2002年6月上旬の今日のつれづれ雑文

6月1日〜6月15日
5月下旬 6月下旬
2002年6月13日(木) 曇り

オイディプス王
 シアターコクーンで蜷川幸雄演出のギリシャ悲劇『オイディプス王』を観る。様式的な祭祀の世界と、厳粛な悲劇性の色濃い舞台であった。様式美の舞台としては、大好きな歌舞伎があるが、それ以外ではなかなかお目にかかった事がなかったので、観ているうちに少し肩に力が入って疲れてしまった。冒頭、赤いチベット仏僧の衣のような衣装をまとった群衆が、大きく嘆きながら何度も体を大地にぶつけ、グルグルと回転する様に、観客は圧倒される。近代的な合理主義とは全く反対の地平に立つ、神々に支配された人間心理と結びついたこの悲劇を、蜷川は、オイディプス王の罪が徐々に明らかにされいく裁判のように演出している。舞台の後ろの遺跡のような舞台装置は鏡になっており、そこの観客自身の姿が写ることにより、あたかも観客が陪審員としてその裁判に参加しているような効果を生んでいる。この蜷川の仕掛けで、やや現実離れしたこの悲劇の中に観客はこの悲劇の舞台に巻き込まれていく。この意味で蜷川の狙いは成功している。
 野村萬斎のオイディプス王は、台詞といい振る舞いといい、狂言の伝統に裏打ちされたすがすがしくも厳格さをかもし出しており、王の悲劇性を上手く表現していた。麻美れいはスケールの大きさと華やかさを併せ持ち、登場するだけで舞台に重みを与えていた。王の義弟役も舞台の緊張感を増幅する重要な役まわりを上手く演じていた。赤い衣をまとった群衆も、神様の気まぐれで起こされた悲劇に翻弄され悩む民衆を良く表していた。ただ、群衆が3〜4人のグループに分かれ、それぞれのグループで嘆きの台詞を話すシーンが度重なると、やや形式的すぎる感じがして、気持ちがそがれるような印象を受けた。
 演出をほんの少し間違えると、あまりにも非現実的な様式に縛られた退屈な悲劇にもなりえる脚本を、蜷川は舞台装置や新しい翻訳も含めて細心の注意を払った演出で、緊張感あふれる舞台に仕上げていた。やはり蜷川幸雄はただ者ではない


2002年6月12日(水) 雨

アルゼンチンまで・・・
 フランスに続いて、アルゼンチンまで予選リーグでの敗退が決まった。フランスチームは安全に母国に帰れそうだけど、アルゼンチンチームはどうなのだろうか?いつもは陽気なラテン系は、反面いきなりの激しさをも持っている人々なので、何をするか分からないところがある。特に選手より監督なんかが危ないのでは?景気も悪いアルゼンチン、このサッカー敗戦で国民の不平不満も一気に燃え上がりそうだ。しかし、アルゼンチンが去ってしまうとは・・・。
 結局、強豪チームではスペイン、ブラジルが順調ですね。イングランドもどうにかこうにか決勝トーナメント進出を決め、残る気がかりはイタリアと、なんと言っても我らが日本です。

 昨日のテレビでベッカムにほっぺたにキスされた女の子が出ていた。日本中のベッカムファンの羨望の眼差しが見えるようだ。当人は「髭が痛かった」とかわいいコメントをしていたが、写真やテレビに映されていたから、家族や本人の手元には沢山の証拠(?!)映像が残るはずだ。きっと僕らの子供の頃、巨人軍の王や長嶋のサインや、多摩川の巨人軍グランドで一緒に写ってもらった写真を持っている子にとって、それが大切な宝物であった(きっと今でも変わらず大事に持っていると思うけど・・)。きっとあの子にとっても、同じように宝物になるのではないだろうか。
 それだけではない。同じく昨日のニュースで、日本チームがキャンプをはっている地元磐田の子供たちと親善交流をしたというものがあったが、そこでも一緒に写真に写ったり、サインをもらったりという光景があった。参加出来た子供たちにとって、それはそれは素敵な時間だっただろうし、あこがれの選手を間近に見て、話して、一緒に写真に写ったことが、将来の夢や希望に繋がることにもなるだろう。
 やはりスター選手はその華麗な技で人々に楽しみを与えると同時に、後輩たちには、子供たちにはいつも夢を与える存在であって欲しい。忙しかったり、面倒くさいこともあるだろうけど、できるだけ身近に後輩や子供たちと接して欲しいと思う。そこから次の世代の、将来のスターが育つのだろうから・・・・。ベッカムの姿にはそんなものを感じたし、日本チームの選手たちにもそんな姿勢を感じた。
 今回のW杯をきっかけに、素晴らしいプレーを身近で見て感じることにより、一層日本で子供たちのサッカー熱は厚くなり、サッカーをやる子供の数が増加するだろう。その選手層の底辺が拡大され、ますます有望な人材が雨後の竹の子のように頻出し、日本のサッカーがもっともっと強くなって行くような気がする。


2002年6月11日(火) 曇り

空振り部分日食と空振りフランス
 部分日食は全く見えなかった。一時、雲がやや薄くなり、太陽が顔を出すかなと期待したのだが、結局ダメだった。ちょっと残念である。

 フランスが第3戦の対デンマーク戦も0−2で負けた。結局、予選リーグ3試合で勝ち無し、おまけに3試合で得点無しという惨憺たる結果で、予選敗退となった。ジダンは出場したが、時々痛めている左足が踏ん張れないのか、華麗なボールさばきやパスも見られず、プレーにも切れはなく哀しそうな眼をしていた。絶対的な強さなど存在しない世界の頂点での争い。その厳しさをまざまざと見せつけられたフランスチームであった。パリや東京のフランス人はとても落胆していたが、あくまでも理性的に知的なコメントをしていたことと、せいぜい騒いでも発煙筒の煙というところに、フランス人の本質を見た気がした。一昨日のロシアの例のように国情が厳しい国では、この結果がすぐに人々の生活上の不満と結びついて乱れることになるだろうし、おそらくラテン系の民族ではもっと激しい騒ぎになるのではないだろうか。

 いよいよ関東地方も梅雨入りである。これから1ヶ月半、ジメジメしたいやな季節である。しかし、通勤途中の田圃では、稲の苗がお行儀良く1列に並んで植えられている。日本人のお腹を満たしてくれるお米にとっては大切な雨である。あじさいの花も綺麗だし、水気をいっぱい吸って成長する苔の緑も心に落ち着きをくれる。悪いことばかりじゃない。そう考えて楽しく過ごしていこうと思う。


2002年6月10日(月) 晴れ

興奮さめやらぬ日本
 W杯初勝利から一夜明けて、テレビや新聞などのマスコミは、このニュースで大賑わいである。職場でもこの話題で持ちきりだった。おまけにベルギーとチュニジアが引き分けたので、俄然、日本の決勝トーナメント進出の可能性が高くなってきた。W杯前のマスコミの盛り上げに対して、何となく冷ややかに見ていた僕の予想(日本、予選りーぐで敗退)は、嬉しい誤算になりそうである。しかし、ベルギー対チュニジアの試合を見る限り、チュニジアは個人個人の運動能力が非常に高く、ある意味で組織的なプレーの背景のあるベルギーやロシヤよりきつい試合になるかもしれない。高い個人技で守備がかき回され、サイドからえぐられるなんて状況が起きそうな、そんなチュニジアチームだった。ぜひ日本チームには、ロシア戦と同じように、フラットスリーとボランチの戸田、稲本、両サイドの小野、明神でしっかりと堅く守り、かといってその守りに徹するのではなく、中田英を中心に攻めに攻めて勝利をもぎ取る気迫のプレーを、90分間続けて欲しいとう。14日が楽しみである。(ところがこの試合時間中、残念ながら僕は沖縄行きの飛行機の中なのだ・・・)
 そうそう昨日の対ロシア戦でおかしかったことが1つ。ロシアにニキフォルファとかいう名前の選手がいたのだが、どうしてもその選手の名前を実況担当のアナウンサーが呼ぶたびに、「二木ゴルフ」「二木ゴルフ」と聞こえてしまい、こらえられず笑ってしまった。絶対にあり得ない名前なのだが、どうしてもそう聞こえてしまう。単に母音が同じだけなのだが・・・困ったものです。

 夕方、下高井戸シネマで「シッピングニュース」を観る。両親と妻を一度に失い悲観に暮れる男が、娘や叔母と共に父親の生まれ故郷であるニューファンドランド島に戻り、ローカル紙の記者として働き始めるというお話である。いい映画だったが、何となく腑に落ちない後味ではある。
 この映画の主題を考えてみると、「普通の人々の裏に潜んでいる悪意」なのではないだろうか。善良でまじめな人々の心の内側に凶暴さや悪意といったものが存在している。ケヴィン・スペイシー演じる主人公クオイルが自分の血に流れるその悪意にどのように気がつき、様々な問題が噴出していく中で、それをどのように浄化していくかの話である。あくまでも主人公クオイルは善良で無垢な市民である。その善良さに対して、ケイト・ブランシェットは淫乱で尻軽の妻をけばけばしい化粧で演じ、ジュディ・デンチの叔母をとことん謎めいた老婆を演じている。島で出会う夫を亡くし、障害を持つ子供の母であるジュリアン・ムーア扮するウェイヴィも何かを隠している。主人公が住む家も、外見はみすぼらしくも普通の家ではあるが、その荒くれた内面をつなぎ止めているかのように、何本ものワイヤーで固定された異様な姿をしている。島でで会う人々、新聞社の社主、主幹も皆、裏と表があるように描かれている。
 この不自然さが、さらにクオイルの先祖が離れた島から追放されたという話や、幼い娘が「退屈な子ね」と叫んで人形をバラバラにしてしまうエピソード、そしてクオイルの父と叔母の忌まわしい話、明日船出するというヨ船を送別会にやってきた友人たち が寄ってたかって壊してしまうエピソード、ウェイヴィの嘘のエピソードなどの積み重ねによって、クオイルの体の中に流れる呪われた祖先の血と、人間の裏側の潜む凶暴さや悪意といったものに、一気に結びつき表に出てくるのである。
 そしてあらゆる問題が噴出した後で、嵐によって家が崩壊する。その家の崩壊が全ての崩壊を象徴し、そこから新たな出発が始まるというエンディングである。しかし、それは何か安易で、都合の良すぎる展開にしか見えないところが、僕の腑に落ちない原因なのだと思う。「それでいいのか!」という感じなのである。
 ケヴィン・スペイシーは押さえた渋い演技をしている。心の中のちょっとした変化がその表情に良く表れ、一つ一つのエピソードに重みを与えてくれる。ただ、善良な主人公という設定にしては、ややクセのある人に見えてしまうのは、観ているこちら側の先入観なのであろうか・・・
ケイト・ブランシェットは怪演、ジュディ・デンチはさすがの重厚な人物像を名演している。ジュリアン・ムーアはそれなりに演じ、子役の2人は可愛かった。脇をかなりの芸達者たちが占めており、リアリティを醸し出しており落ち着いて観ていられる作品ではあった。


2002年6月9日(日) 晴れ

祝!W杯日本初勝利!!
 長い長い後半の残り40分間だった。中田浩二からの地を這うようなパスを、柳沢が上手くDFを引きつけてダイレクトにボール返すポスト役を果たし、そのボールを稲本が落ち着いて決めたゴールが後半5分。それからまるで時計が止まったかのように、時間がノロノロと過ぎていた。なんとなくドキドキするような時間だった。ロシアが攻めるたびに、日本が守勢に回るたびに、心がザワザワとし、息を止めてしまった。ラスト10分間、ロシアはなりふり構わずに攻めてきた。心の中で、「時間よ、早くすぎてくれ!」と祈った。そして試合終了のホイッスルが鳴り、記念すべき日本のW杯初勝利の時が来た。

 試合を振り返ってみると、日本の宮本、中田浩二、松田のDF陣の安定したラインコントロールによる守備が光った試合だった。テストマッチやベルギー戦での不用意なライン上げが影を潜め、落ち着いてマークをしていた。このDF陣に、戸田や明神、稲本、中田英、小野といったMF陣が、常に徹底したマークで早め早めに相手にプレッシャーを与え、ボールをカットしていた。この高い位置でのプレッシャーが、安定し優位に立つ試合運びを進めた大きな要因である。明神は右サイドで、戸田と稲本の2人は中央で、かなり要所要所で守備に貢献していたと思う。また左サイドで小野も徹底したマークをロシアの右サイドMFに対して行い、ロシアの攻めを抑えていた。チームで組織的に守るということが、テストマッチやベルギー戦以上に機能していた。
 得点シーンは、とにかく稲本のキーパーの動きをよく見たシュートも良かったが、柳沢のプレーが素晴らしかった。自分の動きで攻めのスペースを作るという、チームとしての攻撃に大きく貢献していたと思う。柳沢、鈴木のツートップに中田英、小野、稲本の連携から生まれる想像力あふれるプレーは、得点には結びつかなかったものの、見ている僕らを楽しませてくれた。もちろん稲本は豊富な運動量で、攻めに守りに活躍した。得点も2試合で2得点。どんなスポーツでもそうだが、ある大会で勝ち続けるチームには必ずラッキーボーイが生まれる。まるで神懸かりのように活躍し続けるのりにのった選手が生まれるのである。今回のW杯の日本チームの中では、稲本がそのラッキーボーイなのかもしれない。
 今日の試合、得点は1−0だが、惜しいシーンはかなりあったと思う。前半の中田英のミドルシュート、後半の柳沢、鈴木のワンツー、中田英のバーに当たったミドルシュート、右サイドからの戸田のオーバーラップから柳沢、中山へのクロスetc.etc.。中田浩二、松田の両サイドのDFも、時に速いスピードでせり上がり見せ場を作った。そして、やはり中田英は安定感があった。足首の怪我がありコンディションとしては今ひとつだったかもしれない。確かにやや精度を欠いていたかもしれない。しかし、中心プレイヤーである司令塔としての安定感が感じられた。彼を見ていると安心出来る、そんなプレーを感じさせる存在感は、やはり抜群である。

 今回の日本チームを見ていると、チームとしての組織的なプレーが本当にできていて、4年前のフランス大会の時とはサッカーのプレーの次元が違っているという印象を受けた。4年前は惜しいシーンも少なかったし、勝てる気配もなかった。攻めて攻めて優位に試合を進めていても、流れの中で攻められなくなり守勢に回ることがる。そのときが来ても、チームとして確実にプレーができて集中が途切れることがない。常に攻めの姿勢で、世界と互角に戦っている。欲を言えば、より確実な精度が欲しいと思うが、いえいえ欲張ってはいけません。攻めて攻めて、そして守って守って、たとえ最少得点でも勝利したのですから。お隣韓国のW杯初勝利までの時間を考えてみれば、我ら日本の初勝利までの4年間はなんと短いことか。世界はそれほど甘くない。その厳しい戦いの中での初勝利である。この勝利で日本の決勝トーナメント進出の可能性が生まれてきた。正直言って、僕は日本は予選敗退だろうと思っていた。ごめんなさい、日本チーム。これほど日本がやるとは思っていなかったのだ。残るは14日のチュニジア戦である。是非、今日のような攻めて攻めての試合をして欲しいものである。
 頑張れ! ニッポン!!


2002年6月8日(土) 晴れ

陽に焼ける
 今日はというより今日も良い天気でした。梅雨の気配など微塵もない空の下、1日中野外にいた。気温は高かったが湿度が低い分だけ苦にはならない。ただ日射の強さには参った。ジリジリと肌が焼かれた。陽の光にさらされていた顔と腕は真っ赤になっている。
 あえて強調する必要もないのだが、僕はもともとかなりの色白である。ところが高校・大学時代の陸上競技を始めとして、現在の仕事もそうなのだが、野外で陽に当たることが多い。長年、陽にさらされて焼かれた肌は、特に腕などは冬でもやや浅黒くなってしまっている。もともと白い肌の人は、陽に焼けるとまず一気に赤くなるというが、まさに僕がそうである。その日の夕方には肌がヒリヒリと赤くなり、熱を持つ。翌日にまだ熱を持つことはないが、ヒリヒリと赤い状態は2〜3日続く。やがて1週間もすると肌に浅黒い色が定着してくる。そして長年の日焼けが降り積もって、浅黒い色がまるで地肌であるかのような様相を見せてくる。でもあえて強調するが、僕はもともとかなりの色白である。
 ただここ数年、日焼けをした後に肌がシワシワになる現象が見られるようになった。これは明らかに加齢による肌の老化現象および、新陳代謝の働きが低下して回復が遅くなっている事の表れである。「もう年なのだから、日焼けは止めなさい!」と体が訴えているのだろう。気をつけなくては!!


2002年6月7日(金) 晴れ

イングランド、対アルゼンチン戦勝利!
 前回大会のベッカムの退場、86年のマラドーナの神の手によるゴールなど、話題に事欠かないイングランド対アルゼンチン戦。短いパスとドリブルの個人技でボールをつないで攻めるアルゼンチンに対して、イングランドは長いパスを前線に送り込む速攻と、持ち味の違う両チームががっぷり4つの好試合だった。
 イングランドは良く守った。オルテガの1対1の個人技を左サイドのDFが良く押さえていたし、何よりもクロスをえぐられても、GKのシーマンと中央2人のDFが確実に力強い守りで防いでいた。特にDF2人の強さは際立っていた。この2人の守備でイングランドは逃げ切ったと言ってもいいのではないだろうかと、僕は思った。ベッカムは、アルゼンチンの左サイドの2人のMFに完全に押さえられていて、効果的なクロスボールを上げることができなかった。しかし、左サイドに途中から入ったシンクレアが攻め込み、FWのヘスキーの高さを活かしたクロスボール、そしてスピードのあるオーウェンが走り込むと、持ち味を活かした攻めを随所に見せてくれた。
 結局、オーウェンへのペナルティーエリア内での反則により得たPKを、ベッカムが確実に決めた貴重な1点。この1点をイングランドは守りきった。後半はFWをベテランのシェリンガム1人にし、DFとMFの9人が二列で守りきるという専守防衛体制だったが、勝利は勝利である。1点を死守した。あのアルゼンチンの多彩で鋭い攻めは、そうは簡単に守りきれるものではない。しかしイングランド守りきった。その強い意志は、イングランドの選手自身のアルゼンチン戦に対する思いの強さを表していたと思う。あのPKを決めたときのベッカムの歓喜の表情は、とても印象的だった。
 それにしても、あの髪型であの髭でかっこ良く見えるベッカムという選手は大したものである。あれは普通の人がしたら、単なるお笑いのコントになってしまうだろう。

 TVの映像でもう一つ印象的だったのは、足を痛めて途中交代したアルゼンチンの司令塔ベロンの、ベンチで試合を見つめる哀しそうな眼だった。自分のチームが不利な状況で何もできない自分を責めるような眼。フランスのジダンも同じ眼をしていた。

 これでグループFも混沌としてきた。スウェーデン、イングランドが勝点4、アルゼンチンが勝点3。残す一試合は、アルゼンチンは対スウェーデン、イングランドは予選落ちの決まったナイジェリアである。スウェーデンは引き分ければ決勝T進出確保、アルゼンチンは勝利が絶対条件。イングランドも絶対条件は勝利だが、相手が目標を失ったナイジェリアであることは有利である。アルゼンチンは、死にものぐるいで攻め込んでいくだろう。グループFも目が離せない。


2002年6月6日(木) 晴れ

窮地!フランス
 今年はいっこうに梅雨の気配がない。これはこれでいいことなのだが、日本の本州に梅雨がこないということは、梅雨前線は南の方に停滞しているということを意味するので、沖縄あたりで梅雨梅雨していることになる。来週末、沖縄に行く僕としては少し気になる。やはり曇りがちの空よりも、真っ青な晴れ渡った空の方が沖縄らしくていい。海の中に潜っていても、晴れた青空のときの海中の景色と、どんより曇ったときの景色は段違いである。透明感、広がり、浮遊感・・・と感じる全てが晴れているときの方が素晴らしい。梅雨前線が一気に北上し、沖縄が晴れることを切に望む今日この頃である。

 もう、仕事の方がパンパンなので雑文どころの話ではなく、ちょっと空いた時間にちょろちょろとエディタで文字を打ち込んで、休日にアップという状況である。「今日のつれづれ雑文」という題名に半分くらい偽り有りの状態が続いている。
 で、話題はW杯一色の日本、なんと言っても今日のピカ1は「フランス、第2戦目対ウルグアイ引き分け」である。ジダンは不在、今回はベンチ入りもせず、TVの画面に、あの悲しそうな眼をした姿が映されることもなかった。おまけに前半途中でアンリをレッドカードで一発退場である。ウルグアイの当たりはファールすれすれの厳しさではあったが、王者フランスに挑む、すでに1敗しているウルグアイとしては当然だろう。それよりも後がない両チームの状況を表すかのように、大荒れで小競り合いの頻発するゲームは、まさにフランスの苦悩するチーム状態を象徴していた。
 それでもさすがフランスであった。10人になって、数的に不利な状況にもかかわらず、後半はボール支配で優位に立ち、互角以上に攻め続けた。選手一人一人の技術・体力の能力の高さが証明されたと思う。
 しかし、結果は引き分けである。デンマーク:勝点4・得失点差+1・得点3、セネガル:勝点4・得失点差+1・得点2、ウルグアイ:勝点4・得失点差−1・得点1、フランス:勝点1・得失点差−1・得点0の状況は、フランスの決勝トーナメント進出が圧倒的不利であることを示している。最終戦は対デンマーク、1点差の勝利では、ここまで無得点のフランスはグループ2位に届かない可能性が高い。デンマーク、セネガルともに引き分けで決勝トーナメント進出が決まる。窮地に追い込まれた王者フランス。ジダンがどうなのかも含めて、6月11日が楽しみである。

 しかし、仕事はパンパンなのだが、W杯を観てしまう。これがさらに状況を、精神的圧迫をパンパンに張りつめている。そして、本人もそれに気がついているのだが、でも観てしまう。これぞ人生の不可解さである。


2002年6月5日(水) 晴れ曇り

男女ベタベタの法則
 街や電車の中で見かける男女2人のカップルについて、前々から気になっていたことがある。今日はその気になっていたことを、「男女ベタベタの法則」として、世に問いたいと思う。
 街中でも電車の中でも、やたら密着してベタベタしているカップルがいる。完全に公衆の面前で、自分たちだけの世界に入ってしまっている幸せな人たちである。このカップルについてよ〜く観察していて、私は以下のようなことに気がついたのである。 というものである。
要するに、ベタベタしたがるのはさえない、かっこよくない、キレイでも可愛くもない人の方であるという法則である。なんとなくさえない側としては、このカップルになれたチャンスを十二分に謳歌しようとしているのか、それともベタベタでもしていないと不安なのか、ここは意見の分かれるところではある。しかし、確実に現象論としては、この法則が成り立っていると、僕は長年のリサーチの結果、固く信じているのである。


2002年6月4日(火) 晴れ

W杯、対ベルギー戦 引き分け!
 勝てた試合と人は言うかもしれない。確かに惜しい試合ではあった。結果的には引き分けになったが、僕は上出来だと思う。選手は、日本チームは頑張った!いい試合だった。
 それにしてもベルギーの選手は大きく、頑丈だった。中田と小野に厳しいマークが付く中、稲本の動きが目立った。中田も厳しい当たりに負けることなく、絶妙のバランスでパスを出し続けた。DFも、何度となく襲ってくる大男達を、必死に防いでいた。FIFAのランク差を思えば、これは善戦以外の何物でもない。
 それでも後半、ベルギーに1点入れられた後は、いや〜な空気が漂った。それを打ち破ってくれたのが、小野の絶妙なロングパスと、鈴木のあきらめない闘争心だった。DFと交錯し、もうボールに届かないかと思った瞬間、僕には鈴木の足の膝から下が伸びたようにさえ見えた。チームを流れながらも、不屈の精神でプレーし続けた鈴木ならではの1蹴。やはり人間あきらめてはいけない!最後の最後まで突き詰めていくという、いい見本だ。
 鈴木のシュートの後、俄然、日本チームの動きが良くなった。試合に出ていないのが不安とマスコミに書かれ続けた稲本のシュートは、多くの日本人に、日本W杯初勝利の期待を盛り上げてくれた。この稲本の得点も、絶妙のバランスで倒れることなくボールに食らいつき、もぎ取った1点であり、最後の最後まであきらめないということを見せてくれた。
 その後の展開は、自力に勝るベルギーの2列目の飛び出しにDFの裏に入られての得点という、W杯前のフレンドリーマッチやテストマッチでも同じように得点され、指摘されていたフラットスリーの弱点を突かれたものである。これはフラットスリーが悪いのではなく、宮本が悪いのでもなく、相手が1枚も2枚も上手だったということである。W杯常連国のしぶとさ、強さ、経験の差なのだと思う。
 その後の稲本の幻の3点目についても何も言うまい。要するにこれがW杯なのである。そうは簡単に勝たしてはくれない。百戦錬磨の強者達の集い、争う場なのである。その場で、高々2度目の出場の日本が、予想以上の善戦をした。強豪と互角に戦い、負けなかった。このことを称えようではないか。そしてまた次の試合、ロシア戦の健闘を期待しようではないか。

 お隣韓国が、とうとうW杯で初勝利を挙げた。日本より圧倒的に出場の多い韓国がやっとの初勝利である。初出場の中国はいいところなく負け、亜細亜の雄であるサウジアラビアもドイツに完敗した。この引き分けを否定的に捉えるのではなく、Jリーグ開幕以来たった10年でここまで日本は来たと、肯定的に捉えよう。
 さぁ!次はロシア戦だ!


2002年6月3日(月) 晴れ

ビルいろいろ
 仕事で午後、水道橋に行った。後楽園遊園地には、週の初めの月曜日にもかかわらず、楽しそうに遊んでいる人の姿があった。東京の街中にいつもより外人の姿が多いように感じてしまうのは、W杯開催中の思いこみだろうか。  後楽園遊園地の横というか、駅から見て東京ドームの手前に建ったホテルの高層ビルを見る度に、地震か大風でパタンと倒れそうに思えてしまう。チョンと突いただけで、ドミノ倒しのドミノのように簡単に倒れそうな気がしてしまうのである。あの高さと道路に面した幅に比べて、その厚みのなんと薄いことか。構造設計は万全なのであろうが、視覚的に何か不安を感じさせる建物である。
 視覚的に不安を感じると言えば、新宿の高島屋のはいったタイムズスクウエアと線路を挟んだところにあるビル(JR東日本本社ビルの南側のビルなのだが)、これもビックリする。確か上の方がホテルになっていたと思うが、線路側から見ると普通なのだが、新宿駅南口側だったか代々木駅側だったか忘れたが、要するに斜めから見るとビルの厚みがないように見えてビックリなのである。どうもビルの断面が鋭角三角形になっていて、その鋭角側から見ると、全くビルの厚みがないように錯覚するのである。これも一瞬不安になるビルである。
 フジテレビの本社ビルのようにスーパーストラクチャーとでもいうのだろうか、通常の柱より大きな間隔で強靱な太い柱を立て、それで構造的に支えるというビルがある。上記のJR東日本本社ビルなんかも足元に巨大な6本の柱の構造が見えるスーパーストラクチャーである。これによって足元に巨大な吹き抜け空間ができ、かつ堅固さを感じさせる従来のオフィスビルには無い力強さがデザインの基調となり、ビルのポイントになっている。ところが、東京駅の南側の八重洲側、ちょうど八重洲ブックセンターの斜め前あたりの線路際にできたオフィスビルは、視覚的に不安を与えるビルの1つである。ビル本体はかなり小間隔で柱が入っているのが、ガラスのカーテンウォール越しに見えるのだが、足元は4本だか6本の太い丸柱によって支えられている構造なのである。その丸柱がそれほど太くなく、建物のカーテンウォールから外に出ているデザインなのである。これが頭でっかちの建物を、足元の細い柱でどうにかこうにか支えているとしか見えないデザインなのである。どれだけ構造的にしっかりしていても、視覚的印象は頭でっかちの不安定である。
 このようになんとなく都市に暮らしている市民にとって、いくら構造的には安全でも、視覚的に不安を覚えるような建物というのは害悪なのではないだろうか。不安は人の心にどこか暗い影を無意識下で投げかけそうで怖いのである。

 夕方、ビルの谷間の赤い空の向こうに、代々木駅前のNTTドコモだかのビルのシルエットが見えた。あのビルの上は、上部が全てアンテナで、その覆いがあんなアールデコ調の形になってしまったそうだ。でもあのシルエットはエンパイヤステートビルに代表されるような、ニューヨークの古い由緒ある高層ビルのシルエットにそっくりである。いつもあのビルのシルエットを遠くから見かけると、ふと自分がニューヨークにいるかのような錯覚に襲われてしまうのである。


2002年6月2日(日) 晴れ

空席が!
 W杯が始まって、何となくTVで試合を観戦してしまう。やらなきゃならない事があるにもかかわらず、観てしまうのである。これはかなり危険な症状である。今後1ヶ月間の自分の生活がどうなっていくのかが怖い。今日は2試合も観てしまった。

◆アルゼンチン対ナイジェリア
 アルゼンチンの華麗な個人技に裏付けられたバランスの良い攻撃は見事だった。自由自在に人が入れ替わり、動き回っているのに、穴があくことも重なることもない。それは守備にも当てはまり、ナイジェリアにつけいるスキを与えなかった。バティストゥータの厳しい角度からのヘディングも、執念のこもった勢いと切れがあった。これぞ点取り屋!という気迫に満ちたプレーだった。彼に比べると、何となく日本のFWはスマートすぎるような気がしてしまう。アルゼンチンは強い!

◆イングランド対スウェーデン
 私の妻はベッカムを見て「なんてかっこいい男だろう」という。確かに単なる2枚目というだけでなく、現代的な色気がある。その彼が骨折からどの程度復活しているかが注目の一戦だった。接触や衝突を避けている感じで、やや引いた感じのプレーが多かったが、パス回しも動きも柔らかく華麗だった。得点に結びついたCKは見事ではあったが、その前の右サイドからのセンターリングにさすが!っと思ってしまった。前半は明らかにイングランドの試合だった。しかし、後半はスウェーデンのものだった。ベッカムは明らかに動きが悪くなって交代した。彼以外のイングランドの中盤も動けなくなり、圧倒的にスウェーデンにボールを支配され、攻め込まれた。その力関係がイングランドDFのミスを誘った。結局、スウェーデンは引き分けて良かったと言うより、勝っていた試合を引き分けてしまったという印象である。このままでは、イングランドは決勝ラウンド進出は難しいのではと思わされる試合であった。

 それにしても何でスタジアムにあんなに空席が目立つのだろうか。どうもFIFAはうさんくさい。なんでこんな世界的なサッカーの祭典の海外初売分チケットを、家内制手工業のようなイギリスの企業にまかせたのだろうか。明らかにミスだ。きっと影ですごい黒い利権が動いているとしか考えられない。こんなにも多くの人が楽しみにしていたW杯。直に観たいのにチケットが手に入らず、泣く泣くTVの前で観戦している人だって沢山いるだろう。その人達はあのスタジアムの空席をどのような気持ちで見るのだろう。出ている選手だって空席の目立つ観客席は寂しいだろう。何より、全世界で見ている人々がきっと韓国・日本両国のスタジアムの空席を笑うことだろう。亜細亜の片隅のサッカーの弱い国は、お金の力で開催にこぎ着けたのに、サッカー文化が成熟していないから観戦にもこないと・・・。とにかくあの空席は腹が立つのだ。


2002年6月1日(土) 晴れ曇り

再び談志を聴く
 八王子のいちょうホールで「立川談志独演会」を聴く。所沢で聴いたのがつれづれ雑文を書き始めた3月末のことだったので、2ヶ月という短いインターバルでの再会である。
 歌舞伎にしろ落語にしろ、味わい深い名演技をなさる方々は高齢であることが多い。いつ向こうの世界に行ってしまうかと考えると、「生きている内になるべく機会を作って、自分の目と耳で味わっておこう!」ということになってしまう。落語界でも柳家小さんが亡くなった。あれだけの高齢になると不思議と無念さはないが、昨年亡くなった古今亭志ん朝はショックだった。もう5年くらい前に聴いたきりだったので、あと数回は聴きたかった残念に思った。そう考えると、桂米朝とか立川談志はここ数年間が残された機会ではないかなどと、失礼なことを考えてしまうのだ。
 ということで、「立川談志独演会」を聴きに行った。

 立川談志という人は、異常なまでに自意識過剰な人である。非常にいろいろなことに気が付き、考え、気にしながらも、あくまでも自分の作ったイメージにこだわり続け、演じ続ける人である。おそらく本人は「自分は芸の天才で、かつ芸の道を真っ正直に精進してきた。その芸をわかる奴だけが分かればいい。ついてこれる奴だけがついてくればいい。わからない奴、ついてこれない奴は、それだけの小さな人間なのだから、そんな奴らに自分はどう思われてもいいんだ!」と言いながらも、その実、かなりいろいろなことを気にしているような気がする。独演会の枕でも、様々なことに関する自分の想い、感想、気持ちを辛辣に述べるが、それが言い放しではなく解説するかのように説明する事がある。口で言っているほどに観客を突き放してはいないこととともに、自分の発言の流れていく先を見定めるかのような、大きく切ない自意識を感じる。サービス精神も旺盛である。これも辛辣な口調と裏腹に、観客が求めているものを的確に提供しようという姿勢を感じさせる。しかしそれが素直に出てこないところが、談志の談志たる所以なのかもしれない。それが分かっているからこそ、そこに言葉は悪いかもしれないが「かわいらしさ」みたいなものがあるからこそ、談志のファンは彼を追いかけるのだろう。
 亡くなった師匠の小さんについても話していた。この話だけは他と違い、かなり正直に素直に話していたような気がする。「確かに小さんは師匠だったが、子供が親の手のひらの中でわがまま勝手放題していても、親はそれを許している。許してくれている。そんな関係を作っていた。」という彼の言葉が印象的だった。

 噺は、上記のような小さんの話をひとときした後で、小さんが工夫した通り、そのままやると言って始めた「蜘蛛駕籠」。中入り後は、俺は人情話は嫌いだが上手いんだとさわりを話してみせたり、世間の知らない小さんの意外な面について話した後、粗忽についてひとしきりうんちくを述べてから「粗忽長屋」を熱演した。これはかなり勢いがあって面白かった。他の噺家は、意外とこの話をノンビリとちょっと抜けた人々の話といったテンポで話す事が多いが、談志は一気呵成に、思いこみで突っ走る男とそれに巻き込まれて納得してしまう男の話の世界を作り上げ、観客を鮮やかに巻き込む手腕を見せた。終わった後まだ少し時間があると思ったのか、「蜘蛛駕籠」の小さんの工夫について話したり、田舎ものと江戸っ子の話をした後、おまけに近い形で幕末の混乱期の話「蔵前駕籠」を披露した。
 枕の理屈っぽさや、自意識過剰な部分は好き嫌いの分かれるところだと思う。しかし、その勢いのある口調から広がるその噺は、小さんや志ん朝、生きているところでは小三治などの典型的な江戸の噺家のノンビリゆったりとしたユーモラスなものとは全く異なる次元の、しかしながら同じように味わいのある古典落語の世界を確実に見せてくれる、楽しませてくれるものである。やはり立川談志は希有な噺家である。まだまだ楽しませてもらいたいものである。


5月下旬 6月下旬