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Writing/ Masahiro Someya


「街」を歩く



癒しは、人と人との間にある・・気持ちのいい人たちと気持ちよく暮らす(2004/6/19)

 人は、何によって一番癒されるだろう。やはり、人のぬくもりやふれあいではないだろうか。たとえば、子供の笑顔や寝顔には、何にもかえがたい癒しの力がある。一方、人とのコミュニケーションがうまくとれないとストレスはたまる。癒しもストレスも、結局、人と人との間に生まれては消えていく。日々、その繰り返しだ。

  人と人との間に暮らす私たちは、毎日何人の人達とすれ違い、めぐり合っているだろう。通勤の満員電車、信号待ちの交差点など、都会の雑踏ですれ違う人達の数は数え切れない。生まれてからこれまでにめぐり合った人の数も、もちろん数え切れない。さて、いま現在実際にお付き合いしている人は何人くらいいるだろう。正月の年賀状の枚数を参考にして、数えてみるのもいいかもしれない。自分のコミュニティ領域が見えてくる。

 自分と自分の身の回りの人達との関係をここで整理しておこう。まず日々を一緒に暮らす家族がいて、冠婚葬祭を共にする親戚がいる。この人達との関係を血縁といい、親戚ではないけどご近所付き合いをしている隣人達との関係を地縁という。会社での職場仲間や仕事上でお付き合いのある人たちとの関係を、最近の社会学用語で社縁という。あとは、特に縁のない人達だ。

 かつて、血縁、地縁、社縁は、ほとんど一体のものだった。それらが分断化され、さらに地縁と血縁が希薄化する過程が、近代化であり都市化だった。そのぶん社縁が強化され、サラリーマン中心の社会に世の中は移行していく。第二次大戦後の日本は、まさにその過程をたどっている。それは、東京大都市圏の形成過程でもあった。

 地縁、血縁関係の希薄化は、家族の少子化、高齢化、そして少人数化と共に、いまもどんどん進行している。ついに一人暮らしと二人暮らしの家が全世帯数の半数を超えてしまった。冠婚葬祭もどんどん簡略化している。近所付き合いも薄くなり、地域コミュニティは崩壊寸前といってよい。子供を巻き込んだ最近の悲しい事件の多くは、そこに大きな要因があるように思えてならない。

 そうした社会背景があってのことだろう。コミュニティ形成支援を付加価値にした大規模マンションが、いま人気を呼んでいる。最近の大規模マンションは、共用施設がとても豊かだ。キッチンスタジオや防音室やライブラリーはもちろん、ミニ体育館やプレイパークをもつ大規模マンションさえある。その共用施設を舞台にしてのサークル活動やイベント活動を通し、21世紀の現代生活に即した新しい形のコミュニティが形成されようとしている。

 そうしたコミュニティ形成に積極的に参加して、隣人と気持ちよく暮らしたいというニーズが、今とても強くなっている。気持ちよく暮らすには、安全で安心なコミュニティ形成が不可欠だということに、誰もが気付き始めたからだろう。同時に、隣人達と一緒になって自らそのコミュニティ形成に参加することが、実は自らの心の癒しに直結しているということにもだ。そのとき、合理的な相互扶助と自己責任の精神は必須アイテムとなる。それさえあれば、癒しは、人と人の間から自然に湧き出てくるに違いない。



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