」

 「第三の道とは、右翼と左翼を妥協させる試みではなく、世界情勢が一変した中での伝統的価値観とは何かということに関するものである。さらに第三の道の活力源は、『中道左派思想』 の二大潮流 (民主的社会主義とリベラリズム)の団結にある。今世紀、この分裂が西側諸国の進歩的な政治運動に大きな打撃を与えた。リベラリストは市場経済の下での個人の自由こそ最優先諷題だと主張した。社会民主主義者は国家主導によって社会正義を促進した。この二潮流は必ずしも対立するものではない。」

 「この点で、第三の道は左翼内部での『第三の道』でもある。・・・・・・左翼原理主義者は、国有化と国家統制を自己目的にしでおり、イデオロギーによって政策を選択するという硬直路線をとっでいる.……これに反対する穏健左翼は多くの場合、左翼原理主義の基本路線を受け入れながらも、その速度を緩やかにするよう反論するか、あるいは理念の世界を無視した。……第三の道は、社会民主主義を抜本的に再評価し、左翼の価値観そのものにまで深く踏み込み、全く新しい方法論を開発している。」

 さらにブレアは、一〇年前に米国、欧州、北欧など西側の民主主義国家で保守派が政権を独占し難攻不落に見えたが、今日では欧州連合のほとんどの国で中道左派が政権を取っている理由を、保守派政権が社会の上下の二極化、犯罪の増大、低い労働生産性、経済の停滞などの諸問題を解決できなかったことにあると指摘した。さらに彼は、社会民主主義政党が主体となった中道左派政権がいずれも福祉国家改革を率先実行し、貧困者の社会的排除の根絶に取組み、経済界を新しいパートナーとして迎え、経済成長と技術革新を推進し、強固な経済基盤を確立するために努力しつつあることを強調している。
     *

 ブレアはさらに、中道左沢の土台である中心的価値観について述べ、「われわれの使命は、万人の自由と潜在能力を最大限に発揮させる公正な社会にとって必要不可欠な四つの価値(平等な価値、機会の均等、責任、共同体)を促進し、調和させることである」と主張し、次のように述べている。

 @「平等な価値」―社会正義の土台は、各個人がその出身背景、身体能力、信条、人権に関係なく平等な価値を有するという原理である。才能や努力がすべての分野で成果をあげるよう奨励され、政府は差別と偏見を一掃するために断固たる措置を取るべきだ。

 A機会の均等―労働党の新しい規約は、富、権力、機会を最大限に分散させるために努力すると定めている。特に機会の均等こそ新しい政治における中心的価値である。
だが左翼は従来このことをあまりにも軽視し、最悪の場合には抽象的な平等の名の下に、機会を抑圧してきた。進歩的左翼は、本当の機会の均等の実現を妨げる障害を取り除くために精力的に取り組まなければならない。

 B責任―あまりにも長い間、国家に対する権利要求は個人や企業側における市民の義務、相互責任を果たすことと切り離されてきた。われわれの享受する権利は、われわれの負う義務の反映である。権利と機会は、義務のない場合、利己心と貪欲の原動力となってしまう。

 C共同体―左翼原理主義者の二〇世紀の悲惨な誤りは、国家が市民社会に代替できるし、それで自由を拡大できると信じたことであった。ニューライトは、逆の道を過激に進み、「自由」のために、国家の基本的活動をすべて売り飛ばすよう主張した。最大多数の自由のためには強力な国家が必要だというのは真理だ。進歩的な政治が当面する最大の課題は、国家を実力ある機関として利用して、共同体やボランティア団体を守り、市民の新しい要求に応えられるよう、これらの団体の発展を奨励することである。

 これがブレアの 「第三の道」 の基礎をなす価値観であるが、その 「政策」について彼は「われわれの方法論は 『永続的な修正主義』 である。われわれの目標を実現するために、絶えずよりよい手段を探究するし、その根底には先進工業社会で現在起こっている変化に対する明確な認識がある」 と主張し、次のように述べている。

 「この五〇年間、イギリスなどの欧米民主主義国家の政治を支配したのはネオ・リベラリズムと中央集権国家色の強い社会民主主義の二大潮流である。……イギリスは両潮流の絶項期をともに経験した。」

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 一九四五年の労働党政権は、戦時の条件、戦前の不況や貧困という遺産を受け継いだが、産業の国有化や需要の管理、経済活動の指令、医療や社会サービスの未曽有の規模での拡大などにより、国民保険制度をはじめ福祉制度を確立し、高度成長と成長の成果の公正な分配を達成した。だが、一九七〇年代に入り国際競争が激化し産業技術が急激に発展するという条件下では、こうした需要管理、高水準の国有化、国家指令経済は成長の促進や増大する失業の削減にはますます非効率的になり、公共サービスの質も著しく低下した。八○年代に成立したサッチャー政権の改革のいくつかは近代化のための必要な措置ではあった。だが教育、医療という基本的な国家サービスは重大な打撃を受け、多くの自治体が存立の危機にさらされ、犯罪、失業、社会的排除が増大したが、保守政権は全く解決する能力を失っていた。

 「第三の道の最大の課題は、こうした変化に真正面から取組み、解決することである。」

 イギリス左翼のブレア批判   『マルキシズム・ツデイ』誌特集号

 このブレアの 「第三の道」理論に真っ向から批判の声を挙げたのは、イギリスの左翼の理論家を代表するエリツタ・ホブズボウムやスチェアート・ホール、マーチン・ジャックら旧 『マルキシズム・ツデイ』誌のグループだった。
この雑誌は、イタリア・マルクス主義の影響を強く受け、反スターリン主義的な論調で知られていたが、一九九一年に停刊された。それが九入年秋に、一回かぎりの随時号として一一月/一二月特集号として再刊された。

 この雑誌には、イギリス共産党、労働党、ニューレフト系の左翼の理論家二八人が寄稿しているが、ただ一人を除き、すべてブレアの新しい労働党 (ニューレーバー) 政権に対する批判論文で埋め冬くされている。ブレア路線を支持しているのは、ブレア政権の顧問のジェオフ・ムルガンだけである。これらの批判論文のブレア批判の主要な論点は、「サッチャリズム路線の継承」、グローバル化やネオリベラリズムヘの追随などである。

 そこでこの特集号の主要論文であるマーチン・ジャック、スチュアート・ホール、エリツタ・ホブズボウムの批判を紹介しょう。

 ●「サッチャーのネオ・リベラリズムの継続」  マーチン・ジャック

 マーチン・ジャックの労働党批判の要点は、彼らがグローバル化に対する従来の保守政権の対応と断絶するのではなく、継続している点にあるとして次のように述べている。

 「過去四半世紀の間の近代性の特徴は、七〇年代後半に開始されたグローバル化の自由市場体制に基づく社会的コントロールの深刻な喪失であり、それは社会的不平等の巨大な増大や社会的コンセンサスの低下をもたらしたことである。これらはいずれも不可避ではなかったし、自然現象でもなかった。それらはサッチャー・レーガン時代に計画的に産み出されたものだった。ブレアの中心的任務はその条件を黙って受け入れることではなく、それをひっくり返すことである。」

 「ブレア時代を特徴づけているのは、断絶より継続である。……新しい労働党は、ネオ・リベラリズムの終焉を予告しなかった。それどころか彼らはそれを妙策と認め、政治的にも理論的にもそれ以外の政策は不可能と信じたのである。」

 「新しい労働党は、新しい歴史を切り開くのではなく、先行するネオ・リベラリズム時代の終焉に以前より強く適応している。」 (注3)

 ●「グローパリゼーションは自然現象ではない」  スチュアート・ホール

 スチェアート・ホールは、ブレア労働党のグローバル化への対応を、次のように批判する。

 「新労働党はグローバル化を非常に単純に理解している―単純で矛盾がなく一方向性で、どこでも同じ特徴を示し、不可避的に同じ結果をもたらす現象として―。アンソニー・ギデンズ (イギリスの著名な社会学者、ブレア首相のブレーン)の酷評にもかかわらず新労働党は、グローバル化を自己制御するにはまるで抗し難い自然力のように扱っている。彼らは世界経済をまるで天候のように扱っている。ブレア氏は、労働党大会での演説で、世界経済の動きが非常に早く、金融の流れは巨大で極めてスピーディで、世界経済の三分の一を瞬く間に危機に陥れ、その金融操作は国民国家でも地域的・国際的諸機関でも統制することができないほどである、と述べている。彼は、疲れたような態度で『世界の歩む道』と呼んでいる。これに対する彼の対応は 『変化をうまく切り抜けること』 である。だが彼が真に言わんとしたことは、『我々が制御することができないょうな変化に適応しうるよう自分自身を変えること』 である。」

 「グローバル化はそれ以外に選択肢のない生活の現実であり、制御することもできないし、グローバル化の過程またはその効果にいかなる規制も行うことはできない。したがって新労働党は、経済の積極的な運営から広範に手を引いている (「長期的視野で見れば、ケインズは死んだ−」)。
その代わりに、彼らが行っていることは、社会をグローバルな経済の必要に積極的に適応させ、市民がグローバルな市場でより有効に競争できるように自信を持ち、自立するよう指導することである。新労働党の経済政策の基本的戦略は、ネオ・リベラル的で市場の規制撤廃、新管理体制による公共部門の総体的な改革、公共資産の民営化の継続、税率引き下げ、労働市場の規制緩和の 『禁止』 の中止、個人備蓄と個人責任の文化の制度化、自立、競争能力および企業家精神の活力の価値の優先である。」 (注4)

 ●「ズボンをはいたサッチャリズム」  工リツタ・ホブズボウム

 エリッタ・ホブズボウムの批判は、このスチェアート・ホールやマーチン・ジャックに輪をかけたような激しさでブレア政権を「ズボンをはいたサッチャリズム」ときめつけ、その理由として次の四点を挙げる。

 @七〇年代の終わりに混合経済の古典的な諸政策はうまく機能しなくなり、グローバルな多国藷企業の急激な発展は社会民主主義からその主要な源泉である国民経済をコントロールする能力を奪った。だが労働党はサッチャー政権の自由放任経済に基本的に追随している。

 Aブレアの信奉する経済学は、経済の体系的な民営化や規制緩和などにより、グローバルな市場の中で最も有効かつ摩擦のない理想的な経済の実現をめざす新古典派経済学者たちの理論であるが、これは多国籍企業や投機業者のための経済学である。

 Bブレアは強固なネオ・リベラリスト的信念の持ち主であり、グローバル経済だけを重視する。したがって国民経済または国家的政策の策定は不可能または無意義になる。

 Cブレアは今後の政治的多数派の獲得が、もっぱらサッチャー主義者の多い中産階級の票の獲得にかかっていると信じているからである(注5)。
                                                       一
     *

 ホブズボウムは、このようにブレアを批判したのに続いてグローバル経済について、さらに三つの問題点を指摘する。

第一に、グローバル経済の活動と極端な自由放任経済は一致しないこと、
第二は、グローバル経済は国民経済と同様に非市場的機関なしにスムーズに機能しないこと、
第三は、グローバル経済は国家の政治権力や政策には代行しえず、世界のGNPの大半を占める大国においては、国家の領域内に生じたことをコントロールする国家の権力は依然として強力である、
などの諸点である。

 ホブズボウムは言う。「ここから我々の当面する二つの基本問題、
@資本家のための市場経済の操作をいかにコントロールし規制するか、
A我々の社会の生産した富をいかにして国民に公平に分配するかが出てくる、
として次のように指摘する。

 「労働党政権は基本的にはネオ・リベラル・エコノミストのコンセンサスに基づく政策を放棄しない。」
 「労働党政権にとって、政権の主要な目的が国の富ではなくて福祉と社会の公正さにあるということを想起する時機なのである。」
 
 しかるにブレア労働党は、労働市場のドラスチックな変化、すなわち、
@以前よりはるかに少ない労働力支出で、しかも非常にさまざまな方法で国内総生産(GDP)を拡大することが可能になった、
A画一的な労働市場は分断され、高利潤創出企業の高所得職業と低賃金・臨時・サービス産業への多極化の進行、
B正規雇用の労働市場が不正規、灰色または闇市場の拡大により収縮しっつある、などの変化によって生じた分配の不公正を是正しようともしない。

ホブズボウムはこのようにブレアを批判し、ネオ・リベラリズム的な労働政策を放棄することを要求している。

 ●「あら探しより実践的代案を」    ジェオフ・ムルガン

 これに対し、ジェオフ・ムルガンは「泣き言とお祈り」と題する論文で痛烈な反論を行っている(注6)。

 「資本主義が東アジア、ロシア、ラテンテメリカ経済の急激な下降によって深刻な危機に陥っていることは疑問の余地がない。世界の三分の一が不況に陥り、ヘッジ・ファンドが危機に見舞われ、銀行は手を広げすぎて余力をなくしている。これは共通認識であり、これら二人のマルクス主義知識人(スチュアート・ホールとエリツタ・ホブズボウム)が資本主義がかつてなく不安定で不公正になっているときめつける事実である。……だが驚いたことに、彼らは一九九〇年代の資本主義を熱情的に攻撃はしても、対策に対しては何も語らない。実際に資本主義に代わるべきものがあるのかどうか、資本主義をいかにして人間的なものにするのか、などということに関しては何も語らないのである。」

 「この二人の著者が今なお全能だと主張するネオ・リベラリズムの論議になると、事態はもっと悪くなる。……この観点は、保守・リベラル政権が権力の座から放り出されてしまったという事実や、なぜこうした事態が生じたかという原因、それらの政権下の社会で不平等が広がり、貧富の差がさらに進行するようになった事実、多数の人々の生活が一層不安定になり、このまま進むと自分たちの生活の質を保証する職場や年金や公的サービスを失うのではないかという恐怖、減税や公的支出の増大どころか、生産的投資や社会保障の財源まで削減して、法を削減して秩序の費用の増大に振り向けたという事実を無視している。これらがクリントン、ジョスパン、ブローデイ、ブレア、コークなどさまざまな政権が選出された政治的背景である。これらが彼らの政策がネオ・リベラル的な政策と非常に異なる理由である。いずれにせよ、ホブズボウムとホールは、こうしたことをすべて見過ごしているように思われる。」

 ムルガンの批判は、さらに続く。
 「現在、中道左派政党が社会民主主義的伝統を拒否していると述べているのは馬鹿げている。現在の中道左派政権は、依然として富と権力の再分配の価値を信じている。……労働党政権が行った最初の行為の一つは、先進的政府ならどこでも行うような再分配政策としての失業対策を行う財源のための五〇億ポンドの公益事業税の課税だった。……もし中道左派政権の財政がより再分配的であるべきだというなら、それをいかなる手段で行おうというのか?」

      *

 ムルガンは、今日のマルクス主義者やポスト・マルクス主義者の多くが、ホブズボウムやホールのように、現代資本主義や新しい労働党の路線を激しく攻撃するだけで、決して代替戦略を示そうとはしないときびしく批判している。彼は論文の最後を「かつてのマルクス主義者の世代は、資本主義を打倒し、真の自由が実現され、人間の能力が解放され、病める者が治療され、無力な者には力が与えられる理想社会を実現することを約束した。だが今日のマルクス主義者の論文には、このような高邁な希望も理想もないし、努力目標もなければ人々の心を打つ激しい情熱すらない」という、激しい批判で締めくくっている。

「サプライサイド・エコノミックス」の推進を   ブレア・シユレーダーの共同声明

 九九年六月の欧州議会選挙の終盤戦にイギリスで発表されたブレア英首相、シュレーダー独首相の共同声明「欧州・第三の道/新中道」は、二人の期待に反して選挙戦に好結果をもたらすどころか、両国とも敗北に終わり、特にドイツ社民党(SPD)内ではシュレーダー政権の社会・経済政策をめぐる論争を再燃させる結果となった。

 この共同声明は、
@前書き、
A変化する現実に則した新しい政綱、
B左翼のための新しいサプライサイド・エコノミックス・プラン、
C左翼のための積極的労働市場政策、
D欧州の政治的基準
の五章からなる短い声明であるが、基本はブレアの「第三の道」路線で貫かれている(注7)。

 この共同声明がSPDの党員と支持者に混乱を巻き起こした理由は、党首が党の基本路線に関わる重要な政策変更を、党の機関にも諮らずに海外で発表したという重大なルール違反にあった。シュレーダーとしては、党内の最大の反対派でその中心のラフオンテーヌが党首を辞任しても、「新しい中道」路線に抵抗する左派勢力が依然として強力なので、選挙の終盤戦のテコ入れのつもりで共同声明を発表
したのだが、結果的には党内の反発と支持者の混乱で全くの逆効果に給わった。

 この共同声明で特にSPD左泥の反発をかったのは、第三章の「左翼のための新しいサブライサイド・エコノミックス・プラン」だった。この章は、「欧州の多くの地域で、失業率があまりにも高すぎる。そのほとんどは経済構造上の失業である。この難題に対処するため、欧州の社会民主主義者は左翼のための新しいサプライサイド・エコノミックス・プランを作成し、実行しなければならない」という前置きで、市場政策や課税政策、労働市場政策などについて提言を行っている。特に強調されているのは資本の収益性の増大、投資拡大のための法人税と中小企業の投資促進のための事業税の減税、働く家族と労働者に対する税負担の減税である。次に重視されているのは、積極的労働市場政策である。その中で最も重視されているのが労働者教育で、学校教育水準の向上と改革、生涯教育と職業訓練、通信教育の促進などが強調されている。

 「高い雇用率を達成、維持するために、被雇用者は変化する需要に対応しなければならない。生涯教育と職業訓練、そしてその機会を生涯活用できることが、現代世界におけるもっとも重要な保証となる。したがって、それぞれの政府は、各個人が資格を向上させ、可能性を実現させることを可能にする構造を整備する責任がある。これは現在の社会民主主義の最優先事項でなければならない。」

 だが、声明は、景気の下降期における政府投資の増大のための資金調達以外の高水準の赤字財政支出を否定し、「健全な公共資金調達」を主張する。

 「赤字財政支出は、成長を早め、就職率を高める上で障害になる経済構造上の弱点を克服するためには利用できない。
社会民主主義者は、公共部門の負債が過度なものになることを許容してはならない。負債額の増加は、次の世代に不当な負担をかけることになる。望ましくない再配分という影響も生じかねない。特に、公共部門の高額負債のために資金が使われると、教育、職業訓練、あるいは交通機関のインフラヘの投資増大を含めた他の優先事項に使うことができる資金がなくなってしまう。……左翼のサプライサイド・エコノミックスの立場に立てば、高水準の政府借入れは引き上げるどころか、引き下げることが不可欠である。」 

 さらに、「左翼のための積極的労働政策」では、雇用拡大のための機会の向上を目的として、
@仕事を見つける個人の能力を制限する福祉制度の改革、
A社会政策手段を、人生における機会の向上と個人の責任を促進するものに変えること、
B失業から就業への移行を容易にするために、失業期間中での資格の取得やパートタイムや低賃金雇用を拡大する、
C長期失業者を対象にしたプログラムを導入し、労働市場に再加入する機会を与えるとしている。

 「『第三の道』は誤った道」   オスカー・ラフォンテーヌ

 ●『心鹿は左で鼓動する』

 シュレーダーの「第三の道」 への追随と、ブレア・シュレーダーの『共同声明』をきびしく批判したのが、九九年一〇月に発刊されたラフオンテーヌの著書『心臓は左で鼓動する』 である。この著書は二三章から成っている。この中でシュレーダー政権の政策批判が強く出ているのは、「経済・財政政策の新たな方針決定」「不必要なフライング」「国際金融政策」、「コソボ戦争」などの各章である。特に真っ向から「第三の道」批判を打ち出しているのが、「第三の道は誤った道」の章だが、この中でラフオンテーヌがブレア・シユレーダーの「共同声明」を批判している部分を抜粋してみよう。

 「私が、驚きと怒りの念を持って注目したのは、私が辞任した後、ゲルハルト・シュレーダーがSPDをいわゆる第三の道という誤った路線に導こうとしていることだった。
私は、SPD指導部、特に新しい党首が我々が連邦議会で勝利した理由がどこにあるのか理解していないという結論に達した。」 (注8)

 「ブレアとシュレーダーの共同声明は言う。『我々は政府の赤字財政を全面的に否定するわけではない。周期的な景気の下降期では、自動安定装置を利用することは理に通っている。また、政府の投資増大のための資金調達を目的とする借入れは、市場原理に厳密に従うならば、経済の供給側を強化するうえで重要な役割を果たしうる』 と。

 だが社会的国家を廃止する者は、もはや自動安定装置を利用することはできない。『過小投資の伝統』はいまや企業レベルにも波及している。規制が撤廃された金融市場では、金融投資・投機分野の利潤率は、全国の生産企業の利潤率より高い。したがって、金融投資の増加率は生産投資より早い。七〇年代中頃からECで生産投資率が後退した原因はここにある。世界金融市場は、ただ単に生産投資率に影響を与えただけでなく、企業文化の著しい転換をもたらした。企業は株式市場の動向によって資本調達する傾向をますます強めている。これによって企業は株主の短期的な利害によって一層強く左右されるようになる。この結果、企業の諸決定は短期的な思考と可変的なコストによって規定されるようになる。この可変的なコストに含まれるのが、特に賃金コストである。これまで何十年間も労働者は共同
事業者であり、共同決定者であったが、今やコストの一項目にまで引き下げられてしまった。」 「グローバル化 − その要件と推定される諸結果 − は、経済と社会に不安をもたらす。ネオ・リベラリズムのイデオロギー的な攻撃の根拠はそこにある。グローバル化は市民を脅かして譲歩させるために誇張され、こけおどしに利用されている。世界でも最良の産業立地国の一つであるドイツは法人税の引き下げ、社会的国家の解体、賃金引下げのねらいを達成するための攻撃にさらされている。」

 「指導的な労働市場経済学者の一人であるリチャード・フリーマンは、過去二〇年間に所得と生活条件の不均衡が最大限にまで達したアメリカを『アパルトヘイト経済』と規定し、次のように述べている。『ネオリベラリズム的な″レーガノミックス″ の受益者はそれでなくとも豊かな生活を送っている社会の五%に過ぎない。それ以外の人々はすべて敗者である − 貧しい者が増えれば増えるほどよい。フリーマンは遅かれ早かれ新しい階級闘争が発生することを恐れている。アメリカに当てはまることは、そままヨーロッパにも当てはまる。ヨーロッパで左翼政権が権力を握ったのは、市民がネオ・リベラリズムの社会的冷酷さを拒否したためである。もし政治が女性や男性の市民たちの 『助けて』 の声を無視して救いの手を差し伸べなかったら、抗議は別な方法を求めるだろう。もしヨーロッパの社会民主党政府がこの一回限りのチャンスを逃したら、過激派諸政党は社会民主主義的モデルに対抗するネオ・リベラリズムに向かって突進し、その結果、急激な通貨・金融危機をもたらすことになるだろう。」

 「経済生活においても、再び公共精神にこれまで以上の大きな権威を持たせることが絶対に必要である。民主的左翼にこれ以外の任務と目標はない。元来″社会主義″の槻念には、特定の生産制度の意味はなく、努力、個々の人間の利己的な努力を利益の総和である公共の利益に誘導していくことにある。」

 「個々の経済的利害関係を国民国家の枠内で全体の福祉を念頭に置いて調整してきた従来の国民経済は、市場の国際化が進めば進むほど機能不全に陥る。グローバルな競争では、それぞれの企業が独力で闘う以外になく、頼れるのは自己の成功だけである。利害をより高い次元で調停することができる民主的な適法な裁判所などは存在しない。」

 「問題は、国際的経済関係を最小限の規制によって規制する機構を作ることである。言うまでもなく世界市場でこの種の規制を実施するためには権力機関が必要である。これは欧州の個々の国ではなく、おそら〈欧州連合になるだろう。まず初めに欧州連合の加盟国は共通の経済・金融政策について合意しなければならない。ドイツはブリュッセルで税制の広範な調整をもっと強〈迫らなければならない。
労働組合は欧州レベルの賃金政策の調整をもっと精力的に開始しなければならない。社会に失業を克服する義務を与えた欧州社会憲章の採択は、欧州社会国家モデル達成に必要な第一歩にすぎないであろう。」

 「この種のモデルが発展すれば、ただ単にこの制度のグローバルな競争において”純粋”資本主義に対する社会的市場経済の地位を強化し、世界市場における必要な規制を遂行するための権力基盤を作ることができるだろう。」

 「通貨同盟が未来の発展の原動力として真価を発揮できるか否かは、欧州連合の一層の統一努力、つまり統一的税政策、雇用政策、統一的経済政策、特にその結果としての統一的社会政策を刺激し促進できるか否かにかかっている。
ヨーロッパの人間の間に帰属意識が生まれるように、例えば『欧州国民』 のような意識が生まれるように、欧州は民主的プロジェクトとしても、社会正義のプロジェクトとしても成功しなければならない。」

 ●「第三の道」の「ドイツ・モデル」を  トマス・マイヤー

 SPDの理論家トマス・マイヤーは、最近発表した論文「ゴーデスベルグからノイエ・ミッテ(新しい中道) ヘ―ドイツにおける新しい社会民主主義」の中で、SPDがゴーデスベルク綱領に次いで八九年に採択したベルリン綱領が、ポスト冷戦後の世界秩序―グローバル化の急激な進行、ドイツ再統一後の政治的・経済的激変―によって有効性を失い、シュレーダーの「ノイエ・ミッテ」が生まれざるを得なかった諸条件を次のように分析する(注9)。

 第一は、かつてSPDを支えてきた伝統的な労働者階級は今やわずかにドイツ国民の五%を占めるにすぎなくなった。同じ政治的傾向を有した労働者階級の共同体は、ここ数十年間に数多くの政治的グループに取って代わられ、SPDを自動的に支持するようなグループは全く無くなった。いまや労働者階級と中産階級のいずれもが、生活、労働および政治に対して非常に異なった態度を持った一定の範囲内の政治的文化的グループによって構成されている。それらのグループは今や「唯物論者」「ポスト唯物論者」「ポスト・モダニスト」などに分類される。これらの新しい社会的グループのメンバーは、政党のイメージや業績に応じてつぎつぎと支持政党を変える傾向がある。もしSPDが有権者の四〇%以上の得票率を獲得しようと思うならば、こ.のような数多くのさまざまな政治的グループを結集するのに必要な政治的な戦術転換を行わなければならない。

 マイヤーは、さらにSPDが路線転換を迫られているもぅ一つのジレンマとして、福祉短家の改革を挙げる。

 「SPDの輝かしい福祉の記録も、もしこの党が伝来の諸問題に新しい回答を与えることができなければますます大きな重荷になることは必然である。これらの諸問題の一つが大量失業問題の解決である。だがこれ以外にも福祉国家の構造的財政危機 − 不断に増大し、今や耐え難い水準にまで達した医療制度の予算(ますます高度化する医療技術による)から高齢化が年金制度に及ぼす財政的な圧力に至る − の解決という緊急の任務がある。福祉国家の改革の問題以外にも、新しい形態の社会的リスクや単一の争点を主張する団体の要求に政治的に対応しなければならない。核エネルギーの未来から遺伝子組み替え問題、アメリカの指示する使命の達成のための軍隊の展開、移民政策までにわたるテーマが政治的論議の中心を占めている。SPDの伝統でも、古い中道左派の価値観でも、これらの諸問題の解決に役立つ教訓はない。」

 かくしてマイヤーは、「『第三の道』 の政治の目的は、こうした諸問題を解決する一貫した枠組みを与えることでなければならない」と述べ、さらにラフォンテーヌとシュレーダーの意見の相違について次のように指摘している。

 「ラフォンテーヌは、伝統的な中道左派の社会正義に関する関心、福祉国家の維持、新しい形態の国際経済統治とマクロ経済の積極的運営の必要性などに大きな力点を置いている。これに対して、シュレーダーの社会民主主義の改革条件の解釈は、福祉国家の改革の必要性、企業と政府の新しいパートナーシップ、グローバル化の現実を受け入れる必要性などを含めブレア的である。」

 「処理しなければならない緊要な」問題− 『第三の道』に関するすべての諸問題 − はゴーデスベルク綱領の修正主義を越えてさらに一歩踏み出す必要があることを示している。だが社会民主主義の近代化に関するドイツ人の評価は独自の性格を帯びるし、クリントンやブレアの『第三の道』と重要な点で異なることになる。SPDの政治的文化と歴史、政治的市場における競争相手に対するSPDの位置、より広範な政治制度の性格などはすべて、ドイツが独自の政治的近代化の道をたどることを保証している。」

 マイヤーはドイツの公的な論議における中心的なテーマの一つは、統治方法の再検討ないしは再創造であるという。 「政府と被統治者との関係を変えることは、中道左派政治の近代化の中心的部分でなければならない。だが幸いなことに、統治のパターンを改革することや政府とその他の関係者間の新しい分業、伝統的ドイツ・モデルがうまく処理しうる問題の一つなのである。」

 「政治的統治に関する既存モデルを改革する圧力の一つは、全く現実的なものである。それは複雑な社会の内部で政治的・社会的な発展をすすめるのに、トップ・ダウン方式に頼ることはますます困難になりつつあることである。
近代的統治には公共部門内部でも、国家と市民社会の間でも、新しい協力形態が必要である。決定に際して非政府団体を参画させる制度が創設されなければならない。」
     *
 かくしてマイヤーは、ドイツ社会民主主義の改革にとって、今後ともブレアの 『第三の道』 の挑戦の多くが有効であることを認めながら、この改革を確実なものにするためにはドイツ・モデルに適合する方法を用いて、独自の変化を持たせなければなちないと強調している。

 ●「社会主義のモデルは多様でなければならない」  リオネル・ジョスパン

 九九年一一月に、リオネル・ジョスパン仏首相はフェビアン協会パンフレットに「新しい社会主義」という論文を発表した(注10)。

 この論文で彼が最も強調したのは、欧州の社会民主主義政党は、九九年三月のミラノ大会で採択されたミラノ宣言の諸原則を堅持しながらも、国によって多様な形態を取るべきで、単一のモデルを取るべきではないということである。ジョスパンは、ミラノ大会で採択された宣言、
@経済成長を優先し、新技術を開発し、長期失業者を援助する「雇用の欧州」、
A経済的繁栄をもたらした社会的モデルを援助する「社会的欧州」、
B男女平等、人種差別と外国人排斥にたいする断固たる闘い、政治的責任と民主主義の透明な制度の範となる「民主的欧州」、
C文化的多様性と環境を保全する持続可能な経済発展のモデルから生まれる「強力な欧州」
などの目標の根底にある価値観は、市民の権利、社会正義、民主主義、進歩への願望、この進歩と我々の集団的運命を自ら決定しようとする意志であり、これこそが多極的な世界の実現をめざす我々の熱望であるという。
     *
 「多極的な世界を建設するためには、一国レベルで機能する民主的諸原則は国際的な段階にも通用されなければならない。世界に自国の意志を押し付ける唯一の超大国があってはならない。単一のモデルを押し付けようとする誘惑には抵抗しなければならない。その理由は、この傾向は単に自国と欧州の利益に反するだけでなく、世界の安定とは両立しないからである。世界的な規制は、すべての国が法の下で平等であるというルールに基づく国際共同体から生ずる制度以外ではなしえないからである。」

 この原則に基づき、社会主義運動もそれぞれの国に特有な状況から乖離することはできない、とジョスパンは主張する。

 「社会民主主義諸党は、欧州レベルで協力して活動すれば一層強力になることができるだろう。だが一つ条件がある。それはそれらの諸党が、個々の社会民主主義諸政党に影響を与えているそれぞれの国の諸要件 − 自らの歴史的起源、イデオロギー関係、政治的風土など − を常に考慮に入れ、かつ尊重しなければならないということである。これが欧州社会民主主義内部の最近の論争から私が引き出した結論の一つである。コメンテーターは各国の特有な諸要因を見過ごすことがよくあるが、有権者に選出された政治家は常にこれを考慮に入れなければならない。」

 「私の意見では、『正しい道』、または『ブレアの道』『シュレーダーの道』、または『ジョスパンの道』の間の選択というこどは、ほとんど意味を持たない。もし『第三の道』が共産主義と資本主義の中間にあるというならば、それは英国風の民主的社会主義の新しい名称にすぎない。もし『第三の道』が社会民主主義とネオ・リベラリズムの中間にあるというならばこんなアプローチには私は反対だ。すでに述べたように、この種の『〜と〜との中間の主義』というような政治の役割はもはや存在しない。私の考えでは、『第三の道』は英国で行われた理論と政治の改革の努力の英国独特の形態であり、同じような努力は欧州のすべての社会党や社会民主党が始めているものである。」
      *
 ジョスパンは社会主義の多様性を主張すると同時に国際金融資本に対する規制を主張する。

 「グローバルな金融資本による経済支配と情報革命の同時的な到来は、資本主義の特徴をこれまで以上に際立たせた。実際に金融の動きと生産と社会の発展の間には分裂が生じている。前者はいわば光の速度で動き、後者は音の早さで動く。金融では絶対的な流動性があり、あらゆることが瞬時に行われる。物質社会では粘性があるために不可避的に動きが遅い。それは動くものの中心が人間だからである。このような両者の速度の差が断絶と破壊のリスクを増大させるのである。金融の動きは、実物経済のベースに比べてあまりにも早すぎる。金融の動きを規制し、金融取引の意義を復活させる必要があるのは、このためである。富の生産は、人類の目的に奉仕させなければならない。」

 ジョスパンは、さらに『第三の道』 の論議において主要な論点であるグローバル化について、次のように述べている。

 「我々は、グローバル化の二つの異なる側面を区別しなければならない。その一つは、金融資本主義が再び戻ってきたことである。このことは我々を、以前とは全く異なる意味だが、一九世紀のネオ・リベラリズムの起源へと引き戻す。当時のネオ・リベラリズムの特徴は、価格、利子率、為替レート、資本移動と産業立地のような生産諸要素の移動に至るまでを含む経済諸変数の完全な流動性に対する要求にあった。他方では、技術的、文化的、政治的諸次元でのグローバル化がある。逆説的に言うと、グローバル化は、ある程度、欧州連合、北米自由貿易地域などのようなブロック化をもたらしている。多くの国家の中にも、アイデンティティの問題が再燃しはじめている。」

 「この新しい状況に対する我々の反応は、原則的に次のように考えられる。我々はグローバル化を完全に認める。だが我々はグローバル化を不可避的な形態とは見なさない。
グローバル化は運命の産物ではなく、人間が創りだしたものである。だから我々は、世界資本主義経済を規制する制度を創設したいと思っている。我々は欧州の共同行動により1社会民主主義の理想によって鼓舞された欧州において−金融であれ、貿易であれ、情報であれ、いかなる重要分野でも規制に成功することができる。特に我々はIMFが本来の役割を取り戻すよう闘わなければならない。
……我々は、国際金融制度の有効性と透明性を向上させるために国際金融制度の機構を改革しなければならない。これらの改革の意図は、銀行部門に慎重な規制を行い、国際機関や民間部門に責任を自覚させることにある。さらに我々は世界貿易機関(WTO)内の権限の独占を目指す動きに反対しなければならない。」

 ●「新しい修正主義はグローパル化への対応の産物」  ドナルド・サッソン

 ドナルド・サッソンは、最近の欧州左翼を論じた論文で「新しい欧州左翼が今ほど統一し、統合し、均質だったことはない」と述べたうえで、『第三の道』をめぐる論争について、次のように論評している。

 「欧州全体を通じて、特にフランスでは、メディアはトニー・ブレアの外見上の穏健さとリオネル・ジョスパンのラディカルな発言とを対比させ、その他の指導者を二人の中間のどこかに位置づけることが好きだ。だが、実際には、欧州中道左派政権の追求する政治の間には − 彼らの主張とは反対に−相違より共通性のほうが大きい。」(注11) 「欧州左翼の経済政策の施策には特に強い共通性がある。英国労働党政府の企業寄りの発言は、欧州のその他の社会主義政党のいくつかに衝撃を与えるかもしれない。だがそれらの政党のすべてが不可避的により高い成長や生産性向上を目指して、健全な資本主義経済の発展を堆進しているのである。彼らが例外なく説明していることは、古い政策を放棄したのは基本価値を否定したためではなくて − いかなる政党でもそれを進んで否定した党はない − 世界が変化したためだ  − グローバル化、女性の労働市場への進出、労働者階級の消滅、共産主義の崩壊、インターネット時代の到来がそれだ − ということである。」

 「今日の中道左派政権は市場を評価している。だがまた彼らすべてが − ブレアもジョスパンもシュレーダーもダレーマも市場の欠陥を知り、青年の雇用拡大に即座に補助金を支出しているのである。」

 「新しい社会民主党は企業寄りかもしれないが、ジョスパンもブレアも(シユレーダーは違うが)法人税を引き上げている。ジョスパンは旧い型の社会主義にノスタルジーを抱いていると思われているが、民間部門への補助金支出では、ブレアよりはるかに気前がよい。ジョスパンの週労働時間短縮は強く批判されているが、実際には労働市場のフレキシビリティを増大させることになるだろう。他方、ブレアは口を開けば労働市場のフレキシビリティを増大させる米国モデルを唱えている(この方式を真っ先に採用したのはオランダ労働党だ)。だが、彼は、欧州社会憲章を採択することで、英国の週労働時間の国家的規制をよりきびしくする措置を導入した。」
      *
 さらにサッソンは福祉国家の改革を迫られているという点でも、欧州社会党の間に見解の一致があると指摘し、その背景には、それらの諸党の大半が政権についていることを挙げる。

 「このような政策の収赦は社会党が政権獲得に成功した不可避的な結果である。野党時代には夢想することができる。声明を発表し、インタビューを行い、宣言や演説を行ぅこともできる。だが政権を握れば統治しなければならないし、権力の束縛で、どんな政府も同じような狭い道を歩かをければならない。今日の社会民主主義者は、過去二〇年にわたって共通の国際環境で同じ問題に直面しなければならなかった諸国で政権を取っている。だから、それらの諸党の政策が共通性を帯びたとしても不思議はない。」

 最後にサッソンは、グローバル化が社会民主主義を新たな修正主義に収赦させつつあることを指摘し次のような結論を下している。

 「これまで社会主義政党は常に自国の政治・経済制度の状況に応じて自らの政策を修正せざるをえなかった。だが収斂しつつある今日の修正主義は、一国の経済の基礎が部分的に溶解しつつある状況への不可避的な調整の一つである。
なぜなら、ますますグローバル化する資本主義は社会民主主義との歴史的妥協の主要な背景である国民国家からの飛躍だからである。グローバル化をめぐる論争は、現実問題を反映する混乱した考え方が、欧州左翼のあらゆる政党で荒れ狂っている。この論争での基本的な境界線は、グローバル化を一層の経済成長への機会であると同時に、国際的な統治政策を策定し直す機会であるとみなすオプティミストたちと、グローバル化の国民経済へのインパクトを綴和するために努力するペンミストたちの間にある。狭い、国内的な制約に束縛された社会主義の時代は終わった。」

 社会主義インター第21回大会

 「第三の道」論争を中間的に総括し、グローバル化と国民国家の役割の変化、金融資本の国際的規制と民主的社会主義の新たな役割などに関する論議をより高い次元に発展させることを目指したものが、九九年一一月入日から一〇日にかけてパリで開かれた社会主義インター第二一回大会だった。「より人間的な社会のために、より公平で公正な世界のために」 のスローガンを掲げて開かれたこの大会には、五大陸の二二九カ国から一〇〇〇名が参加したほか、欧州連合その他から一一カ国の首相や大統領が参加した。

 大会第一日に採択された 『パリ宣言』 は、フェリーペ・ゴンザレス (スペイン社会労働党党首) を議長に仏社会党の活動家を中心に起草されたもので、「第三の道」をめぐる欧州社会党内部の論争の成果が示されている。以下、その要旨を紹介しよう (注12)。

 「パリ宣言 − グローバル化の挑戦」(要旨)

 一、人類は、いまグローバル化現象という特徴を持つ新しい時代の変化を経験しつつある。


 二、この歴史的過程の原動力は、バイオテクノロジーと情報をめぐる技術革新である。情報、経済、貿易、資本移動のグローバル化は、新しい諸国と地域の急速な発展や、保健や農業のような諸分野の科学的発展に証明されるよう に、完全に新しい機会をもたらしつつある。

  グローバル化の最も重要な特徴は、次の諸点にある。

 @通信手段の急速な変化と、時間および距離のドラスチックな短縮を伴う情報のグローバル化で、いかなる問題に関しても、地球上のいかなる地点ともリアルタイムでコンタクトできるようになった。

 A経済と貿易のグローバル化は、企業、市場、労使関係および投資の範囲と構造を大きく変えつつある。生産性は向上し、テクノロジーは既存の職場のリストラを生む一方で、新しい職場を生み出すが、利潤の分配は不公平になり、伝統的な雇用の概念は変化しつつある。

 B金融システムのグローバル化は、短期資本の加速度的 増加をもたらしたが、その動きを予測し、有効に規制する 枠組みは存在しない。これらの資本の九〇%以上は一週間以内の期間内に発生し、商品やサービス交換の既存のパターンには適合していない。

 Cこの歴史的時期の大きなパラドックスは、人類が不平等、飢餓、病気または文盲などのような伝来の諸問題を克服するためのかつてないほどの大きな可能性をもたらす反面、これらの機会が既存の不均衡をかえって増大させるだけで、その不均衡を是正するためには生かされていないことである。

 三、一〇年前のベルリンの壁の崩壊は、現代の政治的変化のシンボルだった。二〇世紀後半の恐るべき確実な破滅への道のドアは最静的に閉じられ、新しい世紀に向かう不確実な希望のドアが開いた。
 
 新保守主義やネオ・リベラル的イデオロギーは、「資本主義的」民主主義に取って代わる新たな選択とされた共産主義モデルが排除されたことで、ますます傲慢で単純な原理主義的な世界観の色彩を強め、市場経済と市場社会を混同し、それ以外の形態の経済をめぐるイデオロギー的な論争に対して最終的な勝利を宣言するまでに至っている。

 四、技術革新、経済と金融グローバル化の効果と敵対ブロックの消滅は、民主主義と主権の焦点としての国民国家の役割を変えつつある。

 @マクロ経済政策は、グローバルな金融市場の操作に反応させられ、公的負債やインフレなどに関するきびしい諸要件に対応する政策に制限される。

 A国民国家の構造は、下部から上部へと、上部から下部への二重の過程で変化しつつある。下部から上部への過程は、国家の領域を縮小させる新しい挑戦に対応し、より大きな能力を求める超国家的なシナリオを生み出している。
他方、上部から下部への動きに関しては、柔軟性が従来よリ大きくなり、これまでより国民に近くなり、場合によっては、異なる民族的・文化的な集団のこれまでの関係をより改善するために、国家の領土支配権を分配する新しい方法が創造されつつある。この新しい時代に、国家にとって必要不可欠な範囲とは何かを決定するための新しい論議が始まっている。国民国家は、この分権化の過程が下部から上部へ行われるか、それとも上部から下部へ行われるかを問わず、これらの諸グループの結合を保障する制度である。
このように国民国家の役割は決定的である。

 B国民国家の内部における政治の範囲は縮小し、国民国家はもはや公的利害を完全に代表することに不可能になりつつある。国民国家はグローバル化の過程から生ずる多国間の諸現象に対応する能力を失っている。

 Cグローバル化から生まれたネオ・リベラルや新保守主義のイデオロギーでは教育権や健康権のような普遍的な権利の充足はもはや政治的義務とは見なされていない。公的機関はもはや産業に対する直接的監督から手を引き、こうした公認された諸権利を遂行する自らの責任からますます遠ざかろうとしている。

 五、この新しい時代は、国際的分野に強力な影響をもたらしつつある。二つのブロックの支配が政治や安全保障から経済、貿易、金融などの諸分野にまで及んでいた時代の諸条件に適合して生まれた戦後構造は、現在ではもはや時代遅れである。環境問題とともに現在進行しつつある政治的・技術的変化や、文化的独自性の主張、止めようのない移民の流れや政治自主権の縮小は、混乱と不効率の原因になっている。こうした挑戦はますます地球的規模に拡大しつつある。政治は地球的な規模の挑戦に対応するのに必要な手段を持たず、地域的範囲に縮小しっつある。統治能力や安全保障、平和、経済、金融および環境の諸問題は、不確実性を生み出し、不平等と混乱の危険を増大させている。

 国連や国連安全保障理事会は、平和や民族浄化、大規模な人権侵害や地域紛争の脅威に直面しても能力を発揮できず、有効な手段を欠き、必要な決定を採択することさえできない。大量破壊兵器の拡散、テロリスト・グループが高性能の兵器を入手することがますます容易になっていることや、新しい扱術を利用した国際犯罪などが国際社会に対する新たな脅威になっているが、国際社会はそれに対抗する必要な手段がないために無力である。

 経済および貿易分野では、世界貿易機関(WTO)はさまざまな発展段階にある諸国間の貿易に新たな均衡を生み出すための努力を十分に進めていない。発展途上国や貧困国と連帯するのであれば、不均衡を激化させる保護主義的政策は止めなければならない。WTOは、「ソーシャル・ダンピング」 の最も痛ましい実例である児童労働や奴隷労働の搾取を防止することも、既存の公正な競争原理の尊重を保障することもできない。国際労働機関(ILO)の行動原則とその行動能力とのギャップは、直面する社会的諸問題に対応できない国際共同体の欠陥の証明である。

 金融に関しても、ブレトン・ウッズ体制の崩壊と短期資金の流れの途方もない増大により、国際通貨基金(IMF)や世界観行やその他の地域的な金融機関は頻発する金融分野の大変動に対応できなくなっている。IMFと世界銀行内の亀裂は、両制度の機能の相違と半世紀前に作られた時代遅れの規則や規制によるものである。

 最大の矛盾は、情報、貿易、投資、資本移動、サービス交換など対する境界や障壁が撤廃された世界で、人間の移動に対する障壁が整備されつつある事実である。実際に、移動の自由が広く要求されているのに、それは人間に対してではない。人間は自分たちの未来と尊厳が保障されていると否とを問わず、依然として自分たち自身の国の中で自分たち自身の運命の囚人になっているのだ! だが外国人排斥の運動の広がりにもかかわらず、移民の流れは続いている。これらの流れを阻止したり、それが我々自身の社会に及ぼす影響を予測することは不可能である。これらの移民の五〇%以上は女性であり、政治的、人種的、文化的、宗教的迫害から逃れてくる女性の数は依然として増大しつつある。

 したがって、この新しい時代の最も重要な問題は統治能力であり、また我々が情報社会と呼ぶものの持続可能なモデル、もっと大きく言えば、社会的・経済的・環境および人間的諸問題において専門的知識に立脚する社会の創造である。

 我々の公約 − 地球全体の進歩

 歴史を通じて、民主的社会主義、社会民主主義、労働運動その他の進歩的運動は、自分自身を革新し、新しい段階を切り開くことができた。例えば欧州では、社会民主主義は自らの改革能力を証明したが、いわゆる「現存社会主義」は破綻した。新しいスタイルの社会民主主義的思考を求める欲求は、自由に立脚した正義への願望から生まれる。
我々が市民の自由と両立しない共産主義的思考から離れ、これと対決するようになったのは、このような信念からである。
我々は、自らの諸目的を達成するのに使いうる手段の、改革的で現代的な性質を認める。我々は、社会主義を資本主義の部分的なオールタナティブ(代替物)と見なす考え方に反対する。これは手段と目的を混濁させるだけである。

 我々は、社会主義インターの加盟政党またはその他の世界のさまざまな地域の進歩的グルーブによる、各種の討論フォーラムでの我々の理論の改革のためのさまざまな努力を尊重し評価する。これは新保守主義に対決する新しい思想と行動を切り開くための貴重な努力である。そこには国民社会と国際共同体における連帯の諸目的だけでなく、変化する時代の、現象に対する理解や、情報・経済・金融のグローバル化や、ブロック政治の撤廃に関して多くの点で共通点がある。これらすべては、我々の新たな政治的手段の改革や我々の政治の政治的な威容の改革を要求している。開かれた貴重な対話の目的はこのように思想の富の共有であり、それによって、文化の伝達を可能にするさまざまな異なる経験を生み出すことができる。

 我々が開始し、今後も続けなければならない論争は、この新しい時代のグローバルな挑戦に対応するための新たな行動の可能性を我々に与える。

 だが我々は、普遍的権利を承認し充足しても、それに伴って、市民の責任感が向上しない場合、受動的な再分配政策に陥る危険性があることを自覚している。我々はまた、よく整備された福祉制度を持っている社会でも福祉の再分配になったときに圧力にさらされ、福祉政策を持続させることが困難になることを自覚している。我々が権利と責任の間、最大多数の人々を包含する積極的政策と、何人をも排除しない普遍的政策の間の均衡を要求する理由はそこにある。

我々は、次のことを確認する

 現在、最も重要なのは政治がグローバル化の挑戦に対応することである。地球上のあらゆる民主的な市民たちによって表明されたのは、政治の独立性の回復である。我々の任務は、現代の新しい挑戦に適合した対応と行動を励まし、より大きな自由、平等および連帯を与えることである。

 民主的社会主義は、資本主義との恒久的な批判的関係の中から生まれ、発展してきた。社会正義、男女平等のための闘い、差別とより公平な給付の分配に対する闘いに示された連帯はすべて、このような資本主義に対する批判的関係の存在理由である。我々は、市場の創造的で生産的な機能を認め、尊重する。民主主義は、常に自由市場社会の中で発展してきた。だが我々は、市場にそれが与えうる以上のものを要求しない。権威主義的制度と市場が並立する社会は存在するが、市場のない民主主義は存在しないということである。したがって我々は、市場と民主主義を混同しない。利潤の最適化を達成すること以外の人間的価値がある。教育、健康、文化などはすべて価値を加え、開放的な経済のスムーズな機能を高め、接続可能な経済を作り出す。

 グローバル化の管理は、政治行動の改革と強化、地方的、国家的、地域的、国際的な規模での民主的参加の質と水準の向上を要求する。参加とルールなき世界は、不平等と分裂をもたらす。我々は、地球上のあらゆる部分で、不振と不安と不平等と紛争を生み出すこのような世界観に断固反対する。

・教育、保健、高齢者介護、児童および青年の保護に対する普遍的権利を充足することは、政治の責任である。
・運輸、電力、通信および電気通信などを適切に運営することは、政治の責任である。
 環境の保護は、政治の責任である。
・世界のあらゆる部分における人権の擁護は、政治の責任である。
・新しい国際秩序を創設することは、政治の責任である。

 これらすべての目的に基づき、ここに我々は下記の 「グローバルな進歩プロジェクト」を宣言する。

 1 発展途上国の固有な技術の欠落を含め貧困と飢餓に対する闘い。
搾取と世界の経済的・技術的資源の取得の不平等に反対する闘い。
二〇〇〇年は極貧国の負債の棒引きのために決定的な年にならなければならない。先進七カ国の公約は実施され、この棒引きがそれらの諸国の農業、食糧生産、基本的インフラ、教育および訓練への投資を再開するのに役立たなければならない。我々は貧困との闘いで、グローバル化で最悪の条件がさらに悪化して苦しんでいる女性のために、特別な戦略を創出しなければならない。

 2 人権と民主主義のための闘い。
我々は、国や人権・宗教などの相違で、大量虐殺や民族浄化は正当化できないし、制度を利用して普遍的な人権を侵害する独裁者を免責する理由にはならないので、国際法の枠内で人道的理由に基づく干渉の権利の必要を支持する。もし我々が人権を尊重し、民主主義を拡張しなければ貧困と窮乏は根絶できな い。

 3 紛争を予防し、管理し、解決するための有効な多角的な手段を持つ、新しい国際的秩序による平和と安全保障の確立は、新しいグローバル化の時代における政府の活動を助けるために不可欠である。

 4 我々は、新しいグローバルな経済・金融システムの創設を熱望している。それにはIMF、世界観行、WTOなどのような約五〇年前に創設された機構の重大な改革が必要である。それらの機関はいずれも変化する時代に即応できなくなり、予防と行動の新しい手段が必要になっている。巨大な短期資本の流れを鋭利する機構がないために、その動きの増大と金融危機の危険と金融機構が抑止できない大変動の発生を予測することは不可能である。短期資本には透明性も統制もなく、金融取引を隠蔽する金融業者の「脱税天国」が息を吹き返したので、腐敗した取引から得た不正な「資金洗浄」の摘発が困難になってきた。したがって不可欠なことは、

@国際金融制度の透明性を高め、投機的な投資資金や治外法権的な諸国を含め、あらゆる金融制度に対して、よく考え抜かれた規則を確立すること、
A財政的な腺税天国の廃止、
B発展途上囲の資本市場をより秩序ある方法で開放することにより、それらの諸国への短期的な投機資本の流れの撹乱効果を制限すること、
C危機の解決に貸付け機関を参加させること、
D組織犯罪、国際的麻薬取引、「資金洗浄」との闘いである。

 国連の監督下に経済安全保障委員会を設立すること。

 5 環境制度の積極的な保護は、敏速で継続的な対応を要求している。今日では自然の均衡を維持するために技術的投助を利用できると同時にバイオテクノロジーの発達にはきわめて重要な倫理的、法的および文化的諸問題がある。
バイオテクノロジーの発達は、それの乱用が重大な結果をもたらすことを恐れる人々の不安に留意して、客観的・科学的な証拠に基づき監督し規制しなければならない。

 六、国際共同体の内部で地域的協力が進められている。
欧州は、経済・通貨同盟にむけて着々と歩み、政治的・文化的協力を強化し、必要な場合には主権まで共有している欧州は、開かれた形態の地域主義を目指しており、我々はそれを、国連が有効に対応しえない挑戦に最も適切に対応する方法であると考え、支持している。その他の異なる発展段階にある開かれた地域主義の形態が、ラテン・アメリカからアフリカ、アジアまでの世界の他の部分で始まっている。社会主義インターの加盟組織は、国連の役割を強化するこのような地域主義の発展を支持している。

(1) 柴山健太郎「深化・拡大する欧州連合と欧州社会民主主義の兆戦」(季刊『唯物論研究』98年冬号)
(2) Tony Blair "The Third Way-New Politics for the New Century-" (Fabian Society September 1997)
(3) Martin Jacqes "Good To Be Back" ("Marxism  Today" (NOV/DEC 1998))
(4) Stuart Hall "the Great Moving Nowhere Show" (ditto)
(5) Fric Hobsbawm "The Death of Neo Liberalisim"  (ditto)
(6) Geoff Mulgan "Winge And A Prayer" (ditto)
(7) Tony Blair, Gerhard Schroeder "Europe, The Third  Way/Neue Mitte"
(8) Oakar Lafontane "Das Herz schlagt links (Econ Varlag, Oct. 1999)
(9) Thor.mas Meyer "From Godesberg to the Neue Mitte :  The New Social Democracy in Germany" ("The New  European Left", Fabian Society, November 1999)
(10) Lioner Jospin "Modern Socialism" (Fabian Society,   November 1999)
(11) Donald Sassoon "Introduction : Convergence, continuity and change on the European Left" ("The New Eur. opean Left". Fabian Society)
(12) Declaration of Paris-The Challenges of Globalization.  " (The 21st Congress of the Socialist International, Paris.  8-10. November 1999)

 このほかの重要参考文献としては昨年11月に発行されたアンソニー・ギデンズ著『第三の道とその批判』がある。これについては後日稿を改めて紹介したい。
 Anthony Giddend:The Third Way and its Critics" ( Polity Press November 1999)










                  


   
 
 
 
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